SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

27:竜

目の前の少女の自分と距離を置こうとする姿と紡がれる言葉に、アビューは一瞬驚いたような表情を浮かべる。
「呪文……?」
同じ人形師であるはずの自分が聞いたことのない言葉。
けれど言葉に宿る気配は、間違いなく魔力のそれで。
「ふん。詠唱なんかさせないよ!」
にやりと笑って、阻止しようと腕を上げたときだった。
「うりゃあああああっ!!!」
突然上から叫び声が聞こえた。
思わずそちらに顔を上げると、トロルの胸に上にいたはずの青年がそこから飛び上がったところで。
その両手で握られた血塗れの剣を見て、一瞬大きく目を見開く。
「……ちっ!」
小さく舌打ちをして一歩後ろへ下がる。
その直後、今まで彼が立っていた場所に、トロルの胸から飛び降りた青年の剣が振り下ろされた。
「くそっ!」
舌打ちと共に毒づいて、青年が地面に叩きつけたばかりの剣を振り上げる。
振り上げられた剣を避けて空中に飛び上がると、アビューは背中の黒い翼を羽ばたかせ、そこに留まった。
「……驚いたな。まさか弟を殺した奴が、僕にまで飛び掛ってくるとは思わなかった」
少女と対峙していたときとは違う、明らかに憎しみの篭った声で、吐き捨てるように言い放つ。
その言葉を聞いた青年は一瞬顔を歪めて、けれどすぐにその表情を引っ込めると、睨みつけるような瞳でこちらを見上げた。
「こっちも驚いたよ。まさか魔族が『神』なんて名乗るとは思わなかったからな」
「何……?」
ぴくりとアビューの眉が動く。
それを見た青年は僅かに目を見開いた。
一瞬その表情のまま立ち尽くした彼は、すぐに顔を引き締めると、何故か含んだ笑みを浮かべる。
「もしかして知らないのか?魔族には黒い翼を持った『邪天使』って言う種族がいるんだぜ?」
得意そうな笑みで、こちらを挑発するような口調で告げる。
自分を怒らせることを目的にわざとそんな話し方をしているのだけれど、そんな敵の考えにアビューが気づくはずもない。
「邪天使……?」
一瞬呆然とした様子で呟いて、気づいたときには大声で叫んでいた。
「違うっ!僕は神だっ!魔族などではないっ!」
『邪天使』などという種族は見たことも聞いたこともない。
そんな種族がいるなどという話、一体誰が信じるものか。
種換の秘薬の副作用によって精神が退化してしまっている彼の頭では、そんなことしか考えることは出来なくて。
「いるよ。実際俺の国は一度あいつら潰されたんだからな」
「嘘だっ!そんな作り話、誰が信じるかっ!!」
青年の言葉に思わず叫び返した彼の頭には、もう詠唱を続ける少女のことなど、欠片も残っていなかった。

突然大声を上げてトロルの上から飛び降りたリーフを、ミスリルは唖然と見つめた。
まだ暫く抜くことは出来ないだろうと思っていた剣は、血塗れのまま彼の手に収まっていた。
彼の攻撃を避け、アビューが空中に飛び上がったのを見ると、声こそ聞こえなかったが舌打ちをしたのが見てわかった。
「……驚いたな。まさか弟を殺した奴が僕にまで飛び掛ってくるとは思わなかった」
「こっちも驚いたよ。まさか魔族が『神』なんて名乗るとは思わなかったからな」
アビューが口にした皮肉に、リーフがそう返したときは本当に驚いた。
自分と同じようにアールから邪天使のことを聞いていた彼が、まさかその存在を知っているかどうかさえわからない男にそんなことを言うとは思わなかったのだ。
「何……?」
不思議そうに発せられた声に、やはり知らなかったのだと確信する。
これ以上、あの種族について何を言っても火に油を注ぐだけかもしれない。
そんなことを考えているうちに耳に飛び込んできた言葉に、思わず大きく目を見開いた。
「もしかして知らないのか?魔族には黒い翼を持った『邪天使』って言う種族がいるんだぜ?」
わざと相手を挑発するように発せられた言葉に、ミスリルは睨みつけるように彼を見た。
「邪天使……?」
呆然としたような声が聞こえてきたと思うと、次の瞬間には案の定アビューの大声が聞こえた。
「違うっ!僕は神だっ!魔族などではないっ!」
あまりに大きな声で叫んだためか、アビューはきつく目を瞑った。
その一瞬の間に、リーフは真剣な表情でこちらを振り返った。
そして声は出さず、唇の動きだけで何かを告げる。

ここは任せて、早くしろ。

読唇術の訓練などしたことはない。
以前にルビーが話を持ち出したとき、友人たちが遊びでやっていたのを見ていただけだ。
それだというのに、彼の行動の目的を読み取ることが出来たのは、もしかしたら一瞬だけ見えたその瞳が、先ほどアビューに向けていた声と違って真剣な色をしていたからかもしれない。
「いるよ。実際俺の国は一度あいつら潰されたんだからな」
こちらが自分の意図に気づいたのか確認もせずに顔を戻してしまうと、リーフはからかうような口調でアビューへ声をかける。
「嘘だっ!そんな作り話、誰が信じるかっ!!」
そう叫ぶ声が聞こえたときには、アビューの意識は完全に彼の方へと向けられていた。
呆然としてしまったミスリルは、目の前で始まった言葉のぶつけ合いと呪文による攻撃の音にはっと我に返る。
そしてすぐに自分の周りに漂う魔力を確認した。
詠唱により高まった魔力は、2人のやり取りを呆然と聞いている間に完全に散ってしまっていて、これでは最初からやり直さなければ詠唱は完成しない。
「……どうか持っててよ、リーフ」
こんなことで彼を失ったら、後で仲間たちに何と言われるかわかったものではない。
何よりセレスが悲しむはずだ。
祈りにも似た想いを口にすると、目を閉じて再び“彼”を呼び出すための言葉を紡ぎ始める。
「汝、大地と知恵を司りし者。精霊を従えし者」
両手を胸のブローチの前に持ち上げ、祈るような形に握った。
「彼の者を越えし聖竜族よ。大地の種族に命を与えし汝よ」
呼びかけるような気持ちで、ゆっくりとその手でブローチを包み込む。
「願わくは、汝の魂を分け与えた大地の主、我にその力を貸さん」
薄っすらとブローチが光り出した。
その光は、言葉を紡ぐと共にだんだんと大きくなっていく。
「聖竜の遺した秘法に宿りし命よ。今ここに、我が声に応え、その姿を現わさん」
全ての言葉を紡いだとき、ミスリルは閉じていた瞳をしっかりと開いた。

「契約の元に、出でよ!インクラントアースドラゴンっ!!」

ブローチの光を開放するかのように胸の前で握っていた手を広げた。
それを待っていたかのように竜を象った濃緑色の模様――紋章が浮き出んばかりの光を放つ。
放たれた光はまっすぐに彼女の足元へと落ち、その場に大きな魔法陣を浮かび上がらせた。
茶色にも見える黄色い光を放つそれは、一瞬強く輝くとミスリルの頭上に巨大な影を出現させる。
一連の動きに思わず動きを止めたアビューは、赤い瞳を限界まで見開いてその光景を見つめていた。
魔法陣の中央に立つ少女の頭上――正確には背後の空中――に現れたのは、茶色の鱗を持つ大きな竜。
「な、んだ?あれは……?」
魔物として存在するドラゴンとは明らかに雰囲気の違うそれに、無意識のうちに言葉が漏れた。
「……本当にゴーレムじゃなかったんだな」
その真下で、剣を構えたままのリーフが目を細めて呟く。

地の精霊が言っていた。
地の精霊神法で呼び出す者はゴーレムではないと。
ただ、それに近い存在であるから、呼び出す術がゴーレム召喚術でなければいけなかっただけなのだと。

「……ウィズダム」
契約後、最初に声をかけたときと同じ調子で“彼”を呼ぶ。
ミスリルのその声が聞こえたのか、背後に現れた竜の大きな目が開かれ、静かにこちらへ向けられた。
体の鱗と同じ茶色い瞳は、確かにあの青年と同じ光を宿している。
その事実に、“彼”がこの竜なのだという確信を持って、ミスリルは自分を見下ろす彼を見つめた。
「お願い」
目を細めて、小さな声で言う。
その声に頷くように目を伏せると、竜――ウィズダムは翼を広げた。
開かれた瞳がまっすぐに宙に浮かぶアビューを見つめる。
唖然とした様子でこちらを見ていた彼は、その瞳と目が合うとはっと我に返った。
「こいつが、竜……」
目の前の存在から発せられる気配に思わず息を呑む。
青年の姿であったときも感じていた威圧感。
あの時とは比べ物にならないほどのそれが、まっすぐに自分に向けられているのを感じた。
「我ここに、契約者の名において命ず」
ゆっくりと紡がれるミスリルの言葉にも、その言葉を聞いてリーフが彼女の方へ駆け戻るのも、ウィズダムから発せられる威圧感に飲まれてしまったアビューは気づかない。
「禁呪を使い、禁じられた技術を使い、自ら世界の法則から抜け出た者に、裁きを」
ほんの少し戸惑いの混じった言葉。
それに気づいたのは彼女の背後で控えているウィズダムだけだったけれど、彼は何も言わずに続きを待った。
自分が動き出すための、最後の言葉を。
「お願い、ウィズダムっ!」
『承知した』
人の姿をしていたときより低い印象を与える声が返ってくる。
広げられた翼が大きく羽ばたく。
ウィズダムはそのままゆっくりとアビューに向かって動き始めた。
それを見たアビューの表情が今まで浮かべることのなかったものに変化する。
大きく見開いた瞳を揺らして、強張った顔から読み取れるのは、恐怖。
「く、来るなっ!!」
叫びながら慌てて呪文を放つけれど、元々人形師である彼の属性は地。
地の魔力の塊とも言えるウィズダムに、彼の呪文は全く効果がない。
ぐんっとウィズダムの首が大きく後ろに反る。
それが勢いよく元に戻されたとき、ウィズダムの口から茶色い光が吐き出された。
「……っ!?」
土を含んだその光から庇うように腕を顔の前に交差して、逃れるように慌てて地面へと降下する。
着地した瞬間自分の周りを覆った影に顔を上げ、目を見開いて慌てて後ろへ飛んだ。
一瞬遅れて今までアビューがいた場所にウィズダムの巨体が降りる。
ぎろりとその巨大な目がこちらを睨みつけてくる。
その目にどうしようもない恐怖を感じながら、目の前の巨大な敵の次の行動を確実に回避するため、後ろへ下がろうとしたときだった。
突然鈍くて重い感覚が背後から襲った。
何が起こったのかわからなくて、ほんの少しの間動きを止める。
不意に今まで感じたことのない痛みを背中と胸に感じた。
ゆっくりと視線を落として、視界に入ったものに大きく目を見開く。
赤く染まった刃が、自分の胸から飛び出していた。
喉の奥から生暖かい物がこみ上げてくる。
抵抗もなくそれを吐き出すと、ゆっくりと地面に膝をついた。
ずるっと音を立てて体に刺さった刃が抜けていくのがわかる。
膝に続いて地面に手をつこうとしたとき、無理矢理振り返って見えたのは、茶色い髪。
その手には、先ほど緑色の髪の青年が持っていた血塗れの剣が握られていて。
意識が消える瞬間、彼は漸くその剣が自分の体を貫いたのだと悟った。

ゆっくりと倒れていくアビューを見ながら、ミスリルは悲しそうに顔を歪めた。
こちらに顔を向けたまま地面に伏せたその体は、だんだんと動かなくなっていく。
開かれたままの瞳は光を失い、瞳孔がゆっくりと開いていった。
『……ミスリル』
突然名を呼ばれ、ミスリルは顔を上げる。
先ほどまで鋭い光を宿して敵に向けられていたウィズダムの瞳が、今は優しい光を宿して自分に向けられていた。
「ありがとう」
ふっと笑ってそれだけ告げる。
するとウィズダムは頷くかのように目を伏せた。
彼女が礼を言ったのは、彼が自分の『お願い』の意味を正確に汲み取ってくれたから。
彼の注意を引きつけて欲しい。
そんな自分の願いを。
「ミスリル」
被害に合わないように壁の側で控えていたリーフが走り寄ってくる。
そんな彼に弱々しく笑うと、ミスリルは手にしている剣を差し出した。
「これ、ありがとう」
「あ、ああ」
想像したよりずっと重かった剣は、彼女の力では片手で持つことはできなかった。
両手で何とか胸の辺りまで持ち上げられたそれを、リーフは片手で受け取った。
「……終わったのか?」
「……一応ね」
戸惑ったように尋ねられた問いに、ミスリルは目を伏せて答える。
「そっか……」
リーフ自身も、何か思うことがあるのだろう。
短くそれだけ言うと、いつの間にか辺りに散乱してしまった荷物を集めるために歩き出した。
戦闘で散らばり、ほとんど使い物にならなくなった荷物から布を探し出すと、すっかり赤く染まってしまった剣を拭う。
落とせるだけの汚れを落とすと、彼は何も言わずに剣を鞘に収めた。
そんな彼の行動を見つめていたミスリルは、ふと動かなくなったアビューに視線を向けると、その向こうにいる契約者を見上げる。
「ウィズダム」
自分と同じようにリーフの行動を見ていた彼は、声をかけるとゆっくりと彼女の
方へ視線を動かす。
「もうひとつだけ、お願いがあるの」
『何なりと』
間を置かずに返ってきた言葉に、ミスリルは戸惑ったように視線を彷徨わせた。
しかし、すぐにウィズダムにそれを定めると、どこか悲しげな口調で言った。
「彼らを、大地に返してあげたいの」
言いながら視線を向けた先には、邪天使となったアビューとトロルになってしまったトビューがいた。
「けど、種換の秘薬で変化した2人の体を、このままにしておくわけにもいかないと思うから……」
『燃やせばよいのか?』
戸惑ったように切られた言葉の先を予想して静かに尋ねる。
ミスリルははっと目を見開いて彼を見上げる。
驚きの表情を浮かべたのは一瞬。
すぐに悲しげな笑みを浮かべると、彼女は静かに頷いた。
『私の火力では骨まで灰にすることになるかもしれぬが、よいのか?』
「……お願いするわ」
『承知した』
静かに告げられた言葉に、こちらも静かに返す。
その言葉を聞いてもう一度微笑むと、ミスリルはこちらに戻ってこようとしていたリーフに声をかけ、祠の入口へ歩いていった。
彼女たちが祠の外へ出たのを確認してから、ウィズダムはすうっと息を吸い込む。
一瞬の後、彼の口から吐き出された高温の炎が、祠の中で横たわる2人の人間だった青年の体を飲み込んだ。

祠の外で立ち止まったミスリルは、切なそうな目でその炎を見つめる。
「出来れば彼女に返してあげたかった……」
小さく漏れたその呟きは、隣に立つリーフの耳に届くこともなく、炎の中へ消えていった。

remake 2004.12.27