Other Story
魔燐の悪魔 後
中等部の昇降口。
僕らはそこで先輩たちを待っていた。
帰って行く同級生たちを見送って、サッカー部の友達と、待ち人を待つ。
連絡してから数十分。
思ったより早く、門から高等部の先輩が、誰かと一緒にやってきた。
一緒にやってきた誰かは途中で立ち止まり、見覚えのある人だけがこちらにやってくる。
「よう。久しぶり」
「お久しぶりです、新藤先輩」
へらっと笑って片手を上げた先輩に向かい、友達がお辞儀をする。
僕もそれに習ってお辞儀をした。
この人は、新藤悠司先輩。
高等部のサッカー部の3年生だ。
卒業間近の3年生だから、もう引退している先輩だけど、部員の中では比較的にうまい人らしく、早々に進路を決めた彼は、後輩指導に部活によく顔を出しているらしい。
サッカー部は中等部と高等部の間でよく合同で練習をしているから、中等部の部員たちにもよく知られている人だった。
「金剛に頼まれてききたんだけど、なに?不良に絡まれたのお前?」
「俺じゃなくって、友達が・・・」
「迷惑かけてすみません」
話を振られ、僕は申し訳なく頭を下げる。
昨日、商店街で不良に絡まれた。
今一緒にいる友達が、たまたま近くにいた理事部の先輩たちに助けを求めてくれたから、三発殴られただけで済んだけど。
新藤先輩がわざわざサッカー部でもない僕のために中等部まで来てくれることになったのは、それが原因だった。
「いいのいいの。暇で部活覗きに来てただけだし」
そう言って、新藤先輩は笑う。
気にするなと笑ってくれる先輩に、僕はますます申し訳なくなる。
理事部の先輩に1人で帰るなと言われ、その先輩と幼馴染みらしい新藤先輩が一緒に返ってくれることになったのだけど、そんなことなんかの為に、大学入学の準備で忙しいだろう先輩に来てもらうなんて、本当に申し訳ない。
そんなことを考えていると、突然目の前で新藤先輩がぽんっと手を叩いた。
「そうだ。俺は喧嘩無理だけど、理事部から心強い味方連れてきたぜ」
「え?」
新藤先輩が、校庭に向かって声をかける。
校庭で立ち止まって待っていた人が、その声にこっちにやってきた。
「高等部3年の大葉陽一です。よろしく」
「は、はい。よろしくお願いします」
にこりと笑って手を差し出されて、とりあえず頭を下げる。
きょとんとする大葉先輩の隣で、新藤先輩がおかしそうに笑っていた。
大葉陽一先輩。
理事長の取り巻きと言われる理事部の中で、唯一の男子。
ハーレム男とか呼ばれている人だけれど、当人は既に彼女が居て、その彼女さん以外には手を出したことはないという噂だ。
「ところで、なんで金剛先輩は、先輩たちと一緒に帰るようにって言ってたんですか?」
「ん?ああ・・・」
帰ろうと歩き出してから、友達が尋ねる。
彼も一緒なのは、不良に絡まれたときに一緒だったから、目を付けられているかもしれないと、昨日助けてくれた金剛先輩が心配したからだ。
けど、その不良も、昨日金剛先輩がやっつけて、警察に連れて行かれたはずだ。
もう何も心配はないと思うのだけれど。
そう思って尋ねれば、新藤先輩は困ったように笑った。
「あいつ、中3の一学期までは結構不良と喧嘩しててさ」
「え」
強いし慣れているとは思ってはいたけれど、まさかあの人も不良みたいな人だったなんて。
「つってもあいつからふっかけてたわけじゃなくって。友達が絡まれてるの見て、手ェ出しちゃったって感じな」
新藤先輩が慌ててフォローする。
中学になってから変な噂とかなかっただろうと聞かれれば、僕らは頷くしかない。
「あ、女の子なのにとか言うなよ。あいつ、性別で判断されるの嫌いだし、ちゃんと習えば格闘技とか、大会で余裕で勝ち上がるくらいに強いからな」
「あいつはスポーツ格闘より乱戦の方が得意そうだけど」
大葉先輩が、とてもとても小さな声で呟いたのだけれど、ばっちり聞こえてしまった。
その隣で新藤先輩が苦笑している。
金剛先輩と幼馴染みだと言う新藤先輩が否定しないということは、大葉先輩の言うとおりなのだろう。
「そんでぴんっときたらしい。ああいう奴ら、絶対一度は報復考えるんだってさ」
「えっ!?」
「だから、連絡係の俺と、護衛のこいつ寄越したんだよ」
新藤先輩が、驚いて飛び上がる僕たちを落ち着けるように言う。
その言葉に、僕も友達も驚いた。
「大葉先輩って、喧嘩できるんですか?」
「うーん。喧嘩っていうか・・・」
大葉先輩は、どう答えたらいいのかわからないと言った様子で首を傾げる。
それに助け船を出したのは、やっぱり新藤先輩だった。
「こいつガチでイイトコのボンボンだからさ。子供の頃にやっぱそれで不良に絡まれて、撃退したりしてたんだってさ。だからこいつが護衛係」
「悠司」
「ホントのことだろ?」
大葉先輩が咎めるように新藤先輩を呼ぶ。
そうだけど、とだけ呟いて、大葉先輩は黙り込んだ。
「まあ、とりあえず理事長からオッケー出るまでこんな感じでよろしくな」
「は、はい」
「でも、それっていつまでなんですか?」
「んー?」
僕が返事をする横で、友達が不安そうに尋ねる。
新藤先輩が首を捻りながら、大葉先輩を見る。
視線を受けた大葉先輩は、肩を竦めて見せて。
「たぶん1週間くらいじゃね?」
新藤先輩は、とてもとても軽くそう言った。
夜道を1人、ふらふらと歩いていると、後ろから声をかけられた。
「よお、彼女。1人?」
聞き覚えのない声に、赤美は気だるそうに振り返る。
案の定、そこには見覚えのない、どう見たって同年代の不良としか思え得ない男子学生がいた。
学校指定のコートを着た赤美は、心の中で笑う。
「なーに、おにいさんたち?あたしに何か用?」
「つべこべ言ってないで付き合えよ」
「きゃあ!」
突然腕を捕まれて、引っ張って連れて行かれる。
特に抵抗もせずになすがままに連れて行かれた先は、町外れにある、建設途中のビルだった。
その中の一室に連れ込まれ、どんっと突き飛ばされる。
そのままわざと尻餅をつき、男を睨みつけた。
「いきなり何するんですか!」
「それはこっちのセリフだってわかってる彼女ぉ?」
「え?」
敢えて知らないふりをして、きょとんと男を見返す。
少し遅れて、入口から別の男たちが入ってきた。
予想どおり、仲間が待機している場所に連れてこられたらしい。
「おい。こいつか、お前ら」
「ああ、間違いねぇ。緑のバンダナ、こいつだ」
覚えのある男たちを見つけて、赤美はほんの少しだけ目を細める。
間違いなく、数日前に中等部の男子生徒に絡んで、撃退した不良3人が混じっている。
「彼女、この前こいつらのことボコボコにしてくれたそうじゃん?」
「ぼこぼこになんてしてません!」
「嘘つけこのアマ!!」
必死なふりをして言い返せば、不良のリーダー格が怒鳴り返す。
それを聞いた赤美は、ふうっと息を吐き出した。
「だって1人につき1発しか入れてないのに、それでぼこぼこっておかしいでしょう?」
にんまりと笑ってそう言った途端、リーダーらしい不良が激怒する。
「やっぱりお前じゃねぇか!!」
「っていうか、あんたら恥ずかしくないの?女1人相手にこの人数って。今の不良ってプライドないわけ?」
「あぁ!?」
「うるせぇよ!!」
はっと吐き捨てれば、他の不良たちも激怒する。
そのまま赤美はさっと周囲を見回した。
入ってきた不良は10人程度。
おそらく、部屋の外にはもっと人数が居るだろう。
「女1人でこの人数なら、そう簡単には逃げられねぇぜ?」
不良の1人が舌なめずりをしながら言う。
その顔を見た瞬間、男たちの考えていることを察した赤美は、思い切り眉を寄せた。
「なあ、姉ちゃん。あんたが泣いて謝って、俺たちの相手してくれたら、許してやってもいいぞ?」
「そりゃいいな!」
「顔はいいし、名案じゃん!」
ああ、やっぱりそういう・・・。
思春期を過ぎたかどうかの下品な男子高校生が考えそうなことだ。
「なんであたしが謝らないといけないの?先にうちの後輩殴ったの、そっちじゃない」
「あんなこと言ってるぜ」
「女が正義の味方気取りかよ」
げらげらと笑いながら、不良たちが舐め回すように視線を向けてくる。
長めのコートから出たスカートと、その下から覗く足を見ているのだろう。
それを見てわざと大きく息を吐き出してから、立ち上がった。
「でも、相手するってのは別にかまわないけど」
「へえ。話がわかるじゃねぇか」
長い髪を後ろへ払いながらそう言えば、側にいた不良の1人が下品な笑いをますます深くする。
「じゃあ、さっそくイイトコロに行こうか」
「必要ないじゃない」
「は?」
あっさりとそう言った途端、男が不思議そうな顔をした。
「ここでいいじゃん、相手なんて」
そう告げた瞬間、男の体が吹き飛んだ。
「んな―――っ!?」
近くに置かれた建設道具の中に倒れた男を見て、不良たちが絶句する。
その隙に、赤美はコートを脱ぎ捨てた。
ついでに制服のブレザーとスカートも脱ぎ捨てる。
魔燐学園の生徒だとわかるように制服姿で歩いていたけれど、喧嘩では動きにくいし、邪魔なだけだ。
スカートの下には、予めぎりぎり隠れる五分丈のスパッツを穿いているから問題ない。
ベストは元々着て来ていない。
ブラウスは、まあ、2枚破っても問題ないだろう。
不良たちが唖然としている間に戦闘準備を整えて、笑う。
「じゃないと逃げちゃうよ?あたし」
とてもとても純粋な悪い笑顔でにやりと笑えば、漸く不良たちは我に返ったようだった。
「―――っのアマ!!」
近くにいた別の不良が殴りかかる。
そのあまりにも遅い動きを、赤美はほんの少し動いただけで躱した。
そのまま重心を落として、足払いをかける。
すぱんっと小気味よい音がして、不良の体が崩れた。
「うがっ!!」
「重心寄りすぎ。弾きやすっ」
くすっと笑いながら呟く。
それを見た別の不良が、思い切り舌打ちをした。
「調子に乗ってるんじゃねえぞ!!」
学習もせずに殴りかかってくる不良を、体勢を立て直しながら避ける。
そのまま腕だけで体を回転させて、不良の腹に蹴りを叩き込んだ。
「げぇっ!!」
「おっと」
途端に胃の中のものを逆流させる男から、慌てて離れる。
腕にバネでもついているのかと思うほど軽い動作で跳ね、そのまま足から着地した。
「あたしに吐かないでよ気持ち悪い」
「てめぇっ!!」
2人やられて、とうとう不良たちも完全にキレたらしい。
「女だからって容赦すんな!!やっちまえ!!」
リーダー格の号令とともに、不良たちが一体に殴りかかってくる。
その中の1人が、近くに落ちていた鉄パイプを掴み、振り上げた。
いや、正確には、振り上げて襲いかかろうとした。
その途端、すぱーんっと、発生するはずのない小気味よい音が辺りに響いた。
不良の手から、鉄パイプが弾き飛ばされ、宙を舞う。
「へ・・・っ?」
「女相手に得物は良くないでしょ」
突然のその声に、不良は衝撃で痺れている腕をそのままに、背後を振り返った。
「そっちがその気なら、こっちだって使うけどね」
男が背後にいる存在を認識するより先に、その脳天に何かが振り下ろされた。
どさりと男が倒れる。
倒れた男の後ろには、いつの間にか1人の少女が立っている。
両手で自身の身長ほどの長い木の棒を持ったその人物は、普段はハーフアップにしている髪を、後ろでひとつに結んだ美青だ。
「遅い!」
「あんたが始めるのが早すぎる!」
思わず文句を言えば、間髪入れずにそう切り返してくる。
元々恐怖など感じていなかったけれど、彼女が来るだけでこうも心強くなるのはなんだろう。
「てめぇ!いつの間に」
「最初から少し離れたところにずっといたけど?」
あっさりとそう言いながら、手にした得物で襲いかかってくる不良を捌いていく。
そう重い音はしていないのに不良があっさり倒れるのは、相手の重心がどこにあるのかを正確に理解して、足を払っているからだ。
「一撃気絶は駄目だよ。ちゃーんと覚えさせないと、どうせ繰り返す」
「わかってるわよ」
向かってくる不良を蹴り飛ばしながら言えば、とても軽い口調で返事が勝ってくる。
10人の男を、女がたった2人で捌いていく。
気絶したのは最初にかかった3人だけで、あとは足を払われて、蹴られて、殴られてを繰り返す。
その間も不良たちは2人を取り押さえようと殴りかかるけれど、一向に攻撃が当たらない。
当たったかと思えば、それは綺麗に受け流される。
得物を持てば、即座に美青に叩き落とされる。
そんなに重い棒には見えないのに、その一撃一撃はとても重い。
「くそ!おい!外の奴ら呼んでこい!!」
痺れを切らしたらしいリーダー格の男が、入り口近くにいた仲間に叫んだ。
「いないけど?」
けれど、帰ってきたのは予想外の返事。
今にも飛び出していこうとした不良が、思わず足を止めるほど、それはあっさりと放たれた。
「は?」
リーダー格が、声の発生し場所を見る。
長い棒をくるりと器用に構え直しながら、声の主、美青はにやりと笑った。
「外に隠れてた奴らなら、あたしと友達が全員叩きのめしたから」
その言葉に、不良たちは息を呑む。
外には、今ここにいる仲間の、倍の人数が居たのだ。
それが既に全部潰されている。
そう告げたのは、自分たちよりもずっと弱そうな、女だった。
「そういうわけだから」
美青がくるりと棒を回し、構えを取る。
そのちょうど反対側で、赤美がらにやりと笑った。
「助けが呼べると思わないでよね?」
たった2人の少女の、とてもとても悪い顔。
それを見た瞬間、リーダー格の不良は顔を真っ青にして、息を呑む。
けれど、だからと言って逃げ出すという選択肢なんて、彼らにはない。
「この野郎おおおおおおおおおおお!!!」
懐に手を突っ込んだかと思えば、そこから折りたたみナイフを取り出した。
それを右手で握りしめ、得物を持っていない赤美に向かって駆け出してくる。
それを見て、赤美はにやりと笑った。
ナイフが振りかざされた瞬間、赤美の右手の腕輪が光ったことに気づいたのは、きっと美青だけだろう。
がきんっと金属同士がぶつかるような音が響いた。
「『野郎』じゃないんだけ、どっ!!」
赤美が思い切り腕を振り上げる。
ナイフを弾かれ、リーダー格の男がよろめきながら後ずさる。
その目は、信じられないものを見るように見開かれていた。
「な、なんだそれ・・・。そんなもん、どこに・・・」
「さあどこだったかしらね!!」
赤美の右手に、いつの間にか刃物が握られている。
ナイフなんて、そんな生易しいものじゃない。
ナイフなんて言葉で済ますには、刃渡りが長すぎる。
そんなもので切りかかられた日には、不良は悲鳴を上げるしかない。
「ちょっと!!やり過ぎるんじゃないよ!!」
「わかってるって!殺しちゃまずいし防御にしか使わないよ!」
左手に持ち替えたその刃物を握って、赤美はにやりと笑って床を蹴った。
先輩たちと一緒に下校するようになって1週間も経たないある日。
新藤先輩が言った言葉に、僕も友達も驚く。
「え?もういいんですか?」
「そ。俺たちの護衛も今日が最後なー」
にこにこと笑う新藤先輩の隣で、大葉先輩も頷く。
「何事もなくってよかったよな」
「本当。殺気くらいは感じ取れる連中で助かったな」
「へ?」
ぼそりと、大葉先輩が何か言った。
その言葉に驚く新藤先輩に、何でもないという風に大葉先輩は首を横に振った。
「でも、なんでもう大丈夫って・・・?」
恐る恐る尋ねると、新藤先輩と大葉先輩は顔を見合わせた。
「まあ、だってなぁ」
「気にしない方がいいこともあるさ」
そういう2人に、僕たちは首を傾げるしかなかった。
「おい。知ってるか。3年ぶりに出たらしいぜ?『魔燐の悪魔』」
「え。あの、ここら辺の不良グループ潰して回ってた奴?」
「この前、最近一番偉ぶってたチームの奴らが潰されたって」
「ああ。そういや最近、魔燐学園の奴に絡んでたな」
「新参だったから知らねぇんだろ。この辺で魔燐の奴らに手ェ出すと、悪魔に潰されるって」
「頭に緑のバンダナ付けてる奴だっけ。人の動きじゃない動きするっていう」
「1人ならまだしも、時々増えるんだよな」
「今回は6人だったらしいぜ。人数過去最高じゃね?」
「あの超真面目な進学校にそんなのいるって信じられねぇけど」
「噂聞かなくなったから、高等部の奴で、卒業したんだって思ってた」
「生徒じゃないかもしれないじゃん」
「じゃあ先公?それってやばくね?」
「なんでも、あそこの理事長が問題をもみ消してるらしいぜ」
「マジか。さすが私立」
理事長室の奥に置かれたデスクの上に、とんとんとんと天板を叩く音が響く。
理事長の席に座る百合が、頭の上にそれは大きな怒りマークを乗せていた。
「・・・ちょっと。また変な噂立っちゃってるんだけど」
「せっかく3年で消えたのにねぇ」
部屋の中央に置かれた応接セットのソファに座った実沙が、けらけらと笑った。
噂の元凶である赤美は、そんな2人の話を聞いてぷうっと頬を膨らませる。
「何よぉ。百合だって反対しなかったじゃない」
「こっそりやれって言ったでしょうが」
「セキちゃんにGOサイン出しちゃった時点で無理だと思うよぉ?」
ぎろりと睨みつければ、百合は不機嫌を隠そうともせずに睨み返してくる。
そのやりとりを見ていた実沙が、やれやれと大げさに肩を竦めて見せた。
「しっかし英里の情報網恐いわぁ。たった2日で溜まり場掴むとは思わなかった」
「そうか?普通に足で集めただけなんだが」
「いつの間に集められるネットワークを構築してたですか、英里先輩・・・」
実沙とは反対側のソファに座った沙織が、隣に座るルームメイトを見てリアルに体を引いてみせる。
そんな反応を見て、当の英里は首を傾げ、紀美子が恐ろしいものを見るような目で見つめる。
「情報屋のネットワーク構築力が怖い・・・」
「向こう側ならまだしも、こっち側でだろう・・・?」
ぼそりと鈴美が呟けば、備え付けの給湯室でお茶の用意をしていたはずの陽一も、顔を真っ青にしている。
「でもさ。これで解決なの?また逆恨みでもしてきたらどうする?」
「社会的に抹殺すればいいんじゃない?」
「なんか青い人がエグい発言してるんですけど」
沙織が問いかけたのは赤美のはずだった。
けれど、答えはパソコン作業用に入れたデスクの方から帰ってきて、その発言主である美青を差して言ったのは実沙だ。
「社会的にって、どうやって・・・」
「インターネットって便利よね。もうちょっと一般の人への情報発信がしやすくなるといいんだけど」
鈴美が震えながら尋ねれば、美青はパソコンを操作しながらにやりと笑う。
喧嘩中の赤美並の悪い表情を浮かべる美青に、その場にいる8人全員がどん引きする。
「ま、まあ、ネットで情報やりとりしたりするの、美青ちゃんみたいにパソコン詳しい人とかアニメとか漫画とか大好きな人たちくらいだしねー」
「あたしはやってないけど」
フォローするように実沙が笑いながら言えば、自称ゲーム好きの赤美がぼそっと呟いた。
しかし、誰も拾わずスルーする。
無視されたと嘆いたけれど、百合にものすごい目で睨みつけられ、仕方なく現実に戻る。
「とりあえずよっぽど感覚麻痺した馬鹿じゃなければ、もう手は出してこないと思うけど・・・」
中等部の男子2人の護衛役をしていた陽一を除く、理事部3年前衛組(全員女子)に心身ともにぼこぼこにされた不良どもが、悪魔の噂まで聞いて、もう一度手を出してくるとは思いたくないけど。
「一応身辺強化しとく?」
「・・・今度は何する気?」
百合に、ひどく呆れた目で睨みつけられたというのに、赤美は今度は怯まなかった。
「昔の知り合いに頼もうかなって」
そう言って笑う赤美の顔は、先ほどの美青よりももっと酷い悪い顔。
それを見た途端、紀美子の顔がめちゃくちゃひきつり、陽一が固まり、美青以外の他の面々も椅子に座ったまま、思わず後ずさりをしそうになった。
「うわーい。セキちゃん、超ゲス顔ー」
「ほどほどにしときなさいよ」
実沙と百合の声を聞いているのかいないのか、赤美は暫くその表情のままでくすくすと笑っていた。
掲載 2023.07.24