SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

6:次元の扉

空の罅が割れる。
そこからさらに、よく知る魔物たちが降り注ぐ。
背に翼を持って空を飛ぶそのうちの1匹が、こちらに向かって降下してくる。
「ペリート!!」
濃緑色の髪の青年が叫ぶ。
その声に、新藤の怪我を見ていた若草色の髪の少女がはっと顔を上げた。
いくら彼女でも、回復術に専念していた状態からでは、攻撃に転じるまでに隙が出来る。
青年の剣は、この距離からでは届かない。
彼の集中力では、今から魔力を練り上げていたのでは、間に合わない。
万事休すかと思ったそのときだった。
「インフェルフレイム!!」
傍から炎が吹き上がった。
今にも若草色の髪の少女と接触しそうだった魔物が、その炎に飲み込まれ、燃え尽きる。
「せき……」
「時の封印よ!」
隣を見ようとしたそのとき、傍に赤い光が溢れた。
炎のように膨れあがったそれは、それまでその場にいた黒髪の少女の姿を飲み込む。
光が消えたときに現れたのは、それまでとは違う、燃えるような赤い髪を持った女だった。
「リーフ!あいつをよろしく!」
「お、おい!」
女は駆け出すと、そのまま崩れ落ちた魔物の燃えかすを蹴り飛ばし、呆然としていた若草色の髪の少女の腕を引っ張り上げる。
「ペリート!飛ぶよ!!」
「ルビーちゃん!?ちょ、ちょっと待って……!!」
「早く!!」
突然のことに、目を白黒させている少女を無理矢理立ち上がらせると、女はそのままフェンスを越え、屋上から少女を連れたまま飛び降りる。
「ルビーちゃんの馬鹿ああああああああああああ!!!」
途端に少女の悲鳴が上がるが、なんだかんだ言って突発的な事態に強い彼女だ。
問題はないだろう。
問題は、それよりも。
「……金剛?」
ぽつりと、声が聞こえた。
濃緑色の髪の青年は、その声に視線を動かす。
呆然とした表情で、少女たちが飛び降りていった場所を見つめている。
その顔が、ゆっくりとこちらに向けられた。
その目が、大きく見開かれる。
金剛赤美という存在の、外見の変化。
それを見てしまったから、気づかれてしまったのだろう。
自分は、本来のこの姿とほとんど変わらない外見をしていたけれど、今までは色彩が違ったから、気づかれていなかったというのに。
「陽、なのか?」
呆然と呟かれたその言葉を聞いて、青年は大きくため息を吐き出した。
剣を持っていない左手で、額を押さえる。
「どうしろってんだよ、これ……」
とりあえず、この場から脱出する方法を考えるのが先かと、潰れてしまった屋上の出入り口を見て、現実逃避でもするかのように考えた。






校庭に、続々と魔物が降り注ぐ。
空の穴から現れるそれは、止まるところを知らない。
「ちょっと、どうにかならないのこれ!?」
魔物の1匹を斬り捨てながら、レミアが叫ぶ。
「どうにかって言っても……っ」
威力の低い呪文を放ちながら、セレスが空を見上げる。
「しゃべってないで戦いなさい!校舎に1匹も入れては駄目よ!」
「やってるわ!!」
ミスリルの怒声に、レミアが叫び返す。
その瞬間、ミスリルの上に影が差した。
「っ!?ミスリル!!」
気づいたタイムが叫ぶ。
その声に、呼ばれたミスリルが顔を上げた瞬間だった。
「せりゃああっ!!」
突然の声とともに、今まさにミスリルに襲いかかろうとしていた魔物が吹っ飛ぶ。
そのまま地面に激突した魔物の上から、赤い髪の女がすたんと地面に降りた。
「ルビー!?」
空から飛び降り、そのまま魔物を蹴りつけたらしいルビーは、ミスリルを振り返るとほっとしたような表情を浮かべた。
ミスリルがそれに言葉を返すより早く、横からひょっこりと若草色が現れる。
「ミスリルちゃん大丈夫!?」
「え、ええ。ありがとう」
問いかけられた言葉に思わず礼を告げると、ペリドットは「よかった」と安心したように笑った。
「姉さん!?新藤先輩は!?」
「リーフといる!あとごめん!ばれた!!」
「はっ!?」
セレスの問いに、ルビーは今度は振り返りもせずに答える。
その中にとても軽く混じっていた謝罪に、ミスリルが驚きの声を上げた。
「ちょっとルビー!?ばれたって……」
「ミスリル!!」
フェリアの声に、ミスリルははっと顔を動かす。
再び自分の側まで迫っていた魔物が、一瞬の後、横に吹き飛んだ。
どうやら駆けつけたフェリアが、襲いかかろうとした魔物を殴り飛ばしてくれたらしい。
「話している場合じゃないだろう!」
「ご、ごめんなさい……」
「しっかりしてくれ」
一言だけ言うと、フェリアは別の魔物に向かっていく。
無意識のうちに息を吐き出したミスリルの肩に、誰かの手が乗せられた。
「とりあえず話は終わってから。ね?ミスリルちゃん」
「え、ええ……」
にっこりと笑ったペリドットも、手を離すと、そのまま魔物に向かっていく。
そうだ。今は話している場合じゃない。
ルビーを問いつめるのは、この場を何とかしてからだ。
「数が多すぎるわ。それに、減らない……っ」
「やっぱりあの穴をどうにかしないと駄目なんじゃない?」
セレスの呟きを、近くにいたベリーが拾い上げる。
空に開いた黒い穴。
その穴から、インシングの魔物が次々とこの世界に入ってくる。
今は自分たちの魔力に惹かれ、全て学園の高等部の校庭に降りてきているが、それもいつまで保てるのかわからない。
今のままでは、確実にこちらが先に力尽きる。
「ミスリル!ウィズダムは呼べないの!?」
どうしたらいいのかわからず、混乱して動きが鈍くなっているミスリルの耳に、ルビーの声が届いた。
「詠唱している余裕はないわ!」
「精霊神法じゃなくって!ウィズダムと話はできないの!?」
「話!?」
思いも寄らない言葉に、ミスリルはルビーを見る。
ルビーはこちらを振り返ることなく、襲いかかってくる魔物を逆手で握った短剣で斬り捨て、焼き払う。
「なんでこんな状況で!?」
「あいつなら、あれ塞ぐ方法知ってるかもしれないでしょ!」
帰ってきた言葉は、思いも寄らないものだった。
この状況の中で、彼を呼び出して相談するなんて手段を、ミスリルは考えつきもしなかった。
彼は古の竜の化身で、その知識量は人間など到底及ばないほどだ。
相談すれば、確かに、穴を塞ぐことはできないかもしれなくても、この状況を打破する手段を教えてくれるかもしれない。
「あんたってマジこういうときはポンコツ」
「うるさい!」
ルビーのその呟きが、心にぶすりと突き刺さる。
それには気づかなかったふりをして、ミスリルは少し後ろへ下がった。
察したタイムとペリドットが、彼女を守るように移動しながら戦い始める。
それを見て息を吐き出すと、ミスリルは胸のブローチに右手で触れた。
「ウィズダム!応えて!聞こえてる?」
『ああ、聞こえている』
ブローチに描かれている竜の紋章が光る。
そこからふわりと1人の青年が現れた。
『やっと私を呼んだか、主よ』
ミスリルに似た色彩を持つ彼は、出てきた途端にため息を吐き出す。
「やっと?」
「ウィズダム!」
どういう意味かと聞き返そうとしたそのとき、少し離れた場所から彼を呼ぶ声が聞こえた。
視線を向ければ、魔物を数体焼き払ったルビーが、真っ直ぐにウィズダムを見ている。
「あんた、あれ塞ぐ方法知ってるの!?」
彼女は短剣を握ったまま、空に開いた穴を示した。
それを見て、ウィズダムは表情を変えることなく頷く。
『ああ、知っている』
「どうすれば、あれを塞げるんですか?」
いつの間にか側に来ていたセレスが、ウィズダムを見上げて尋ねた。
『こちらから完全に塞ぐのは無理だ』
「なんで!?」
『大気中の魔力が足らない』
ルビーの声に、ウィズダムは焦った様子を見せることなく答える。
『あれを完全に塞ぐには、インシング側から次元の扉を塞ぐ必要がある』
「次元の扉を塞ぐ?」
「ゲートを完全に閉じるということですか?」
『そうだ』
ウィズダムの言葉に、ミスリルは息を呑む。
ゲートを完全に閉じるということは、アースとインシングを繋ぐ扉を消し去るということだ。
インシング側からでないとできないということは、誰かが向こうに戻ってやらなければならない。
そしてやってしまったら、もう二度と、アースには戻ってくることができない。
そこまで考えた途端、ぶるりと体が震えた。
足が竦んで、動けなくなる。
この状況を打破するにはそれしかないとわかっているのに、二度と戻ることができないと言う事実が、それを受け入れることを拒否する。
だって、いつかはインシングに帰らなければならないと理解はしていたけれど、その日がこんなに唐突に訪れるなんて、考えてもいなかったのだ。
セレスも同じことを考えているのか、ほんの少しだけ顔が青くなっている。
「待って」
不意にルビーの、妙にはっきりとした声が耳に届いた。
「完全に塞ぐことは向こう側からしかできないとしても、一時的になら、こっちからでもできるんじゃないの?」
『……否定はしない』
「教えて!」
向かってくる魔物を蹴り飛ばし、ルビーはこちらに向き直る。
「あたしはともかく、みんなもう限界だから、一時的にでいい!休める時間がほしい!」
炎のような赤い瞳が、ウィズダムを真っ直ぐに見つめる。
暫くの間、2人は見つめ合っていた。
その間にも、ルビーは襲いかかる魔物を、炎で焼き払う。
魔物に襲われながらも視線を逸らさないその姿に、ウィズダムは息を吐き出した。
『わかった』
その答えに、ルビーは満足したように笑った。
それを見たウィズダムの顔が、ほんの少しだけ歪んだような気がした。
『セレス=クリスタ。オーサー。手伝ってもらおう』
「あたしたち?」
「何をしたらいいんですか?」
呼ばれたペリドットが、驚いたように振り返る。
真っ直ぐに地面を見つめるセレスと彼女を見て、ウィズダムは元の無表情に戻る。
『これから教える呪文を、あの穴にぶつける』
「わかりました。お願いします」
セレスがはっきりとそう答え、ペリドットが頷く。
それを見たルビーは、さっと周囲に視線を走らせる。
「ミスリルは、2人の援護と校舎の防衛よろしく!」
「え!?ちょっと、ルビー!!」
「前衛組は突っ込むよ!」
「ちょっとその指示テキトー過ぎじゃない!」
「文句言ってる場合じゃないだろう!」
レミアとフェリアが、叫びながら魔物に向かっていく。
その後ろで、ベリーがため息を付きながら拳に呪文を掛け直した。
「さすがに1人じゃ辛いだろうから、あたしはここいるよ!」
「まかせたタイム!!」
先ほどまで最前線にいたタイムが、周囲の敵を凍らせながら後ろへ下がってくる。
それと入れ替わるように、ルビーが前線に飛び出し、タイムの凍らせた敵を氷ごと焼き払う。
扇状に散る4人を見て、ミスリルはウィズダムから意識を切り離す。
一度気を引き締めるように深呼吸をすると、素早く呪文を詠唱する。
「アースゴーレム!!」
校舎に沿うように地面に光の筋が入る。
その光の中から、次々と大きな岩人形が現れる。
岩人形たちは、ルビーたちが取りこぼし、校舎へと向かってくる魔物たちを撃退していく。
次々と岩人形を呼び出していくミスリルの側に迫る魔物は、タイムが棍で薙ぎ払い、あるいは水や氷の刃で切り裂き、貫いていく。
『ウィンソウ!フルーティア!』
ミスリルのさらに後方でセレスたちに呪文を教えていたはずのウィズダムが、最前線にいるレミアとベリーを呼ぶ。
『精霊剣を使うのならば詠唱しておけ。扉が閉じれば、精霊の力は使えなくなるぞ』
「ええっ!?」
「了解」
突然の忠告に慌てるレミアを余所に、淡々と返事をしたベリーは、そのまま詠唱を始めた。
それを見たレミアも、魔物に斬りかかりながら詠唱を始める。
レミアの剣が、拳が光を纏い、それまで以上に多くの魔物を薙ぎ払い、叩きのめし始める。
「出来たよ!行ける?」
「はい!」
そうしているうちに、後方から声が聞こえた。
視線を向ければ、先端の水晶球に光を讃えた杖を握り締めたセレスと、同じような光をオーブに纏わせたペリドットが、互いに頷き合うところだった。
2人が手にした武器を上空の穴へと向ける。
そのまま、聞き取ることのできない言葉を叫んだ。
古代語だと、そう思ったのは、その言語を使って呪文を操る友人がいるからだろう。
それと同時に、2人の武器に讃えられた光が膨れ上がり、破裂する。
放たれた光は筋となり、真っ直ぐに空を切り裂いていく。
その光が穴に吸い込まれたかと思った瞬間、空気が震えた。
その場で破裂した光が、ぽっかりと空いた穴を包み、収縮していく。
「やったか!?」
「まだよ!」
徐々に小さくなっていく穴は、けれどまだ完全には塞がっていない。
未だに向こう側から出てこようとする魔物が、塞がれそうなそれをこじ開けようとしているのだ。
「閉まれえええええええ!!!」
ペリドットが力の限り叫ぶ。
その叫びと共に、彼女のオーブから溢れる光が強くなったような気がした。
気のせいではないらしいそれは、穴を包む光を一層強くし、とうとうそれを完全に飲み込む。
「いった!」
「ウィズダム!」
ルビーがウィズダムを振り返る。
『ああ、問題ない』
その視線を真っ直ぐに受け、ウィズダムは頷いた。
これで、敵戦力の供給は断たれた。
これ以上の長期戦を心配する必要も、次が何が現れるのかという恐怖とも戦う必要は無い。
ルビーは薄い笑みを浮かべると、そのまま叫ぶ。
「全員速攻!!セレス!ペリート!」
「行けるよ!」
「マーキングしてる余裕ないから、避けてくださいね!!」
彼女の言わんとするところを察した2人は、今まさに大仕事を終えたばかりだというのに、すぐに呪文の詠唱に入る。
「退いて!!」
再びペリドットが叫んだその瞬間、前線にいた4人は、後方へと跳ぶ。
「デフィートクリスタル!!」
「ライトエイニマーダー!!」
セレスの杖から、ペリドットのオーブから、再び強い光が放たれた。






二つの巨大な光が、校庭にいた魔物たちの大半を飲み込み、残ったものは、他の者たちが薙ぎ倒していく。
襲いかかってきた犬型の魔物に拳を叩き込み、地面に落としたベリーは、それが動かなくなったことを確認すると、ふうっと息を吐き出した。
「今ので最後?」
「みたいね」
ずっと振るっていた棍を漸く下ろしたタイムが、額を流れる汗を拭いながら答えた。
「おっつー」
「あなたとセレスが一番、ね」
いつの間にか座り込んでいたペリドットが、ひらひらと手を振っている。
へらへらと笑う彼女を見て、ミスリルがため息をついた。
「こっちも終わったよ。大丈夫」
校庭の隅の方から戻ってきたルビーが、大きく息を吐き出した。
校舎の裏側に魔物が逃げ込んでいないか見に行ってきたのだ。
大丈夫というのは、逃げ出した魔物はいなかったということだろう。
「学園の外には行ってない?」
「一応こっちに来るように魔力の放出はしてたし、結界も貼っていたから、大丈夫だと思うけど……」
ルビーの問いに答えたのは、ペリドットと同じように座り込んでいたセレスだ。
魔物があの穴から溢れ始めたときから、セレスはずっと周囲に結界を貼っていた。
穴から出た魔物が学園以外の場所に出ないように魔力で誘い込み、そのルートを結界で取り囲んでいたのだ。
インシングからこちらに来たものは、この世界には存在しない魔力を持つものに惹かれる。
以前アールやリーナからそんな話を聞いたことがあったから試してみたのだけれど、それが功を奏したらしい。
『少なくとも』
不意に届いたその言葉に、その場にいる少女たちの視線が、一か所に集まる。
『私が感じるのは、お前たちと、この建物の上にいる人間の魔力だけだ』
そう告げたのは、ウィズダムだ。
その言葉にほっとしつつ、ルビーはしまったと言わんばかりの表情を浮かべた。
「ああ……。もしかしなくても降りられなかったんだ、リーフ」
「降りられなかったって、どうして?」
「魔物のせいで階段潰されちゃったんだよねぇ」
首を傾げるセレスの横で、ペリドットが困ったように笑う。
呪文が使える自分たちならばともかく、初級の魔法剣くらいしか使えないリーフでは、完全に潰れた階段を何とかして下へ降りるのは無理だろう。
「あいつ1人ならなんとか出来たかもしれないけど、新藤が一緒だし」
「そういえばルビー」
「ん?」
唐突にかけられた言葉に、ルビーは振り返る。
そこにいたタイムが、彼女の目を真っ直ぐに見て、尋ねた。
「あんた、さっき『ばれた』って言ってなかった?」
びくりとルビーの肩が震えた。
「あー……」
赤い瞳が、珍しく困ったように逸らされる。
「その話もあるから、あいつら回収してずらかろう」
「ずらかるって……、もっと言い方ないの?」
「まあ間違ってないだろうな」
呆れたような顔をするレミアの傍で、フェリアが肩を竦めながらそんなことを言う。
「結界を維持するのもそろそろ限界ですし。近くに人の気配がしますから、解けてしまったら警察が飛び込んで来るかもしれませんし」
「うわあ。確かにずらかった方がいいね」
魔物が片付いた今、いつ校舎の中から教師たちが飛び出してくるかもわからない。
特にミスリルなんて百合の時と色彩がほとんど変わらないのだから、顔を見られたらアウトだ。
「ペリート」
「了解。行ってくるよー」
「疲れてるところごめんなさい。お願いね」
「はーい。大丈夫ー」
ミスリルに声をかけられ、ペリドットは立ち上がる。
リーフと共にいるはずの新藤を屋上から下ろすのには、他の仲間たちの荒技では駄目だ。
オーブを変形させれば、空を飛ぶことだって出来るペリドットが迎えに行くしかない。
ペリドット自身もそれをわかっていたから、文句を言うこともなくその仕事を引き受けた。
「全員『いつものところ』に集合。いいね」
「アイアイサー」
ルビーの言葉にいつもの軽い口調で答えると、ペリドットはオーブを絨毯のような形に変化させる。
そのままそのオーブに飛び乗ると、彼女はそのまま屋上へ向かった。

2016.02.14