Last Chapter 古の真実
10:別れの日
管理棟の女子トイレで、赤美はため息を吐き出した。
先ほどから流しっぱなしの水道から出る水が、そのまま排水溝へ吸い込まれていくのを、ただじっと見つめる。
そうしていると心が落ち着くような気がしたのだ。
ぼうっとしていると、入口の扉が開く音がした。
この階のトイレに入ってくる人なんて決まっている。
だからゆっくりと振り返ろうとした、そのとき。
「いつまでそうやってるの?」
耳に届いたよく馴染んだその声に、赤美はびくりと肩を跳ねさせた。
「顔、なんかよくわからない色してるけど?」
くすくすと笑いながら扉を閉めたのは、美青だった。
「……何それ」
「そのまんまだけど?」
不満そうに睨み付ければ、彼女は楽しそうにそう答える。
「あっそ」
ふいっと顔を逸らして下を向く。
そんな赤美を見て、美青はやれやれと肩を竦めた。
「そんな風に落ち着くのに時間がかかるなら、さっき誤魔化さなきゃよかったんじゃない」
その言葉に、赤美の肩がぴくりと動く。
鏡に映った瞳が、ぎろりと美青を睨み付けた。
「あんた、あんな風にツッコミ入れといて……」
「まあ、あんたがあいつの言葉の意味に気づいてないなんて思ってないし」
人の感情の動きにあれだけ敏感な赤美が、自分の感情にだけ鈍感だなんて思っているはずもない。
「でもみんなに気づいてるってバレたくなかったんでしょ?」
そう言ってにやりと笑ってやると、赤美はバツが悪そうに視線を逸らす。
「あいつがあたしに対して、こんな漫画みたいな展開持ってくると思うわけないじゃん……。紀美が好きなんじゃなかったの?あいつ……」
完全に苦手な方面の展開が待ち受けているなんて思わなかった。
まさかの事態過ぎて、本当に勘弁して欲しい。
「まあ、小さい頃のこと考えると、なるほどなって感じではあるけど」
くすくすと笑いながらそう言う美青を睨み付けることしかできない。
「なんかもう気持ち悪いようななんて言うか……」
「そういえば、その額の痣、新藤のせいだったっけ?」
美青の問いに、赤美はほとんど無意識に額に手を当てた。
普段緑色のバンダナをして、実の妹である紀美子にも見せないそこには、実は逆五角形の痣がある。
幼い頃、新藤に虫かごを投げつけられ、それが命中した結果にできたものなのだが、これが何故かいつまで経っても消えず、前髪だけでは見えてしまうからと、隠すようになったのだ。
「やっぱあの野郎絶対に許さない」
だんっと洗面台を叩きつけて宣言する赤美を見て、美青はやれやれとため息を吐く。
不思議な形のその痣は、完全に赤美の中でコンプレックスになっていた。
本来なら服装検査で怒られるバンダナを赤美が学校でもずっとつけているのは、その痣の話を生徒指導担当の先生に話して、無理矢理許可をもぎ取ったからだった。
「あいつのせいで汗かいてこいつがびしょ濡れになっても取れないなんてことになって……!」
「それは替えを持ってきたらってずいぶん前に言ったじゃない」
だんだんと洗面台を殴りつけながら吠える赤美の姿に、美青は呆れたような視線を向ける。
「やってたよ一応!」
「あんた、それ同じのいくつ持ってるの?」
驚いて尋ねれば、赤美はふと動きを止め、首を捻った。
「残ってるのは3枚、かな。元々は母さんの形見だったし」
「あ、だから封印を解いても同じなのね」
「たぶんね」
通常は封印を解くと髪や瞳だけではなく、服装も変化する。
それはおそらく、魔法の水晶に施された魔法の一種なのだろう。
こちらの素材には魔力耐性がないから、そのままではインシングの世界の存在とは戦えない。
だから、先代の好んだ服が水晶に封じられていて、それが解放されることで服装が変化し、それまで着ていた服は一時的に水晶の中に封じられる、そんな仕組みだった。
その中で唯一、ルビーのバンダナだけはこちらの姿でもインシングの姿でも同じだ。
不思議に思っていたのだけれど、それが彼女の母の形見、すなわち、元々インシングの物であったのならば、変わらないのも納得がいく。
「セキちゃーん?美青ちゃーん?いるー?」
そんな話を話をしていると、廊下から自分たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「実沙」
びくりと肩を跳ねさせる赤美を見て、美青は苦笑する。
なかなか戻らない自分たちを探しに来たのだろう実沙の声は、だんだんこちらに近づいてくる。
美青も元々は、赤美を探してくると言って出てきたのだ。
戻らなければ、誰かが探しに来るだろうとは思っていた。
「そろそろタイムオーバーだけど、行ける?」
わざとらしく肩を竦めて尋ねれば、赤美は目を閉じ、両手でぱんっと自分の頬を叩いた。
そうしてほんの少しだけそのまま動きを止めて、深呼吸をする。
両手を降ろし、目を開けると、そこにはいつもの赤美がいた。
「わかってる。大丈夫」
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
しっかりと頷く赤美を見て、美青は笑う。
そのまま2人は、女子トイレから出て、呼びに来た実沙と共に屋上に向かって歩き出した。
管理棟の屋上で、フェンスに顔を覆った腕を押しつけるように体を預けた新藤は、盛大なため息をついた。
幼馴染みに、密かに恋心を寄せていたのは事実だ。
彼女の妹の方に気があると見せかけて、彼女にちょっかいを出していたこともある。
男嫌いの彼女が、気づいていないのも想定していた。
だから言うつもりもなかったのに、まさかあんな感じで言ってしまうだなんて想定外もいいところだった。
そして、想定どおり気づいていなかった幼馴染みの言葉に撃沈した。
想定どおりなのに撃沈するものなんだかおかしい気がしたが、予想外にダメージを追ってる自分がいるのを否定できない。
しかも、その幼馴染みはもう少しで二度と会えない場所へ行ってしまい、二度と帰ってこないかもしれないと言う。
なんだこのなんかよくあるような展開。
「ああ、もう。なんでこんなことに……」
「ちゃんと言わなくていいのか?」
頭の中がごちゃごちゃなまま感情に任せて呟いた途端、背中からかけられた声にびくりと体を跳ねさせた。
振り返れば、そこにはいつの間にか、深緑色の髪と瞳を持ち、見慣れない服装をした、しかしよく知る顔の青年が立っていた。
「陽……なんだよな?」
「ああ」
恐る恐る尋ねれば、その青年は親友と同じ顔と声で答える。
その姿をまじまじと見てしまってから、新藤は大きなため息を吐き出した。
「マシで髪の色変わるんだな」
「まあ、こっちが本当の色なんだけど」
大場陽一、本名はリーフというらしい彼の髪と瞳の色は、父親から受け継いだものだという。
この世界では、緑色の髪なんて染めない限りないから、じろじろと見てしまうのは仕方のないことだと許して欲しい。
「それで?いいのか?」
「いいも何も、脈ねぇし」
はあっとため息を吐き出しながら答えれば、返す言葉が見つからないのか、リーフは黙り込んでしまう。
「言葉にしたら何か変わるかもしれないぞ?」
「……そうかぁ?」
「そうだって」
「でも、お前ら、もう帰ってこないんだろ?」
新藤の問いに、リーフは言葉を飲み込む。
何も言えなくなってしまった彼を、新藤はじとりと睨みつけた。
「すっきりフラれろって?」
「そうは言ってないだろ」
拗ねたような物言いに、リーフは困ったような顔をする。
「言わないで後悔するよりいいんじゃないかって思ったんだよ」
そう言って、リーフは視線を逸らすと目を伏せた。
彼が何を考えているのかなんて、新藤には皆目見当もつかない。
沈黙に耐えきれなくなって、声をかけようとしたそのとき。
「あっれー?なんでここに新藤くんがいるのー?」
とても聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
顔を上げて振り返れば、そこには見慣れない姿の少女がいた。
若草色の髪に、瞳。
一瞬戸惑うけれど、色が違うだけで、よく見ればその顔はとてもよく知る顔だった。
その後ろにも、とてもカラフルな色が並んでいる。
「えっと、緑川、だよな?」
「そだよ。本当の名前はペリドットねー」
若草色の少女は、にっこりと笑ってそう名乗った。
髪と目の色が違うだけで、こんなにも印象が違うものかと感心してしまう。
なんで今まで気づかなかったのだろうと思っていたけれど、これでは仕方がないのかもしれない。
「ねぇ、なんでここにいるの?」
「見送りくらいしたっていいじゃんか」
きょとんとした顔で首を傾げるような仕草で尋ねたペリドットに、新藤はやはり拗ねたように返した。
「でもすっごい危ないよ?たぶん扉開けたら魔物がわんさか来るし」
「う……」
大げさに手を回して告げるペリドットの言葉に、怯む。
わんさかというのは、昨日のような感じだろうか。
「わかってるけど、でも……」
危険なのはわかっていたけれど、あのまま別れたくない。
別れたら駄目だと、そう思った。
どう言ったらいいものかと悩んでいると、リーフが口を開いた。
「いいじゃないか。ぎりぎりくらいまではここにいても」
「そうね。どうせもう巻き込んでいるようなものだし」
リーフ以外の声が、そう言った。
驚いて声のした方へ顔を向けると、そこには紫色の髪と瞳を持つ少女がいた。
長さは違っていたけれど、その長い髪をふたつに分けた結び方には見覚えがあった。
「……荒谷?」
「はい。なんでしょうか?新藤先輩?」
「い、いや。なんでもない……」
にこりと冷たい目で微笑まれ、つい視線を逸らしてしまう。
どちらかというと物静かで控えめで、少しおどおどしているような、そんなイメージを持っていたのだが、見た目が違うだけでこんなにも変わるものなのだろうか。
戸惑う新藤を見て、ルビーはため息をついた。
「ったく。リーフの奴、甘いんだから」
「はいはい」
隣でタイムがくすくすと笑うのが気にくわない。
しかし、ここで何か言ってもからかわれるどころか、先ほどのことをばらされてしまうだけのような気がしたので、何も言わずにふいっと顔を背けた。
気を取り直すように軽く深呼吸をする。
わざとらしく音を立てて扉を閉めてから、改めて仲間たちの方へ向き直った。
「ペリート。ゲートの封印を解いたら、間違いなく魔物が襲ってくるってことでいいんだね?」
「うん」
問いかけられたペリドットは、何事もなかったかのようにこちらを振り返り、頷く。
「勘だけど、確実だと思うよ。扉を破ろうとしてるの、今も感じてるし。ね?セレちゃん?」
「はい。ちょっとでも開いたら危ないと思います」
それまで新藤のことをハラハラと見守っていたセレスが、顔つきを変えて頷く。
2人が2人ともそう言うのでは、きっとそれは間違いないだろう。
それならば。
「レミア、ベリー」
声をかけると、深緑色のツインテールと紫色のふたつに結ばれた長い髪が揺れる。
2人がこちらを見るのを待て、ルビーは続けた。
「扉が開いたら真っ先に飛び込んで。ミスリルとフェリアは2人の補佐ね。それから、ペリート、セレス。あんたたちは2人とも最後でしょ?」
「モチだよ」
「通った直後に扉を閉めないと。魔物が1体でもこっちに抜けたら大変なことになっちゃう」
「じゃあ、あんたたちの護衛はあたしとタイムね」
てきぱきと役割を指示していくルビーの視界の隅に、ぽかんと口を開いてこちらを見ている新藤が目に入ったけれど、無視する。
「ちょっと待って」
指示を聞いていたレミアが、訝しげに眉を寄せて口を開いた。
「あたしらが最初でいいの?」
「開いた瞬間襲ってくるなら、それを押し込める必要があるしね。あたしたちより、武器魔法を使えるあんたたちのが適任だと思う。一気に薙ぎ払えるだろうし」
レミアの魔法剣とベリーの魔法拳。
呪文でその攻撃範囲を広範囲に広げ、そのまま向こう側に飛び込むことのできるそれを得意とする彼女たちの方が、切り込み隊長としては適任だ。
「私とミスリルは、レミアたちが取り零したのを押し返せばいいんだな」
「そういうのは得意ではないけど」
フェリアの言葉を聞いたミスリルが、ほんの少し不安そうに呟く。
レミアとフェリアは、ふだんから組んでインシングで仕事をしていたのだから、相性はいい。
ベリーの補佐は、本来であればセレスが適任なのだけれど、今回はそうは行かないので、同じ術師タイプのミスリルに当たってもらおうと思ったのだ。
「ミスリルちゃんならアスゴたち呼べるから、申し訳ないけど壁になってもらうこともできるもんね」
ペリドットの言うとおり、ミスリルの召喚するゴーレムたちにも参加してもらえるのなら、魔物がこちら側に抜けてしまうリスクも減らすことができるだろう。
「それでも取り零したのはあたしが消し炭にしたる」
「あたしは学校が燃えないように、その消火に当たればいいわけね」
「別にそう言う人選じゃ……」
「はいはい。わかってるわよ」
冗談だと言わんばかりに笑いながらひらひらと手を振るタイムを見て、ルビーは思わず舌打ちをした。
タイムを選んだのは、相性の問題だ。
彼女と組む方が動きやすいし、おそらく彼女もそう思っているだろう。
タイムもそれがわかっていて、それでもからかってくるのだから質が悪いと思う。
絶対さっきの代わりに嫌味言ったろこいつ。
半分確信しながら、ばりばりと頭をかく。
それから、気持ちを切り替えるように、軽く深呼吸をした。
すっと目を細めて、顔を上げる。
「それから全員、わかってると思うけど」
「リーフを守れ、でしょ?」
ミスリルの言葉に、ルビーはふっと口元に笑みを浮かべる。
仲間たちを見回すと、全員が同じように微笑んでいた。
それを確認してから、視線を移す。
「リーフ、あんたは……」
「わかってる。余計にことはしないで自分の身だけ守ってるさ」
ルビーの言葉を遮って、リーフがはっきりとそう答える。
不満の色を微塵も感じないそれに、ルビーが薄く微笑んだ、そのとき。
「お、おい」
思いも寄らないところから、声が上がった。
「ん?」
「どうかししましたか?先輩」
不思議そうにセレスが声をかける。
しまったと言わんばかりの表情で口を隠すように押さえていた新藤は、少し戸惑ったように視線を彷徨わせてから、恐る恐るこちらを見て口を開いた。
「えっと、まだちょっとよくお前らの事情飲み込めてないけどさ。陽だけがお前らとは違う一族?だからって、仲間外れにすることは……」
「いや、これでいいんだよ」
新藤の言葉を遮ったのは、リーフ自身だった。
「新藤くーん」
驚いて彼を見た新藤に向かって、ペリドットがちっちっちっと指を鳴らしながら近づいていく。
「よーく考えてみ?リーフくんは王子様なんだよ。それも王太子殿下なの。将来の国王様ね。んで、あたしたちは単なる兵士なわけ」
「兵士じゃ語弊があると思うけど」
「ややこしくなるからミスリルちゃんはちょっと黙ってて」
「は?」
さらりと、だが明らかに厳しい声音で言われ、ミスリルが思わずペリドットを睨み付ける。
その顔を見てしまった新藤はびくっと肩を跳ねさせたけれど、向けられたペリドット自身は何処吹く風だ。
「リーフくんを向こうの世界に、正解には故郷に帰すことが、あたしたちがやんなきゃなんない任務っていうわけ。だからリーフくんのこと全力で守るし、リーフくんもそれがわかってるから自分だけ守るって言ってるわけだね」
ペリドットが胸を張ってそう説明する。
ぽかんとする新藤を前に、その真面目だった顔がにやりと崩れた。
「少し前なら『俺もやる!』って言ってたのにねぇ」
「うるさいな。さすがに俺だって、正式に継承の儀をやるって決まったのなら自重するよ」
リーフが少し頬を赤らめて、ふいっと視線を逸らす。
彼からその話を聞いたのは、まだ最近の話だったような気がする。
軽く深呼吸をしたリーフは、顔を上げると、改めて仲間たちを見回した。
「俺は何が何でも、国に帰る。だから、悪いけど」
「まっかせといて」
「私たちが必ず送り届けます」
自身たっぷりにペリドットがにっこりと笑う。
その隣で、セレスが力強く頷いた。
他の者たちにも、異論があるはずはない。
誰もが2人と同じ反応をする中、ルビーはひとり、深いため息を吐き出した。
「……納得した?」
視線を向けた先には、ぽかんとリーフを見つめていた新藤がいた。
「あ、えっと……」
はっと顔を上げた彼は、困ったように視線を彷徨わせる。
1人だけ状況が理解できていなくて、あたふたしている彼を見て、ルビーはもう一度息を吐き出した。
「いいんじゃない?できなくても」
「え」
そうして告げたその言葉に、新藤は弾かれたようにルビーへと顔を向ける。
彼と目が合うと、ルビーはふっと微笑んで見せた。
「あたしたちにとっては当たり前でも、あんたにとっては身近でも何でも無い話なんだし」
「そう、だけど……」
リーフが異世界の人間で、しかも一国の王太子であると、新藤は昨日初めて知ったのだ。
突然明かされたそれらを、異世界の存在なんて知らなかった彼が理解できないのは当然だ。
今だって、異世界の人間だと言うことは容姿で理解できたとしても、王子だなんて思えないだろう。
それは仕方が無いと思う。
だから、それでいい。
そもそも理解してもらう必要だって、もうないのだから。
そこまで考えて、ルビーは目を伏せる。
小さく深呼吸をして、再び目を開いたときには、それまで感じていた思いは胸の奥に押し込めていた。
「じゃあ、そろそろ行くから」
「え?」
ルビーがそう言った途端、新藤は驚いたように彼女を見る。
「ここにいたら危ないから、とっとと校舎の中に戻ってくれない?」
「あ、ああ。うん」
いつもと変わらないだろう口調で、冷たく突き放すように言えば、新藤は戸惑った様子を見せながらも頷く。
事前にリーフがうまく話していたのだろうか。
そんなことを考えながら、扉を開け、新藤を校舎の中へと促した。
戸惑った表情のままこちらへ歩いてくる新藤を、じっと見つめる。
言われるがままに歩いてきた新藤は、けれどあと一歩で校舎の中に入るというところで立ち止まった。
「な、なあ、金剛」
「なに?」
控えめに声をかける、自分よりほんの少しだけ背の高い幼馴染み。
それを容赦なく睨み返す。
これでもし、無理にでもついて行くと言ったら、容赦なくぶっ飛ばして校舎の中に放り込むつもりだった。
「いや、何でも無い」
新藤は戸惑ったように首を振って視線を逸らした。
そのまま足を止めてしまった彼を、訝しげに睨み付ける。
それでも反応がなくて、どうしてやろうかと思ったそのとき。
「新藤先輩」
ペリドットの側にいたセレスが、こちらに駆け寄ってきた。
「紀美、ちゃん」
「はい」
こちらでの名前を呼ばれ、セレスはにっこりと微笑む。
「校舎に入ったら理事長室まで走ってください。あそこには結界が張ってあるから、暫くは安全なはずですから」
笑顔のまま、それでも真剣な目でそう告げれば、新藤は戸惑ったように頷いた。
「う、うん。わかった」
「名残惜しくっても、階段に残ってたりしないでよ」
「わかった。じゃあ……」
タイムにまでそう言われれば、彼ももうこれ以上ここに留まることなど出来ない。
「悠司」
名残惜しそうに背を向け、出て行こうとしたその背に、今度はリーフが声をかけた。
新藤が戸惑った様子のまま振り返る。
目が合った瞬間、リーフがふわりと微笑んだ。
「またな」
彼のその言葉に、新藤は軽く目を見開く。
「陽……」
驚いたように親友の名を呟いて、それから、漸く笑って。
「ああ、またな」
泣きそうな声でそう答えて、彼は漸く屋上を後にした。