SEVEN MAGIG GIRLS

Side Story

魔法剣特訓記 - 5

目的地であるらしい森に入ると、俺たちはばらばらに別れた。
俺はとりあえず、剣士と魔道士ならバランスがいいっていう理由でアールと組んで、カスキットたちを探して森の中を探し回る。
「いないな」
「ここは結構広い。もしかしたら別の場所に……」
アールがそう言いかけた、そのときだった。
「ぎゃああああああああっ!!」
突然聞こえた悲鳴に、俺たちは思わず立ち止まって振り返る。
「アール!」
「ああ、行くぞっ!」
短いやり取りの後、俺たちは悲鳴の下方へ向かって走り出した。

暫く走って辿り着いた場所。
そこは既に戦場だった。
駆けつけた勇士たちは既にぼろぼろで、中には倒れて動かないものもいる。
その光景に、何より目の前に現れた魔物に、俺は驚いた。
「何だ?紫のトロール……?」
「キングトロールっ!馬鹿なっ!?何故こんなところにっ!?」
隣から聞こえたアールのその言葉に、俺は本気で驚いた。
キングということは、トロール族の上級種族だ。
ただでさえ強いトロールの中でも、最強とも言える種類の奴ら。
それが目の前に現れた事実に、息を飲む。
だって、少しの前のミスリルとの旅で戦ったトロールだって、こっちは死にかけたっていうのに、そんな魔物を相手に勝てるなんて、さすがに思えない。
けれど、思えなくてもやらなければならないということを、俺は理解していた。
ここでこいつを何とかしなければ、マジック共和国の王都に被害が出てしまうかもしれない。
それだけは、避けなければならないから。
「うわああああああっ!!!」
考え込んでいる間に、再び誰かの悲鳴が上がった。
それに舌打ちをしながら、俺は剣を引き抜く。
「くそっ!俺が前に出るっ!アールは呪文をっ!!」
「ああ、了解したっ!」
アールが後ろへ飛び、呪文の詠唱を始める。
それを確認してから、俺は手にした剣を構えた。
トロール相手に肉弾戦は不利だ。
奴らは見た目よりもずっと皮膚が硬いし、何より体の大きさが違いすぎる。
なら、ここは魔法剣で行くしかない。
そう決めた俺は、キングトロールの方へゆっくりと近づきながら呪文を唱える。
だんだんと剣に風が集まり始めたのが感覚でわかる。
風が十分な量に達した瞬間、俺は大きく剣を振り上げた。
「エアスラッシュっ!!」
剣から放たれた風が、キングトロールに向かっていく。
コントロールは上手く言ったらしく、風はキングトロールの体にぶつかり、その体を切り刻んだ。
少なくとも、そのときの俺にはそう見えた。
けれど、巻き上がった砂埃の中から姿を現したキングトロールを見て、その光景が見間違いだったことに気づいた。
「っ!?効いてないっ!?」
キングトロールは無傷だった。
切り傷どころか掠り傷さえ追っていない。
「くそっ!俺の魔力が弱すぎるのかっ!?」
本来魔力を持たないはずの俺に、突然宿った魔力だ。
威力が小さくても、文句は言えないはずなのに、奴に傷ひとつ負わせることも出来なかったことがとてつもなく悔しい。
思わず強く剣を握ったとき、横から聞き慣れ始めた声が聞こえた。
「リーフ様っ!!」
はっとして視線を動かせば、そこにいたのは神殿を飛び出していってしまった騎士団長と、それを追っていった男だった。
「カスキットっ!」
「ご無事で!?」
剣を抜いたカスキットが走り寄ってくる。
そこから少し離れた場所で、同じく剣を抜いたブレイズが立ち止まった。
「ああ、君たちの姫君は?」
「あ、あいつはそんなんじゃ……」
「カスキットっ!!」
ブレイズの声に、俺たちははっと顔を上げる。
その途端に目に入ったものに、俺は反射的に横に飛んだ。
一瞬遅れてキングトロールの棍棒がその場所に振り下ろされる。
物凄い衝撃で空気が揺れ、地響きが起こった。
「……っ!話している場合ではないですねっ!」
「みたいだなっ!」
見れば周りの奴らはほとんど倒れてしまっていて、もう俺たち以外に戦える人間はいない。
これは、マジでやばいかもしれない。
「ティアの話では、奴らは魔力攻撃に強いんだそうです!ですから、魔法剣は向かないかとっ!!」
「そうか……って、ええええっ!?」
魔力に強いっ!?
魔法剣が聞かないっ!?
ということは、要するに、この戦いは俺にとって何のメリットもないものということになるわけで。
「騙したなっ!!アールっ!!」
「仕方ないだろうっ!私も知らなかったんだっ!!」
思わず思いっきり叫べば、詠唱に集中しているはずのアールからそんな言葉が返ってきた。
わかっとけよ!
今までに生存者がいないならともかく、ちゃんとブレイズっていう生存者がいるんだからさ!
「どうしますか?リーフ様!?」
隣に立つカスキットが、剣を構えたまま聞いてくる。
「アールの呪文を待つか、このまま突っ込むかってところか」
「ええ。はっきり言ってしまえば、アール様の呪文が完成するまで、耐えられるかどうかわかりませんよ」
自信のなさそうな言葉に、俺は思わずカスキットを見た。
「俺、トロール族と戦ったことありませんから」
「ああ、なるほど……」
確かに戦ったことがないのならば、そんな言葉が出ても仕方がないのかもしれない。
経験のある俺でさえ、判断がつかないのだから。
今戦えるのは俺とカスキットとブレイズの3人だ。
他の奴らはやられてしまったか、重傷で動けない。
どうする?
このまま本当にアールを待つか?それとも、一か八か行ってみるか?
一瞬後者を選ぼうとして、俺は首を振った。
普通のトロールでさえ直接切りかかろうとしても駄目だったんだ。
キングと名のつくこいつに直接切りかかったって、駄目なことは目に見えてる。
「アールを待とう。それまでは出来る限り時間を稼ぐんだ!」
「了解!」
カスキットが返事をし、少し離れた場所の立つブレイズを見る。
俺たちの話がちゃんと聞こえていたらしい彼も頷くと、剣を握ったまま走り出した。
「スプラッシュっ!!」
走りながら詠唱をしていたらしいブレイズの声が聞こえたと思った途端、突然キングトロールが足元から上がった水柱に飲み込まれる。
それを見ながら、俺も走り出した。
とにかくアールから視線を逸らせれば、それでいい。
だからキングトロールの背後を目指しながら、俺は奴の足元に向かって走っていく。
「フラッシュっ!!」
後ろから眩しすぎるほどの光が突然襲ってきた。
きっとカスキットが目晦ましのために呪文を使ったのだ。
背中を向けていた俺の目にダメージを与えることのなかったそれは、キングトロールにはしっかりとダメージを与えてくれたらしい。
キングトロールの動きか鈍くなったその瞬間を狙って、俺は足元に飛び込んだ。
ミスリルとの旅を経験した後に持つようになった予備の剣代わりの短剣を取り出して、思いっきり紫色の足の甲に突き刺す。
その途端、キングトロールが耳を塞ぎたくなるほどの叫び声を上げた。
どうやらここは皮膚の近くに神経が通っている場所だったらしい。
思い切り高く足を振り上げられ、俺はたまらず飛ばされた。
「うわあああああああっ!!!」
「リーフ様っ!!」
このまま地面に落ちると思っていたその矢先、突然風が俺の体を包んだ。
落下のスピードが落ちたことの驚いて、慌てて辺りを見回す。
ふとトロールの向こう側を見れば、剣を掲げて俺に視線を集中させているカスキットが目に入った。
後から聞いた話、このときカスキットが使った術は、魔道士でもかなりの上級者でなければ使えない特殊なものだったらしい。
地面に近くなったと思った途端、突然風が消え、俺は地面に落とされた。
けれど、せいぜい体育館のステージ程度の高さからの落下だったから、特に怪我はしていなかった。
「大丈夫ですか!?リーフ様っ!」
「あ、ああ!ありがとうっ!」
トロールの向こう側から聞こえた声に、俺は思い切って叫び返す。
当のトロールは未だはっきりしない視界と足との痛みのせいで滅茶苦茶に暴れまわっていた。
このままじゃまずい!何とかしないと!
そう思ったそのときだった。

「退けっ!お前たちっ!!」

突然アールの声が響いて、俺は反射的にトロールの影から離れるように走っていた。

「出でよ!ケルベロスっ!!」

アールが叫んだ瞬間、あいつの後ろから黒い何かが飛び出してきた。
その何か――3つの首を持った黒い獣は、迷わず未だ暴れているキングトロールに襲い掛かる。
「やったっ!!」
その光景を見て、誰かが声を上げた。
だけど、俺は見た。
その瞬間、アールの表情が思い切り強張ったのを。
「まずいっ!!」
あいつのそんな言葉が聞こえたのは、その直後のことだった。
キングトロールの腕がケロベロスの体を突き抜けたのだ。
ずるりと3つの首を持った黒い幻獣の体が地面に落ちる。
キングトロールは無数の傷があるものの、しっかりとその場所に立っていた。
「くそっ!!」
アールが思い切り舌打ちをする。
あいつの扱う呪文の中で、一番強力なのは今の、ケロベロスを呼び出す呪文だ。
あれが駄目なら、もう俺たちにはどうすることもできない。
黒い獣の体を踏み潰したキングトロールは、もうすっかり視界を取り戻したらしい。
ゆっくりとあいつらの方へ近づいていく怪物を見て、俺は必死に考えた。
どうする?どうしたらいい?
どうしたらあんな化け物を倒せるんだ?
考えているうちに、カスキットやブレイズが叫ぶ声が聞こえた。
こうなりゃ一か八か、捨て身の攻撃で心臓を狙うしかない。
そう思い立った俺が、近くの木に向かって走り出した、そのときだった。
どすっと、そんな音が妙に重く耳に届いた。
驚いて振り返ってみれば、そこにいたのは動きを完全に止めたキングトロールで。
一瞬だけ間が合った後、その紫色の巨体がぐらりと傾き、こちらに向かって倒れてきた。
「うわぁっ!!」
慌てて走って、迫ってくる影から抜け出す。
間一髪、俺は巻き込まれることなくトロールの下から脱出した。
少し離れて見上げてみれば、その紫の肌――ちょうど心臓の真上になるだろうか――に何かが突き刺さっている。
辛うじて見えるそれは、確かに剣の柄の部分だった。
一体何が起こったのか。
誰もそれを理解することが出来なくて、呆然と息絶えたキングトロールを見上げていたそのとき。

「な~にやってんのさ、みんな」

すっかり耳に馴染んだ声が、俺の耳に届いた。
はっと顔を上げれば、いつの間にか木の上に誰かがいる。
少し長めの黄緑色の髪をひとつに結んで、空色と白を基準とした服を着たそいつは、間違いなく俺とアールがよく知っているあいつ。
「ペリドットっ!?」
アールが名前を呼ぶと、結構高い位置にある枝に座っていたあいつは、顔色を変えることなく飛び降りてきた。

ペリドット=オーサー。
俺とアールの友人にして仲間にして、勇者の血を引く7つの家系の現当主の1人だ。
本人が長いと主張するその本名は普通は口にされることはなく、あいつを知る誰もが『ペリート』という愛称であいつのことを呼んでいる。

事態を飲み込むことが出来なかった俺は、呆然とあいつを見つめた。
「お前、どうして……?」
「なーんかお城中騒がしくって調べ物どころじゃないんだもん。なんだろうって気になって、外に出てオーブで上からいろいろ見てたら偶然アールちゃんのケロベロスとあれが見えて、それで来てみた」
ぴくりとも動かない2体の魔物を示しながら、ペリートはあっさりとそんなことを言った。
そういえば、こいつ、ここの所ずっとマジック共和国の王立図書館で調べ物してたんだっけ。
「それにしても、やっぱりあんたは凄いなぁ……」
「へ?」
突然呟いたブレイズを、ペリートが不思議そうに見る。
漸く事態が飲み込めてきた俺は、ブレイズの言葉に首を傾げた。
「だって、俺たちが全然手が出なかった怪物、一撃で倒しちまうんだからさ」
「えー?それは違うよ」
あいつのその言葉を、ペリートはあっさりと否定した。
「あたしはアールちゃんの幻獣なんかでついた傷に、変形させたオーブを打ち込んだだけだもん」
言いながらペリートは空に向かって手を伸ばした。
人差し指を何かを招くように動かすと、今までキングトロールの体に突き刺さっていた剣が抜ける。
一瞬それが光ったかと思うと、剣だった者は透き通ったガラス玉に変化した。
「一度で倒したんじゃなくって、トドメ差しただけ。だから、こちはあたし1人の勝利じゃなくって、みんなのだよ」
飛んできたガラス玉、もといオーブを手で包み込みながらにこにこと笑うペリートには、悪気は全くない。
たぶん心からの言葉なんだと思う。
それを聞いたアールは苦笑して、カスキットは困ったように笑う。
ブレイズに至っては、やはり言葉に納得がいかなかったのか、不満そうな顔で視線を逸らしていた。
そのとき、突然空気が変化したような気がして、俺は顔を上げた。
「あ……」
空間がぐにゃりと歪んで、空にぽっかりと黒い穴が開く。
「ゲート?何で?」
「俺の迎え」
「へ?」
「あ~……」
首を傾げるペリートに答えを返そうと頭を捻ったけど、その前に足が宙に浮き始めたことに気づいて、俺は叫んだ。
「時間ないから、学校帰ったら話す!」
「へ?へ?」
「それからアール、結果はともかく、誘ってくれてありがとな!」
魔法剣の実戦訓練になったかどうかはわからないけど、効かない敵もいるんだって、そういう勉強にはなかったと思うから、礼を言う。
「ああ!こちらも助かった!」
もう俺は大分上に引き上げられてしまっていたから、アールも叫んで言葉を返した。
それを見たカスキットが、口の側に手を当て、大声で叫ぶ。
「ありがとうございました!リーフ様!」
「こちらこそ!じゃあ、またなっ!!」
俺があいつらに向かってそう叫んだまさにそのとき、俺の体は空に開いた穴を通り抜けた。