SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

36:開放

先ほどダークネスの牙から逃れた吸血蝙蝠が、再び束になって襲ってくる。
目の前に迫るその後景に、ベリーは思わず後ずさりそうになった。
『怯むな!しっかり前見とけ!』
その途端、頭の中にダークネスの声が響いた。
反射的に足を止めた瞬間、数匹の蝙蝠が突っ込んでくる。
けれど、その突進はベリーには届かなかった。
拳から溢れた光がベリーの周りを薄い膜のように包んだかと思うと、その膜に触れた蝙蝠を飲み込んだ。
飲み込まれた蝙蝠たちは、まるで蒸発するようにその場から消滅する。
「これ……!?」
『ある程度だったら俺が防いでやる』
自分を包む膜の表面にダークネスの、人型の時の姿を見たような気がした。
その幻が、にっと笑ったような気配すら感じる。
『だから怖がるな。あの吸血鬼だけをしっかり見とけ』
自信たっぷりと言わんばかりのその声に、おそらく本当に笑っているのだろうと、何の核心もなく思う。
「……はい」
少しだけ、本当に少しだけだけれど、心が軽くなったような気がする。
それまで感じていた恐怖も、消えたわけではないけれど、だいぶ薄れている気がした。
息を吸い込んで構えを取り直す。
先ほどまでとは顔つきが変わり始めているラウドを見据え、静かに言った。
「……行きます」
『ああ、行け!』
ダークネスのその答えを聞くと同時に、ベリーは思い切り大地を蹴った。



「すごい……」
城壁の上から、呟きのような感嘆のような声が聞こえる。
「あれが、本当の精霊拳か……」
また別の声が、同じように感嘆の意を込めて発せられる。
ウィズダムはその声に、ちらりと森の方へ視線を送る。
その間も、襲ってくるゾンビのような吸血鬼たちを屠ることは忘れない。
『やらせたか……』
竜の姿のまま口にした言葉は声にはならず、城壁の上にいる義姉妹の耳には届かない。
だからその独り言は、彼女たちに聞かれることはなかった。
『ならばもういいか』
尚も背後から襲いかかってくるゾンビを、その太い尾で薙ぎ払う。
そのまま翼を広げると、大きく羽ばたいて側にいるゾンビたちを吹き飛ばす。
そのまま長い首を空へと向けると、そのまま吼えた。
側にいる人間たちが驚いてこちらを見ていたが、気になどしない。
びりびりと空気を震わせる咆哮が、暫くの間辺りに響き渡っていた。





びりっと空気が震えたような気がした。
「え……?」
その感覚に、手元の書類に集中していた赤美は顔を上げた。
感じたのは自分だけではないらしい。
室内にいる友人たちが、自分と同じように手を止めて辺りを見回していた。
「何……?今の……」
「何かが、割れるような音が聞こえたような……」
「みんなも?」
友人たちが顔を見合わせている。
1人だけ首を傾げているのは陽一だ。
「それって魔力的な何かか?」
自分だけが感じ方が鈍いらしいと考えたのか、彼がそんな疑問を口にする。
それを耳にした途端、赤美ははっと目を見開いた。
「まさか……」
「姉さん?」
紀美子の呼ぶ声を無視し、立ち上がる。
そのまま隣接する資料室へと続く扉へ向かったかと思うと、その中に飛び込んでいく。
「ちょっと姉さん?何して……」
紀美子が追いかけてくる。
けれど、その声にも応えないまま、赤美は右手首にはめた赤い腕輪を翳す。
「ゲート」
言葉を口にした途端、腕輪が光を放つ。
右手を通して宙に放たれたそれが空間を縦に切り裂いた。
背後から驚く声が聞こえる。
宙に走った光を中心にぽっかりと、まるで扉が開くように穴が開いた。
闇の向こうに光が見え、その向こうにこの部屋とは全く違う景色の見えるそれは、間違いなく異世界同士を繋ぐ『ゲート』だった。
「ゲートが……開いた……」
紀美子の呆然と呟く声が聞こえた。
彼女の後ろで、友人たちが同じような表情でその『扉』を見つめている。
「なんだって突然?ベリーが何かやったのか?」
「わかるわけないでしょう、そんなこと」
陽一の問いに、沙織が吐き捨てるように答える声が耳に届いた。
彼女の言うとおり、今まで開くことができなかったゲートが、突然開くようになった理由なんてわからない。
けれど、きっとベリーが関わっていることだけは間違いないだろうと思った。
「……時の封印よ」
「姉さん!?」
口にした言葉に、再び紀美子の驚く声が聞こえた。
腕輪から溢れ出た光が赤美を包み込み、その姿を変える。
下ろしていたはずの長い黒髪は燃えるような炎の赤へ変化し、後頭部で束ねられたポニーテールになっていた。
身につけていたはずの制服はなくなり、代わりに白いノースリーブの上着とスカート、薄い赤の、同じくノースリーブのインナーいう動きやすさを重視した服装へと変化する。
右腕の腕輪は消え、その部分と左の手首には、空色のリストバンドを身につけていた。
光は最後に、腰のベルトに括り付けられた左右の鞘の中へと収まる。
変化を終え、ゲートを見つめたままだったその瞳も、黒から赤へと変化していた。
「行くの?」
歩き出そうとした後を、寸前で止める。
振り返れば、動揺する紀美子の隣に、いつの間にか美青が立っていた。
その目を真っ直ぐに見返し、彼女――ルビーはにっと笑ってみせた。
「当然」
その笑みを見た途端、美青はため息をついた。
「まあ、言うと思ってたけどね」
「思ってたんなら止めないよね」
「あたしはね」
美青の言葉に引っかかりを覚える。
しかし、そう言うなら止められることはないだろうと、ルビーはそのまま友人たちに背を向けた。
「じゃあ、行って……」
「待ちなさい」
「ふぎゃっ!?」
急に頭が後ろに引っ張られた。
ごきっという嫌な音がして、思い切り後ろにひっくり返る。
完全に予想外だったから、体が反応できなかったらしい。
尻餅をついたまま首を押さえ、後ろを振り返れば、そこにはルビーのポニーテールの先を掴んだままの百合が仁王立ちをしていた。
「~~~っ!ちょっと!何すんの!?」
「行くなら担当してる書類を片付けてからにしてちょうだい」
「はあ?」
投げ捨てるように髪を放し、はっきりとそう言った百合を、思わず思い切り眉を寄せて見上げる。
「あのね。向こうで何が起こってるかわからないってのに、そんな悠長にしてられると思ってんの?」
書類を全部終わらせてからでは、向こうに行くのがいつになるのかわからない。
そう言う意味で文句を言おうとしたのだけれど。
「あんたこそ、大事な書類をこのままにしていいと思ってるの?」
仁王立ちのまま、百合がぎろりとルビーを睨みつける。
「広げっぱなしで行かないで。あれは来学期の文化祭や体育祭の予算資料なのよ。外に漏れたら大変じゃない。行くならちゃんとファイルに片付けてから」
「だから……」
「みんなも早く片付けて。金庫にしまったらここにも鍵をかけるから」
さらに文句を言おうとしたところで、後ろを振り返って言った彼女の言葉に、ルビーは驚いた。
「……って、百合?」
「何してるの?インシングに行くなら、早くやりなさい」
不思議そうに見上げるルビーに、百合ははっきりとそう言う。
そのままルビーから視線を外すと、側できょとんとした表情でやりとりを見ていた紀美子を振り返った。
「紀美ちゃんはその間に、そのゲートを使ってベリーの居場所を割り出して」
「は、はい」
資料室から理事長室へ戻ろうとする百合と入れ替わりに、紀美子が中へと入ってくる。
呆然とそれを見ていると、くすくすと笑う美青が目に入った。
「ほら、赤美。早くしなさい」
「……はいはい。わかりましたよ!」
漸く彼女の言う『片づけ』の意味が、自分の考えるそれと違うのだと認識して、ルビーは立ち上がる。
その光景を見ていた実沙が、唐突に、呆れたような息を吐き出した。
「百合ちゃんも素直に皆で行くって言えばいいのにねぇ」
「ああいうのが世に言うツンデレと言うやつか?」
「何それ?」
英里の呟きに、沙織が本気で首を傾げる。
「ほら。あんたたちも」
「はいはーい」
百合に急かされた3人が部屋を出ていく。
実沙がそのまま理事長室の扉に鍵をかけに言ったようだから、元の姿に戻らなくてもいいだろう。
そう判断して、ルビーはそのままの姿で立ち上がる。
「紀美ちゃん、無理はしないでね。ティーチャーにも連絡取って探してもらうから」
「ありがとうございます、先輩」
美青と紀美子のそんな会話が聞こえる。

闇雲に探し回るよりはその方が早いか。

そんなことを考えながら、先ほどまで作っていた書類の片づけに取りかかった。

2013.06.08