SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter3 魔妖精

12:敵対

暗い夜道を人とは思えない巨大な人影が歩いている。
人影はもっとずっと小さい人影の前で足を止めると、足元の人物を見下ろした。
「ご苦労様。戻っていいわよ」
凛とした声が響いて、同時に地響きが起こった。
巨大な人影は、その声に従うかのように音を立てて地面の中へと消えていく。
巨大な人影が消えたその場所に、たった1人残されたのは茶色い髪の少女。
長い髪を頭の右側だけで纏めた、冷たい瞳をした少女。

不意に足音が聞こえて、少女は静かに振り返った。
「誰?」
気づかれたことに驚いたのか、足音の主がびくっと震える。
足音の主はまだ少年で、背中からは蝙蝠のような黒い翼が生えていた。
「……あんたが最近ここにやってきた『何でも屋』か?」
「そうよ」
「あんたに、頼みがある」
じゃらっと音を立てて袋を差し出すと、少年は真剣な口調で言った。
「女を1人、殺してくれ」
「……殺し?」
明らかに少女が顔を歪める。
そして、小さくため息をついた。
「そういうのはハンターズギルドに言ってちょうだい。私、戦闘は専門外だから」
「一族の仇を!……取りたいんだ」
歩き出そうとした少女が、その言葉に足を止める。
「仇をとろうとしたらその女に邪魔されたんだ!けど、呪文も使うし仲間もいて、くやしいけど、俺たちじゃどうにもできなかった」
俯いて少年が続ける。
「ゴーレム使いのあんたならあの女殺せるって、そう思ったんだ」
少年の頬を一筋の雫が流れた。
それを見て、少女は再び小さくため息をつく。
「……わかったわ」
「本当かっ!?」
ぱっと少年が顔を上げた。
「ええ。ただしお金は要らない。今はね」
「今はって……」
「成功報酬って意味よ。失敗した場合は報酬はいらない。ただし……」
「ただし?」
「高くつくけどね」
少女は少年の方に視線を向けると、小さく笑みを浮かべた。



ペリドットと別れてから4日ほどが経った。
ティーチャーの反対を押し切って馬にできるだけのドーピングをすると、タイムは思い切って馬を飛ばした。
サーカスのいた次の町では――ペリドットがここでサーカスに拾われたのだと言っていたから予想はしていたが――セレスもミスリルも見つけることができなかった。
「癒しの精霊よ。我が手を通し、この者に慈悲の光を与えたまえ」
馬から荷物を下ろして中を確認していると、背後から声が聞こえた。
言葉と共に溢れた暖かい光に気づいて、顔を向ける。
「ティーチャー?」
「何?」
声をかけると光はすぐに止んで、ティーチャーがきょとんとした様子で振り返る。
「何したの?」
「ああ、ほら、無理させちゃったから、一応回復呪文をね。目的地までにあと2つくらい村があるから、途中で潰れたら困るでしょう?」
地図を確認しながら聞く彼女に、タイムは「そうだね」と頷く。
回復呪文だって体の回復能力を促進させるのだから、疲れを癒すには逆効果なのではないかとも思ったが、ちゃんとした知識があるわけではないので黙っている。
「それにしても……」
タイムの向こう側に広がる町を見回して、ティーチャーは顔を顰める。
「ここってずいぶん静かな町だね」
確かに、もう日が沈み始めているとはいえ、人が少なすぎる。
「何処の世界にもひとつはあるもんだってルビーが言ってたことがあったけど、本当だとは思わなかったわ」
危険に晒され、寂れた町。
ルビーの言う『何処の世界も』という言葉はテレビゲームの話だとわかっていたけれど、現実にこんな町があると本当だと思ってしまう。
「とりあえず宿探そう。この時間じゃ情報収集も買い物もできないだろうし」
「そうだね」
答えるなりこちらに背を向けて、ティーチャーは馬に声をかける。
「じゃあ、あたしはこっちか」
そう呟いて、タイムは下ろしてあった荷物を持ち上げた。
その一瞬、視界が揺らいでそのまま倒れそうになる。
「タイム!?」
名を呼ばれた瞬間消えそうになった意識が引き戻されて、何とか踏み止まった。
「大丈夫?」
引いていたはずの手綱を手放したティーチャーが側に駆け寄ってくる。
「あ……、うん。平気」
「でも……」
「ちょっと立ち眩みしただけだから。それより行くよ」
落としかけた荷物を持ち直して、タイムはさっさと歩き出す。
「……うん」
納得がいかないと表情で頷くと、ティーチャーは仕方なく手綱を手に取った。

……やばいかもしれない。

口には出さずに心で呟く。
ああは言ったけれど、実際には昼ごろから体がずいぶんと重くて、こうして普通を装って歩いているだけでも辛い。
この1週間と少しの間の無理が、風邪の治りきっていなかった体に十分負荷を与えていたらしい。
「本当に大丈夫?」
「平気だって言ってるでしょうが」
心配そうにティーチャーが話しかけてくるけれど、今の自分は宿の看板を探すことで精一杯で、彼女の言葉全てに耳を傾けている余裕はないはずだった。
ふと、感じた気配にタイムは足を止める。
「タイム?」
きょとんとして首を傾げるティーチャーに、彼女は荷物を押し付けた。
「ちょ、ちょっとっ!」
「この先に宿の看板が見えた。それ持って馬連れて、先に行ってて」
「ちょっと待って!何で突然……」
「急いで」
妙に耳に響いたその声に、ティーチャーははっとタイムの手元に視線を向けた。
その手にはいつのまにか普段は水晶球として荷物にしまっているの白い棍が握られている。
それを認識して初めて彼女は近づいてきた気配に気づいた。
「その馬潰れたら足がなくなる。加勢してくれるのはいいけど、その前に馬だけ預けてきて」
「わかった」
頷いて馬に荷物を乗せると、ティーチャー自身も馬に飛び乗る。
そのまま、夕日に照らされて辛うじて確認することができる宿の看板へと向かって走り出した。
その夕日も、もうほとんど沈んでしまっていて、辺りは闇に包まれ始めていた。
完全に人のいなくなった通りで、タイムは慎重に辺りを見回す。

まだ近くにいるはず……。

そう考えて、はっと視線を落とした。
足元から微かに魔力が漂ってくる。
それに気づくと、タイムは慌てて後ろへ飛んだ。
その瞬間、地面を突き破り、ごつごつした岩が突き出してきた。
先を針のように細く尖らせた岩が、先ほどタイムのいた場所を貫く。
もう少し反応が遅かったら、あの岩で串刺しにされていただろう。
「地の呪文……」
まさかと思いながら、人の気配が強くなった方へ視線を投げた。

「避けた……。さすが魔族を退けた冒険者、と言ったところかしら?」

聞こえた声に僅かに表情を変える。
驚きではなく悔しそうなものに。
建物の影から現れた女は、フードつきのマントを被っていて顔はわからなかったけれど。
あの凛とした声を、自分が忘れるはずもない。
「……魔族を退けた?」
いつもより声のトーンを落として聞き返す。
「一族の仇を打とうとしていたバンバードを追い返した女棒術士。あなたのことでしょう?」
どうしてそのことをと聞こうとして、やめた。
「知らないね。人違いじゃないの?」
「いいえ。青い髪に白い棍を持った冒険者。間違いないわ」
青い髪なんてこの世界では珍しいものではないというのに、確信を持った口調で告げる。
言いながら、女はマントの下から鞭を取り出した。
「悪いけど、こっちも仕事なの。悪く思わないでね!」
言葉が終わると同時に鞭が唸る。
足をめがけて飛んできたそれを避けて、タイムは棍を握り直した。
「仕事!?あんた一体何っ!?」
「ただの何でも屋よ。ハンターが請け負わない仕事を引き受ける、ね」
「なるほどね……」
棍を握る手に力を込めてぽつりと呟く。
おそらく誰かがあの女に自分の始末を頼んだのだろう。
今までの話から察するに、依頼主はおそらくあのバンバードの少年だ。
「ロックニードルっ!」
再び地面に魔力を感じて、慌てて横へ飛ぶ。
同時に、先ほどと同じような無数の岩が地面から突き出した。
考え事をしている場合ではない。
それは、わかっているけれど。

レミアもベリーも、喧嘩程度だったから問題なかったけど……っ!!

今度の相手は明らかに自分を殺すつもりだ。
呪文が使えることを思い出している分、下手に手を抜けばこちらが危ない。

ちっと舌打ちが聞こえて、タイムはマントの女を見た。
「思ったよりすばしっこいわね」
「今ここにいない親友が素早いからね」
「そう。まあいいわ。その素早さ、いつまで発揮できるのかしら?」
「何……っ!?」
言葉を返そうとした瞬間、唐突に背後に現れた気配に驚き、振り返った。
空を覆い始めた星を隠すようにタイムの目の前に現れたのは、巨大なゴーレム。
驚きに目を見開いて、慌ててそのゴーレムから離れようと大地を蹴る。
「……何でっ!!」
ゴーレムを呼び出すためには、自分が人形師であるということを思い出していなければならないはずだ。
呼び出せるということは、そこまでの記憶を取り戻しているということで。
それなのに何故、それ以上のことは思い出していないのか。
「アスゴっ!その女を捕まえなさいっ!」
女の言葉に、今まで動こうとしなかったゴーレムが動き出す。
体の向きを変えると、タイムを捕まえようと迫ってきた。
「……っ!……我願う」
伸びてくる手を避けて、言葉を紡ぐ。
「今この地、この場に漂う水よ。その姿、氷となりて、我らが前に立ち塞がりし者どもを吹き飛ばさん!」
本当は呪文など使いたくないけれど。
自分たちを何度か助けてくれたこのゴーレムを、壊したくはないけれど。
「ブリザードっ!!」
突然辺りに吹雪が巻き起こった。
氷を纏った冷たい風がゴーレムにぶつかり、その表面を砕いていく。
けれど威力が低かったのか、ゴーレムの動きはそれでは止まらず、腕は確実にタイムに向かって伸びてくる。
まずいと思って逃げようとした途端、ぐらりと視界が歪んだ。
襲ってきた眩暈にバランスを崩したその瞬間、ゴーレムの手が彼女の体を捉えた。
「……うあぁっ!?」
棍が地面を転がる軽い音が聞こえた。
岩に包まれた体は高く掲げられ、足が地面から離れる。
「……っあ!!」
体を握る腕に力を入れられたらしく、みしっと骨が鳴る音が聞こえて体全体に痛みが走った。
「呆気ない……」
ゴーレムに捕らえられたタイムを見上げ、女はつまらなそうに呟いた。
「魔族を退けたって言うから、もうちょっと粘ってくれるかと思ったのに……」
何処となく寂しそうな声。
今にも消え入りそうなほど小さな声で言われたそれは、しっかりとタイムの耳に届いていた。
その言葉の意味を察しできる余裕など、今の彼女にはなかったけれど。

いつもより息が上がるのが早い気がする。
先ほどの眩暈だって、普段は絶対にないものなのに。
このままだと、本当にまずい。

「……冗談じゃない」

閉じかけていた瞳を開いて、小さな、しかしはっかりとした声で一言、そう言った。
先ほどまで虚ろな色を宿しかけていた青い瞳に、しっかりとした光が宿る。
「大気に溶け込みし、無限の水よ。今ここに、我が元に集い、敵を倒す柱とならん」
ゴーレムの足元に水が湧き出し始める。
地面から出ているわけではない、魔力で呼び出した水が。
「スプラッシュっ!!」
水柱が大きな音を立てて術者ごとゴーレムを飲み込んだ。
「何っ!?」
驚いた女が思わず叫ぶ。
上空に上がった水が雨のように地面に降り注ぐのと同時に、岩が地面に落ちる音がした。
先ほどの吹雪で体が脆くなり、ところどころ表面が剥がれていたゴーレムには、あの呪文は耐えることが出来なかったのだろう。
ばらばらになったゴーレムは、ただの岩となってその場に崩れ落ちていた。
そのすぐ側で地面に膝をつき、髪を濡らして肩で息をしている少女が1人。
ふらふらと立ち上がって落ちていた棍を手に取ると、呆然としている女の方へ視線を向ける。
「私の、ゴーレムが……」
岩の塊と化したゴーレムを見て、ぽつりと呟く。
けれど、彼女はそのままそれに近づくようなことはしなかった。
「……よくもっ!」
鋭い瞳でこちらを睨んで、鞭を持つ手に力を入れる。
だが、自分に接近戦は無理だと理解しているのか、その鞭を使って攻撃を仕掛けてくるようなことはなかった。
相手が近づいてきたときに攻撃をしやすいよう鞭を持ち替えて、こちらを睨みつけたまま唇を動かす。
「地の精霊よ。汝、我が声に応えよ」
「!あれは……っ!?」
タイムの知る彼女の呪文で、あの言葉で始まるものはただひとつ。
「我らが前に立ちふさがりし者。我らに仇なす愚かなり者に、汝が力、汝が偉大さをここに示さん」
舌打ちして走り出すけれど、先ほどの眩暈の影響で足がふらついている。
いくら自分の武器の間合いが長いからといっても、これではおそらく間に合わない。
「愚かなる者を、悠久の穴に……」
まずいと思った、その瞬間だった。

「フラッシュっ!!」

突然声がして、女が強い光を放った。
いや、女ではなく女の目の前に現れた何かが。
反射的に顔を腕で覆い、目を閉じて光を避けた。
けれど、詠唱に集中していた相手にはそんな暇はなかったらしい。
目に直接光が入ったのか、小さな悲鳴を上げると両手で顔を覆って数歩後ろへ下がっていく。
「タイムっ!大丈夫っ!?」
光が止んで聞こえたその声に、タイムは腕を下げて顔を上げた。
「ティーチャーっ!?」
驚いて、けれど納得して、タイムは辺りを見回す。
視界に飛び込んできた見慣れた金髪の妖精にほっとして、僅かに表情を緩ませた。
「ありがと。助かった」
「間に合ってよかったよ。アースホールなんて上級呪文、完全に防げたかどうかわかんないし」
並みの魔道士の呪文ならば防ぎきる自信はあるけれど、今の相手の魔力はそれを軽く上回る。
近づいて女の正体に気づいたためか、冷や汗を浮かべて呟くティーチャーにタイムは苦笑した。
「くそ……」
聞こえた声にはっと視線を戻す。
女が目を押さえたまま立ち上がろうとしていた。
日が完全に沈み、暗くなっていたこの時間に強い光を瞳に受けたのだ。
まだ完全に回復はしていないらしく、瞳はきょろきょろとタイムの姿を探していた。
ふと、タイムは自身の額に手を当て、調子を確認する。
先ほどまでの眩暈はいつのまにか消えていた。
「大丈夫。まだ行ける……」
無意識に漏れた呟きを耳にして、ティーチャーが不思議そうにタイムを見る。
「ティーチャー。あいつの動き、いつでも止められるようにしといて」
そう告げた途端タイムは返事を待たずに走り出した。
棍をひゅっと回して、空へと向かう石突を逆にする。
上に上げられた石突の先端には、あの印が刻まれていた。
レミアの記憶を取り戻した、“魔法の水晶”に刻まれた印が。
この印が失われた記憶を取り戻す。そう言い切れるわけではない。
けれど、レミアのときに出来たのだから、記憶を取り戻しつつある彼女になら効果はあるはずだ。
そう思ったから、目の前で立ち止まり、視力の回復した彼女に棍を突きつけた。
突然のことに驚いて、目を見開いたまま女の動きが止まる。
同時に、外れかけていたフードが背中に落ちた。
中から現れたのは長い茶色の髪。
右側でひとつに纏められた、彼女特有の珍しい髪型。
「やっぱり……」
小さくティーチャーが呟いたのが聞こえた。
けれど、声はそれきり。
タイムは棍を突きつけたまま、女は突きつけられた棍を見つめたまま、一向に動く様子がない。
やがて、不意に瞳が和らいだかと思うと、女はため息をついて目を閉じた。
そして、マント共に持っていた鞭を地面に捨てる。
「参った。降参」
あっさり言われた言葉に、タイムは突きつけていた棍を下ろした。
けれど、まだ確信はなかったから、警戒を解くことはしない。
「ずいぶん慎重ね。まあ、降参って言った瞬間に気を許していたら、不意打ち喰らうかもしれないものね」
小さく笑ってそう言った女に不信感を抱きながらも、恐る恐るティーチャーは2人に近づく。
「……アスゴ倒したことに対する嫌味はそれだけ?」
棍を持たない左手で額を押さえて、タイムは大きくため息をついた。
「まあね」
くすっと笑って彼女の横を通り抜けると、岩の塊の方へと歩いていく。
近くで足を止め、一際大きな岩を調べると、すぐにその表情を和らげた。
「大丈夫。核は無事だから。これが生きれてれば治してあげられるわ」
そう言って笑ってみせると、初めてタイムの表情が緩んだ。
ティーチャーだけが、不安そうに2人を交互に見つめている。
「あの……?」
「ああ、ごめん。もう大丈夫だよ、ティーチャー」
タイムの言葉に同意するように女が頷く。
「久しぶりね、ティーチャー。帝国解放以来かしら?」
にこっと笑って投げかれられた問いに、ティーチャーがぱっと笑顔になる。
「そうです!よかったぁ。思い出してくれて」
「……ごめん」
「いいよ。あんたのせいじゃない」
僅かに表情を曇らせた彼女に、額に手をやったままタイムは首を横に振って言葉を返す。
「むしろ、無事でよかったよ。ミスリル」
「……ありがとう、タイム」
笑顔を浮かべて言った言葉に、女――ミスリルも微かに笑顔を浮かべて礼を言った。

remake 2003.10.11