SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

14:姉と双子

「ミスリルっ!?」
村の中央付近の少し開けた場所。
広場だろうその場所からちょうど四角になる場所に、隠れるようにして身を寄せていた彼女に声をかける。
その途端頭に衝撃が襲ってきた。
それが目の前の少女によって殴られたからだと理解できたのは、彼女によって建物の影に引き込まれた後だった。
「お、おい!いきなり何する……」
「静かにしなさい!バレたらどうする気?」
静かな、それでも確実に怒気を含んだ声で告げられ、リーフは顔を顰める。
「バレるって……、っ!?」
視線を動かして、視界に入ったものに思わず目を見開いた。
ここから顔を覗かせて見える場所、噴水の側の1か所に村人が集まっている。
彼らの前に立つのは先ほどまで自分たちが一緒にいた女性。
聞けば、ずいぶんと年上に見えた彼女はミスリルとあまり年が離れていないらしいから、まだ少女と呼べるのかもしれない。
その少女の前に立つ、赤と青の2人の影。
見覚えのあるその人物は、間違えなくあの日自分たちの周りに現れた『敵』のもの。
「あいつら……、てっ!?」
「静かにしろって言ってるでしょう」
再び衝撃が襲ってくると共に頭の上から声が降ってくる。
「いちいち殴るなよ!それに俺かなり小声で……」
「うるさい。見つかる」
反論を許さずに切り捨て、ミスリルは広場へ視線をやった。
そんな彼女の様子にはっと顔を上げて、リーフは困ったようにため息をつく。
本人は気配を消しているつもりだろう。
けれど、こんなに殺気を放っていてはそれも無意味だ。
おそらく向こうはここに誰かが潜んでいることに気づいているだろう。
気づいているのにこちらに視線を向けようとしないのは、目の前に立つイールに気を取られているせいか。
「何度言ったらわかるのっ!?」
考えているうちに飛び込んできた声に、視線を広場の方へ戻す。
「こんなことやめなさいって、何度も言ってるでしょうっ!!」
叫ぶ少女の金の瞳は、溜まった涙で揺れているように見えた。
そんな少女の姿を見て、今まで無表情だった青いローブの青年の顔が歪む。
「……イール姉さん」
呟くように呼ばれた名前に、少女――イールが赤いローブの青年を睨む。
そんな彼女の表情を見て、赤いローブの青年もまた悲痛に顔を歪めた。
「そんな顔しないで、姉さん。これは全部姉さんのためなんだから」
「私のため?これが!?」
優しい口調で告げた青年に、イールは怒鳴るような言葉を返す。
「無意味に村の人を傷つけて、これが私のため?」
目の端に溜まっていた涙が一筋零れた。
それが合図であったかのように、イールは思い切り声を張り上げて叫ぶ。
「どこがよっ!!あんたたちは自分が村を襲って、村の外で同業者を殺して、それで私が喜ぶとでも思ってるのっ!!」
それは今まで心の中に溜め込んでいた言葉。
説得をしようと、説得に応じて欲しいと心の底に押さえつけて、言葉にしなかったもの。
怒りで弟たちが止められるとは思っていなかったから。
けれど、今日彼らが手を出したのは、殺したのは。
「私の友達まで殺して、それが私のためだと言うのっ!?」
叫ばれた言葉に思わずミスリルは目を見開いた。
イールと2人の青年たちの間に、体を真っ赤に染めた女が1人、横たわっている。
『虐殺の双子』と呼ばれる弟たちのために立場が悪くなったイールに唯一気を配ってくれる友人。
ここまでの道中で聞いていたその友人が、血の海で眠る女だということを唐突に理解する。
しばしの沈黙。
誰も何も言わずに、イールと青年たちが見つめ合う。
しかしその沈黙は唐突に破られた。
予想に反して楽しそうに笑った青いローブの青年によって。

「そうだぜ?」

「……っ!?」
短く発せされた言葉に、思わず息を呑んだ。
「な?兄貴」
同意を求める青の青年の言葉に、赤の青年は唇の端を持ち上げた。
「もうすぐ“竜”が僕らのものになる。そうしたらあなたは僕たちと共にここを去るんだ。だからこの村での人間関係が壊れたとしても、何の問題もないでしょう?」
くつくつと笑いながら告げられた言葉に愕然とする。
予想もしていなかった言葉に思考がついていかない。

この子たちは今、何と言った……?

「……おい、マジかよ」
建物の影に潜んだまま成り行きを見守っていたリーフが呟く。
「本気でしょうね。冗談言ってる目じゃないわ」
同じように広場の様子を窺っていたミスリルは、言葉を返すと何処からともなく取り出した鞭を右手に握った。
勝ち目がないのはわかっている。
けれど、これ以上相手が何かするというのなら、黙って見ているわけにはいかない。
「それに、こいつらは散々姉さんを傷つけてきたじゃないか」
「……え?」
再び聞こえてきた言葉に、思わず小さく声を漏らす。
「そうだぜ!人形師なのにゴーレムが呼び出せないからって、そんな理由で姉貴を貶しやがったっ!」
先ほどまでの落ち着いた様子は何処へ行ったのか、握った拳が白くなるほど力を込めて青の青年が叫ぶ。
「姉貴だって望んでできないわけじゃないんだ!なのにここの連中は……っ!!」
「人形師の村に生まれた人間が人形師じゃない。ただそれだけで姉さんのことを異端扱いした」
「だからそれを止めたくて、俺らはしたくもない努力をして術の腕を磨いた。自分たちを認めさせて、周りにあんたを認めてもらおうと思ってた」
「でもそのせいで逆に姉さんに対する風当たりが強くなった。……そんなときだよ。ある人が僕らに“竜”の存在を、その力を教えてくれたのは」
赤の青年の言葉にぴくっとミスリルが反応する。
「ある人が、教えた……?」
自分の下から呟きのような声が聞こえた。
立ったまま壁に張り付くように身を隠しているミスリルの足元、少しだけ距離を置き、地面に膝をついて様子を窺っていたリーフが驚いたようにこちらを見上げる。
彼の唇が音にはせずに、「まさか」という言葉を紡いだ。
それを否定するように首を横に振ってから、ミスリルは広場へ視線を戻した。
「その時僕らは決めたんだ。その力を手に入れて、村の奴らに復讐すると」
「ただ呪文が使えないくらいで姉貴を異端とした奴らを消してやるってな」
「……っ!駄目よっ!!」
はっきりと宣言された言葉を打ち消すようにイールが声を上げた。
その言葉に赤と青の青年が驚きの表情を浮かべる。
「そんなことしたって私がこの国で異端であることは消えないわ!あなたたちの立場が悪くなるだけよっ!」
「俺たちの立場が悪くなろうが何だろうが、そんなの知ったことじゃない」
「トヒルっ!!」
言い返した青の少年のものだろう名を叫ぶ。
「もし姉さんの立場まで悪くなるとするなら、王都を滅ぼして国を乗っ取ればいいだけのことだ」
「アビルっ!?」
当然とばかりにあっさりと言い切った赤の青年の名を、真っ青になって叫んだ。
たった1人の姉のために、彼らは国を敵に回すと言い切ったのだ。
「シスコンも末期になると恐ろしいわね……」
「いや、あれはもう末期通り越してるだろう」
微かに聞こえた呟きにすかさずリーフが言葉を返す。
普段はルビーやペリドットあたりが言いそうな緊張感のない言葉。
それがミスリルから出てきたということは、彼女自身この事態に混乱しているのかもしれない。
「……僕らは既にレムーロの名を捨てた」
先ほどとは打って変わって静かに告げられた言葉に、2人ははっとして赤の青年へ視線を向ける。
「僕の名はアビュー。赤を纏い、“竜”を使役すべき者」
「俺はドビュー。青を纏い、“竜”の持ち主を補佐すべき者」
新たな名を名乗る青年たちの瞳には冷たい光が宿っていた。
突然雰囲気を一変させた青年たちに、集まっていた村人たちは息を呑む。
先ほどまで彼らが意識を向けていたのは彼らの姉である少女のみだったと言うのに、その意識がいきなり自分たちへと向いたのだ。
今まで全く感じることのなかった強い気配が村人たちを射抜く。
感じただけで恐ろしくなるこれは、紛れもない殺気。
「姉上」
自分以外に向けられたそれを敏感に感じ取り、言葉を失っていたイールは、突然呼びかけられて弟たちに意識を戻した。
「この次にお会いする時は我らが“竜”を手に入れ、あなたをお迎えに上がるときです」
「それまでは、俺たちのゴーレムがあんたの守りとなるだろう」
「ですから、それまでお元気で」
アビューと名乗った赤の青年が深く頭を下げる。
自分の片割れが顔を上げたのを確認すると、ドビューと名乗った青の青年がぱちんと指を鳴らした。
その瞬間、双子の姿が掻き消えた。
言葉どおり跡形もなく、何の痕跡も残さずに。
それと同時に辺りを嫌というほど満たしていた殺気も消え去り、村人たちは安堵に胸を撫で下ろす。
助かった、一安心だ、などの言葉を思い思いに口にして、それぞれ武器になりそうな物を手にしていた村人たちが家に戻ろうと広場に背を向けた。
その光景を見て息を吐こうとして、ミスリルは気づいた。
先ほどほど強くない、けれど確かな別の殺気が、広場の中心で座り込んでしまったイールに向けられていることに。
慌てて辺りに視線を走らせる。
そして見た。
広場を去ろうとしている村人の1人が、ゆっくりと彼女に向かって歩いていくのを。
「イー……」
「レムーロっ!!」
ミスリルが呼びかけるより早く男がイールの肩に掴みかかった。
驚いて振り返った途端に逆の手で服の胸元を掴まれる。
「きゃあっ!?」
思わず上げてしまった悲鳴に、去ろうとしていた村人たちが振り返った。
「な、なに……?」
「何じゃねぇっ!いい加減にしろよてめぇっ!!」
突然怒鳴り始めた男の様子に、何が何だかわからないままイールは困惑した表情で彼を見た。
「てめぇのせいで村の奴が何人あいつらに殺されたと思ってるっ!!姉のてめぇがあいつらを止めねぇからこんなことになったんだぞっ!!」
「なっ!?馬鹿じゃねぇのかあいつっ!!」
立ち上がったリーフが叫ぶ。
あの双子は姉を理由にしていたけれど、実際にイールには何の責任もない。
先ほど彼ら自身がした話を考えれば、むしろ原因は村人たちにあるはずだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
今はあの男の思考よりも考えなければならないことがある。
「あいつらが言った言葉、もう覚えてないのかよ!」
「ないんでしょうね。来るわよ!」
鞭を手にしてミスリルが背後を振り返る。
リーフも剣を抜き放つと、肉弾戦が苦手な彼女を守るように前へ出た。
その瞬間、タイミングを図ったかのように激しい揺れが辺りを襲った。
突然の地震にあちこちから悲鳴があがる。
「ちょっ!?何なんだよこれっ!」
叫んだ直後、どんっという音と共に一瞬さらに激しく地面が揺れた。
それを最後に揺れが治まる。
ふいに辺りが暗くなった。
先ほどまで日の光が当たっていた足元に、大きな影ができている。
「う、うわあぁぁっ!?」
「……っ!アスゴっ!!」
耳に誰かの悲鳴が届いた瞬間、反射的に声を張り上げた。
再び、今度は先ほどよりずっと静かな揺れが辺りを襲う。
動けると判断して振り返り、視界に入ったのは2つの巨大な影。
ひとつは先ほどミスリル自身が呼び出したゴーレム。
もうひとつ、そのゴーレムと向かい合うように立ち、こちらに背を向けているのは、ミスリルが呼び出したのと同じ人型の巨人。
その巨人の腕が僅かに動いた。
「そいつを止めてっ!!」
一瞬の判断で叫ぶ。
呼び出されたゴーレム――アスゴは彼女の声に反応し、動こうとしていた敵の腕を掴む。
敵が動きを止めた隙をついて2体の足元を広場の方へ走り抜けた。
先ほどイールに詰め寄った男は腰が抜けたのか、地面に座り込んでしまっていた。
そんな男を無視して、ミスリルは同じく座り込んでしまったイールに駆け寄る。
「イール!大丈夫?」
「あ……、うん」
声をかければ呆然とした表情で、それでもしっかり返事を返してくる。
「なら立って!ここにいたら危ないわ!……あんたも!」
その様子に安堵の息をつきながら彼女の腕を引っ張る。
そうしながら隣で座り込んでいた男にも声をかけた。
このゴーレムの目的はこの男の始末であるはずだ。
いつまでもこんな所に置いておくわけにはいかない。
そう判断してのことだったのだが、聞いていないのか、男は呆然としたまま動こうとしなかった。
「……ちっ!立ちなさいっ!!」
言葉と同時にぱんっという小気味よい音が辺りに響いた。
イールが、後から自分を追ってきたリーフが、驚いたようにこちらを見る。
「……な、何しやがるっ!!」
遅れてやってきた痛みに男が声を上げた。
ほんのり赤くなっている頬を押さえて立ち上がり、今度はミスリルに詰め寄ろうとする。
そんな男の手を払い除けると、彼女は逆に男の胸倉を掴んだ。
「それはこっちのセリフよっ!!あんた、あの双子がイールの警護にゴーレムを置いていくって言ったの聞いてなかったのっ!!」
その言葉に男が動きを止め、目を見開いた。
その顔が見る見る青ざめて行く様子を、どこか冷めた目で見つめる。
「じゃ、じゃあ、あれは……」
漸く搾り出された言葉に、「そうよ」と返して手を離した。
突然の行動にバランスを取ることができず、男はそのまま尻餅をつく。
「あのゴーレムの撃退ターゲットは確実にあんたよ。だからとっとと消えなさい」
「消えろって……」
ますます青ざめる男を見て、リーフはこっそりため息をついた。
普段から多少はきつい物言いをするミスリルだけれど、最近は何だかきつすぎだ。
それでは伝わるものも伝わらない。
「イール連れて避難しろってことだよ。ここにいると戦闘の邪魔だ」
フォローをするつもりで発言した。
それで漸く意味を理解したらしい。
慌てて礼を言うと、男は一目散に村の外へと走っていく。
「……って、おいっ!連れてけって言ったのに……」
「イール、立てる?」
男に見せていたものとは違う表情を見せて、ミスリルは座り込んだままのイールにもう一度手を差し出した。
「大丈夫。ありかどう」
立ち上がって笑みを見せれば、ミスリルはほっとしたように表情を緩めた。
しかし、それはすぐに戦い慣れした者の表情に戻ってしまう。
「一応あなたも避難して。こいつは私たちで何とかするわ」
敵のゴーレムに襲われることはないだろうけれど、こちらが被害を与えないとも限らない。
そんな考えから告げた言葉だったのだけれど、何を思ったかイールは悲しそうに表情を歪めた。
「わかった。……ごめんね」
無理に笑って言ってから、急いでその身を翻る。
そのまま何も言わずに走り出したイールを、ミスリルは声をかけることができないまま見送った。

remake 2004.08.03