SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter4 ダークハンター

3:奪われた水晶

あのお馴染みの体が浮く感覚が消える。
顔を上げて辺りを見回すと、そこはもうフェリアの家ではなかった。
「ここがメディスン?」
目の前に広がった町を見てレミアが尋ねる。
「ああ。腕のいい薬師が住んでいたことで有名な町だ」
それも昔の話だけどなと付け足して、フェリアは荷物から地図を取り出した。
大きさ的には町というより村かもしれないそこは、ハンターの多いサルバと違って落ち着いているという印象を受けた。
ここにはハンターに限らずギルドがほとんどないと聞いているから、留まる冒険者も少ないのだろう。
「レミア。精霊の洞窟の地図は?」
「え……?ああ、ごめん。今出す」
声をかけられ、レミアは慌てて荷物を探った。
「はい」
出てきた地図を手に取り、広げてフェリアに差し出す。
「この地図のこの部分が、こっちの地図のここに当たる」
ふたつの地図を見比べながら、フェリアは自分の持つ地図の一点を指した。
「思ったより遠くないね」
「そうだな。午前中と同じペースで行けば日が落ちる前に着けそうな距離だ」
「日が落ちる前に……」
呟いて、無意識に地図を持つ手に力を入れる。
微かに音を立てた地図を見て、フェリアが微かに顔を顰めたが、彼女はそれに気づかなかった。
もう何度目になるだろうため息をついて手早く地図を纏めた。
「とりあえず、もう少しきちんと野営の準備を整えなければならないだろうし、町に入るぞ。いいな?」
フェリアの言葉にレミアは不満そうに顔を上げる。
けれど、こういう準備についてはフェリアの方が詳しいことを知っているから、素直に頷いた。
「じゃあ市場だね。早く行こう」
笑顔を浮かべて荷物を手に取ると、そのまま早足に町の中へ入っていく。
そんな彼女の後ろ姿を見て、フェリアはもう一度ため息をついた。



「私はね」
笑みを浮かべたまま、突然女が口を開いた。
「初めて会ったときからあんたが気に食わなかった」
口にされた言葉にレミアは顔を顰めた。
初めても何も、出会ったのはつい先ほどの話ではないか。
「その理由がわかった」
そんなレミアの様子は気にせずに女は続けた。

「あんた、あの勇者の一族だったんだね」

何かぞくっとした感覚がレミアの背を走った。
相手が口調を変えたわけでも、表情を変えたわけでもない。
なのに、何故かその言葉が妙に頭に響いた。
「勇者……?」
「インシング人でありながら知らないはずはないよね?精霊の勇者と呼ばれたミルザの伝説」
知らないはずがない。
彼は自分たちの先祖で、彼の伝説を継いでいるのは自分たちなのだから。
「私は昔から嫌いだった。勇者とか正義とか、そういうの」
落ち着いた口調で女が言葉を続ける。
「けど親が言ってたまともな職って、そういうのを基本にしているのしかなくって、それが嫌で私はハンターになった」
確かにハンターには規制も何もない自由な職だけれど。
「それって最初から堕ちるつもりでいたってこと?」
僅かに眉を顰めて問いかけると、女は首を横に振った。
「最初はただ賞金稼ぎしているだけで十分だった。けど……」
言葉を切って、眼下に立つレミアを見下ろす。
「そのうち物足りなくなった。そんな時、あれが完成した」
「あれって……」
「決まってるでしょう?種換の秘薬よ」
ぎゅっと無意識に拳を強く握る。
「人間を別の種族に変えてくれるあの薬が完成した。そして私は人間ではなくなった」
「え……」
レミアは大きく目を見開いた。
「使ったっていうの?その薬……」
「そう。だから魔力を持たずに生まれた私が魔力を持つことが出来た」
魔力を持たずに生まれた人間の魔力の目覚め。
確立はかなり少ないが、そんな人間がいたという記録は知っている。
知ってはいたけれど。
「見た目は変わっていないように見えるけど?」
動揺を悟られないように剣を握る手に力を込めて、睨むように女を見る。
「それは薬が完全じゃなかったから」
「完全じゃない?」
「そう。完全にするには、私には魔力が足らなかった」
僅かに目を伏せ、女は降下を始めた。
ゆっくりとレミアの前、屋上に下りる。
「だから考えた。魔力を生み出すものを手に入れれば、私の魔力は増すと。だから、この世界へ来た」
「魔力を生み出すもの……?」
こぐりと息を呑む。
このアースで手に入る魔力を生み出す道具。
それは、ひとつしかない。

「ミルザの秘法、精霊が授けた石。それをもらうっ!」

叫ぶと同時に女が床を蹴った。
レミアに、というより、その手に握られた剣に向かって、真っ直ぐに突っ込んでくる。
「この……っ!?」
突っ込んできた女を、反射的に振り上げた足で思い切り蹴り飛ばした。
突然だったためか、僅かに体が傾いたが、何とか態勢を立て直して腰の鞘に剣を収める。
「何でこの剣を狙うの?あんたが欲しいのは石でしょうっ!?」
「誤魔化しても無駄よ。あの石が本来武器であることなんて調べてある」
小さく舌打ちして、レミアは女から目を離さないように後退した。
確かにこの剣は精霊がミルザに授けた石――“魔法の水晶”が変形したものだ。
女がゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。
がしゃっと音が立って、背中が後ろの金網にぶつかった。
ここが屋上ではなく地面だったら。
そんな思いが頭を過ったが、今更仕方のないことだ。
それよりも、今はあの女の動きを封じなければならない。

どうすればいい?あたしは封魔の呪文なんて使えないし……。

考えを巡らせ始めた瞬間聞こえた金属音にびくっと肩が跳ねた。
目の前の女が動いたわけでもない。
空を飛んでいる鳥が金網に降りてきたわけでもない。
屋上に響いたこの金属音。
これはおそらく校舎内へ続く扉が開いた音。
ここは開いた扉とは反対側だったから、誰が来たのかはわからなかったけれど。

不意に風を感じた。
はっと我に返って意識を目の前に戻すと、女がいつの間には床を蹴り、こちらへ向かって迫ってくる。
慌てて右側に体を動かし、逃げた。
がしゃんという音が響いて、女が金網に突っ込む。
転びかかった体を何とか支えて、出入り口の方に行かないよう気をつけながら態勢を整える。
もう少し反応が遅ければ、捕まっていたかもしれない。
「往生際が悪い……」
「そっちこそ、いい加減に諦めたら?」
左手で鞘を強く握って、睨んでくる女を睨み返す。
ふと後ろ――開いた扉の方で気配が動いた。
こちら側に人がいると気づいたのだろう。気配はだんだん近づいてくる。
1人ではない。大勢だ。
仲間だったらそれでいい。
でも、もし最初の風を見て、好奇心だけで上ってきた一般生徒だったら。
「集中してないと痛い目見るよ」
近くで響いた声にはっと視線を戻した。
再び女が目の前に迫っていた。
腰の鞘に向かって伸ばされた手を、体を捻って何とか避ける。
そのまま女の腹に蹴りを叩き込んだ。
小さく呻いて、僅かに女の体が浮く。
そのまま倒れるかとも思ったが、何とか踏み留まった。
「取り得は剣だけじゃないってことか」
咳き込みながらも、女は体をしっかりと起こし、こちらを睨みつけてくる。
「それだけじゃあ、ハンターなんてやっていけないでしょうっ!」
言い返しながら、レミアは腰のベルトの両側に手を回した。
そこに嵌っていた何かを掴み、思い切り手を引き抜く。
そのまま両手を交差させるように大きく振った。
一瞬大きく目を見開いて、女は自分の腰に下がっていた短剣を抜いた。
きんっと音がして、顔の前に翳した短剣が何かを弾く。
同時に左頬に痛みが走って、背後で何かが金網にぶつかる音が聞こえた。
「隠し武器……」
短剣が弾き、足元に落ちた物を見て女が呟く。
それはインシングでは一般的に売られている飛び道具専用に軽量化されたナイフだった。
「避けられるとは、思ってなかったけどね」
最初に自分が建っていた位置に移動しながら、レミアは小さく言った。
素早さには自身があったから、不意打ちならば確実に当てられると思っていた。
けれど、結局気づかれ、外した。

下手に剣を使えば奪われる。
あとは、どうしたらいい?

「レミア!」
そのとき突然耳に飛び込んできた声に、反射的に視線を動かした。
視界に入ったのは見慣れた制服。
普段は自分も着ている、この学校独特のブレザー。
「英里っ!?」
現れた親友にレミアは思わず声を上げた。
様子を見に来ただけだったのか、その姿は“時の封印”がかかったままだ。
「……仲間?」
「そういうことになるけど、あんた誰?」
別の場所から聞こえた声に、全員が視線をそちらに動かす。
こちら側の出入り口が開いていた。
そこから英里と同じ格好をした女子生徒たちが姿を現す。
真っ先に扉から出てきたのは、予想通りというか、赤美で。
それでもその目は、いつもの彼女とは違う光を宿していた。
彼女のあの眼を見たのは、イセリヤと対峙したとき以来のはずだ。
背筋が凍るような、冷たい瞳。
今は瞳が黒い分、余計にそう感じるのかもしれない。
「返答に寄っちゃあ、容赦しないけど?」
扉の中を良く見れば、陽一を除いた全員がそこにいる。

まずい。

今仲間が襲われれば、あっさりと魔法の水晶が奪われてしまうだろう。
“時の封印”がかかっている彼女たちの力は、アースの一般人と変わりないのだから。
一部はスポーツ選手に近い運動能力を持っているかもしれないけれど。

女の口の端が僅かに持ち上がった。
先ほどナイフが掠め、細く血が流れ出していた頬から手を離す。
そして、徐に両手を――右手をこちらに、左手を他の仲間たちに向かって上げた。

もう何も考えていられなかった。
無意識に制服姿の英里に飛びついて、そのまま無我夢中で校舎への出入り口のある壁、その影に飛び込んだ。
他の仲間たちの悲鳴が聞こえた気がしたが、それにも構っていられなかった。
ただ必死だった。
今目の前にいる親友を守ることに。



「精霊が授けた魔力の源、確かに頂いたぞ!」

耳に届いた言葉に顔を挙げ、英里から体を離すとレミアは立ち上がった。
そうして慌てて出入り口の方へ飛び出す。

そして見た。
女の頭上で輝く、6つの魔法の水晶を。

こちらに気づいた女が僅かに笑みを浮かべる。
その後ろに、何の前触れもなく黒い穴がぽっかりと開いた。
「ゲートっ!?」
思わず声を上げるレミアを馬鹿にするかのような笑みを浮かべたまま、女は黒い穴へ足を踏み入れる。
「待てっ!!」
必死で走るけれど、既にゲートは小さくなり始めていて、女の姿はほとんど見えなくなっていた。
せめて穴に手をかけようと、そして無理矢理こじ開けようと、レミアは必死で手を伸ばす。
けれどその手がかかるかと思った瞬間、黒い穴は完全に消滅した。
掴む物を失った手は空を切り、危うく転倒しそうになった。
何とか踏み止まって、先ほどまで穴が開いていた場所を睨みつける。
けれど、最早そこには何もなく、ただ静かに風が吹いているだけだった。

remake 2004.01.09