SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

16:黒の魔道士

暗闇の中を漂っていた意識が、すうっと浮上する。
ゆっくりと目を開ければ、そこには見慣れない石造りの天井が広がっていた。
「……ん……」
目に入ってきた光が眩しくて、思わずぎゅっと目を瞑った。
「ルビー?」
名前を呼ばれ、もう一度目を開く。
顔の上に影が落ちて、見知った顔が視界の中に入ってきた。
「気がついた?あたしがわかる?」
「……タイム」
ぼんやりとした頭のまま名前を呼べば、彼女はほっとしたように息を吐いた。
「よかった……。意識はあるわね」
「一応……」
額に手を当てて、起き上がろうとする。
そうして気づいた。
額に布の感触がない。
いつも身に付けているはずの緑色のバンダナが外されていることに気づいて、思わず飛び起きる。
「ちょっと!そんな起き方、まだ……っ」
「……っ、って、服、あたしの服、はっ」
布団というにはあまりにもお粗末な布を撥ねのけて、初めて気づいた。
服もいつものではない。
着替えさせられている。
髪を束ねていたはずの紐も解かれてしまっているらしい。
長い赤い髪がシーツの上に広がっていた。
「落ち着いて。あんたの服ならあそこ」
言われて視線を向ければ、室内の隅に簡易的な洗濯物干し場のようなものが作られていた。
身に付けていた服もブーツも、全てその場所に干されている。
「あたしもあんたと同じの着てて、着替えたとこ」
いつも通りの服を身につけたタイムが、自分の後ろを見せる。
広い石造りの室内には、もうひとつベッドが置かれていて、その上に今ルビーが着ているものと同じ服が無造作に放り投げられていた。
「一体何で……」
「覚えてない?だいぶ出血もしてたし、記憶飛んじゃってるかもしれないわね」
「出血……?」
一瞬何のことだかわからなくて、考え込みそうになった瞬間にはっと目を見開いた。
慌てて右腕を見れば、二の腕に走っていたはずの大きな裂傷が、薄い傷跡を残して綺麗に塞がっていた。
「傷が……」
「治してくれたのは、ウンディーネ様よ」
耳に入ったその言葉に、驚いて声の主であるタイムを見る。
「水の精霊様?」
「海に落ちたあたしたちを助けてくれたのも、服を貸してくれたのもね。あんたを着替えさせたのはあたしだから、安心して」
最後の方は聞いていなかった。
それよりも、海に落ちたという言葉に意識が持って行かれる。
記憶が鮮明に蘇ってくる。
あの瞬間、真っ青な視界に飛び込んできた、空の色よりも濃い青。
「そうだ……。あんた、なんであんな無茶したわけ?」
「え?」
「崖から飛び降りるとか、無謀すぎるでしょうが!」
ばんっとベッドを叩きながら詰め寄る。
一瞬だけ目を丸くしたタイムは、すぐに大きなため息を吐いた。
「ルビー。あんた、あの状況でそういうこと言う?」
「言うに決まってる!2人とも死んでたらどうする気だったわけ!?」
胸ぐらを掴みそうな勢いで身を乗り出して怒鳴る。
その瞬間、タイムの表情が歪んだ。
「あんたねぇ……」
呆れたような顔をしたかと思うと、そのまま一気に眉間に皺が寄る。
青い瞳にぎろりと睨み付けられたかと思ったら、もの凄い勢いで怒鳴りつけられた。
「あのまま1人で海に落ちてたら、死んでたのはあんたでしょうが!!」
「だからって飛び込む!?」
「下が海だからなんとかなるかと思ったのよ!っていうか、あたし動いてなかったら、セレスが飛び込んでたからね!」
妹の名を出されて、ルビーは思わず言葉に詰まる。
勢いが止まったルビーを見て、タイムは深いため息をついた。
「というか、それがあたしに対して言うことなわけ?」
うぐっと呻き声を漏らす。
言われなくても、本当は言うべき言葉があるなんてことは、わかっていた。
さすがに怒鳴ってしまった手前、目を合せることなんてできなくて、視線を逸らしてしまう。
「ごめん……。助けに来てくれて、ありがとう」
「まったく……」
頬が熱くなっているような気がした。
再びため息を吐き出したタイムが、安心したように微笑んでいるのが視界に入る。
なんだか居たたまれなくなってしまって、ルビーはようやく動き出した頭を必死に回転させた。
「と、ところで、さっきウンディーネ様って言ってたけど、ここ、水の神殿?」
「違うみたい」
視線を逸らしたまま尋ねれば、間髪入れずにそう答えが返ってくる。
それに驚いたルビーは、ようやくタイムに視線を戻した。
「みたい、って」
「正直、あたしにもわからないのよ。水の神殿とは感じる魔力が違うし、出口もないし」
「出口がない?」
完全に予想していなかった言葉を耳にして、ルビーは驚き、聞き返す。
それを聞いたタイムは、「そう」と短く答え、頷いた。
「でも、あのとき海に落ちたあたしたちを助けてくれて、あんたの傷の治療をしてくれたのは間違いなくウンディーネ様だし。あの人の言葉を信じるなら、あたしたちの服を乾かしてくれたのはサラマンダー様だから、安全な場所なんだとは思うんだけど」
「サラマンダーって、火の精霊様?」
またもや飛び出してきた予想外の名前に、再び聞き返してしまう。
それもタイムは短く肯定した。
信じられない。
まさか、七大精霊が2人も、自分たちから動くなんて。
「一体何で……。精霊は、今までだって、こっちから行かないと力を貸してくれなかったのに……」
「それは、今のこの世界がとっても危険な状態に追い込まれているからですね」
突然男の声が室内に響いた。
2人とも、弾かれたように部屋の入口を見る。
「誰っ!?」
ちょうどベッドの足が向いている方向。
扉のつけられていない部屋の入口に、誰かが立っていた。
自分たちより少し年上くらいだろうか、魔道士の身に付けるタイプの黒い法衣を着て、黒い髪を短く切り揃えたその男は、こちらを見てにこりと微笑んだ。
「初めまして、ミルザの血を引く勇者のお嬢さん方。お会いできる日を楽しみにしていました」
作り物のような笑顔で、男は優雅に一礼する。
「え……?」
「誰よ?あんた」
戸惑いを押し殺して、男を睨み付ける。
その問いに、男は笑みをますます深くして、口を開いた。
「私はセラフィムといいます。以後お見知りおきを」
浮かべた笑みは、少しも崩れることがない。
逆にそれが、なんと言うか、うさんくさい。
「やだなぁ。そんなに警戒しないでください」
相手にもそう思っていることが伝わったのか、彼は少しだけ笑みを崩したかと思うと、今度はへらへらと笑った。
そんな態度を取られても、警戒心など解けるわけがない。
むしろ、その身から感じる魔力の質が、普通の人間から感じるものと違うのだと気づいて、ルビーはますますセラフィムと名乗った男を睨み付ける。
それを見た彼は、ようやく困ったような表情を浮かべた。
「えーと、そうですねぇ。ウィズダムの古い知人だと言えば、信じて頂けますか?」
「うさんくさい」
「酷いなぁ」
はっきりと言い返すと、セラフィムは困ったように笑う。
「ウィズダムに、人間の知人がいるなんて思えないけど?」
「そうですか?あ、でも」
何かを思い出したように、セラフィムがぱんっと両手を合せる。
「私はあなた方のご先祖様の知人でもあるので、不思議はないと思いますよ?」
そう言ってにっこりと笑うセラフィムを睨み付けたまま、ルビーは目を細めた。
「……あんた、魔族じゃないの?」
感情を込めない声で、尋ねる。
自分でもずいぶんと冷たい声が出たものだと驚いた。
セラフィムが一瞬驚いたように目を瞠ったように見えた。
けれどそれは、すぐに作り物のような笑顔の下に消えてしまう。
「その質問には答えられません。ウィズダムやマリエスから口止めをされていますので」
人差し指を口元に当て、セラフィムは楽しそうな声でそう言った。
その口から飛び出してきた名前に、ルビーは息を呑む。
まさか精霊神の名前まで出てくるとは思わなかった。
しかも、この世界では信仰の頂点であるはずのその名を、呼び捨てにするなんて。
「話をしたければ、どうぞ奥の祭壇の間へおいでください。マリエスがそこであなた方を待っています」
にっこりと笑うと、セラフィムはくるりと背を向けた。
「ああ、そうそう」
部屋から出たところで立ち止まり、こちらを振り返る。
「拒否しても構いませんが、この神殿には出口はありません。ずっとここにいて頂くことになりますので、ご了承ください」
やはり思っていたとおり、この男は油断ならない。
これでは、来なければ閉じ込めたままだと言い切っているようなものだ。
「ああ、もちろん赤い髪のお嬢さんが動けるようになってからでかまいませんよ。私は先に行っていますから、着替えてからゆっくり来てくださいね。それでは」
もう一度にっこりと笑うと、セラフィムは今度こそ部屋を出て行く。
コツコツと石の上を歩く音が聞こえなくなってから、ルビーはタイムへと視線を向けた。
「どう思う?」
「正直、急展開過ぎてついていけないわ」
「同感」
肩を竦めるタイムに、ルビーは出入口に視線を戻し、睨み付けたまま頷いた。
「けど、出口がないのは本当よ」
タイムが肩を落としてそう言った。
彼女は先ほどもそう言っていた気がする。
そうなると、あの男の言うことは本当なのだろう。
「だとしたら、祭壇の間ってとこに行くしかなさそうか」
深いため息を吐いて、ベッドの下へと足を下ろす。
用意されていたスリッパに似た靴を履いて、立ち上がった。
「動いて大丈夫なの?」
「一応ね。変な目眩とかもないし、体力も回復してるみたいだから」
軽く腕を回して見せながら、ルビーは肩を竦めた。
そのままスタスタと洗濯物干し場になっている場所に近づく。
触ってみると、服は既に乾いているようだった。
入口を気にするように視線を動かせば、タイムに大丈夫だと声をかけられる。
どうやらこの場所に来てから、精霊とあの男以外の誰にも会っていないらしい。
「気になるなら、見張ってようか?」
「いや、いいよ」
気にならないわけではなかったけれど、タイムがそう言うのなら大丈夫だと判断した。
服よりも先に、緑色のバンダナを手に取る。
皺がつかないように丁寧に干されていた輪っかの形になっているそれを広げて確かめると、額が隠れるように身に付けた。
それを見ていたタイムが、不意に声を零す。
「やっぱりそれを最初につけるんだ?」
「……・今それ言う?」
「ごめん」
ぎろりと睨み付ければ、あっさりと謝罪の言葉が返ってきた。
額を覆い隠したバンダナの下。
先ほどまで前髪で隠れていたその場所を、ルビーはバンダナの上から右手で触れる。
「さっきの奴に見られたよね、この痣」
「前髪が下がっていたから平気だと思うけど?」
そう言ってくれるのは、タイムなりの気遣いだ。
バンダナで隠しているこの場所に、くっきりとした逆五角形のような形の痣があることを、彼女は知っている。
セレスにさえ見せないようにしているそれは、ルビーにとってコンプレックスになってるものだ。
それを晒したまま先ほどの男と話をしてしまったことが、羞恥心としてルビーの中で重くのし掛かっている。
「それに、あの男はそれをいじってくるような奴じゃないでしょ」
「まあ、ね。それよりタチの悪い奴な気がするわ」
元々この痣を隠すようになった理由は、幼少期にこの痣の原因となった男子に思い切り笑われたからだ。
それが幼いルビーにとってはトラウマになってしまっていて、以来10数年、母からもらったバンダナで痣を隠し続けてきた。
「まだ消えないんだね、それ」
背中からかかった言葉に、振り返る。
タイムがじっと、ルビーの額を見つめていた。
この親友にこの痣のことが知られてしまったのは、本当にたまたまだった。
知ったときも痛くはないかと心配してくれて、その後も、ルビーがそれを隠したがっていると知っていたから、バンダナが取れてしまいそうになったときにフォローしてくれたこともあった。
だから彼女は、見なくてもここにどんな形の痣があるのかわかっている。
もう一度バンダナの上から額に手を押し当てると、ルビーは深いため息を吐いた。
「消えるよりも、年々濃くなっているような気がしてるんだよね」
「そうなの?」
「うん。本当、早く消えて欲しい……」
この痣を見るたびに、当時のことを思い出す。
新藤が投げつけた虫かごが額に当たって、それが空中で開いて、その中に入っていた蜘蛛が自分の顔を目がけて降ってきた光景。
はっきりと脳裏に浮かび上がった光景に、思わず身震いする。
蜘蛛が苦手なのも、あのときからだ。
「あ゛ー。やなこと思い出した、くっそー」
「悶えてないで着替えちゃえば?」
「わかってるよ、もぉー」
くすくすと笑うタイムを睨み付けてから、ルビーはバンダナの側に干してあった服を手に取る。
海に落ちたという割りには、想像していた塩水による気持ち悪さはなく、洗濯したばかりの手触りがした。
不思議に思って振り返ると、何を考えているのかわかったのか、タイムがくすりと笑ってウンディーネが洗ってくれたのだと説明してくれた。
精霊もそんなことをしてくれるのかと不思議に思いながら、手にしていた服を一度戻すと、着ていた服を脱ぐ。
「……すーすーすると思ったら」
「ここじゃそこまでは用意できなかったの。風邪引くよりマシでしょ」
「あー、うん。確かに」
文句を言うことさえも出来ず、もやもやとした気持ちを抱えたまま、てきぱきと着替えを終わらせる。
最後に髪を後頭部で結い上げる。
「よし、OK」
「はい、じゃあこれ」
「え?」
少しくすんだ鏡で全身を見て、乱れがないことを確認していると、突然タイムが何かを差し出してきた。
驚いて振り返ると、その手の上にあったのは赤い水晶球だった。
「あたしの水晶?」
「意識を失ったときに短剣から戻っちゃったみたいよ。沈まなくってよかったわ」
言われてみれば、短剣の鞘とベルトはあるけれど、短剣そのものは何処にも置かれていなかった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
にこりと笑うタイムから、水晶を受け取る。
受け取ったそれに意識を集中する。
水晶は光りに包まれ、瞬く間に2本の短剣へと姿を変えた。
ベルトを腰に巻いて、その鞘に短剣を差す。
「よし」
「それで行くの?」
タイムが少しだけ意外そうな顔で尋ねる。
「当たり前でしょ。あの男が本当に味方かわからないんだし」
「それもそうね」
そう言うと、タイムも水晶球を取り出した。
それはふわりと宙に浮かび上がったかと思うと、光に包まれ、横に細長く伸びる。
光が消えたとき、その手には水晶球ではなく、白い棍が握られていた。
それを見たルビーは、くすりと笑みを零した。
「準備は大丈夫?」
「OKよ」
「よし。じゃあ、行こうか。祭壇の間ってどっちかわかる?」
「たぶんさっきの男が行った方向の突き当たり。開かない扉があったから」
「了解」
タイムと2人、連れ立って部屋を出る。
彼女の示した方向には、確かに大きな扉が見えていた。

2018.01.12