SEVEN MAGIG GIRLS

Side Story

新たな年新たな誓い-Girls Side

精霊暦2021年レイの月1の日。
アースで元旦に当たるこの日は、インシングでも当然新年の始まりの日だ。
その日、彼女たちはエスクールの王都のはずれ、一般人は滅多に来ない路地で、人を待っていた。
他愛もない話をしていると、ふと中央広場の方から歓声が聞こえた。
どうやら、今日どうしても国に帰りたいのだと言った彼の計画は成功したらしい。
「上手くいったみたいね」
特別な用がない限り、滅多にインシングに来ようとしないミスリルが、広場の方に視線をやり、薄く笑みを浮かべた。
「ええ、これでエスクールとマジック共和国、国交の回復しやすくなりましたよね」
「そんなに簡単にいくもんじゃないと思うけど、でもきっかけにはなるんじゃない?」
「たぶんな」
にこにこと、本当に嬉しそうに笑うセレスに、自分たちの中で最もこちらの世界に詳しいだろうレミアとフェリアが苦笑しながら同意する。

自分たちの友人であり、この国の次期国王であるリーフ=フェイト=エスクールは、アースに押しかけてきてからもずっとマジック共和国との国交回復のきっかけを探していた。
外交は妹姫であるミューズの管轄であるが、彼女は自分と違ってマジック共和国のことをよく思っていないかもしれないからと、ずっと考えていたらしいのだ。
「そういうあんたは自分の仕事も放り出してこっちに来てるけどね?」とルビーがにっこり笑って指摘すると、思わず黙り込み、可哀想なくらい小さくなってしまっていたが。
そして今日、渋るミューズを説得して、中央広場で行われるニューイヤーパーティにマジック共和国の王姉であるアールを招待し、今後エスクールとマジック共和国の間で同盟を結ぶという計画を、あろうことか大臣たちの承認を得ずに発表すると言い出したのである。

「まあ、政治を知らないあたしたちから聞いても無茶苦茶な提案だと思ったけどね」
ほうっとため息をつきながら言ったのはタイムだ。
「まあ、普通は認められるとは思わないわよね。部下を一切無視しての決定なんて」
それを聞いたベリーが呆れたような口調で同意する。
確かに、どんなに次期国王の発案だからと言っても、国民の意見も尊重するこの国で、この声を無視して案件を認めさせるのは不可能だ。
「そう、普通ならね」
「え?」
唐突に響いた姉の声に、セレスが驚き、隣を振り返る。
先ほどから壁に背を預け、楽しそうな表情で目を閉じていたルビーの炎の瞳は、今は広場の方をやはり楽しそうな視線で見つめていた。
「どゆこと?」
それ以上何も言わないルビーに対して、ペリドットが首を傾げて尋ねる。
「ん?だってあいつは『英雄』でしょ?」
あっさりと返ってきたその答えに、その場にいる誰もが目を丸くする。
おそらく『英雄』という言葉の意味が判らないのだろう。
それを悟ったルビーは、くすくすと笑いながら言った。
「イセリヤを倒したのも、直接帝国解体に関わったのも確かにあたしらだけど、でもこの国で反乱が起こったとき、それを統括してたのはリーフだよ」
「ああ……」
そこで漸く気づいたらしい皆が、納得したように声を漏らす。
しかし、未だ言葉の意味がわかっていないのか、ペリドットだけが不思議そうに首を傾げていた。
「え?え?だから?」
「だから、この国の人たちは知らないのよ。私たちがあの反乱に関わっていたこと」
「ああ」
ミスリルの説明に、漸く納得がいったとばかりにペリドットが手を叩く。
自分たちはあくまでこの国の反乱のきっかけにするための小さな騒ぎを起こしただけで、反乱自体には加わっていなかった。
それどころか、エスクールの反乱を囮にして、ダークマジック本国の方に乗り込んだのだ。
「もしあの時お前たちが反乱に加わっていたら、リーフはこんなに国民から慕われなかったと?」
「え?そんなことないと思うけど」
フェリアの問いに、ルビーはあっさりと否定の言葉を返す。
「だってエスクールが落ちたときからずっとレジスタンスやってたんでしょ?リーフはさ」
にっこりと、珍しく――リーフの話題に関しては――笑っていうルビーに、誰もがもう一度目を丸くする。
一瞬の後、タイムがふうっと、呆れたように息を吐いた。
「まったく……。認めないんじゃなかったの?」
「義弟としてはまだまだ未熟だけどね。1人の人間としては認めてやってもいいよ」
ふふんっと何故か胸を張って得意そうに言うルビーに、セレスは思わず苦笑する。
「もうちょっと基準下げてやんないと、リーフも可哀想なんじゃん?」
「いいや。一般人が王族になるんだから、もうちょっといろんなこと考えられるようになってもらわないと!」
ペリドットのからかい混じりの提案に、しかしルビーは笑顔を消すと、きっぱりと答える。
「だったらその前に、姉さんも周りに迷惑を関係ないように生きてね?」
「う゛っ!?」
その途端に言われたセレスの、かなり耳に痛い指摘に、ルビーは思わず固まった。
「そーだねぇ。毎日隣からセレスの怒鳴り声が聞こえてくるし?」
「妹の彼氏のことどうこう言う前に、自分がしっかりした方がいいわね。リーフはもっとセレスを大事にしてるわよ」
「うう……」
タイムのわざとらしい呆れ口調に同意するように、ベリーが一番指摘して欲しくなかったことを指摘する。
助けを求めようと皆を見回せば、全員がうんうんと頷いていて、ルビーは居た堪れなくなり、誰とも目が合わないよう視線を彷徨わせ始めた。
そんなルビーを見て何を思ったのか、タイムはにやりと、滅多に浮かべることのない嫌な笑みを浮かべる。
「いっそのこと、ここで精霊神に誓ったら?」
「何でわざわざ!?」
「元旦だから?」
「アースじゃまだ10月だっ!」
「でもこっちが今日が今年最初の日でしょ?」
必死に反論するものの、タイムはあっさりとそう返す。
「だ、だけど、あたしたちはアースに住んでるわけだし、そもそもそんなこと誓っても、マリエス様が困るだけ……」
「……何騒いでるんだ?お前ら」
それでも何とか撤回させようと、必死に声を張り上げた途端、唐突に背後から呆れたような、不思議そうな声が聞こえた。
驚いて振り返れば、そこにいたのは先ほどまで中央広場にいたはずの3人。
「リーフさん!みなさん!」
彼らの姿を認めた途端、セレスの顔にぱあっと可愛らしい笑みが浮かんだ。
「お疲れ様です」
「ああ、ありがとう」
にっこりと笑って持っていた皮の水筒を手渡すと、リーフも笑顔でそれを受け取った。
中央広場での挨拶――というより演説――の後であったから、喉が渇いていたのは確かで、セレスのこんなささやかな気配りはとても嬉しいものだった。
「皆さんもご協力、ありがとうございました」
リーフの少し後ろにいたミューズが、そう言って勢いよく礼をする。
「いえ。私たちは移動を手伝っただけだし」
「あたしたちってか、セレちゃんがね」
控えめにその礼を受けたミスリルに続いて、ペリドットがにっこりと笑って言う。
その途端ミスリルがペリドットを睨んだのだけれど、彼女の怒り顔など慣れきってしまっているペリドットは全く動じなかった。
「一応成功みたいだったけど、大丈夫だったわけ?」
そんな2人のやり取りに苦笑しながら、レミアが3人に向かって尋ねる。
ほんの数週間前にかなりの迷惑をかけた手前、気にせずにはいられないらしい。
「ああ、おかげさまで。リーフだけじゃなく、ミューズ殿下も手を貸してくれたからな」
「え?」
「ミューズさんが……」
アールの答えに、皆が驚いてミューズを見る。
「べ、別に……。あのまま騒ぎになってアマスル殿下が怪我でもしたら、外交問題になる可能性があると思っただけです」
一斉に視線を集めたミューズは、視線を逸らすと、聞こえるか聞こえないか程度の声で呟いた。
それが照れ隠しなのだと、この場にいる者で気づかないものがいるはずもなく、皆がミューズの微笑ましい変化に、思わず笑みを浮かべた。
「さて、じゃあやるべきことは全部終わったってことでいいのよね?」
話が切れるのを見計らい、笑顔を浮かべたタイムが尋ねる。
「ああ。今日はあの挨拶さえ終わらせれば公務もないし、ミューズも少しくらい抜けても平気だろう」
「ええ。ディオン先生にその分負担がかかりますけど?」
エルト=ディオンは、リーフとミューズの剣の師であり、自由兵団の副団長職についている人物だ。
新年最初の日であるこの日は、人々の気が緩むことも手伝って、警戒心が弱くなり、事件が起こる可能性も実は普段よりも高くなるのだ。
その分人々を守る立場にある兵士たちは気を引き締めなければならない。
その兵士たちを統括しているのは、自由兵団の長であるリーフとミューズであり、2人がエスケープしてしまうということは、その負担が全てリーフの副官であるエルトに行ってしまうということになる。
「ううーん。エルトには俺から謝っとくよ」
「……謝るだけじゃすまないと思いますけどね」
ついっと、視線を逸らして呟かれた言葉は、しかし誰にも届かなかったらしい。
「じゃあ、行こうか。リーナがもうティーチャーのとこで準備してるんでしょう?」
「ああ。あいつは真っ直ぐにテヌワンに行ったはずだからな」
タイムの問いに、アールは笑顔で答える。
無事に終わったらティーチャーの住む妖精神の神殿でニューイヤーパーティをしようというのは、リーフがルビーたちに今回の計画についての協力を求めたときからの約束だった。
「それじゃ、セレス。よろしく」
「はい」
手にしていた杖を握って、セレスが笑顔で頷く。
「じゃあ、皆さん。私の周りに集まってください」
言葉に従って、皆がセレスの周りに集まる。
途中で別の場所に落とされないように、誰かが誰かと手を繋いで。
最後にリーフが、セレスの肩に手を置いた。
「では、行きます」
それを確認したセレスが、一言そう告げて、杖を掲げる。
その先端に取り付けられた水晶が、日の光に輝いて見えた。

「テレポーションっ!」

一瞬浮遊感を感じた瞬間、目の前の視界が反転する。
うっかり目を開けてしまっていた誰もがそれを認識したときには、彼らの姿はもう、城下の何処にもなかった。



その日、エスクールの王都の西の森を通りかかかった旅人は、誰もが楽しそうな笑い声を聞いたという。

2006.01.01