SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter3 魔妖精

8:牢の記憶

王都エルランドの宿の一室。
いつもの服に着替えたレミアは、いつもどおりの髪型に髪を纏めると、タイムの向かいに腰を下ろした。
「あれ?あんた、服……」
「ああ。記憶の唯一の手がかりだったから、捨てずに取っておいたのよ」
今思うと正解だったなどと笑って言いながら、レミアは今は軽く羽織っただけのシースルーの上着を手で摘む。
この上着を無くさなくてよかったと、心底安心した表情をする彼女に苦笑を漏らしながら、タイムは隣で紅茶に口をつけているアールへ視線を向けた。
「ありがとう、アール。完全に後処理任せちゃったみたいでごめん」
「いや。元々私はそのためについてきたのだから、気にするな」
謝るタイムにアールは笑顔で首を振る。
そんな彼女にもう一度礼を言ってから、タイムはレミアへ視線を戻した。
「でも、どうして王女になってたの?」
「王女の時に話したでしょ。大体あのままだよ」
用意された紅茶のカップに口をつけて、レミアは続けた。
「記憶消された状態で放り出されて、行き倒れたところをたまたまあの城の兵士に拾われて、後は知ってのとおり」
兵士たちも国王も、戦死した王女と瓜二つのレミアを見て、王女が生きて戻ってきたものと思い込んだのだという。
「そんなにその王女と似てるわけ?」
「いや、私はレーリ王女には面識がなかったから」
「そっくりみたいよ。王様の部屋に飾ってあった肖像画が王女本人のものならね」
タイムの問いかけに首を振るアールの横で、レミアがため息をつきながらうんざりという口調で答える。
「まあ、そのことは置いておくとして。何故お前が王女をやっていたかということよりも、聞きたいことがあるのだが」
「何?」
「何故お前は記憶を失くしていた?」
一瞬、レミアの表情が曇った。
話そうとして迷っているらしく、視線が2人から外れて宙を彷徨う。
けれど、すぐに心を決めて視線を戻すると、真っ直ぐに2人を見た。
「長くなるけど、いい?」
しっかりと2人が、少し離れた棚の上で3人を見ていたティーチャーが頷く。
彼女は3人がついているテーブルの上に降りてきた。
ティーチャーが座ったのを確認して、ゆっくりとレミアは話を始める。
「学校が襲われた後、あたしたちが気づいたのは何処かの牢屋の中だったの」



目が覚めて、最初に目に入ったのは暗く冷たい天井。
次に目に入ったのは冷たい鉄格子。

ここはどこだろう。
あたしは、どうしたんだっけ?

そこまで考えて、急激に目の前に蘇った光景にはっと目を開いた。
「そうだ!みんなっ!」
がばっと起き上がった瞬間、視界が揺れて眩暈に襲われた。
とてもではないけれど、すぐには立ち上がれない。
「レミアさんっ!!」
脇から聞き慣れた声が聞こえてきて、何とか顔を上げて自分の横を見る。
「セレス……」
近寄ってきた黄色い髪の少女は、安心したように息を吐いた。
「よかった。大丈夫ですか?」
「うん。ちょっと眩暈がするけどね。それより……」
漸く眩暈が納まってきた頭を動かして、辺りを見回す。
「ここは?」
「牢屋。たぶん、敵の本拠地のね」
耳に入った別の声に振り返る。
視線を向ければ、すぐ側の壁に寄りかかるようにしてベリーが立っているのが目に入った。
こちらを見ようともしないその瞳は、おそらく牢屋の外を睨んでいるのだろう。
そのまま回りを見回して、奥の方にミスリルとペリドットがいることに気づいた。
「……あれ?ルビーは?」
たった1人だけ姿が見えないことに気づいて、側にいるセレスに尋ねた。
「姉さんはあそこに」
そう言ってセレスが指したのは、ペリドットの向こう側。
「あそこって……」
目を凝らして、よく見る。
最初は暗くてわからなかったが、こちらに背を向けているペリドットとミスリルの間に赤い髪が広がっているのが見えた。
「どう?ペリート」
牢屋の中へと視線を戻してベリーが尋ねる。
「駄目。さっきからヒーリングかけてるけど、全然起きないよ」
「起きないって、ルビーが?」
「ええ……」
不安そうな顔でセレスが頷く。
珍しいと思った。
怪我をしているわけでもない時に、彼女がなかなか目を覚まさないなんて。
「たぶん、これは気を失っているわけでも眠っているわけでもないのよ」
「どういうこと?」
ミスリルの言葉に、顔を顰めてペリドットが聞く。
「……たぶん、姉さんは深層意識のさらに奥に、自分で意識を封印したんじゃないかと」
小声で言ったセレスの言葉にミスリルは頷いた。
こんなに狭くて、しかも声が響く空間だから、全員に言葉が届くには十分な大きさだったのだ。
「そんなことできるの?」
「こいつ信念だけは強いからね。できそうもないこと、たまに気合で乗り越えてるし」
「そんな無茶苦茶……」
「ああ、確かに。ルビーならやり通すかも」
まじめな問いに返ってきた答えを聞いて、ベリーは呆れたという表情でため息をつく。
「まあ確かに、時々無茶苦茶な行動してるけど」
「ほら、みんな認める」
呟いたベリーの言葉に、笑ってペリドットが言う。
それはどちらかと言うと、苦笑に近い笑顔だった。
「タイムがいたら、もっといろいろ指摘しそうな気がする」
呟いたレミアの言葉に、全員が黙って頷いた。

「それでこれからどうするの?」
このまま雑談を続けそうだった仲間の間に割り込んで、ミスリルが尋ねる。
「どうするも何も、ここから出るしかないでしょう」
ベリーが再び牢屋の外へと視線をやりながら言った。
「そうだね。何とか魔法の水晶は取られなかったみたいだし。ルビーちゃんはあたしが運ぶとして、どうやって出ようか?」
術士タイプのミスリルとセレスには、ルビーを運ぶという仕事は少し無理があるだろう。
逆にレミアとベリーの腕が塞がると肉弾戦に不利が生じる。
ここはオーブを使った攻撃も魔法も、肉弾戦もできる自分が受けた方がいい。
そう判断して、ペリドットは周りを見回しながら問いかける。
「この際ばれるの覚悟でやるしかないと思うわよ」
「でも……」 
「あれ」
言いかけたミスリルの言葉を遮って、ベリーが牢の外を指す。
言われて視線を向けた場所には見慣れぬ、それでも効果だけよく知っている魔法陣があった。
「魔封じの文様っ!?」
最初に声をあげたのはセレス。
「攻撃系専用の魔封じの文様だね。あれじゃ普通の呪文は全部打ち消されちゃうよ」
回復系は使えるけどと付け加えて、文様を睨みつけるような視線のままペリドットが言った。
「破るには、おそらくあれで封じられないくらいの威力を持つ呪文じゃないと駄目でしょうね」
「ってことは……」
「セレスの精霊神法しかないってわけね」
ミスリルの言葉に、全員の視線がセレスに集まる。
「やってみます」
頷いて言うと、彼女は鉄格子の前まで出る。
文様に向けて杖を構えて、精神を集中するために目を閉じた。

「それをやられては困りますね」

突然牢獄に声が響いた。
驚き、全員が階段の方を見る。
上の階から、雲ひとつない空のような色の髪を揺らしながら1人の女が降りてくる。
その長い髪はポニーテールに纏められており、額には赤いバンダナがつれられている。
そのバンダナのすぐ下から生える耳は、人間のものとは違い、長く尖っていた。
「エルフ……!?」
「いかにも。私はこの城の長にして、妖精の中でも高貴なエルフ族の長」
闇夜のような濃紺色のマントに身を包んだ女が、妙に辺りに響く声で言った。
「そのエルフさんが、私たちに何の用?」
女を睨んで、ミスリルが先ほどまでとは全く違う口調で尋ねる。
「私はある女を捜している」
答えともそうではないとも取れる言葉を、女は表情を変えずに言った。
「その探し人が、私たちの中にいるとでも?」
「いいや。その女と繋がりを持つ人間が、お前たちの中にいる」
「繋がりを持つ人間?」
聞き返すが、女はただ頷くだけ。
「悪いけど、いないなわよ」
きっぱりとそう返す。
そもそも相手が探している『女』が誰のことかわからないのだから、いないかどうかさえわからないのであるが。
「いや、いる。これからそれを調べさせてもらう」
女は牢に向かってゆっくりと手を上げた。
反射的に全員が、持たされたままだった武器をその手に取る。
「眠れ」
呪文も何も唱えるわけではなく、女はただそう言った。
ただ一言だけ。
「……っ!?」
一瞬の間があって、がくんとレミアの膝が落ちる。
「レミアっ!?」
突然のことに驚き、ミスリルが女から視線を外して彼女の名を叫んだ。
「何、これ……?」
剣を支えに立とうとするけれど、体に力が入らなくて、立ち上がることができない。
腕で体を支えていることすらできなくなって、その場に崩れ落ちる。
「レミアっ!!」
「レミアさんっ!!」
仲間の声が聞こえるけれど、返事を返すことができなかった。
ただ、とてつもなく、眠い。
そう自覚した瞬間急激に周りの音が聞こえなくなって、光が消えた。



「気づいたら、あたしは記憶を失くしてこの国の兵士に拾われた」
そこまで話してため息をつくと、レミアは視線を逸らして口を閉じる。
「……他のみんなは?」
「わからない」
「……そう」
落ち込んだ様子で、今まで真っ直ぐ彼女を見ていたタイムが視線を落とす。
「しかし、これだと肝心なところがわからないな」
呟くようにアールが口を開いた。
「何故魔妖精がレミアの記憶を消したのか。その行動に、意味はあるのか」
「魔妖精?」
「そのエルフたちのことです」
聞き返したレミアに、テーブルの上に座ったティーチャーが答える。
「これは、私の推測なんですけど」
立ち上がってそう断ると、ティーチャーは全員の視線が自分に向けられるのを待って話し始めた。
「魔妖精は今、目的以外のことで余計な手出しはしたくないと考えていると仮定します。もしミルザの子孫が邪魔ならば、記憶さえ消してしまえば脅威にならないと考えたのかもしれません」
「否定はできないな。力は記憶によって変動することがある」
自分に自覚があれば、その身に秘められた力を自由に引き出すことができるだろう。
けれど自覚がなければ、自分が本来使うことのできるはずの呪文を使えない。
知らないものだと思い込んで、使わないかもしれない。
「じゃあ、相手の判断は向こうにとって悪くって」
「こっちにとってよかったって言うことね」
「……とすると、他の皆さんも同じようにこの国のどこかに放り出されている可能性があるね」
結論を出す2人の横で、ティーチャーが考え込むように腕を組みながら言った。
「だとすれば、敵の本拠地はこの国の最北。ここは最南。北上しながら街を探せば、見つけられるはず」
「よし!そうと決まればさっそく……」
「連れていかないよ」
勢いよく立ち上がったレミアが、タイムの一言に動きを止める。
「ちょ……っ!?何でっ!?」
せっかく牢屋から出られて、せっかく記憶が戻って合流できたというのに、納得がいかないのは当然だ。
「あんたには別の頼みがあるから」
「別の頼み?」
きっぱりと言われた言葉に今まで以上の真剣さを感じ取って、思わず聞き返していた。
「魔妖精の探しているのは妖精神ユーシスなの」
タイムの言葉に、レミアは驚きの表情でティーチャーを見る。
視線に気づいて、ティーチャーは黙って頷いた。
既に事情を聞いていたアールも「そうだ」と言って頷く。
「で、その妖精神の神殿があるテヌワンに、フェリアとリーフが残ってる」
「え……?」
突然出てきた相棒の名前に、思わずレミアは動きを止めた。
「何で妖精の村にフェリアが?」
「魔妖精が神殿を狙ったときのための警護と、途中であんたたちを見つけて、何かあったときのために残ってもらったの」
警護の話はレミアが納得するように今考えたものだけれど、それが何のための言葉かわかっているから、ティーチャーは何も言わなかった。
理由としては尤もだし、何よりこれ以上、妖精と関係ない人間を巻き込みたくないと考えているのは自分も同じだったから。
「あんたを一発で眠らせるほどの魔力の持ち主が長なんでしょう?もし、そのくらいの実力の奴らがテヌワンに攻め込んできた場合、どうなると思う?」
あの2人だけで、そのレベルの敵を全て倒せるかどうかは、わからない。
「だからあんたには神殿の警護に回ってほしいしいのよ」
そう言われて、断る理由は何処にもない。
神殿が襲われれば、おそらくそこにあるティーチャーの故郷も襲われるということになるだろう。
何よりそこにいる仲間を――正確にはフェリアを――放っておけるほどレミアは強くない。
大丈夫だと信じられるほど、強くない。
「……わかった」
微かに俯いて、はっきりとレミアは言った。
「あたしはその妖精の村に行く。ただし、ひとつ約束して」
「ん?」
「絶対途中でぶっ倒れないでよ。あんたに皆がかかってるんだから」
睨むような視線で言われた言葉に、タイムは苦笑しながら手を上げる。
「当然。期待してて」
「期待してる」
そう言って、顔より少し上に出された手をぱんっと叩いた。

remake 2003.09.13