SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter4 ダークハンター

20:提案

「もうやだ。もう駄目。血が足らない」
「自業自得だ。もう少しなんだからしっかり歩け」
自分のすぐ隣で危なっかしい足取りで歩いているレミアに肩を貸しながら、フェリアは辺りを見回した。
あの後転移呪文を使ってこのマジック共和国まで戻ってきたが、エルザに呪縛陣を破られたときの影響、回復呪文の使いすぎによる魔力不足で座標がずれてしまったらしい。
気がつけば、2人がいたのはマジック共和国城ではなく見知らぬこの林だった。
「平気平気。この林なら王都はすぐだよ」
レミアのその言葉どおり、今は近くに見えていた門に向かって歩いている。
漸く門の茶色い扉の目の前までやってきたとき、フェリアが突然足を止めた。
「……どうかした?」
ずっと下を向いていたレミアが不思議そうに顔を上げる。
けれどフェリアは門の方を指すだけで、何も答えなかった。
ゆっくりとそちらの方へ視線を向ける。
そして視界に入ったここにいるはずのない人物に、レミアは目を見開いた。
「リーフ……っ!?」
「よぉ。お帰り」
門の壁に寄りかかってこちらを見つめていた青年が、ゆっくりと壁から背を離してこちらに歩いてくる。
「あんた、何でここに……?」
「仕事とお使い。ったくルビーの奴。俺は雑用係じゃないっつーんだよ。いくら今こっち来れんのが俺だけだからって」
がりがりと頭を掻きながら文句を言うその姿に、思わず笑みが浮かんでしまう。
「要するに、ルビーに何か押し付けられたんだな?」
「そういうこと」
フェリアの言葉に、大きなため息をついて頷いた。
「で、2人で帰ってきたってことは、終わったんだろ?」
「とーぜん」
ぐっと親指を立てた拳を出し、レミアがにこっと笑う。
自慢できる格好じゃないとツッコミを入れてやろうかとも思ったが、仕返しが恐いのでやめておいた。
「それじゃあ、あいつら待ちくたびれてるし、魔法の水晶、貸してくれ」
「え?」
突然の言葉に2人はきょとんとする。
「いいよ。これからあたしたちも帰るし、その時に……」
「何言ってんだよレミア。お前は謝りに行くところあるだろう」
「へ?」
言われた言葉の意味がわからず、思わず聞き返す。
一体自分が誰に謝らなければならないのというのか。
「お前が無断で消えた次の日、こっちは大変だったんだぜ。リーナは捜索隊出してくれって騒ぐし、アールは妙にイライラしてるし」
「あ……」
「あ……って、お前無断で出てきたのかっ!?」
一応フェリアにはレミアが廃国の塔に辿り着くまでの経緯は話してあった。
ただし、レミアの主観的視点で。
「ま、まあ、そういうことにもなるかな。窓から出たんだし」
「『にも』どころか思い切りそうだろう!」
「ど、怒鳴らないで。頭に響く……」
空いている手で頭を押さえ、思い切り参ったというふりをする。
それを見て何を思ったのか、リーフは小さく笑うと2人に向かって手を差し出した。
「ずーっと仕事も手につかずに待ってたみたいだからな。行った方がいいと思うぜ。んで、ルビーの方もかなりイライラしてたから、俺は先に帰って水晶返しとく」
「帰ってって、あんたゲート開けるの?」
「生憎1人でここに来たわけじゃないもんで」
にやって笑ってリーフは自分の背後を示した。
そこからひょこっと小さな少女が顔を見せる。
「ティーチャー!?」
「えへへ。こんにちは~」
予想もしなかった意外な人物の登場に、2人は思わず目を丸くする。
「何でお前がここに……?」
「タイムに頼まれてリーフさんの送迎係やってます」
リーフの肩に立つと、ティーチャーはピシッとアース――日本の警察官の敬礼ポーズを取った。
一体何処で覚えたのだろうと思いながらも、レミアは「ああ」と呟く。
「そういえば最初にティーチャーが廃国の情報持ってきたって言ってたもんね」
「まあな」
ふうとため息をついてリーフが答える。
ちらっとフェリアが横目でこちらを見た。
それに気づいて曖昧に笑って見せると、レミアは静かに頷いた。
「じゃあ頼む。この中に全部入っているから」
レミアのベルトに括りつけていた小汚い袋を手に取ると、それをリーフに差し出す。
「ああ、確かに」
フェリアから袋を受け取ると、リーフはしっかりと頷いた。



「……お前たちっ!?」
謁見の間のすぐ側にある国王補佐官の執務室。
そこに現れた2人の姿を見て、思わずアールは立ち上がった。
やはりそこにいたリーナも、2人の姿を見て椅子から立ち上がる。
「よかった……。おふたりとも、ご無事でしたのね」
そして安心したというように大きな息を吐いた。
「あの、えーっと、……ただいま」
「ただいまじゃないっ!!一体私たちがどれだけ心配していたと思ってるんだっ!」
怒鳴り返された言葉にびくっと肩が跳ねる。
「……ごめん」
「ごめんで済んだら騎士団はいりませんわよ、レミア様」
ぱしっという嫌な音に、レミアは恐る恐るリーナの方へ視線を向ける。
いつの間に何処から持ってきたのか、杖を持った彼女はそれを何度も自身の掌に当てていた。
「本当に、ごめんなさい」
そんなリーナの行動は気にせずに、フェリアの肩から腕を外して深く頭を下げた。
それは単に心配させたからという理由だけなく、アールに対して他に謝罪しなければならないと思うことがあったからだ。
「……別にいい。無事だったんだからな」
大きなため息をついてそう言うと、アールは椅子に腰を下ろした。
もっと何か言ってやろうかと思ったが、こう素直に謝られては何も言えない。
「それにしても、本当に無事でよかったですわ。フェリア様」
にこっと笑ってリーナが声をかける。
「お前もな」
レミアの様子を伺いながらも、フェリアは笑顔で返した。
「それにしてもお前たちは。毎回毎回心臓に悪い……」
「毎回って、あんたたちに協力要請したのはあたしとタイムだけだと思うけど?」
「毎回だ。イセリヤの時は私たちが駆けつけてみれば全員大怪我で医務室行き。リーフの話では、法国の時は崩れた城の瓦礫の下にいたという話じゃないか」
「あ、あれはあたしらのせいじゃ……」
言いかけた瞬間、背後から聞こえた音に思わず言葉を止めた。
振り返ってみれば、先ほどしっかりと閉めたはずの扉が開いている。
その向こう側に、1人の少女が息を切らせて立っていた。
「ルビー様っ!」
驚いたリーナが彼女の名を呼ぶ。
それには答えずにこちらに歩いてくると、彼女は何も言わずにレミアの左肩を掴んだ。
「うわっ!ちょっ!何す……」
「あんたキレかけたんだってねぇ?アールに対して」
びくっと先ほど以上に肩が跳ねた。
ルビーの炎のように赤い瞳が、今は深紅に変化しているように見えて、恐い。
「一体何のはな……」
「さっきリーフに吐かせたんだよ」
「う……」
あからさまに視線を逸らす。
そんな彼女の態度に、肩を掴むルビーの手に力が入った。
「あんたねぇっ!初等部の頃散々言っといたでしょうがっ!本気でキレるたびに我忘れんのどうにかしろ!もしくはそこまでキレないように冷静になれって……」
「冷静になるのはあんたでしょうが」
ごんっという音がして、ルビーの手がレミアから離れた。
そのまま後頭部を押さえてその場に蹲る。
「まったく。心配してたんだから素直にそう言えっての」
「タイム……」
ルビーの向こう側に現れた友人に、呆然として声をかける。
棍を手にしたままこちらに視線を向けると、彼女はにこっと笑った。
「お帰り、2人とも」
フェリアの方にも視線を向け、声をかける。
「……うん。ただいま」
笑顔で言葉を返すと、タイムは満足そうに笑った。
「ごめんね、アール、リーナ。驚いたでしょう」
レミアの向こう側で呆然としている2人に顔を向けると、妙にあっさりした様子で声をかける。
「ええ、まあ……」
「今回はさすがに……」
「驚いたじゃないわーっ!!」
義姉妹が返事を返す前にがばっと立ち上がったルビーが叫んだ。
「タイム!あんた何すんのよっ!」
「言って聞きそうになかったら実力行使。文句ある?」
きっぱりと言ったタイムに、思わずルビーは黙り込んだ。
「……何か、私たちが旅に出る前より強くなってないか?お前」
「こっちもこっちでいろいろあったから」
顔を引き攣らせながらフェリアが発した言葉に、タイムはやれやれと首を振る。
「もうすぐ皆も来るから騒がしくなると思うけど、いいかな?」
再び笑みを浮かべると、まだ目を丸くしているアールに問いかけた。
はあっと大きく息を吐いて、アールは困ったような笑みを返す。
「まあ、そいつらの帰還祝いだしな。今日くらいは大目に見るさ」
そう言って、レミアとフェリアの方へ視線を向ける。
「ご苦労様、2人とも」
向けられた笑みと視線に、思わず2人はお互いの顔を見合わせた。
「……ああ」
「ありがとう、アール」
揃って笑みを返すと、アールが満足そうに笑った。
「あーっ!ひどいですわお姉様っ!わたくしだって最初は一緒でしたのにっ!」
ばんっと机を叩いてリーナが抗議をする。
アールは再びため息をつくと、呆れたような視線を義妹を向けた。
「途中で置いていかれて私の仕事の邪魔をしていただろうが。お前に送る言葉はない」
「そんなぁっ!お姉様ぁっ!!」
「ああーっ!!?」
突然室内に響いた声に、反射的に全員が振り返った。
開いたままになっていた扉の向こうに、大げさな動作で誰かが立っている。
「な、な、な、何でリーナがここにいんのっ!?」
「ああ……、やっぱりね」
ふうとため息をついてレミアが呟く。
彼女が生きていることを知っていたのは、今この部屋にいる自分たちとリーフ、そしてティーチャーだけのはずだ。
扉の向こうに立つ人物――ペリドットが驚くのも無理はない。
「リーナですって?」
「うそっ!どうしてっ!?」
彼女に続いて扉の向こうに現れた少女たちが口々に驚きを口にする。
そんな彼女たちの反応に、リーナはがっくりとうな垂れた。
「ルビー様にタイム様……。本っ当に話して下さっていないんですね……」
「まあ、あの後ってあたしたちもそれどころじゃなかったしね」
「どっかの誰かさんは連日徹夜でまたぶっ倒れたしね」
「うるさい」
ぎろっとタイムがルビーを睨む。
「……ごめん」
珍しく小声で謝りながらルビーはタイムの腕を引いた。
不思議に思い、タイムが表情を変える。
「ちょっと付き合って」
それだけ言うと、ルビーは早足で部屋を出て行った。



「一体どうしたの?」
静かに扉を閉めてから、タイムは壁に寄りかかったルビーに声をかけた。
「今回の件、リーフから聞いたレミアの話で、いろいろ気になったことがあるの」
先ほどまで見せていたふざけた顔は何処へやったのか、真剣な表情でルビーが口を開いた。
「気になったことって?」
呆れたようにため息をつきながらタイムが問いかける。
「ちゃんとしたことは廃国での話を2人から聞かないと何とも言えないけど、何かエルザの行動が引っかかるんだよね」
「引っかかる、ねぇ……」
呟いて、タイムは考え込むように腕組みをする。
先ほどまで手にしていた棍は既に水晶に戻してしまって、今は持っていない。
「あたしは何も感じなかったから何とも言えないけど。……で?」
突然の問いに、ルビーは驚いたように親友を見た。
「あんたは何がしたいわけ?」
その言葉に、満足そうな笑みを浮かべる。
「調べようと思う。エルザにはミルザとは関係ない何かが関わってるような気がするから」
真剣な表情に戻ってきっぱりと告げるルビーに、ふっとタイムは笑みを浮かべた。
「それで『これから』が楽になるなら大賛成」
「じゃあ決まり。皆に言うのは、落ち着いてからにしようか」
タイムの向こう側、先ほど自分たちが出てきた扉に視線を向けて、穏やかな表情でルビーが言った。
リーナが事情を説明しているのか、扉の向こうは先ほどよりは静かになっており、時折驚きの声が聞こえる。
「そうだねぇ。今言ってもレミアが文句言いそうだし」
くすくすと笑いながらタイムが答える。
そのまま静かに扉のノブに手をかけた。
「じゃあ、戻ろうか」
「はーい」
明るい笑顔を浮かべて子供っぽく返事をする。
そんな彼女に苦笑すると、タイムは静かに扉を開けた。

remake 2004.03.18