SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter2 法国ジュエル

16:転校生

「ちょっと待って!それってどういうことっ!」
魔燐学園の理事長室に一際大きな声が響く。
新学期早々こんな声を張り上げているのは、当然というべきか緑のバンダナがトレードマークの彼女――ルビー=クリスタこと金剛赤美。
「どういうことも何も、そういうことよ」
「そう言われても納得いかないっ!」
「命の恩人に対してそういう口の聞き方はいけないと思うなー」
軽い口調で言った実沙を、赤美はぎろっと睨んだ。
それとほぼ同時に実沙はぷいっと顔を背ける。
「あんた、何か仕組んだでしょ?」
「べっつにー?」
「誤魔化すな!だったら何でこんな展開になってんのよっ!」
「本人たちが望んだからでしょー?」
「あんたがそういう風に仕向けたんでしょうがっ!」
ばんばんっとテーブルを叩きながら叫ぶ赤美の姿に、ある者は苦笑し、ある者は呆れ顔をする。
「とにかくこれは理事長命令。嫌でも納得しなさい。わかったわね?」
「それってかなり滅茶苦茶な命令じゃないっ!」
矛先を百合に戻して赤美が叫ぶ。
確かにそうかもしれないが、それ以外に彼女にこの考えを飲み込ませる手は他にない。
「とにかく!あたしは反対だからね!リーフが転校してくるなんてっ!」
大きく息を吸い込んで、外にまで聞こえそうなほどの大声で赤美は断言した。
けれど、その発言はすぐに撤回されることとなる。

「姉さんって、受けた恩を仇で返す人だったかしら」

思わずびくっと体が震えて、恐る恐る振り向いてみれば、いつのまにかそこには妹が立っていた。
見慣れない、けれど見慣れた黒髪の青年と連れ立って。
「き、紀美……。それに、リーフ」
「大葉だ。大葉陽一」
まだ慣れていないのか、自分でも戸惑った様子で青年は名を告げた。
髪の色こそ違うが、彼こそインシングに存在する王国エスクールの第一王子、リーフ=フェイト=エスクールに他ならない。
彼の持つ雰囲気と声、そして顔つきが何よりそれを証明していた。
「大葉先輩とその妹さんがいなければ私たちは帰ってこれなかったってこと、わかってるわよね?」
そう言ってにっこりと笑みを浮かべた紀美子の表情が悪魔の微笑みのように見えたのは、赤美の気のせいであろうか。



あの後、崩壊した街の瓦礫の下から、奇跡的に無傷で爆発を乗り越えたフェイト兄妹が姿を見せた。
お互いの無事を確かめた2人は、瓦礫に足を取られないように注意しながらも急いで城のあった場所へと向かう。
城の中心部だと思われる場所に近づけば、瓦礫の上にはタイム、レミア、ミスリルの、水晶の中に閉じ込められたままだった3人が静かに横たわっていた。
「……大丈夫。眠っているだけです」
ミューズが3人の様子を確かめて、兄を見上げる。
当の兄は、今の彼女の言葉を聞いていたかどうかさえ怪しい様子で瓦礫の上を見回していた。
聞かなくても予想できる。
彼は今、必死にセレスを探しているのだ。
ふと、視界の端に見慣れたものが入り、ミューズは視線を動かす。
瓦礫の上、後から置かれたかのように落ちている水晶球は、確かペリドットのオーブだったはずだ。
気づいていない兄は放っておいて、ミューズは慎重にオーブの側へと歩み寄った。
姿勢を低くして見れば、ちょうど自分の建つ位置とは反対側の瓦礫の下から何かがはみ出しているのが見える。
赤く染まった誰かの手が。
それに気づいて、慌てて鞘に刺したまま剣を引き抜く。
剣と手を上手く使い分けながら上に乗った瓦礫を退けると、赤く染まった服が現れた。
その服の上に散らばるのは、薄汚れた若草色の髪。
「ペリートさんっ!」
妹のその言葉に、別の方向を見ていたリーフが振り返る。
「ペリートっ!」
慌てて駆け寄ると、すぐに妹に手を貸して、見つけた仲間を瓦礫の下から引きずり出した。
引きずり出された彼女の背中には、戦闘中にできたのだろう大きな傷が走っていたが、それだけ。
瓦礫に下敷きにされた後に負ったような怪我は何処にもない。
「……リーフ?」
それどころか、彼女の意識はまだあのときのまま保たれていた。
「お前、大丈夫なのか!?これ、何があったんだ?」
驚きつつも冷静に聞き返す彼に、ペリドットは力なく笑った。
手だけが、ゆっくりと2つの方向を示す。
「あの辺にルビーとベリー。んで、あっちにセレスがいる」
セレスと言う言葉に反応したのか、ばっとリーフがペリドットの指した方を見る。
「なんか最後の呪文、発動直前に、結界張られたみたいで、さ。あたし以外は、みんな、無傷のはず、だから」
大きく息を吸い込んで、ペリドットは言葉を切った。
おそらく背中の傷が痛むのだろう。
この傷では、意識があるということの方が奇跡に近いくらいなのだ。
話している分余計に辛いのかもしれない。
「セレス叩き起こして、言ってくんない?さっさと傷、治してよ、って……」
「ペリートさんっ!」
言いたいことだけ吐き出すと、彼女はそのまま意識を失った。



その後2人はまずセレスを見つけ出して、ペリドットの伝言通り彼女を叩き起こした。
伝言通り治療を始めた彼女の横で、2人は残ったルビーとベリーを必死になって捜索したのだ。

だから今、彼女たちは全員、こうしてここに戻ってきている。
「なのに、姉さん。恩を仇で返すのかしら?」
意地悪そうに笑って自分を脅す妹を見て、赤美は後退りながら考える。

この子、こんなに黒い子だったっけ?

紀美子の背後に黒い炎らしきものが見えている気がして、赤美は顔を青くする。
普段おとなしい彼女が本気で怒ったとき、自分に生じる被害が尋常ではないことは過去の体験から身を持って知っていた。
だから怖い。
ここでこれ以上、リーフがアースに住むということを――大葉陽一としてこの学園に編入することを拒否し続ければ、怪我どころではなく命がなくなる気がする。

「いいわよね?姉さん」

間を置いてから紀美子がにこっと笑った。
今度は誰の目にも明らかな悪魔の笑みを見せる。
そこまでされて、そこで断ったら何をされるか予想できるこの状態で、それ以上断り続けられるはずもない。

「は、はひ……」

強制的に、赤美はリーフ――陽一の編入を認めされられた。
人間誰しも、自分の命は惜しいものなのである。

「というわけですから、夏休みの残りの期間、私と百合先輩でみっちり鍛えた大葉先輩が入部します。よろしくお願いしますね」
ぱっと笑ってそう告げる紀美子に誰もが恐れを抱いたことに、おそらく陽一自身も気づいていることだろう。
そんな雰囲気を何とかしようと思ったのか、敢えて陽一は彼女に声をかける。
「紀美……」
「はい?」
「その大葉先輩っての、どうにかならないかな?」
故郷では名前で呼ばれていたせいか、名字で呼ばれることに慣れないでいるらしい。
場違いな質問だとも思いながら、おどおどとした様子で紀美に尋ねた。
「じゃあ、陽一先輩」
先ほどとは違う柔らかい笑顔を見せて、紀美子は彼の名前を呼ぶ。
照れたのか、微かに顔を赤くして、「それなら」と陽一は頷いた。



「それじゃあ、これから陽一先輩に学内を案内してきますから。失礼します」
いつもの笑顔でそう言うと、紀美子は陽一と連れ立って理事長室を出て行く。
2人のいなくなったその部屋はほっとするような安堵感に包まれた。
その真ん中で、床に伏して脱力しているのは赤美。
その肩を美青がぽんっと軽く叩く。
「諦めなさい」
言われたその言葉が妙に頭の中に響いたのは何故だろうか。
そんな思いに囚われながら、赤美はひたすら怯えていた。
先ほど妹が見せた悪魔の微笑みに。

remake 2003.05.02