SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter1 帝国ダークマジック

1:火の盗賊

夢を見た。
最近よく見る赤い神殿の夢じゃない。
懐かしい、今はもういない両親の夢を―――



「うわあああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!」
ここ最近よく耳にする絶叫が通りに響く。
人通りの多い住宅街の中を、その声の主は走っていた。
「何で起こしてくれなかったのよ紀美っ!!」
絶叫したと思った途端、額を隠すように緑色のバンダナを付けた長い髪の少女が怒鳴った。
「何度も起こしたわよっ!それでも姉さん起きなかったんじゃないっ!」
隣を走る、まだ幼い顔立ちをした少女がそんな彼女に向かって怒鳴り返す。
肩の辺りで切り揃えられたその髪が、彼女の頭の動きに合わせて揺れた。
2つの声は怒鳴り合いながら一目散に小高い丘の上にある学校へ向かっていく。

叫びながら道を走っていく2人の少女は姉妹だ。
姉――緑のバンダナを付けた少女――の名は金剛赤美(こんごうせきみ)
隣を走る妹の名は金剛紀美子。
どちらもこの先にある学校――私立魔燐(まりん)学園中等部の生徒である。
魔燐学園とは、小学校から高校まで一貫教育をしている、この辺りでは有名な私立学校だ。

その学園独特の明るい灰黄色の制服を着た2人の少女は、互いに不満をぶつけ合いながら中等部の校舎に続く道を全速力で走っていた。
「だいたい赤美姉さん!ここのところ夜によく出かけるじゃないっ!何してるのよっ!」
「げ!知ってたの!」
「当たり前でしょう!……って、ああっ!!」
きっぱりと言葉を返してから、紀美と呼ばれた少女が声を上げた。
道の先から聞き慣れた、今は聞きたくない電子音が響いている。
「あ゛ーっ!!予鈴っ!!」
それが何だか理解した途端、赤美と呼ばれたバンダナの少女が声の限りに叫ぶ。
「今日の当番、田山先生よっ!」
「げっ!うちの担任っ!!」
隣を走る少女の口から飛び出した名前に、バンダナの少女は思わず「最悪」と呟いた。


5分ほど走り続けて、ようやく中等部の正門が見えてくる。
その門では、当番の教師が今まさに遅刻の判定を始めようとしていた。
「あれ?」
門番の教師と共にいる生徒たちを見た途端、赤美の表情が僅かに緩んだ。
美青(みさお)っ!百合っ!」
思い切り声を上げ、生徒たち――2人いる少女たちの名を呼んだ。
はっとした様子で2人が振り向く。
1人はそのまま手を振ってくれたが、もう1人は何の反応も見せずに教師に向き直った。
「赤美ーっ!紀美ちゃーんっ!早く早くっ!」
反応してくれた方の少女が必死に手招きをする。
まだ門の外を走っていた2人は、できる限り速度を上げ、友人の待つ門の中へ頭から突っ込む形で走り込んだ。
その瞬間、聞き慣れた電子音が校内に響く。
言うまでもなく本鈴だ。
「ぎりぎりセーフ!」
「ま、間に合った……」
安堵して、姉妹はその場に座り込む。
ふうと手招きしたのではない方の少女がため息をついた。
「とりあえず、これでは遅刻にしようがありませんね?田山先生」
不敵な笑みを浮かべて教師に視線を戻す。
「あ、ああ。そうだな……」
顔を歪めながら田山と呼ばれた教師は返事を返した。
「と、とにかく4人とも早く教室に行きなさい」
「はい。先生も会議に遅れませんように」
笑みを浮かべたまま少女が言うと、田山は小さく呻いて彼女に頭を下げ、逃げるようにその場を後にした。
はあと手招きしていた方の少女が大げさなため息をつく。
「ありがとぉ~2人とも。助かったぁ~」
赤美がほっとしたような笑顔で礼を言った瞬間、スパーンという小気味好い音が辺りに響いた。
見れば、先ほどまで田山の話していた少女の手に、いつのまにかハリセンが握られている。
「~~~っ!!!百合っ!いきなり何すんのさっ!!」
「いきなり何する、じゃないわよ。まったく毎日毎日、何度紀美ちゃん巻き込めば気がすむわけ?」
「ご、ごめんなさい」
こめかみに青筋を立てて自分を見下ろす友人の姿に、迫力負けした赤美はあっさりと謝る。
その隣では、紀美子ともう1人の少女が困った顔をして笑っていた。
「まったく……。いい加減にしてほしいわよ。フォローする身にもなってほしいし」
「すみません、理事長」
「紀美ちゃん、その呼び方止めてって言わなかった?」
「あ……、ごめんなさい百合先輩」
こめかみに青筋を浮かべたまま睨まれて、紀美子は思わず逃げ腰になりながら謝罪した。
そんな彼女を見て、百合と呼ばれた少女は小さくため息をつく。
「……まあいいわ。ほら、早く教室行きなさい。ホームルームの遅刻まではフォローできないから」
「あ、はい」
立ち上がって軽く制服を払うと、紀美子はぺこりとお辞儀した。
「どうもすみませんでした」
改めて謝罪の言葉を告げて顔を上げると、慌てて校舎へ向かって走っていく。
「さて、あたしたちも戻ろっか」
「そうね。行くわよ、赤美」
「ああっ!?待って!!」
歩き出した友人たちを、赤美は慌てて追いかけた。



この2人の少女は、ともに赤美のクラスメイトだ。
紀美子が理事長と呼んでいた少女の名は雨石(あませき)百合。
走ってくる姉妹を手招きした少女は音井美青。
百合とは――紀美子も含め――初等部時代からの付き合いで、美青は幼稚園のときからの幼馴染み兼親友だ。
仲良くなった最初の理由は、おそらく境遇が似ていたからだろう。
金剛姉妹も美青も百合も、幼少期に事故で両親を亡くしているから。
そんな姉妹と美青は、現在は学園の寮に入って生活している。
幸い彼女たちは成績優秀で奨学金を受けることができたし、両親は口座に生活費を残しておいてくれた。
美青に至っては海外に10歳上の姉を始めとした姉兄がいて、そちらから月に一度生活費が振り込まれることになっている。
何より――両親が亡くなるまで知らなかったのだが――彼女たちの親はこの学園の理事長と旧知の仲と言えるほどの間柄であったらしく、高等部卒業までは寮に置いてもらえる上に多少の援助もしてもらえる約束が既にしてあったのだ。
その理事長も先日亡くなり、今は彼の唯一の血縁者であり孫である百合がこの学園の理事長に就いている。
そう、先ほどの紀美子の『理事長』発言は、決して冗談や遊びではなかったのだ。



「おっはよー♪今日もギリギリだったね、赤美」
教室に入るなり、ぽんっと肩を叩かれた。
「おはよ沙織。何かずいぶんご機嫌だね……」
疲れた顔で赤美は声をかけてきた少女を見上げる。
「だって1限、体育だよ」
「げっ!?何で!?保健はっ!?」
「先生が出張だって。代わりにほら、うちって体育遅れてたでしょ?」
「うげぇ……」
心底嫌そうに赤美が声を漏らす。
対する少女――沙織はご機嫌だった。

風上沙織――彼女たちの初等部時代からの友人で、やっぱり自分たちと同じ境遇の少女。
今でこそ明るいスポーツ万能な少女という印象があるが、出会った当初はまるで別人のようだった。

「それで男子がいないわけか」
耳に届いた美青の言葉に、赤美ははっと現実に帰る。
そんな彼女に気づかない様子で、沙織はやれやれと首を振って見せた。
「そういうこと。1限が体育だと、みんなホームルーム、エスケープするからねぇ」
「問題アリよね、それも」
考え込むように腕を組んで、百合が大きなため息をつく。
「まあ、仕方がないといえば仕方がないんじゃない?うちの担任、小中高ひっくるめての嫌われ者でしょ?あたしもあの先生嫌いだし」
「……聞こえてるぞ金剛」
ここにはいないと思っていた人物の声に、びくっと赤美の肩が跳ねた。
恐る恐る振り返ると、そこには出席簿を持った担任の田山が立っていた。
「せ、先生……」
「……さっさと席につけ」
妙に低い声が耳に届く。
普通なら怒鳴っているだろうこの場所で何も言わないのは、やはり理事長である百合がいるからだとの噂がある。
「まったく……。男子はまた外か。先に連絡しておくんじゃなかったな」
ぶつぶつ言いながら教壇の上に立つ。

わかってんなら連れ戻せばいいのに。

心の中で舌打ちしつつ、赤美は自分の席に着いた。
ふと、違和感を覚えて校庭を見る。
窓側の一番後ろの席だということが、そのときの彼女にとって良いことだったのか、それとも悪いことだったのかはわからない。
流れ込んできた気配。
おそらくここでは彼女しか感じ取ることが出来ないであろう、最悪の波動。
「これ……!?」
それが何かを理解して、思わず呟いた瞬間だった。
一瞬閃光が辺りを包む。
反射的に腕で目を庇って、飛び込んできた音と光景に目を見開いた。
飛び込んできた音は思わず耳を塞いでしまいたくなるほどの爆発音。
次いで目の前に広がったのは、音の原因が地面にぶつかって吹き上がったらしい煙から現れた、この世界にいるはずのない、いるべきではない姿をした人間。
人間――あの背に黒い翼を持った種族がそう呼ぶべきではない者たちだと分かってはいたけれど、今この場所で彼らを形容する言葉が思いつかない。
「何あれっ!?」
驚愕のために思考が始めていた赤美は、近くで聞こえたその声で我に返った。
そして眼科に広がる光景を再び理解した瞬間、思わず拳を強く握り締める。

何でこんな時間に、よりにもよってこんなところに……っ!?

白くなる強く握り締められた拳を机に叩きつけようとして、止める。
今ここで音を立ててクラス中の注目を集めていては、この後の行動が難しくなるのは分かっていた。
誰にも――幼い頃からの友人たちにも、自分の『真実』が知られることは、あってはならないから。
「……ちっ」
誰にも聞こえないように小さく舌打ちをすると、さっと教室を見回す。
室内にいる友人たちの目は外で起こったことに釘付けだ。
廊下側に席があるはずの生徒たちも、いつの間にか窓の側に集まっている。
落ち着くように声をかけている担任でさえも、その視線は生徒たちと同じく窓の外に向けられていた。
そっと身を屈めると、音を立てないように教室を出た。
扉を閉めて、そこに付けられた小さな窓から中を確認する。
室内にいる全員の視線が未だ窓の外に向けられていることを確認してその場を離れた。
音を立てないように廊下を走り抜けながら、ブレザーのポケットを探る。
そこにあった先端にガラス玉を取り付けた短い――おもちゃとも見える――杖を取り出すと、それをしっかりと握り締める。
「まったく……。これじゃ本当に戦隊物とか変身物みたいだってーの」
小さな声で毒づきながら、大きくため息を吐く。
そうしてからしっかり顔を上げると、赤美は近づいていた階段へ向かってほんの少しだけ足を速めた。



「ここがアースか……」
煙の中から声が聞こえて、影が浮かび上がる。
ゆっくりと足を進めて現れた女は、他の者たちのような黒い翼は持っていなかった。
茶色で統一されたローブのような服を着たその女は、長い赤みがかかった紫の髪を鬱陶しそうに払うと、何も言わずに辺りを見回す。
「なるほど。この場所が魔力の漏れている場所のようだな」
表情を変えて呟いて、もう一度辺りを見回した。
ふと、女の視線が校庭の隅、爆発から逃れようと必死に校舎の側の木々の下に駆け寄った体操服姿の少年たちに向けられる。
「この辺りの人間は黒髪か。珍しい……」
呟いてから、何か思いついたのか唇の端を楽しそうに上げる。
「1人くらい捕らえて調べるか」
妙に辺りに響いたその言葉に、少年たちは一斉に体を震えさせた。
こんな状況で『調べる』なんて言葉が出たら、解剖されるに決まっている。
真っ先にそう考えたのは誰だっただろう。
「邪天使!その人間を捉えよ!」
女の声が響くと同時に黒い翼を持った人間たちが一斉に動き出す。
それを目にした途端自分たちが狙われたと理解した少年たちは一斉にばらばらと逃げ出した。
けれど、背に翼を持って宙を舞うことのできる者と大地を走る者とでは、どちらが速いかなど考える必要も無い。
「うわっ!?」
「新藤っ!?」
少年のうち1人が地面に転がっていた石に足を取られて転倒した。
誰かが名を呼んで駆け寄ろうとするが、それより速く翼を持った人間が彼の側に舞い降りる。
「うわっ!わああああっ!?」
近づいてくる異端な存在から逃れようとがむしゃらに地面を這うが、そんな動きで彼らから逃れられるはずがない。
このままならば、数瞬後には捕獲は終わる。
その後はどう行動しようかなどと、翼を持つ人間たちに指示を出した女が考えているときだった。

かなりの熱が何の前ぶれもなく辺りを襲った。
次の瞬間、紅の炎が吹き上がる。
「何っ!?」
突然起こった出来事に思わず組んでいた腕を解いて目を見開いた。
炎は的確に翼を持った人間――邪天使だけを燃やし、その命を奪っていく。

「……ったく、冗談じゃないよ」

熱と炎が辺りを覆う中、響いた声は先ほどの少年のものでも邪天使の悲鳴でもなかった。
校舎の方からゆっくりとこちらに向かって誰かが歩いてくる。
炎を思わせるその赤い髪は頭の上でひとつに纏められ、額には緑色のバンダナを付けている。
すらっとした白い足にはヒールがほとんどない茶色いブーツ。
体には自らの髪の色を反映させるかのように白い服を身につけて、両手には空色のリストバンドがはめられていた。
そしてそのリストバンドの先、軽く丸められた手の中にあるのは、小さな炎。
「……インシングの人間か?貴様、何者だ?」
「それはこっちのセリフだけど、まあいいか」
目を細め、慎重に問いかけた女を一瞥すると、少女はひらひらと手を振って纏わせていた炎を消した。
「ただの通りすがりの盗賊って言っても、納得しないだろうし?」
両の掌を空に向けて体を竦めて見せると、女の癇に障ったようだ。
少女見つめる彼女の視線が鋭くなる。
「当たり前だ。アースに来れる人間がそう簡単にいるはずがない」
「確かに。でも、それならわかっててもよさそうだけどね」
くすっと笑いを漏らして言われた言葉に、女は僅かに目を見開いた。
「あたしは火の盗賊」
先ほどまで炎が宿っていた右手を胸に当て、少女が静かに口を開く。
「この世界でいう『異世界』、インシングで精霊の勇者と謳われるミルザの子孫」
しっかりとした口調で付けられた言葉に、女の目が今度こそ大きく見開かれた。
そんな彼女の様子に小さな笑みを漏らすと、少女は両手を宙へと伸ばす。
それに答えるかのように、彼女の前に音もなく赤く透き通った水晶球が現れた。
そのまま胸の前で手を交差させると、水晶球は赤い光に包まれ、2つに割れる。
割れた光はそれぞれの手に収まると、形を変えた。
手の中ですらっと光が上下に伸びる。
それが止まった瞬間、光が同時に柔らかく弾けた。
光の中から現れたのは、シンプルなデザインの短剣。
それをしっかりと握ると、少女は両手を下ろし、もう一度優雅に右手を胸の前へと持っていく。

「マジックシーフ、ルビー=クリスタ」

顔を上げ、はっきりと告げられた言葉に、邪天使と呼ばれた者たちが唖然として目を見開いた。
「確か、昔は『セブンマジックガールズ』って呼ばれてたはずよね?」
髪と同じ赤い瞳だけでにこりと笑う少女を見て、女は思わず息を呑む。
「……なるほど」
けれど、そんな感情は何とか押さえ込むと、できるだけ冷静に口を開いた。
「異世界に逃げたという噂を聞いていたが、まさか代替わりしていたとはな」
「まあ、当然でしょ?気づいてなかったとは言わせないけど」
にっこりと笑う少女の言葉に再び目を見開く。
その言葉が示す意味を、彼女は痛いほど分かっていた。
「……ここ数日、偵察に来た邪天使をことごとく消していたのも、お前か?」
「ご名答♪」
ご満悦とばかりに笑顔を見せる少女に、僅かな憎しみが湧き上がってくる。
目の前の『敵』の瞳にそんな暗い光が浮かんだことには気づかないふりをして、少女――ルビーは短剣の片方を女へと向けた。
「で?そういうあんたは何者なわけ?」
瞳から今まで宿っていた光が消える。
それを目の当たりにした女は、今まで感じていた憎しみも忘れ、思わず動きを止めてしまった。
「わ、我が名はアール=ニール=MK。精霊神殿管理者にして我が帝国の大臣イセリヤ=ダマーク様に代わり、この地を帝国領土にするためやってきた」
「ふーん、そう……」
至極簡単に言葉を返すと、ルビーは周囲に視線を送る。
黒い翼の人間。そして翼を持たない女。
状況から、そして先代が残してくれた知識から考えるなら、アールと名乗ったこの女がこの部隊の指揮官だ。
「そっか。じゃああたしたちは敵同士ってわけね」
「そういうことだ」
「なら悪いけど、遠慮はしないよ」
不意にルビーの顔から表情が消えた。
くいっと顔を空へ向け、宙に浮かんでいる邪天使を1人も逃さないと言った視線で凝視する。
「我が纏うは紅蓮の炎」
言葉を紡ぐと同時に、彼女の周りを今までとは違う空気が包んだ。
風に乗ってやってくる空気の温度の違いに、それが言葉から湧き出た熱のせいだと気づく。
「ふんっ。呪文か。果たして詠唱が間に合うかな?行けっ!」
鼻で笑うと、アールは部下に向かって呼びかける。
その言葉を聞いて邪天使たちが動いたのとそれが起こったのは、ほぼ同時だった。
「……以下略っ!」
ルビーがそう叫んで腕を動かしたのは。

「インフェルフレイムっ!!」

ルビーの手から黒ずんだ炎が吹き上がる。
放たれたそれは、今まさに彼女に襲いかかろうとしていた邪天使を全て飲み込んだ。
「な……っ!?」
信じられない言葉にアールが大きく目を見開く。
炎に焼かれた邪天使が、叫び声を上げながら次々と大地に落下する。
そんな光景を見つめながらも、彼女には今この場で起こったことを理解することができなかった。
「ば、馬鹿なっ!?」
最後の1人が地に落ちて、空中に部下がいなくなって初めて何が起こったのかを理解するする。
その途端、無意識のうちに彼女は声を発していた。
「『以下略』など、ふざけた言葉で詠唱ができるはずが……」
「ごっめんねぇ~。あたし、本当は最高レベルの魔法にならない限り詠唱の必要ないんだ」
先ほど呪文を放ったルビー本人が、にっこりと笑顔を浮かべて軽い口調で説明する。
その言葉に、そしてあまり軽さに、アールは思わず呆然としてしまった。

呪文の威力は術者の魔力の高さに影響する。
上級呪文であっても、術者のレベルが低ければ話にならない。
詠唱時間もそれと同じ。
高位の術者ならば、低級呪文は詠唱なしで唱えられるのだ。

「そういうわけで、二の舞にならないうちに帰った方がいいんじゃない」
短剣をちらつかせながらルビーがにっこりと笑った。
「く……っ」
その笑みを向けられたアールが悔しそうに呻く。
たった今見せ付けられた力の差。
一瞬にして全滅した部下。
これでは、到底勝ち目はない。

……しかたがない。

ぐっと唇を噛み締めて、アールは勢いよく手を振り上げた。
「全員退却!無事な者は怪我をしている者に手を貸せっ!」
その言葉と同時にあちこちから歓声が響く。
突然現れた『敵』を倒した英雄に対する称賛の拍手が校舎中から聞こえていた。
「……覚えておけよ、マジックシーフ」
「さぁねぇ~」
そんな生徒たちを睨みつけながら、お決まりとも思える捨て台詞を吐く女に、ルビーは惚けた口調で答える。

「さてと……」
『敵』が先ほど煙が上がっていた場所に開いた黒い穴――ゲートの中に消えたことを確認して小さく呟くと、ルビーは口を閉ざして手を上げた。
何も言葉を口にしてはいないのに、そこから炎が巻き起こる。
一瞬、誰もがその炎に気を取られた。
その炎が空の彼方に消えていった頃には、ルビーの姿は校庭の何処にもなかった。

remake 2002.10.19