Chapter5 伝説のゴーレム
2:噂
「あれ?」
ゲートを抜けたとたんペリドットが不思議そうに声を漏らした。
彼女の視線の先を見てみると、資料室の閉じられた扉の前、空色のマントが目に入った。
「リーフ」
声をかけると、びくっと肩が跳ね上がった。
慌てて振り返った彼の表情には驚きとそれ以外の別の何かが浮かんでいる。
けれど2人はそれには気づかなかったらしい。
「もしかして、リーフも今戻ってきたところだったり?」
「え?あ、ああ……」
答えと共にぱたんという音が耳に入った。
どうやら扉は完全には閉まってはおらず、少し開いていたようだ。
「珍しいじゃん。いっつも寮に直接戻ってるって聞いてるのに」
「ちょっと用ができたんで早めに戻ってきたんだよ」
ペリドットの問いにぶっきらぼうにそう答える。
その目が頻りに背後の扉を気にしていることに気づいて、ミスリルは目を細めた。
「理事長室で何かあったの?」
何気なく聞いた言葉にリーフの肩がびくっと跳ねる。
視線を彷徨わせながら何か話そうとしているのだが、言い出しにくいのかなかなか言葉を口にしようとしない。
「何~?はっきり言わないとわからないって、セレちゃんに怒られてなかったっけ?」
「な、何で知ってるんだよっ!!まさかついて来てたのかっ!?」
セレスにそう怒られたのはこの前2人で出かけたときの話だ。
セレスが話す可能性のあるベリーならばともかく、他の仲間たちが知っているはずがない。
「たまたま入ったファーストフードにいるんだもん。ほんっと若いっていいよねぇ」
「ばあさんかお前は」
「第一あんたとリーフじゃ1つしか年違わないでしょう」
「正確には1年と3日だけどね」
「聞いてない聞いてない」
にっこりと笑うペリドットの言葉に、ため息をつきながらリーフが顔の前で手をぱたぱたと振る。
「それで?」
ため息交じりに聞こえた言葉にリーフは視線を動かした。
ペリドットの向こう側、呆れ顔でこちらを見ているミスリルが目に入る。
「理事長室で何かあったの?」
先ほどと同じ質問。
それを口にしたとたんリーフの表情が強張った。
先ほどと同じように視線を彷徨わせ、けれど今度は話すつもりになったらしい。
「実は、ミューズからお前に伝言を預かったんだ」
ゆっくりと発せられた言葉にペリドットは首を傾げた。
「あたし?」
「いや、ペリートじゃなくてミスリルに」
「私?」
思いもしなかった言葉に驚いたように聞き返す。
時々リーフについてエスクールを訪れている仲間たちならともかく、学園の理事長という立場上残ることの多い自分はミューズと会う機会が少ない。
そんな自分に彼女からの伝言など来るはずがないのに。
ふいに思い当たる出来事を思い出し、ミスリルは形のいい眉を寄せた。
「……もしかしてゴルキドの伝説に関係あるんじゃないでしょうね?」
「あるって言えば、あるかもな」
思い切り顔をしかめるミスリルをあえて気にせず、リーフは懐から小さな紙を取り出した。
「その様子だと例の伝説の噂は知ってるんだよな?」
「さっきリーナに嫌ってほど聞かされてね」
ため息混じりに言うと、「なるほど」と呟いて苦笑する。
「最近インシングで廃国の塔のときみたいな不審な噂が流れててな。ミューズって自分の仕事に外交官兼ねてるだろ?気になったらしくっていろいろ調べてたらしいんだ」
説明しながら取り出した紙をゆっくりと開く。
小さな切れ端だと思っていたそれはきちんとした書類だったようで、開くとかなり大きなものだった。
「で?その噂って?」
僅かに目を細めてペリドットが問いかける。
口調はいつもの彼女のものだったが、その表情は真剣そのものだった。
「最近ゴルキドでギルドに所属する人形師が登録を解除することが多くて、人形師の間に何かあったんじゃないかっていう噂があったんだ」
「ギルドと人形師たちの違いがあったとか?」
「最初は俺たちもそうだと思ってたんだけどな……」
呟くように言葉を漏らす。
紙を持つ手に力が入ったのか、かさっという音が室内に響いた。
「登録を解除された人形師はほとんどが他の国にも名の知れている高名な人だった。解除したのは本人ではなくギルド側」
「ギルドが勝手に?」
ミスリルの問いにリーフは静かに頷いた。
「よくクレームが出なかったねぇ」
「出るはずがないんだ。解除された登録者は全員その前日までの死亡者だったから」
「え……?」
リーフの言葉にペリドットは思わず声を漏らした。
ミスリルも、声にはしなかったものの、ペリドットと同じ唖然とした表情で彼を見る。
「死んだって、その解除された人全員が?」
「ああ。どうも殺されたらしい」
「殺された……?」
予想もしなかった言葉に聞き返す。
静かに頷いたリーフの表情は心なしか先ほどよりも暗かった。
「こっちで言う大量殺人って奴だよね?でも何で有名な人形師ばっかり襲われたの?」
軽い口調で、しかしやはり真剣な表情でペリドットが問う。
「無名の奴も何人かいるけど、身内や知り合いの話では全員にひとつだけ共通点があった」
「それは?」
「土竜の化身と呼ばれるゴーレムの伝説を知っているってことだ」
その言葉にミスリルが微かに表情を変える。
それに気づいたのか、一瞬リーフは戸惑ったように口を閉じかけたが、しっかりと彼女を見て続けた。
「人形師ギルドによると犯人は2人組の人形師。目撃者が何人もいたから間違いないらしい。無名の奴なんかは伝説についてかなり詳しいことを知らない限り教われないけど、国内の高名な奴はちょっとでもその伝説に関連する言葉を口にしただけで襲われてるそうだ」
そこまで読んでしまってから手の中にあった紙をくしゃっと丸める。
そのままそれを扉の側に置いてあったゴミ箱に放り込んだ。
「要するに、そいつらって伝説の詳細を広げないように口封じしてるってこと?」
「普通に考えるとそうでしょうね」
眉を寄せて発せられたペリドットの問いにミスリルが答えた。
ミスリル自身は胸の前で腕を組み、左手を口元に当てて何やら考え込んでいる。
「……なあ、今インシングで一番有名な人形師って誰だと思う?」
突然呟くように聞かれた問いに2人は視線を動かした。
その先にいるリーフは、何を思ったのか腕を体の脇でだらんと下げ、ミスリルを避けるように視線を足元へと向けている。
「うーん……、そうだねぇ。人形師ギルドのギルド長さんとか?」
職業ギルドは通常、各ギルドが始めて発祥した国に本部が設置される。
本来は職種に関係なくその本部の長がギルド長を兼任するものなのだが、ゴルキドに本部のある人形師ギルドは違う。
人形師の国と呼ばれる国に本部を設置した彼らは、その国の中で最も能力の高い人形師をギルド長に立てるらしい。
「違う」
おそらく人形師に詳しくない者なら誰でも一度は上げるだろう人物の名を、リーフは静かに首を横に振って否定した。
「えー?でもそれ以外は思いつかないよぉ?」
わざとらしく首を傾げてペリドットが言葉を漏らす。
ミスリルも思い当たる人物が浮かばないらしい。
眉を寄せたまま黙って彼を見つめていた。
2人に見つめられたリーフは暫く視線を彷徨わせていたが、やがて決心したようにゆっくりと口を開いた。
「今も、それに昔も、インシングで一番有名な人形師はレインだ」
その言葉にミスリルは驚きの表情で彼を見た。
レイン。それは即ち、自分。
「そっか……。ミスリルちゃん、薬作ってることの方が多いから忘れてた」
口元を覆うように右手を近づけてペリドットが呟く。
「だからミスリルには十分気をつけてほしいって、それがミューズからの伝言だ」
そこまで言って、リーフは大きなため息をついた。
ゆっくりと背後の扉に手をかける。
「……その伝言も、遅かったみたいだけどな」
「遅かった?」
ぴくっとミスリルの眉が動いた。
ほぼ無意識のうちに呟いてしまった言葉に、リーフは慌てて自分の口を片手で塞ぐ。
しかし、言葉にしてしまった今ではそれは何の役にも立たなかった。
「遅かったってどういうこと?」
ミスリルが問いただそうと一歩踏み出すより先にペリドットが問いかける。
困ったように視線を彷徨わせてから、リーフはゆっくりと口を開いた。
「その人形師の大量殺人の犯人だって考えられる2人組が今高等部の校庭にいるんだ。あいつら人形師以外は手を出すつもりがないみたいで、今セレスとベリーが何とか追い返そうって呼びかけてる」
「……っ!?どうしてそれを先に言わないのっ!」
小さく叫んでミスリルは資料室を飛び出そうとした。
「待ってミスリルちゃんっ!この格好のまま廊下でたらまずいよっ!」
ミスリルの腕を掴んでペリドットが叫ぶような口調で言った。
微かに目を見開いてミスリルの足が止まる。
「ならペリート、転移呪文。あれなら校庭まで行けるでしょう?」
振り返って問いかけると彼女はしっかりと頷いた。
「もちろん。知ってるとこなら空だって大丈夫」
「だったら、お願い」
真剣な表情で言われた言葉ににっこりと笑って頷く。
何処からともなくオーブを取り出すと、それを空中に浮かべて言葉を口にしようとした。
「待ってくれ!俺も行く!」
思いも寄らなかった言葉にペリドットは――ミスリルも――思わず動きを止めてリーフを見た。
「リーフ、いつも言ってるでしょう。あんたは……」
「気になるんだよ!もうセレスたちが出てってからずいぶん経ってるんだ。いつもはルビーやタイムもいるからともかく、今はあいつらだけなんだぞ」
自分と彼女たちの力の差はよくわかっている。
自分が出て行ったところで彼女たちの代わりになれないことだって、よくわかっている。
けれどいつものように自分だけが待っているのは嫌だった。
「じゃあどうしてセレスたちと一緒に行かなかったの?」
「それは、この話をしないとと思って、お前を待ってたからだ」
きっぱりと言い返すリーフに、何を思ったのかペリドットが小さく笑った。
そんな彼女を訝しげに一瞥すると、ミスリルは小さくため息をついた。
「駄目よ」
「何でだよ!」
「あんたが来たりしたら足手まといどころか邪魔よ!」
「邪魔かどうかは行ってみないとわかんねぇだろっ!」
「まあまあまあ、2人とも」
喧嘩に発展しそうだった2人の会話にペリドットが割り込む。
「たまにはいいじゃん、ミスリルちゃん。いつもより戦力足らないのは事実だし、リーフだって役に立つかもよ?」
ペリドットがにこっと笑う。
そんな彼女を見て、ミスリルは何度目になるかわからないため息をついた。
「後悔したって知らないわよ」
「んなものしねぇよ」
きっぱりと言ったリーフにミスリルはもう一度ため息をついた。
「じゃあ行くよ。2人ともあたしの近くにいてね」
浮いていたオーブを側に引き寄せてペリドットが手招きをする。
2人が側に寄ったことを確認すると、口の中で素早く詠唱をする。
「テレポーション!」
小さく紡がれた言葉同時に体を浮遊感が包み込んだ。