SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

38:最後の戦い

「はっ!!」
タイムが邪神に向かって槍を振り下ろす。
邪神がそれを避けようとして、飛び退いた方向へルビーが飛びかかる。
「……っ!?」
下から振りかざした刃を払い落とそうとして、掠めた刃が袖を切り裂いた。
「何……!?」
「ただの人間じゃないって言っただろっ!!」
左手の短剣を手の中で逆手から順手に持ち替える。
そのまま勢いよく、邪神の腹に向かってまっすぐに突き出した。
邪神はその切っ先を払い退け、勢いのまま飛び込んできたルビーの腹に膝を叩き込んだ。
「が……っ」
「ルビー!!」
振り下ろされようとした邪神の手に、空気を切り裂く風が吹き付ける。
そのまま落下したルビーの身体を、滑り込むように走り込んできたベリーが抱き留めた。
「げ……っ、ごほ……っ」
「大丈夫!?」
「なん……とか……、助か、った…・・・ありが、と」
酷く咳き込みながらも、ルビーは自分の足で立ち上がる。
「ちょっと……っ」
「だい、じょぶ。入ったところが、悪かっ、た、だけ……」
ひとしきり咳き込んで、すっと顔を上げ、はあっと大きく息を吐き出す。
「でもちょっと進展した」
先ほどまでは避けられ、あるいは弾かれてばかりだった攻撃が、通った。
当たりはしなかったけれど、掠めた切っ先が、邪神の服を切り裂いた。
「げ。さっきまで当たりもしてなったってこと?」
追いついてきたレミアが、げんなりとした様子で言った。
その姿を見て、つい顔が緩みそうになる。
さきほど、自分に振り下ろされようとした邪神の腕。
あれを切り裂いたのは、レミアの放った風の力を乗せた技だ。
「ありがと、レミア。助かった」
「何言ってんの。当たり前でしょ!」
怒ったような声だったけれど、耳が少し赤くなっているのが、ツインテールでは隠れることなく見えてしまう。
それにくすりと笑って。
「そうだね」
一言だけ返して、上を見上げた。
浮き上がっている邪神と、それに食らいつくように飛びかかっているタイム。
彼女も空中で戦えているのは、神力で一瞬だけ足場を作り出しているからだ。
「レミア、ついでにちょっと手伝ってくれる?ベリーも」
「え?」
不思議そうに自分を見る2人に、にやりと笑ってみせる。
2人に軽く耳打ちをすると、ルビーは上に向かって叫んだ。
「タイム!」
はっとこちらを見たタイムと目が合う。
その瞬間、彼女は邪神の体を蹴って後ろへ飛び退いた。
それを待たずに、ルビーは腕を振り上げる。
勢いよく吹き上がった炎が、邪神を飲み込む。
咄嗟に腕を振った姿が見えた。
おそらく炎は振り払われるだろう。
そんなことは百も承知だ。
それでいい。
これは、ただの目眩ましだから。
炎を振り払った邪神の前で、突然それが割れた。
中から、拳に光を宿したベリーが飛び出す。
そのまま殴りかかった彼女の拳が、見事に邪神の腹部に入った。
「が……っ」
「はああっ!」
そのまま空中で体を捻り、その顔の側面に蹴りを叩き込む。
ぐらりと邪神の体が傾いた。
それを目がけて、レミアが斬りかかる。
刀身に光が宿ったその剣を、落下する邪神に向かって振りかぶった。
刃は届かなかったけれども、衝撃波となった軌跡が邪神に遅いかかる。
それは咄嗟に頭部を庇うように上げられた腕を切り裂いた。
「…………っ!?」
邪神が息を呑む。
まさか傷つけられるとは思わなかったのだろう。
その隙を逃すわけにはいかない。
邪神の腕から赤が舞った瞬間、ルビーは地を蹴っていた。
同時にタイムも、体を捻って駆け出したのが目に入る。
2人同時に武器を構えて、飛びかかろうとした瞬間、邪神がぎろりとこちらを睨み付けた。
まずいと思ったときには、邪神の両腕から呪文が発動していた。
「ちぃ……っ!」
瞬時に体勢を変えて、結界を展開させる。
間一髪、放たれた呪文を受け止め、四方に弾き飛ばした。
「……っ、タイム!!」
「っ、ルビー!」
砂煙の向こうから、親友の無事な姿が見える。
ほっと胸を撫で下ろすけれども、気を抜くことはできない。
2人の間で、ゆらりと邪神が立ち上がった。
その姿を見て、舌打ちをする。
「上手くいきそうだったのに……」
「……舐められたものだ」
邪神が腕を振り上げた。
その瞬間。ぞわりと背筋に悪寒が走る。
まずいと思ったけれど、間に合わない。
「消え去れ」
「姉さん!!」
「タイムちゃん!!」
耳に馴染んだ声が飛び込んでくる。
その瞬間、目の前に光の壁が現れた。
壁に衝撃がぶつかり、光が弾ける。
思わず腕で顔を覆う。
光が収まり、恐る恐る目を開けると、掲げた腕に怪我を負ってはいなかった。
壁が現れた場所を堺に、地面が抉れている。
結界が展開されたのだと気づいて、直前に耳に届いた声を思い出して、息を呑んだ。
「……っ、セレス!?」
後ろを振り返れば、杖をこちらに向けた妹と、手をかざした友人の姿がある。
目が合った途端、セレスはほっとしたように微笑んだ。
「間に、合った……っ」
「セレス!ペリート!!」
崩れ落ちた2人の腕を、倒れる直前でミスリルが掴む。
あれだけの威力を持つ呪文を止める結界を、瞬時に張ったのだ。
術者にかかる負担は、想像以上だったのだろう。
「だいじょぶだよ、ミスリルちゃん。こんなことでへばってらんない」
膝をつく前に持ち直したペリドットが、なんとか立ち上がる。
セレスも、杖を支えにして、なんとか倒れずに立っていた。
ほっとして、視線を戻す。
タイムの方には、いつの間にかベリーが駆け寄っている。
あちらも無事なようだ。
安堵すると同時に、焦りが胸に沸き上がってくる。
ゆらりと立っている邪神は、傷こそ負っているものの、その表情は大して変わっていない。
まだまだ力は残っているはずだ。
今、総攻撃を仕掛けても、おそらくは弾かれてしまうだろう。
もう少し、削らなければ。
だけど、自分とタイムはともかく、みんなの体力は保つのだろうか。
「……はっ」
じわじわと迫り上がってくる感覚に、吐き捨てるように息を零す。
呑まれるな。
自分が呑まれたら、終わりなのだから。
「……アスゴ!!」
もう一度踏み込もうとしたそのとき、後ろから声が聞こえた。
一瞬遅れて、傍をもの凄い勢いで何かが通り過ぎていく。
それは、ミスリルが使役するゴーレムで。
その世を見た瞬間、頭の中に、閃光が走った。
この光景を、見たことがある。
「ミスリル!駄目!!」
脳裏に浮かび上がったのは、砕ける土人形。
その衝撃が、それを操っていた術者に跳ね返って、弾け飛んだ肢体。
これは、『あの時』と同じ景色。
振り上げられたゴーレムの拳を、邪神が軽々と受け止める。
びしりとゴーレムに亀裂が走る。
駄目だ。
このままでは間に合わない。
「ふざ……、けんなああああああああああああっ!!!」
「ルビー!?」
驚くレミアの声に、反応している余裕なんてない。
振り上げた短剣を、なんとか辿り着いたゴーレムの背中に突き刺す。
流れ込む邪神の力を、短剣を通して、術者ではなく自分に流す。
すさまじい衝撃が身体を駆け抜ける。
気を抜いたら、四肢がばらばらに弾け飛びそうだ。
けれど、今の自分なら、なんとかできる。
これを、この衝撃を、ミスリルに流すわけにはいかない。
「……っ、あ……っ」
急に衝撃が引いて、その場に膝をつく。
がらがらと音を立てて、ゴーレムだった物が崩れていく。
その向こう側で、邪神がこちらに目を向けていた。
「貴様……、っ!?」
肉を突き抜ける、嫌な音が辺りに響いた。
驚いて顔を上げると、邪神の胸から、刃が生えている。
その向こう側にあったのは、青。
タイムが、手にした槍で、邪神を背中から貫いていた。
「な、に……っ」
邪神が驚きに目を見開いている。
チャンスなのは、理解できた。
だけど、先ほどの衝撃で身体が動かない。
けれど、これを逃してはいけない。
「……っ、レミア!!ベリー!!」
腹の底から声を出したつもりだけれども、出せていただろうか。
既に駆け出していたベリーが頷く。
後ろからも音が聞こえるから、きっとレミアにも届いたはずだ。
「精霊よ!」
「あたしたちに、もう一度力を!!」
レミアが隣を駆け抜けていく。
あちら側から来たベリーと同時に、叫ぶ。
「精霊剣(拳)!!」
2人の武器に、再び光が宿る。
邪神はその場から動こうとするが、動くことができない。
タイムが、その槍を突き刺したまま、動こうとしないのだ。
「タイム!!」
ベリーの声に、タイムが槍を手放して飛び退く。
槍から抜けようともがいていた邪神は、突然後ろの支えを喪ってよろけた。
そこに、レミアの剣が振り下ろされ、一瞬遅れてベリーが拳を叩き込んだ。
それまでとは違い、確実に身体を切り裂き、叩き込まれた打撃に、邪神が初めて呻き声を上げる。
「ペリート!セレス!!」
数発拳を叩き込んだベリーが、飛び退くと同時に叫ぶ。
立ち上がっていたペリドットが、はっと息を呑んだ。
意図を察して、セレスに声をかける。
「タイムちゃん、ルビーちゃん!自力でシールド張って!!」
そのまま、詠唱なしで呪文を展開する。
「デフィートクリスタル!!」
上空に掲げられたオーブから、衝撃波が放たれた。
それは真っ直ぐに邪神を飲み込む。
「ライトエイニマーダー!!」
その光が消える前に、セレスが詠唱を完成させた。
杖を通じて放たれた光球が、邪神を飲み込む。
ふたつの呪文が交わって、爆発を起こす。
爆風が辺りを吹き荒れる。
「……っ、ウィズダム!!」
ミスリルが左手で胸のブローチに触れる。
ブローチに刻まれている竜の刻印が、その声に呼応するように光を放つ。
「インクラントアースドラゴン!!」
腕を振り上げて叫ぶと、空中に同じ刻印が刻まれた魔法陣が現れる。
魔法陣から現れたドラゴンが、翼を広げ、息を吹き出す。
炎ではなく、砂や岩石を踏んだそれは、爆発の砂煙の中にいる邪神に降り注いだ。
大地がぶつかり合う、とてつもない音が響く。
それでも、砂煙の向こう側から姿を見せる邪神は、未だに立っていた。
「この、程度の、神法で……っ!」
ここまでは想定どおり。
これで倒せていたら、ミルザだって今の自分たちだって必要なかった。
「まだだっ!!」
いつの間にか近づいてきたタイムが、邪神に刺さったままの槍を掴む。
ぶわりと空気が震えた。
湿度が一気に増していくのがわかる。
槍を握った右の二の腕が、光を放った。
そのまま、槍を通じてありったけの神力を叩き込む。
「アナイアレイションレイン!!」
本来なら雲を呼び出し、空から降り注ぐはずの水が、邪神の体内から直接弾け出す。
全てを飲み込む、消し去る水が、体内で暴れ回る。
溜らず呻き声を上げた邪神の目の前に、白い手が突き出された。
それは、いつの間にかゴーレムの残骸を乗り越え、目の前に迫っていたルビーの手。
「フレイムオブ……」
顔の前にかざした手に、力を集中する。
タイムの槍がまだ身体を貫いているから、邪神は動くことができない。
「エクステンションっ!!」
ぶわっと炎が吹き上がる。
全てを飲み込み、消し去る炎。
至近距離で放ったそれを避ける術なく飲み込まれた邪神は、それでも膝をつくことなく立っていた。
「うっそ……、マジで?」
ペリドットの声が聞こえる。
みんな全力だったはずだ。
詠唱をしていない分、集中力が足りなくて威力が落ちていたかもしれない。
それでも、全力の力で精霊神法を叩き込んだはずなのに、邪神は立っている。
もう一度、あの威力の呪文を撃てるかと言われたら、無理かもしれない。
ぞわりと悪寒が背中を走って行く。
「く……っ、この愚者ども……っ」
ゆらりと顔を上げた邪神が、胸を貫いている槍を掴む。
引き抜かれると思ったそのとき、傍に居たレミアが気づいた。
先ほどまで邪神の背後で槍を抜かれまいと握り締めていたタイムの姿がない。
そして、真正面で炎を放ったはずのルビーも、それが消えたときには姿を消していた。
「が……?」
どこにと思ったその瞬間、邪神の、喉を潰したような声が聞こえた。
はっと視線を戻せば、邪神の身体――槍が刺さっている腹よりももっと上の、鎖骨のあたりから、銀色の剣が下を向いて生えている。
「な、に……?」
ごとんごとんと何かが落ちる音がした。
何処から現れたのか、氷の塊が上空から落ちてくる。
ぶわりと空気が震えて、今まで何も見えなかった邪神の背の上に、ルビーの姿が現れた。
少し離れた場所に手をかざすタイムの姿がある。
「水と光の屈折……」
ぽつりと零れたのは誰の言葉だったか。
吹き上がった炎は、邪神を攻撃するためだけのものではなかった。
光のないこの場所で、ルビーは炎によって生み出された光と、タイムの操る水蒸気で姿を消して、邪神の背後に回り込んだ。
いや、回り込んだというのは正確ではない。
火の精霊神法が発動した瞬間、タイムは後ろに飛び退いた。
そのまま、跳ね上がったルビーの足場を作るように空中に氷を作り出す。
その氷を踏み、再び飛び上がることを繰り返して、ルビーは邪神の背後、その上空から背中に向かって飛び降りたのだ。
「この、剣は……っ」
邪神の声が、震えている。
視線を落としたその剣は、どう見ても短剣の長さではない。
ルビーが両手で握るそれは、銀色の刀身を持った長剣だった。



それを渡されたのは、今朝の話だ。
「ああ、待ってください2人とも」
神殿を出てエスクール城へ向かおうとしたルビーとタイムを、セラフィムが呼び止めた。
途端にルビーが、本当に嫌そうな顔をする。
「……何か用?」
「本当に態度悪くなりましたね、あなた」
「ルビー……」
タイムが隣でため息を吐くけれども、こればかりはどうしようもないと思う。
けっとわざとらしく息を吐き出して、渋々と言わんばかりに振り返る。
「失礼いたしました。何かご用ですか?」
「ええ。あなた方にこれを渡しておかなければなりません」
そう言ってセラフィムが差し出したのは、長剣だった。
不思議に思った2人が首を傾げる。
「剣?ですか?」
「見たことない剣だけど、何これ?」
「ミルザの持っていた聖剣です」
あっさりと言われたその答えに、2人は驚いて声を上げる。
「でも、それは『種換の秘宝』を使ったエルザに飲み込まれて喪われたって……」
「魔族の体内に取り込まれたくらいでは喪われませんよ」
にっこりと、相変わらず胡散臭い顔でセラフィムが笑う。
「エルザを倒したときにそのまま捨て置かれていたのを、私が回収しておきました」
この男は、本当にいつから自分たちのことを見ていたのだろう。
あのときは確か、レミアもフェリアがぼろぼろで、エルザを倒すことで精いっぱいだったようだから、敵が落としたものに気づかなくても仕方なかったのかもしれない。
「これは元々、あなたの剣です」
「え?」
セラフィムが、2人にというよりも、ルビーに向かって剣を差し出す。
どういうことだと睨み付ければ、彼はふふっと笑みを零した。
「創造維持の三神が、その力を込めて火の女神に渡したものなんですよ」
「ええ……」
とてもとても不満そうに声が零れてしまって、タイムの視線がこちらに向いたのがわかる。
『継承』した記憶の中に、そんな剣の記憶なんてあったかなと考えながら、それを受け取る。
鞘から引き抜くと、その刀身は綺麗な銀色をしていた。
「これには『終焉』を打ち消すための『創造』、『誕生』、『死』の力が宿っています。その力を使うためには、『魔法の水晶』が必要です」
見れば、鍔の部分に、石でもはまりそうな窪みがある。
これはおそらく、レミアの水晶の核がはめ込まれていた場所だろう。
ここに、今度はルビーの水晶をはめ込むと言うことなのか。
今なら、どうやったらいいのか、聞かなくてもわかるけれど。
「どうか今度こそ、ハデスを輪廻の輪に戻してあげてください」
ふと、それまでのふざけた様子が一切宿らない声が聞こえた。
視線を上げれば、目の前のセラフィムは、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。
その表情は、すぐに胡散臭い笑顔に隠れてしまったけれど。
「あ。ちなみにこれ、三神の神力を実体、固定化させたものなので、『魔法の水晶』の中に格納が可能です」
「はい!?」
予想もしなかった剣の正体に、変な声を上げてしまったのは仕方ないだろうと言いたい。
「この剣の神力が、あなたをある程度助けてくれるでしょう」
にっこりと笑うセラフィムの表情は、いつものようで。
「ご無事を祈ってますよ」
けれど、その言葉はとても真摯に聞こえて。
「胡散臭い」
「酷いなぁ」
反射的に言い返してしまったら、再びタイムに睨まれた。



今、手に握っているのは、その時に渡された剣だ。
水晶に同化させていた物を、飛び上がったときに解放し、実体化させた。
鍔には形を変えた赤い水晶がはまっている。
ここに力を流して、剣に宿る力を解放する。
終焉と反対の力。
そして、魂を輪廻に戻すための力。
でも、これだけでは足りない。
だから。
「みんな!!」
全力で叫ぶ。
「もう1回、全力でぶちかまして!!」
落下しきった身体を、それでも邪神から離れないように、刺さったままのタイムの槍を足場にして、腹の底から声を張り上げる。
それを聞いたペリドットが声を上げた。
「は!?今!?」
「今に決まってんでしょ!!」
「でも、姉さん……っ」
「あたしは何とかするから!!」
このまま、コントロールもなく全力で放たれた呪文に巻き込まれれば、ただではすまないことはわかっている。
でも、それを考えて威力を抑えてしまって、邪神を取り逃してしまったら意味が無い。
「き、さま……っ」
「逃がさない!」
邪神が逃れようと身じろぎする。
それを流し込んだ神力と、剣と槍で押さえ込む。
力と共に剣を押し込む。
邪神が呻き声を上げた。
僅かに見える表情が、苦痛に歪んでいる。
剣を押え込んでいる腕がぎしぎしと痛む。
ルビー自身も、ダメージがないわけではない。
力を無理矢理逸らしているだけで、いつまで持つかはわからない。
「……早くっ!!」
届くように腹から叫ぶ。
振りほどこうと暴れ始めた邪神を、押さえ込むのに必死で、それ以上は意識が及ばない。
「ちゃんと防ぎなさいよ!!」
早くと祈り始めたその時、耳にその言葉が飛び込んできた。
「ミスリルさん!?」
「長引かせた方がきついでしょ!」
「…………っ」
セレスの悲鳴のような声が聞こえる。
間髪入れずにそう返された言葉に、息を呑んだその表情が視界の隅に見えた。
「わかり、ました」
その言葉が聞こえて、ほんの少しだけ安堵したそのとき。
ふわりと暖かい何かが、体を包んだ。
自分の体が薄らと青い光に包まれていることに気づいて、息を呑む。
「……っ、タイム……!?」
「集中して!」
振り返ろうとしたけれど、背中に投げつけられたその言葉に、思い直す。
今は、邪神を押さえ込むことに集中しなければ。
「行くよ!!」
辺りに響いた号令と、それに答える友人たちの声。
その瞬間、びくんと邪神の身体が跳ねる。
「この程度の、力など……っ!」
口からだらだらと唾液を垂らし、目や鼻から血が流れるその顔を見て、目を瞠る。
剣の力が、確実に邪神の身体を蝕んでいる。
たぶん、もう一息だ。
周囲で力が膨れ上がる。
今度はレミアとベリーも、直接攻撃ではなく、武器に乗せた力を打ち出す形で放つようだ。
それならば。
六方向から呪文が放たれる。
邪神に、自分に向かってきたそれを、邪神を押さえ込んだまま、真正面から受け止める。
そこに自分の呪文を乗せて、そのまま剣に注ぎ込む。
邪神の、人の声とは思えないような絶叫が上がる。
耳を潰されそうになそれに飲み込まれながら、ルビーはさらに、邪神の身体に剣を押し込む。
「これで……っ、終わりだ……っ!!」
絞り出すようにそう叫んで、深く深く突き刺さったその剣を、上に向かって振り上げた。
鎖骨の真ん中に刺さっていた剣が、邪神の頭を切り裂く。
そのまま、逆手に持ち替えて、もう一度剣を振り下ろす。
その切っ先は、邪神の肉体へ再び沈み、今度こそ、その心臓を貫いた。

2022.09.14