SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

21:途方に暮れた

エスクール王城の地下。
そこへ続く階段の途中で、リーフはため息をついた。
「完全にお手上げ状態か……」
額に手をついて呟くと、肩飾りがしゃらりと音を立てる。
彼は普段の旅装束ではなく、王族直属の自由兵団の団長服を身に纏っていた。
「まさか、皆様でも、精霊神様に会えないなんて……」
階段に腰を下ろしたリーナが落胆したように呟く。
少し上の段に立っているフェリアが、胸の前で腕を組んだままため息を吐き出した。
「闇の精霊様が現れたときは、何事かと思ったが」
「マリエス様、別の場所に行かなくちゃならなくて、ここに戻ってくるのはだいぶ先だって言ってたね……」
ペリドットの視線の先にあるのは、先ほどまで彼女たちがいた『精霊の間』の扉だ。
いつのならば、あの向こうにはいつだって、精霊神マリエスが存在した。
訪ねて、呼びかければ、いつだって精霊の長は現れ、自分たちを導いてくれた。
けれど、今日、その呼びかけに答えたのは精霊神ではなく、闇の神殿にいるはずの闇の精霊ダークネスだった。
現れた彼は、自分たちを見回すと、申し訳なさそうにマリエスの不在を告げたのだ。
詳しい話を聞こうにも、彼自身も詳しい話は聞いておらず、この世界の状況についても、何も語ることは出来ないと言って、そのまま姿を消してしまった。
今まで何度もここを訪れたけれど、そんな反応は初めてだ。
「本当に、どうしたらいいのかしら」
ミスリルまでもが深いため息を吐く。
その声に、ペリドットが扉から視線を離し、少し上の段にいるミスリルを見上げた。
「ほんとにねぇ・・・…」
「こんなこと、初めてだものね」
「うん。いつも、ここに来れば何とかなったから……」
ベリーは呟きに、返ってきた声は震えていた。
その場にいる誰もが、その声に釣られるように声の主へ視線を向ける。
「大丈夫か?」
「……え?あ、はい。ありがとうございます、アールさん」
側にいたアールに覗き込まれ、俯いていた声の主ーーセレスははっと顔を上げた。
それから、精一杯の笑顔を浮かべる。
「私は、大丈夫です」
そう言う彼女の顔は、無理をしているのがありありと伝わってしまう笑顔だった。
セレスの顔を見たティーチャーも、ふいっと顔を逸らし、俯いてしまう。
無理もない。
セレスの唯一の肉親であるルビーも、ティーチャーのパートナーであるタイムも、行方は未だ不明のままだ。
2人が一緒にいるのかも、安否すらもわからない。
そんなセレスの、ティーチャーの様子を見て、リーフは声をかけようとして、思いとどまる。
恋人として、セレスを支えたいという気持ちはある。
けれど、今の自分には、それ以上に果たさなければならない責任があるのだ。
「原因がわからないと、対処のしようもない」
「では、わたくしたちにできることは、ふたつですわ」
本当に口にしたかった言葉を飲み込み、そう言ったリーフに、反応したのはリーナだった。
先ほどの落胆した表情を追いやると、立ち上がり、周りにいる者たちを見回す。
「ひとつは、この街の守りを強化すること。特に城の、ですわね」
「そうだな。魔物が本当にリーフを狙っているのなら、ここが襲われかねない。リーフは城から出ないのが賢明だろう」
「だけど、この状況で俺が城に閉じこもるのは……」
父王が一線を退いている以上、この国の責任者はリーフだ。
普段はミューズに全てを任せてしまっている分、こんなときに表に出ないわけにはいかない。
「兵士たちへの連絡は私がします、兄上」
そんなリーフの気持ちを察しているのか、上の方の段に立っているミューズが、はっきりとした口調でそう言った。
その言葉に、リーフは弾かれたように顔を上げる。
「ミューズ。だけど……」
「兄上の姿が魔物に認識されることにより、王都の民に被害が及ぶようなことは、あってはいけません。違いますか?」
「それは……」
ミューズの言うとおりだ。
魔物たちの狙いは、リーフであるらしい。
狙われる理由はわからないけれど、下手に表を歩いて魔物に姿を見られれば、それこそ大変な事態になりかねない。
「……わかった。では、城の外の指揮は任せるぞ」
「はい、兄上」
納得できない自分を無理矢理押さえ込んで頷けば、ミューズはほんの少しだけ笑顔を浮かべた。
昨日よりも和らいだ表情の彼女を見て、リーフは安堵の息を吐く。
そのとき、こほんと小さく咳払いが聞こえた。
視線を向ければ、リーナが真剣な表情でこちらを見ていた。
「よろしいですか?」
「ああ、悪い。どうぞ」
言いたいことを悟って促せば、彼女は軽く会釈をして、全員に向き直る。
「それでは、二つ目。こちらはもちろん、ルビー様とタイム様を……」
「駄目よ」
当たり前のように口にされたその提案は、全てを言い終わる前に却下された。
リーナは小さく声を上げると、声の主をぎろりと睨みつける。
「どうしてですか?ミスリル様」
「そうです!タイムとルビーさん、怪我をしているかもしれないのに!」
「この状況で、私たちが外に行くことも、リーフを王都の外に出すのと同じくらいのリスクがあるからよ」
問いつめようとするリーナとティーチャーを、ミスリルはばっさりと切り捨てた。
驚いて言葉を飲み込む2人を見ながら、ペリドットが頷く。
「そうだね。王都の外に出るには、結界を解くか、精霊の森を経由しなくちゃいけない。王都の結界を解くわけにはかないから、地下を通って精霊の森に出ることになるけど」
そこまで言うと、ペリドットは考え込むような仕草をした後、顔を上げてアールを見た。
「入ってこれたってことは、アールちゃんとリーナちゃんの結界、城の地下までは張ってないってことでしょ?」
その問いに、リーナははっと息を呑む。
「それは……」
「私たちは、ここの地下の構造までは知らないからな」
この城の地下に広がる下水設備。
王族の脱出ルートを兼ねたその構造は、王城に仕える者たちやその出口を担う店や住宅の住人くらいにしか知られていない。
ペリドットたちだって、たまたま使ったことがあるから、その内部のほんの一部を知っている程度だ。
他国の人間であるリーナはもちろん、一時期そこに匿われていたことがあるアールも、詳細を知るはずもない。
だから、彼女たちは地上にしか結界を張ることが出来なかったのだ。
「精霊の森には、元々私たちミルザの血を引く者でなければ抜けられない結界がある。けど、この状況でそれは、本当に安全と言えるかどうかはわからないわ」
結界が張ってあると言えば、森には入ることが出来ないように思うだろう。
けれど、あの森の結界は、森そのものに入ることを拒んではいない。
「あの森の結界が拒むのは、テヌワンへの進入だけ。万が一、拒まれた結果、魔物たちがここの地下へ繋がる井戸に追いやられて、そこから進入してしまったら?」
ミスリルの問いに、何人かがはっと顔を上げる。
アールがごくりと息を呑んだ。
「井戸に入ってしまえば、その後に進入者を拒むものは何もない、ということか」
「下手に出入りしてばれるとたっいへーんなんだよね」
ペリドットの口調はいつも通りだった。
けれど、顔は全く笑っていない。
それが、事態がどれだけ重いかを言外に告げているようだった。
「だから、もし探しに行くなら、ここに戻ってこない覚悟をしなくちゃいけない」
何度も出入りをして、地下通路のことを他に知られてしまうわけには行かないから。
街の外に行くのなら、そのまま外に居続けること――あの膨大な数の魔物たちと戦い続ける覚悟をしなくてはならない。
「他の町の状況は?」
「全て似たようなものだと報告を受けています」
ベリーの問いに、ミューズは首を横に振る。
「どの町も魔物の襲撃が激しく、国の魔道士をそれぞれの町に派遣して、国民を守っている状況です。ここも、アールさんとリーナさんがいてくれなかったら、どうなっているか……」
「海の上も、似たような状況だと言う話だな?」
「ええ。そのせいで、各国の皆様が帰国できない状況にあります」
今度はフェリアがした問いかけに、ミューズは頷く。
それを聞いたアールがため息をついた。
「それに加えて、私もリーナも、結界維持のためにこの街を離れるわけには行かない状況でな・・・…」
「むしろ、あたしたちも結界の強化に参加するべきかもねぇ」
ペリドットの呟きに、それまでずっと話に参加せずに俯いていたレミアが顔を上げた。
「ルビーたちをどうするの、って言いたいところだけど」
「ギルドにも様子を見に行ってわかっただろう?今下手に街の外に出ると、あいつらを探すどころか、自分の身が危ない」
「……うん。わかってる」
己の体を抱き締めるかのように腕を組んで、レミアは顔を伏せた。
彼女のことだから、本当は今にでも飛び出していきたいのだろう。
それを必死に堪えているのを、ここにいる誰もが理解していた。
ふと、沈黙に包まれた階段に、ため息が落ちる。
「もどかしいわね。何もわからなくて、出来ない状況って言うのは……」
呟いたのはベリーだった。
それは、誰もが思っていること。
心の中に、満ちている想い。
「本当に、何が起こってるんでしょう……」
天井を、その向こうにある空を仰いで、セレスが呟いた。
その表情は、今にも泣いてしまいそうに見えた。

2018.08.18