SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

11:少女時代

アールに連れられて降り立った場所は、森の中だった。
きょろきょろと辺りを見回していると、「こっちだ」と声をかけられる。
暫く歩くと開けた場所に出た。
それは森の中にある集落だった。
「ここがウエストウッド……」
周囲を森に囲まれた町。
森がないのは、村の門のようなものが立っている方向だけだ。
その町の中を、ぐるりと見回す。
立つ家はほとんど木造が多く、石造りの建物はないように見えた。
「町と言うより村、ね」
ぽつりと呟いた言葉が聞こえてしまったのか、アールが困ったような顔で苦笑した。
「そう言うな。ここはこの国の産業を担う大切な場所でもあるんだ」
「マジック共和国の?」
「ああ」
こんな場所が、という意味を込めた目を向ければ、アールはますます苦笑をする。
「ここは見たとおり、森を切り開いた村だ。だからこそ、材木の加工技術に長けていてな」
話をしながら歩き出したアールを追いかける。
彼女は、村の広場に並ぶ店の前で足を止めた。
「こんな風に木製の細工の質がいいんだ」
手を伸ばし、こちらに見せたそれは、木製の小物だった。
彼女の側から、店のカウンターを覗き込む。
細工品や小物を売る店らしいその店には、かわいらしい小物が並んでいた。
よく見れば、それは丁寧に掘られ、あるいは組まれていて、手で持ってみれば不思議と馴染んだ。
「確かに、すごく手に馴染むけれど」
「だろう?この国の木製の魔法道具は、ここで作った道具に魔力を吹き込んだものが大半だからな」
「へぇ……」
得意そうにそう言ったアールに、ベリーはつれない返事を返す。
しまったと思ったときには、アールは再び苦笑を浮かべていた。
「まあ、そんな話はどうでもいいか」
気分を害した様子もなくそう呟くと、彼女はベリーが言葉を発するより早く店を離れていく。
ベリーがどうしたらよいか迷っているうちに、誰かを見つけたらしい。
一瞬驚いたような表情を浮かべたアールは、薄く笑みをこぼすと側にいた女性に声をかけた。
「失礼、ご婦人。お尋ねしたいことがあるのだが」
「はいはい。何でしょう?……ってあら、ニールさんちのアールちゃんじゃない!!」
「え?」
くるりと振り返った少し身なりのいい中年の女声が、アールを見た途端に満面の笑顔を見せる。
その反応に、ベリーは思わず目を丸くした。

アールは、今ではすっかりこの国の王女と認識されていた。
彼女を知る人は、どこへ行っても彼女を「アマスル」という本名で呼び、敬う。
マジック共和国建国以来、ずっとそんな様子ばかりを見てきたから、目の前にあるその光景は意外だった。

「ご無沙汰しています、町長夫人。その節はお世話になりました」
「お世話だなんてそんな!本当に久しぶりねぇ。元気そうで安心したわ」
「ありがとうございます」
驚くベリーに気づいていないのか、アールはその女性ににこりと微笑んで挨拶をする。
顔見知りなのか、町長夫人と呼ばれた女性は、嬉しそうににっこりと笑っていた。
「本当なのよ?アールちゃんもリーナちゃんも帝国に仕えていたじゃない?リーナちゃんはたまにここに来るし、宮廷魔道士になったって話を聞いてはいたけれど、アールちゃんの話は全然聞かないんだもの」
どうやらこの女性は、リーナの家にいた頃からアールを知っているらしい。
そして、アールが実はこの国の王女であった事実を知らないのだろうか。
アールがどんな表情をしているか気になったが、自分は彼女の後ろにいるのでわからない。
「イセリヤの側近だったんでしょう?酷い目に遭わされていたんじゃないかと、おばさん心配で」
「大丈夫です。このとおり元気ですよ」
「よかったわぁ。今もお城に仕えているの?」
「ええ、まあ」
「そう。それは本当によかったわ」
アールの声が困ったような音を含む。
それに気づいていないのか、女性はころころと笑った。
それに見かねて、というわけではなかったけれど、そろそろ置いてけぼりにされたままでは困ると思い、ベリーは控えめに声をかけた。
「アール……?」
「ああ、すまない」
振り返ったアールは、ベリーの予想したような困惑の表情を浮かべてはいなかった。
苦笑は浮かべていたけれど、その表情はとても柔らかく、とても困っているようには見えなかった。
「この方はこの町の長夫人でな。ニールの家にいた頃に知り合ったんだ」
「あら。アールちゃんのお知り合い?」
「旅の仲間なんです」
「あら、そうなの」
町長夫人がベリーを見てにっこりと笑う。
何か言おうしたところで重要なことに気づいたのか、彼女は口にしかけた言葉を飲み込み、不思議そうにアールを見た。
「あら?旅って?」
「久しぶりに休暇を貰いましたので、国を見て回ろうかと」
「そうなの。アールちゃんってば、そういうところはホント変わらないわね」
アールのその説明で納得したらしい夫人が、やはりころころと笑う。
それに微笑をひとつ返すと、アールはふと表情を変えた。
それは、雰囲気の変化に敏感な人間でなければ気づかなかったであろう些細な変化。
その変化に驚いたベリーが声をかけるより先に、アールは再び口を開いた。
「ところで夫人。お尋ねしたいことがあるのですが」
「あら、そうだったわね。何かしら?」
町長夫人が忘れてたと言わんばかりにぱんっと手を叩き、首を傾げる。
昔からこうなのか、アールは特に気にすることなく問いかけた。
「リーナが、この辺りで『クリナの祠』という遺跡のような場所を見たそうなのですが、ご存知ありませんか?」
柔らかいはずのその口調が、少し鋭くなっているような気がしたのは気のせいだろうか。
「ああ、あそこ?知っているけれど、あんなところに何の用なの?」
一瞬きょとんとした町長夫人は、不思議そうに首を傾げる。
「ちょっと探し物がありまして。ここから遠いのですか?」
「半日もあれば行って帰ってこられると思うけれど、何にもないわよ?」
「かまいません。場所を教えていただけると助かるのですが」
「別にかまわないけれど」
「では……」
アールから荷物の中から地図を取り出す。
この国だけが載っているものらしいそれと携帯用の筆記具を取り出して、夫人に差し出すと、自らは夫人が示す場所の裏側に手を差し入れる。
それで夫人が印をつけやすくしたのだろう。
目的地があるだろう場所に印をつけてもらうと、筆記具を受け取り、もう一度にこりと微笑んだ。
「ありがとうございます、夫人」
「いえいえ。昔なじみの頼みですものね。もう、昔みたいにおば様って呼んでくれればいいのに」
町長夫人が茶化すようにそう言うと、アールは困ったように笑う。
それが面白いのか、くすくすと笑いながら「冗談よ」と言うと、夫人はこちらを向いた。
「何しに行くのかは知らないけれど、気をつけてね。あなたも、若いんだからって無理しちゃ駄目よ?」
「え?あ、はい。ありがとうございます」
突然声をかけられ、何と言えばいいかわからないまま、ベリーはとりあえず例を告げる。
それで満足したのか、夫人はにっこりと笑うと、もう一度アールに挨拶を告げ、去っていった。
あまりにもあっさりと遠ざかっていくその背を呆然と見つめてしまってから、ベリーは隣にいるアールへ視線を向けた。
「……あなたにもあんな知り合いいたのね」
「まあな」
苦笑しながらひらひらと手を振っていた彼女の、ベリーよりも明るい紫の瞳がこちらを見る。
その目が、意地悪くにやりと微笑んだ。
「私がイセリヤに操られているだけの人形だったとでも思っていたか?」
「それは……」
思わず口籠ってしまったのは、きっと心のどこかで否定できなかったからだろう。
当然、目の前にいる本人にも、それは気づかれてしまったらしい。
「まあ、仕方ないか。お前たちと会ったのはまさにそんなときだったしな」
困ったように笑うその顔に、ほんの少し胸が痛んだ。

ダークマジック時代のことは、自分たちの中では既に過去のことだ。
敵同士だったなんて嘘のように、今ではよい関係を気づけている、のだと思う。
それなのに当時のことを、当時の彼女に隠されていた真実を思い出させてしまうなんて。

「あの人にお世話になったのは、ニール家出身の魔道士として城に仕えるよりも前の話だ」
隣を歩くベリーが、そんなことを考えていることなんて、お見通しだったのだろうか。
それまでよりも少し柔らかい声音で、アールが口を開いた。
「ニールの家は魔道士の家系だ。あそこの家はこの町で作られた杖しか使わなくてな。昔、よくここまで探しに来てたんだよ」
「ということは、今リーナが持っているのも?」
「ああ、ここで作られた杖だ」
あれは上質な素材が使ってあると、以前リーナの杖を見てそう言っていたのは誰だったか。
思い出せないけれど、その言葉通りだったということか。
「さて、それよりも行こうか。ここから真っ直ぐに南西に行ったところみたいだぞ」
町長夫人に印をつけてもらった地図を広げ、アールが言う。
手にしたそれを覗き込めば、この町の周囲に広がる森を抜けてすぐに山脈が描かれていた。
そのふもとの一点が、黒い丸で囲まれている。
そこに、リーナが『クリナの祠』と呼んだ場所があるのだろう。
「……ええ」
地図から顔を上げ、それまでのことは一切頭から追い出して、しっかりと頷いてみせる。
そうすれば、アールはいつものような笑みを返した。

2010.10.19