SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter3 魔妖精

13:反乱の知らせ

「ところで、ひとつ聞きたいんだけど」
唐突に表情を戻してタイムが口を開いた。
「ミスリル。あんたにあたしの殺しを依頼してきた奴って、誰?」
その問いかけに、ミスリルの顔に浮かんでいた笑みが消える。
「言ったでしょう?あんたが助けたっていうサーカス団を襲った魔族。バンバードの子供よ」
子供と言っても、魔族の寿命は人間よりずっと長いと言われているから、実際は自分たちよりずいぶん年上なのかもしれない。
「確かソーンって名乗ったわね」
「へー、あいつそういう名前なんだぁ」
素直に感心してティーチャーが呟いた。

「ああっ!そうさっ!!」

その瞬間頭上から声が響いて、弾かれたようにティーチャーが、落ち着いた様子でタイムとミスリルが空を見上げる。
「……やっぱり見てたわね」
呆れたといわんばかりの口調でミスリルが呟いた。
見上げた先には蝙蝠の翼が生えた人間が、月を背にして浮かんでいる。
暗闇で顔はほとんどわからなかったけれど、声でそれが誰だかわかった。
「何でも屋っ!お前、依頼を放棄するのかっ!!」
町全体に響き渡りそうな大声でソーンと呼ばれた少年が叫ぶ。
けれど活気のない、むしろ何かに怯えているような雰囲気を持った住人が出てくることはなかった。
出てこようと思うのなら、さきほどの戦闘のときに野次馬が集まってくるはずだ。
「……依頼は失敗ってことね。もちろん成功報酬の約束だから、お金はいらないわ」
きっぱりと悪気のない言葉でミスリルが言う。
「それに、依頼の対象が仲間だったからね。放棄するには十分過ぎる理由でしょう?」
「仲間……っ!?」
「そうよ。さっきまでの話でわからなかった?」
驚きの表情を浮かべて叫ぶソーンを絶対零度を思わせるような冷たい瞳で睨みつけて、ミスリルは静かな声で聞き返した。
「ねぇ、タイム。ミスリルさんってこういう人だったっけ?」
声を荒げることなく怒りを発しているミスリルを呆然とした表情で見つめながら、ティーチャーはすぐ側に立つタイムに問いかける。
一度しか会ったことはなかったけれど、こういう性格をしていたのは確かベリーだったと記憶していたから驚いたのだろう。
「……ルビーやペリドットが何かしたときくらいしか怒らないから」
妙にベリーに似た口調になるから余計な恐いのだと、ミスリルには聞こえないように付け足して苦笑する。
「仲間なら、何で最初は戦ってたっ!!」
「記憶喪失だったからね。戻ったのがついさっきのことよ」
「記憶喪失?」
「サーカス団の水晶術師もね」
笑みを消し、少年を見上げてタイムが言った。
「あの俺に嘘を教えたサーカスの女!」
「嘘じゃないって言ってるでしょう。彼女が言ってることは事実。拾われたって町で確かめたから間違いないよ」
口調を強めて言われたその言葉に、ソーンが表情を歪めたのがわかった。
「嘘だっ!同じ種族だからって、人間どもが嘘をついてるんだっ!!」
「人間が嘘をついている、ね」
その言葉に何を思ったのか、ミスリルは誰に聞かせるわけでもなくぽつりと呟いた。
そして、真っ直ぐに空中に浮かぶソーンを見上げる。

「本当にそう思ってるの?」

「……何?」
妙に冷たく聞こえたその問いかけに、ソーンの背筋に冷たいものが走った。
「『人』と呼ばれる種族の中で、人間は1番弱い種族よ。冒険者みたいに戦う力を持つ奴らは全体の一部だし、個体の能力もあんたたち魔族に比べてずっと低い」
ほとんどの人間が魔力を持って生まれても、他の種族のように日常生活で使うことはない。
それどころか、専門職に就くか冒険者として旅をしない限りそれを使おうとすること自体ありえない。
「だから自分に被害が及ばないように危険を遠ざける。そのために、例えば反逆者を匿っている人を密告するなんてことまでする奴もいるわ」
「強い者には逆らわないし、逆らえないのが人間だしね」
勇気よりも恐怖が勝る。
自分より強い者を恐れ、それゆえ強い者から自分を遠ざけるよう行動してしまう。
「そんな種族が魔族に目をつけられた集団を庇うと思うの?」
一部の人間、冒険者やハンターは違うと思っているけれど。
大部分の人間がそうだ。
自分とは違う異端の者に恐怖する。
「それは……」
言い返す言葉が見つからなかったらしく、ソーンは悔しそうに顔を歪めて完全に口を閉じた。
それを見て、ミスリルは小さくため息をつくと、隣に立つタイムを見た。
「あんたが乗ってくるとはね」
そう呟いた声は小声で、もちろんソーンには聞こえていない。
「まあ、事実だと思ったし」
棍を持っていない手で頭を掻いて、小さく息を吐きながら答える。

「……るせぇ」

再び頭上から声が聞こえて、3人は揃って空を見上げた。
「うるせぇうるせぇっ!!」
ソーンが大声を上げながら、まるで何かを振り払うかのように首を大きく振っている。
「てめぇらがなんて言おうが、俺たちは見たんだっ!俺たちの目に映ったことが真実だっ!!」
漸く導き出した結論は、先ほどまで彼が主張していたものと何処も変わっていなかった。
「それに青い髪の棒術士っ!敵討ちを邪魔したてめぇも一族の敵だっ!」
「はぁ?」
予想しなかった発言に、タイムは思わず間抜けな声を上げた。
「そう思ってるから、あたしに依頼してきたんでしょうねぇ」
「暢気に言ってる場合じゃないと思うんですけど!」
両手を腰に当てて軽く息をついたミスリルに、焦った様子でティーチャーが声をかけた。
「それもそうなんだけどねぇ」
小さく呟いて、ミスリルはもう一度ソーンを見上げる。
「じゃあ何?今ここで決着つける?3対1で勝てる自信があるならの話だけど」
3対1と言う言葉にソールは一瞬顔を顰めた。
彼の位置からでは小さいティーチャーの姿は確認できないのだろう。
「3人……」
辺りを用心深く見回しているから、ペリドットがどこかに隠れていると思ったのかもしれない。
「それだと明らかにこっちが不利じゃねぇか……」
握っていた拳に力を込めて、小さく呟く。
「……ちっ!今日は諦めてやるよっ!!」
勝てないことを自覚したのか、吐き捨てるように言うと彼はそのまま背を向ける。
背中の翼を大きく羽ばたかせると、一気に飛び去り、闇の中へと姿を消した。



少年の気配が完全になくなったことを確認すると、タイムは大きくため息をついた。
「あ~……。厄介な奴に目ェつけられた……」
「理解力が足らないのか、それとも諦めが悪いのか」
「後者だと思いますけど」
呆れたように言うミスリルに、冷静にティーチャーが答えを返す。

この2人、思ったよりいい組み合わせかもしれない。

そんなことを考えながらタイムは再び額に手を当てる。
いつのまにか右手で持っていたはずの棍はその姿を消していた。
「……あんた、調子でも悪いの?」
タイムの様子に気づいたミスリルが、形のよい眉を僅かに寄せて尋ねる。
「別に。風邪が治ってないだけよ」
嘘ではない。
正確には、治りきっていなかった風邪がぶり返して悪化し始めたのだけれど、それを言うと心配してついてくるだろうから、絶対に言わない。
「治ってなかったの?」
驚いたように言って、すぐに納得したように呟いた。
「そういえば、あんたさっき、かなり動き鈍かったわね」
普段のタイムなら簡単に逃げられるはずであるゴーレムの手に捕まった。
詠唱している間に詰められるはずの距離を詰められなかった。
自分たちの中で最も素早いレミアとルビーについていける彼女が、こんなに動きが鈍いはずがないのに。
「……本当にただの風邪?」
「そうだよ」
もう一度息を吐いて答える。
「まあ、今はアスゴに握られたせいで体全体が痛いんだけど」
「……嫌味?」
「さあね。ティーチャー、悪いんだけど回復呪文かけてくれない?」
目を細めたミスリルにあっさりと返すと、すぐ側に浮かんでいたティーチャーに声をかける。
素早く詠唱を済ませてタイムに回復呪文をかけている彼女を見ながら、少しの間ミスリルは考え込んだ。
勘のいいルビーと一番長く付き合っているためか、タイムは何か隠し事をしていても表情に出ることが少ない。
だから本当に何でもないのか、それとも何かを隠しているのか、言葉や表情だけでは気づきにくいのだ。
「ありがと」
「どういたしまして」
ティーチャーの手から漏れていた光が止んで、タイムが笑いかけたのが目に入る。
傍から見れば普段どおりに見えるのだけれど、それでもどこかが違う気がした。
「タイム。あんた本当に、本当に風邪?」
「珍しくしつこいね。本当だってば」
さすがにぎくりとしたけれど、呆れたような表情になってそう返す。
「まあ、ちょーっと今日の戦闘がきつかったんで、明日辺り熱が出るかもしれないけど」
「……だから、嫌味?」
再び目を細めるミスリルを見て小さく笑うと、「実はね」と言ってタイムは彼女に背を向ける。
「まあ、続きは宿でしよう。ティーチャー、部屋は取ってくれたんでしょう」
「じゃなきゃ荷物置いてこれないよ」
両手を大きく広げて肩を竦めて見せながら、ティーチャーは苦笑して言葉を返した。
この姿では、旅の道具がすべて詰まっている袋を持ってくることは不可能だ。
「それもそうだね。……ありがとう」
素直に礼を言うと、ティーチャーは一瞬驚きの表情を浮かべた。
そうかと思えば、照れたのか、すぐに赤面して視線を外す。
「あ、私向こうで大きくなってこなくちゃ」
慌てて物陰に飛んでいくティーチャーを見て、タイムは小さく笑った。

「タイム」

名前を呼ばれて視線を動かすと、未だ不審そうな目でミスリルがこちらを見ていた。
「まだ言ってる。大丈夫だって言ってるじゃない」
呆れたように言うと、細めていた目をさらに細めて彼女はタイムを見つめる。
納得いかないという視線。
いつまでも外されることのないそれに、タイムは大きくため息をついた。
「じゃあ、宿に着いたら薬作ってよ」
「……は?」
突然の頼みごとに、ミスリルは目を瞬かせる。
「風邪薬調合してほしいの。あんたの薬が1番効くんだよね」
だからと付け加えて、タイムはミスリルへ視線をやった。
彼女はしばらく呆然とこちらを見ていたが、やがて我に返ったかのように数回瞬きをする。
それから漸く言葉が頭に広がったらしく、大きなため息をついた。
「わかったわよ。迷惑かけたんだし、作りましょう」
「やった!今回の件、それでチャラね」
にこっと笑った彼女の顔には、体調の悪さなど影も形も見られなかった。
それは彼女が気づかれないよう、必死に隠していたからなのだけれど。
ティーチャーもミスリルも、結局それには気づかなかった。

remake 2003.10.11