SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter4 ダークハンター

13:真夜中の相談

「……頭痛い」
耳に入った呟きに、リーナは呆れ顔で振り向いた。
「まだ二日酔い残ってますの?レミア様」
「そうじゃなくって、あの日ぶつけたところが……」
「ふらふらのまま出かけていこうとして転んだんだ。自業自得だろ」
焚き火の光が当たるように地図を広げて、フェリアが明らかに怒った様子で言う。
「だって、まさかあんなに足がふらふらしてるとは思わなかったんだもん」
ぷうっと子供のように頬を膨らませて、頭を両手で抱えたままレミアが言った。

あの翌日、漸く目を覚ましたレミアは、今度は二日酔いで倒れた。
フェリアの知っている限り、彼女があんなに酒を呷ったのはあの日が初めてだったらしい。
レミア本人は訳の分からないまま、1日首都に滞在することになってしまった。
そのことについて、また酒を飲んだことについてフェリアと口論になったとき、勢いに任せて部屋を飛び出したレミアは階段を踏み外して下へ落ちてしまった。
投げられたり落ちたりすることは仕事上慣れていたから受身を取ることはできたが、その時軽くぶつけた頭が2週間以上経った今でも時々痛むのだという。

「言っておくが、一応回復呪文はかけたんだからな。そんなに痛むんだったら、アースに帰って医者行ってこい」
フェリアはフェリアであの日の出来事のことを怒っているらしい。
何でも、酒を飲むなという話はこれまで何度もきつく言って聞かせていたのだそうだ。
何度言っても聞かないレミアに、とうとう堪忍袋の緒が切れたのだろう。
「うう……。フェリアがいじめるよぅ」
子供のような言動で自分の後ろに隠れるレミアに、リーナは苦笑した。
だが、この2週間以上続く喧嘩のおかげで、自分は思ったより早くレミアと打ち解けることが出来たように思う。
そのことは感謝すべきことなのかもしれない。
「まあまあフェリア様。レミア様も反省していることですし」
「リーナ、人が記憶のないことに対して反省など出来ると思うか?」
静かな瞳で見つめられて、思わずリーナはうっと小さく呻いた。
確かに記憶も自覚もなければ反省など出来るはずがない。
「き、気合ですわ!何事も気合で何とかなります!」
「気合で記憶を思い出せたら、この世に記憶喪失の人間などいない」
きっぱりと言い返され、リーナは今度こそ固まった。
「ところで、さっきから何してるの?」
先ほどの子供のような言動をあっさりと消し、レミアが急にまじめな表情で聞いた。
「例の村の跡地の位置確認だ。ギルドで仕入れた情報だと、そろそろ着く頃だからな」
フェリアも先ほどとは打って変わってまじめな口調で返す。
どうやら2人とも、喧嘩をしているからと言って重要な話をしなくなるほど子供ではないらしい。
「ここはどの辺りになるんですの?」
2人の切り替えの早さに唖然としながらも、リーナもいそいそと会話に参加する。
「前の町からの日数と距離を考えれば大体この辺りか。まあ、ペースが速かったから、もしかしたらもう少し進んでいそうだが」
地図の一点を示しながらフェリアが説明する。
「じゃあ、かかって1日、早ければ半日ってところじゃない?」
「ざっと見るとそんな感じだな」
レミアの言葉に、フェリアはあっさり同意する。
「まあ、何事もなければ、の話だが」
そう付け足して、手早く地図を纏めた。
「ここまで何もなかったんですし、きっと大丈夫ですわよ」
「……だと、いいんだけど」
小さく呟いて、レミアは火の側から離れた。
近くに置いてあった荷物の中から麻で作られた布を引っ張り出してそれに包まると、そのまま横になった。
どうやら早々に眠ってしまうつもりらしい。
「ああ!ちょっと!今晩はレミア様が最初の見張りですのよ!」
「放っておけ。真夜中に叩き起こしてやればいいことだ」
抗議するリーナに、フェリアがきっぱりと言う。
地図を荷物に押し込むと、彼女は焚き火の近くにあった木を背にして座り込んだ。
「フェリア様?」
敢えて火の近くに寄ったフェリアを不思議に思い、リーナは彼女に声をかける。
「最初の見張りは私がやる。お前も寝ておいた方がいいぞ」
あっさりと言うと、そのままの姿勢で地図と入れ替わりに取り出した布に包まった。
「え?でもフェリア様の番は……」
「どうせ最初の奴がサボって寝たんだ。順番が変わっても問題ないだろう」
「でも……」
「いいから」
妙に強い口調で言うフェリアに押され、リーナは押し黙った。
少し間を置いてから、ふうと小さくため息をつく。
「わかりました。お任せします」
短くそう告げると、すぐに自分の荷物の中から2人と同じ布を引っ張り出した。
焚き火の火が布に燃え移らないように少し離れて腰を下ろすと、フェリアの方へ顔を向ける。
「お休みなさいませ、フェリア様」
「ああ、お休み」
言葉を返すと、視界の端にリーナが小さく頭を下げたのが見えた。
そのまま寝転がると、すぐに小さな寝息が聞こえてくる。
昼間はずっと自分たちの喧嘩の仲裁をしているから、体はともかく精神的に疲れていたのだろう。
そっと近づいて、リーナが完全に寝入っていることを確認すると、フェリアは小さくため息をついた。
「……で?寝たふりまでして、一体どういうつもりだ?」
立ち上がると、あからさまに呆れたという表情で真っ先に寝入ってしまったはずのレミアを見た。
その声に反応したのか、彼女はゆっくりと起き上がる。
閉じていた瞳をしっかりと開いて、顔にかかっていた前髪を掻き揚げた。
小さくため息をつくと、体にかけていた布を剥いだ。
「いい加減、話しておいた方がいいと思って」
そう前置きしてから、ゆっくりと立ち上がる。
布を抱えたまま先ほどフェリアが座っていた場所へ移動すると、そのままそこに腰を下ろした。
足に布を掛け直しているところを見ると、どうやらそこで話をしようというらしい。
もう一度リーナが眠っているかどうか確認して、フェリアも木の側へ近寄った。

「……それで?」
暫くして、なかなか話を始めようとしないレミアに焦れたのか、フェリアが先に口を開いた。
「……聖窟を見つけて、ミルザの剣を手に入れて、それからのこと」
立てた足をぎゅっと抱いて、レミアが静かに告げる。
「リーナに聞かれたらまずいのか?」
「まあ、あの子、置いていく話、だし」
元々フェリアには向けていない視線を彷徨わせながら、言う。
「別に信じてないとかじゃなくって。この2週間、ずっとあたしの酒癖のことであんたと喧嘩してたから、その分打ち解けた、とは思うし」
「じゃあ、何だ?」
「それは……」
言いかけて、言葉を切った。
完全に背中を木に預けていたフェリアは、少しだけ体を起こして隣――やはり木を背にしているレミアを盗み見た。
夜の闇のせいか、黒にも見える彼女の深緑色の瞳は、真っ直ぐに地面を見つめていた。
「怒ると思ったから言わなかったけど」
ほんの少し時間が経ってから、漸くレミアが口を開く。
「本当は、フェリアも置いていこうと思ってる」
「何……!?」
眉を寄せて、今度はレミアの顔を覗き込むように体を起こした。
「だって、今回のことは全部あたしの責任だから。やっぱり、あたし1人で解決しないと……」
「……まだそんなことを言ってるのか、お前は」
呆れ半分、怒り半分といった口調でフェリアが言った。
「だって……」
「じゃあ聞くが、お前1人で何が出来る?」
静かに問われた言葉に、レミアは顔を上げ、フェリアを見た。
彼女は既にレミアから視線を外し、未だ燃え続けている焚き火の炎をじっと見つめていた。
普段は漆黒のその瞳に、炎の赤が移っている。
「剣についている核さえ手に入れば、何だって……」
「それはお前が今出来ることに限っての話だろう?」
「別に、そうとは……」
「じゃあ、風以外の属性呪文が使えるようになるとでも?」
その問いかけに、レミアははっと目を見開いた。
「それは……」
「違うだろう?」
間髪を入れずに返された言葉に、思わずこくりと頷いた。
「でも!それとこれとは……」
「セレスもタイムも回復呪文が使える奴が側にいての大苦戦。回復呪文が使えないお前が、無事で済むと思うのか?」
「う……」
反論しようのない指摘に、今度こそレミアは押し黙った。
そんな彼女を見て、フェリアは小さくため息をつく。
「それに、もしまた酒を飲んだ場合、私がいなかったら誰が止める?」
びくっとレミアの肩が跳ねた。
落ち着いたように聞こえたその言葉の中に、怒りを感じ取ったのだろう。
「この前は運が良くて、あの男に修理費全て押し付けることができたが、普段は酒場の修理費、誰が払っているんだったかな?」
だんだん濃くなってくる怒りに、だらだらと冷や汗が流れる。
「す、すみませんでした」
あまりに恐ろしさに正座をすると、深く頭を下げて謝ってしまった。
「まったく……。レシーヌさんは酒豪だったという話だがな」
「そこまで遺伝してないですよー」
呆れたような相棒の言葉に、元通り木を背にして座り、足をぎゅっと体に引き寄せると、頬を膨らませて拗ねたように言葉を返す。
「そうやってると、まるでペリートだな」
「……一緒にしないで」
睨むような視線でフェリアを見て、一瞬僅かに目を見開いた。
先ほどまで怒りを浮かべていたはずのその顔に、今はもう笑みが浮かんでいた。
微笑みではなく、明らかに吹き出したいのを堪えているといった、そんな笑みが。
「何で笑うの……?」
じとっとした目で睨む。
すると、今度は口から小さく笑みを漏らして「すまない」と謝られた。
「ころころ表情が変わるんで、ついな」
「あたしは犬じゃなーいっ!」
「お、おいおい。そんなに大きな声を出すとリーナが起きるぞ」
はっと目を瞠って、レミアは慌てて右手で自分の口を覆った。
恐る恐る眠るリーナに視線を送る。
仰向けになって横になっている彼女が目を覚ました様子はない。
先ほどのレミアのように寝たふりをしていなければの話だが。
「まあ、とにかく」
大きく息を吐いて言うと、フェリアは立ち上がった。
布を抱えると、座ったままのレミアを見下ろす。
「リーナを置いていくとしても、私は絶対ついていくからな」
それだけ言うと、消えかかっている火から離れ、腰を下ろす。
布を体に掛け直しているフェリアを見て、レミアは漸く口を覆っていた手を離した。
「ちょ、ちょっと!まさか寝る気?」
「最初の見張りはお前の予定だっただろう。当然だ」
「……このまま置いていかれるとは思わないわけ?」
「ということは、お前は私を裏切るつもりか?」
びくっと肩が跳ねて、レミアの動きが止まった。
暫くの間、静寂が辺りを包む。
「……意地悪」
その言葉を出されたら、やろうと思っていたこともできなくなることを知っているくせに。
「お互い様だ」
小さく笑って言うと、フェリアはそのまま横になった。
「1時間くらいしたら起こせ。代わってやる」
ぶっきらぼうにそう言って、フェリアは静かに目を閉じる。
背を向けていたから、レミアからはその様子は分からなかったけれど。
「……あたし、星の読み方分からないんですけど」
ぼそっと呟いた文句は、返事を待つことなく闇の中に消えていく。
暫く待っても返事は返ってこなかったから、フェリアはもう寝てしまったのだろう。
小さくため息をつくと、レミアは座り直して後ろの木に背中を預けた。

remake 2004.02.12