SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

21:竜の珠

予想外に広々とした内部は、祠と言うより神殿を思わせる造りになっていた。
洞窟とも言える場所だと言うのに、降り注ぐ陽の光を不思議に思って天井を仰ぐ。
見上げた天井はぽっかりと開き、青い空を映し出していた。
もしかしてと思って辺りを見回すけれど、自分が予想していた影はひとつも視界に入らない。
不思議そうに首を傾げると、そんな自分の様子に気づいたのかミスリルが振り返った。
「天井には結界が張ってあるわね。あれ、外からじゃ見えないし、知らずに通り過ぎてるはずよ」
「だよなぁ、やっぱり」
そうでなければ妖精の森を通り抜けた自分たちの苦労は何だったのだと泣きたくなる。
「……で、目的の物は見つかったのか?」
顔を戻して少し前に立つミスリルを見た。
目的地に着いたためか、彼女は先ほどよりも落ち着いているように思える。
「ええ。たぶんあれよ」
そう言って彼女が視線を向けたのは祠の中央。
少し高くなったその場所にある物を見て、リーフは僅かに目を見開いた。
祭壇と呼べるその場所にあったのは、巨大な体と翼を持った竜の像。
リーフの背丈と同じくらいだろう大きさの像の口には、一見魔法の水晶かと思える透明な水晶玉が置かれていた。
「『琥珀と金の色を持つ者、その扉の前に立ち、珠を捧げん』」
じっとその像を、水晶玉を見つめていたミスリルが静かに言葉を紡いだ。
先ほども何度か口にした、あの古文書に書き加えられた文の一部。
「『珠は古の種族を飲み込み、命を宿さん。宿った命、消え去った扉と共に眠りにつき、己の主を待たん』」
続けられた言葉にリーフははっと水晶玉を見る。
「あの古文書の『珠』は魔法の水晶のことじゃなくて、これのことみたいね」
ゆっくりとミスリルが祭壇に、竜の像に近づく。
階段を上り、像の前に立った。
顔を上げると目の前に竜の顔が、あの珠がある。
近づいてよく見れば、透明だと思ったそれには濃緑色の竜を象った模様が刻まれていた。
おそらくこれが古代の種族を飲み込み、その命を宿した珠なのだろう。
これに触れれば、求めていたものが手に入る。
ごくりと喉を鳴らして、右手をゆっくりと上げる。
不意に、今までに特殊な呪文を手にした3人の顔が浮かんだ。
彼女たちもこんな気持ちだったのだろうか。
自分たちにとって未知の、扱えるかどうかもわからない呪文を手に入れることの不安を、彼女たちも感じていたのだろうか。
それとも不安を感じることはなく、ただ一心に力を求めていたのだろうか。
先ほどまでの自分と同じように。
そっと伸ばした手が、もう少しで珠に触れる。
もう少しで望んだ力が手に入る。
もう一度ごくりと喉を鳴らした、その瞬間のことだった。
突然天井から爆発音が響いた。
思わず伸ばしていた手を引っ込め、庇うように頭を抱えてその場に伏せる。
「ミスリルっ!?」
自分の名を呼ぶリーフの声が聞こえたが、答えている余裕などなかった。
瓦礫や砂埃が降り注ぐ祠の内部、見上げた上部にいたのは、ここにあるはずのない2つ影。
赤と青。自分たちの仲間のうち一番しっかりしている2人と同じ色を纏った、今一番会いたくなかった敵。
「……虐殺の、双子」
呟いた言葉は震えていたかもしれない。

「やはり先客がいたか」
竜の像の左側に降り立った双子のうち、赤を纏った青年が口を開く。
「まさか俺たちでも解けなかった結界を解く奴がいるとは思わなかったぜ」
ちっと舌打ちをして青を纏った青年がこちらを睨む。
「まあおかげで我らも上の結界を破ることができた。礼はさせてもらう」
「いらないわよ」
きっぱりと言い放たれた言葉に双子の視線が動く。
像の前で伏せたままだったミスリルが立ち上がった。
真っ直ぐに双子に向けられた茶色の瞳に浮かぶのは怒り。
旅立ったときの仲間を石にされたものだけではない、ふたつの意味を持った色。
「いらないと言っても受け取ってもらう。というより受け取らざるをえないだろうが」
「どういう意味?」
怒りを乗せた瞳を細める。
その間にも右手はベルトに動き、鞭を括りつけていた金具を外した。
「ここの結界を解いてくれた礼に命は助けてやる。だからとっととここから出て行けってことだよ」
物分りの悪い女と、青を纏った青年が吐き捨てた。
その言葉にミスリルの視線が青を纏った青年に集中する。
一瞬だけ交わった茶色と青の瞳。
きっと強く睨みつけると、ミスリルはすぐに視線を戻した。
そして一言、きっぱりと告げる。

「冗談じゃない」

こいつらを倒すために求めた力をみすみす渡すなんて、冗談じゃない。

「……そうか」
それだけ言い、赤を纏った青年がため息をつく。
「なら、消えてもらうしかねぇなぁ?」
着ていたローブを脱ぎ捨て、青を纏った青年がにやりと笑った。
そんな双子の反応に、今まで蚊帳の外だったリーフが剣を抜く。
それを視界の端で捕らえ、赤を纏った青年もまた笑った。
「たかが人形師の女と剣士。2人だけで最強の人形師である我らに対抗できると思うのか」
「出来ると思うからここにいるのよ、アビル=レムーロ」
名を呼んだ瞬間、今まで笑みを浮かべていた赤を纏った青年が目を大きく見開いた。
隣に立つ青を纏った青年も驚いたような表情で固まっている。
そんな双子を見て、今度はミスリルの方が笑みを浮かべた。
「一体何の話……」
「そんな顔で否定されてもバレバレなのよ、トヒル=レムーロ」
「……っ!?一体何処でその名を聞いたっ!?」
兄の名を呼ばれた後ではさすがに予想していたのか、青を纏った青年が大声で叫ぶ。
「カース村」
きっぱりと答えてやれば、今度は揃ってその動きを止めた。
「なん……だと……?」
「カース村で聞いたのよ。あんたたちがお姉さんと話しているときにね」
「俺たちが、姉貴と……」
「……あのときか」
心当たりを思いついたのだろう、赤を纏った青年が唇を噛んで呟く。
「あの後放ったはずのゴーレムを倒したのは、お前たちか」
先ほどより幾分トーンを通して投げかけられた問い。
「……そうよ」
それに右手に持った無知を握る力を強めてきっぱりと答えた。
すっと赤を纏った青年から表情が消える。
見知った人物に似た、けれど全く違う色をした赤い瞳が真っ直ぐにミスリルを捉える。
「我らは既にレムーロの名を捨てた」
発せられた言葉に思わず体が震えた。
先ほどの問いかけよりもずっと低い声。
心の底からの憎悪と殺意が合わさったような恐ろしさに、無意識に体が反応を示した。
「我はアビュー。赤を纏い、“竜”を使役すべき者」
名乗りながら、赤を纏った青年が弟のいない側――右腕を上げる。
「俺はドビュー。青を纏い、“竜”の持ち主を補佐すべき者」
それに続くように青を纏った青年が兄のいない側――左腕を上げた。
「我らの邪魔をする者は、誰であろうと許しはしない!」
タイミングを図ったわけでもないのに言葉が揃う。
その瞬間、激しい揺れが辺りを襲った。
「な、何だっ!?」
入口の方からリーフの声が聞こえる。
けれど、そんな彼に丁寧に状況を説明してやる暇などなくて。
「来るわよっ!!」
叫ぶと同時に纏めて握り込んでいた鞭の先端を地面に放った。
まるでそれが合図だったかのように地面が膨れ上がった。
膨れ上がったかと思ったそれは、大きくと同時に人の形を成し、水から上がるように地面の上に這い上がる。
「ゴーレムっ!?」
思わずリーフは叫んだ。
驚愕したのはその存在ではなく、数。
十数体はいると思われるゴーレムが自分たちの周りを囲んでいた。
「……まじですか」
思わず剣を両手で握って呟いた。
そもそも人形師なんて職種、ゴルキド以外の国には滅多にいない。
だから当然ここまでの数のゴーレムに取り囲まれたことなどあるはずがなくて。
いくら王城に使える騎士としていくつもの戦闘を潜り抜けてきたとは言え、恐怖を感じるなと言う方が無理な話だ。
「怯むんじゃないっ!急所を狙えば倒せるわよっ!」
そんなリーフの心情を感じ取ったのか、祭壇の上からミスリルが叫んだ。
本当は取りたくない戦法だけれど、そんなことを言っている余裕はない。
今の自分はこの状況では無力も同然なのだ。
甘いことを言っていては確実に殺される。
「……っ!わかってるっ!そんなのっ!」
怒鳴るようなリーフの言葉が返ってくる。
同時に感じた、魔力で生み出された風。
慣れてない魔法剣を使って何とか状況を打破しようというのだろう。
けれど、それもいつまで持つかわからない。
カース村でのゴーレム戦以来、リーフは一度も魔力を使っていない。
魔力を使用すれば、肉体的にも精神的にも負担がかかる。
この状況で慣れない負担を抱え続ければ、リーフが倒れてしまうことは目に見えていて。
「……っの馬鹿っ!」
襲い掛かるゴーレムの腕を呪文で薙ぎ払いながら小さく悪態をついた。
誰に向けてのものだったのかは、口にした本人でさえわからなかったけれど。
「ミスリルっ!後ろっ!?」
耳に届いたリーフの声に、はっと振り返った。
背後から横薙ぎにゴーレムの腕が襲ってくる。
反射的に地面に伏せた瞬間、頭の上で何かが壊れる音が響いた。
一瞬遅れて落ちてくる石の破片に、壊れた物がなんであったのかを悟る。
僅かに持ち上げた視界の端に映ったものに、目を見開いて体を起こした。
「まずい……っ!」
青を纏った青年の足元に転がっているのは、先ほどまで自分の隣にあったはずの竜の像の首。
その口の中には、小さな罅も入らずにすんだ透明な珠が収まっている。
慌てて珠を取りに行こうとしたミスリルをゴーレムたちが遮る。
「くそっ!」
普段の彼女ならば絶対に口にしないような言葉を叫んで呪文を唱えた。
しかし、同属性である彼女の魔力は、ゴーレムたちの前ではその動きを一瞬鈍らせる程度の効果しか持たなくて。
防ぎきれなかったゴーレムの拳がミスリルの体に直撃した。
「……っ!?」
弾き飛ばされ、背後に迫った別のゴーレムの体に叩きつけられた瞬間、痛みと衝撃で息が詰まる。
体が傾いたと思った途端、今度は背中に拳が叩き下ろされた。
「……っぁ」
あまりの勢いに地面にめり込む。
思わず漏らした呻き声と共に口から赤い鮮血が飛び散った。
「ミスリルっ!?……っ!?」
自分を呼ぶ聞き慣れた声。
次いで届いた衝撃に、ミスリルはほとんど持ち上がらない頭を上げ、視線を彷徨わせた。
濃緑色の髪が宙に舞い、落ちる。
どさっという音と同時に聞こえた金属が岩に当たる音で、リーフも自分のように殴り飛ばされたのだと悟った。
この状況でそこまで認識できる自分を褒めつつ、体を起こそうと力を入れる。
途端に喉を這い上がった感覚に口元を押さえた。
押し止めようとしても止まらない嘔吐感。
それを認識した瞬間に口から赤黒い液体を吐き出していた。
「……く、は……」
血を吐いて、咳き込んで、漸く止まった嘔吐感に思わず漏らした声さえも、小さすぎて周りには届かない。
内臓が潰れたかもしれない。
こんな状況で冷静にそんな判断をしている自分が、何だかおかしかった。
うつ伏せに伏したまま何とか視線を動かす。
壁に叩きつけられ、落下したリーフはぴくりとも動く様子もなく、その場に倒れている。
そんな彼と自分に心の中で情けないと悪態をついた。
同時に冷静な判断のできていなかった自分に腹が立った。
カース村を出てからろくに休憩を取らずにここまで来た。
魔物に会わなかったため、ただ黙々と歩いていただけだったから意識していなかったのだ。
半日ほど歩き続けることで溜まった疲労。
そんな疲労を抱えたまま始まった戦闘。
加えてリーフは慣れてない魔力の行使。
そこに強い衝撃が加えられれば、元から疲れを持った体が動かなくなるのは当然だ。
ふと動かした視界に入ったものに、大きく目を見開いた。
動かなくなった2人に満足したのか、双子は呼び出したゴーレムたちを土に返していた。
その片割れ、赤を纏った青年の手にあるのは、先ほどまで竜の像の口に収まっていた透明な珠。
「これが宝珠ドラゴンオーブ……」
「これで“竜”の力が手に入る」
にやりと笑う同じ顔を持った双子。
赤を纏った青年が愛しそうに手の中の珠を撫でた。
「さあ、竜よ。今こそ現世に姿を現せ」
言葉と同時に赤を纏った青年が珠を頭上に掲げる。
「その力、全て兄貴に……、俺たちに与えろ!」
それに続いて青を纏った青年が言葉を発し、両手で珠に触れた。
一瞬辺りを沈黙が包む。
それを打ち消すかのように突如掲げられた珠が光を放ち始めた。
「そうだ。俺たちに応えろ」
青を纏った青年の顔が嬉しそうに歪む。
「我らに従い、我らの力となれ」
赤を纏った青年もまた嬉しそうに顔を歪めた。
「今こそ目覚めよ!!」
詠唱と取れなくもない言葉が重なる。
その瞬間、珠は一層強く輝き、白い光が辺りを包んだ。

remake 2004.09.05