SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter4 ダークハンター

17:種換の秘薬

静かな塔の中に、こつこつと足音が響いていた。
石で造られた階段を一段上るごとにツインテールに結われた髪が揺れる。
右腕はだらんと力なく垂れていたが、左手にはしっかりと剣が握られていた。
その剣の刃では、払いきれなかった血が染みを作っている。

彼女がかつての法国ジュエル――今では廃国と呼ばれるこの国に辿り着いたのは今日の昼すぎのこと。
マジック共和国で奪った小型の船に即席の帆を張り、風を操ってここまで来た。
その船はしっかりと繋いでおかなかったために流されてしまったのだけれど、そんなことを気にしている余裕は今の彼女にはなかった。

大して広くはないこの島の中心に現れたこの塔に入って、もうどれくらい時間が経ったのだろう。
外はすっかり暗くなり、僅かに残っていた空のオレンジは、今ではすっかり闇色に染まっている。
壁にかかる蝋燭に照らし出されている階段は、入ってきたときよりも一層冷たいもののように感じた。
広い空間に出るたびに襲い掛かってきた魔物との戦闘で、レミアの体には細かな傷が増えていた。
動いているうちに傷口が開いたのか、右肩の包帯は真っ赤に染まってしまっている。
その痛みも気にせずに、あるいは気になどできずに上っていくと、不意に階段が切れた。
今までとは違う、扉のない場所に出る。
その部屋は、今までの部屋とは違って広くはなかった。
周りを見回せば、ちょうど階段の真正面にひとつの大きな扉が見える。
「あそこか……」
呟いて、右側に付け替えておいた鞘に剣を収めた。
肩の傷のせいで右手はほとんど動かなかったから、剣を持ったままでは扉が開けないのだ。
観音開きの扉の片方に左手で触れる。
ぐっとノブを握る手に力を込めると、そのまま勢いよく押し開けた。
そのまま扉が壁にぶつかる音より早く剣を再び手に取った。

「ずいぶん乱暴なお客様ですこと」

小さく笑う声が聞こえて、部屋の奥へ視線を向ける。
妙に殺風景な部屋の中に、1人の女が立っていた。
今までの服装とは違う、どこかの王宮仕えの魔道士めいた服装で。
「フェリアは……あんたが連れてったあたしの仲間は何処?」
剣を構えて睨みつける。
「乗り込んできた直後の第一声がそれか……」
微かな笑みを浮かべて女――エルザが呟く。
「他人のことより自分のことを心配したらどう?」
女の言葉にレミアの表情が僅かに動いた。
「私はあんたのことが気に食わない」
言葉を挟む余裕もなくエルザが続けた。
「初めて会ったときから、ずっと」
ゆっくりと壁に近寄り、そこに立てかけてあった剣を取る。
あの時、フェリアと共に奪われたミルザの剣を。
「奇遇ね……」
構えていた剣を少しだけ下げて、レミアが口を開いた。
「あたしもあの時からずっとあんたが気に食わないっ!」
言葉を発すると共に床を蹴っていた。
真正面に立つエルザに向かい、片手で剣を振り上げる。
がきんと金属同士がぶつかり合う音が響いて、2人の動きが止まる。
「ふん。片腕しか使えないくせに、力だけは有り余ってるらしいわね」
「そっちこそ。使えもしない剣、無理に使わない方がいいんじゃない?」
伝承によれば、ミルザの剣は精霊が力を与えた彼専用の剣。
彼の血を引く自分だからこそ軽々と抜くことができたけれど、他の者が手にした場合、少なからず負荷がかかってくるはずだ。
「予想よりは重い。だが、それだけのことっ!!」
小気味良い音が響いて剣が跳ね返された。
反動で左腕が大きく跳ね上がった。
がら空きになった体の左側にエルザの剣が向けられる。
「……このっ!」
体を捻って刃の方へ腹を向けた。
再び金属同士がぶつかる音が響いて、レミアの体が遠く、壁の方へ投げ出される。
衝撃に手から剣が離れ、かしゃんと音を立てて床に落ちた。
「何……?」
予想していたものとは別の手応えに驚き、エルザは床に転がるレミアを見た。
彼女の予想していたのは生々しい、肉を切る感覚。
けれど実際に手に伝わったのは剣に何かがぶつかる感覚。
「く……そ……」
微かに声を漏らしながら起き上がったレミアを見て、エルザは目を見開いた。
彼女の視界に入ったのはその腰につけられている物。
シースルーを止めるためにつけているベルトの金属。
その金属がほんの少しだけ削れ、ペイントの下の銀色を見せていた。
右腕が動かず、左腕の反応も間に合わないと悟った彼女は狙って体を捻ったのだ。
「……面白い」
剣で加えられた衝撃に咳き込むレミアを見て、エルザはにやりと笑みを浮かべた。
その呟きと笑みに悪寒を覚え、レミアは顔を上げた。
視界に入った光景に思わず目を見開く。
エルザの体が、正確には背中が蠢いていた。
まるで何かが体の中から外に出ようともがいているように。
「違う……」
呟いた途端レミアは動いていた。
近くに落ちた剣を左手で掴み、座り込んでいた場所を離れる。
その瞬間、空気を切る鋭い音と共にたった今まで彼女がいた場所に何かが当たり、壁がはじけた。
立ち上がって後ろを振り返る。
先ほどまで自分がいたそこには、巨大な穴が開いていた。
その穴から伸びているのは黒い翼。
こちらの時間で1年前、あの帝国の邪天使たちが持っていたのと同じ翼。
違うのは、目の前にあるこれが壁を砕くほどの威力を持ったものであるということ。
目を見開いたままエルザの方へ視線を動かす。
視界に入ったその女の背には、白と黒、2色の翼が映えていた。
左右に1色ずつ、4つの翼のうち黒の片方が先ほどの穴に向かって伸びている。
「それが、種換の秘薬の効果……?」
「そう。私は人をやめ、魔族となった」
無気味な笑みを浮かべると同時に壁に突き刺さった翼が縮む。
黒の片翼が元の位置に戻ると、今度は4つの翼が一斉に羽ばたき始めた。
強い風を起こしてエルザの体が浮き上がる。
「人を超えた私に、人である貴様が勝てるかしら?」
ぎょろりとした瞳で見下ろすエルザの体は、徐々に変化を始めていた。
肘から二の腕にかけて木の枝のようなものが生え始めている。
足にも変化が訪れていて、人の足の形を成さなくなっていた。
「人を超えた……?」
剣を握る手に力が入る。
確かにあの女は人を超えたのだろう。
けれど、決して魔族になったのではない。
あの姿は魔物でもない。

「よく言うよ。バケモノのくせに」

吐き捨てた言葉にエルザの変わり果てた瞳が見開かれた。
「何だと……っ!!」
「どう見たってバケモノじゃないっ!魔族は白い翼は持たないし、魔物にだってそこまでおかしな姿はしてないっ!」
インシングに存在する魔物は、そのほとんどが動植物が進化したものだと言われている。
今のエルザはそのどれにも似つかない姿をしていた。
明らかに生態系から外れた姿。
以前聞いた話によれば、そんな姿の魔物は魔界の底、古い時代に封印されてしまった空間にしか存在しないという。
「あんたは魔族なんかじゃないっ!バケモノよっ!!」
思い切り叫んで、ふと頭の中にある言葉が浮かび上がった。
それはアースでエルザと対峙したときに、エルザ自身から聞いた言葉。
「そういえば、あんた未完成の薬を使ったって言ってたね」
にやりと笑みを浮かべてみせる。
「ってことは、あんた自体も未完成、失敗作なんじゃないの?」
「……っ!?違うっ!!」
「……!!?」
エルザが叫んだと思った瞬間、その手がこちらに向かって伸びた。
突然のことに避けることのできなかったレミアは首を掴まれ、そのまま壁に叩きつけられた。
「か……あ……」
「私は魔族だ!バケモノなのではないっ!」
首を掴んでいる手に徐々に力が入るのが分かった。
壁に押し付けるのをやめるつもりもないらしく、だんだんと体が壁にめり込んでいく。
衝撃で再び剣を落としてしまった左手でエルザの変わり果てた腕を掴む。
けれど片腕だけで何とかできるほどエルザの力は弱くはなかった。
痛みでほとんど動かない右手を何とか動かす。
それを壁に押し付けられているベルトの背中側に回した。
ベルトの下に隠し持っていたナイフに触れ、それを何とか引き抜く。
「バケモノ……じゃない……」
右腕を走り抜ける痛みに絶え、何とか腕を体の前に動かす。
「違うっ!!」
首を絞める手に、体を壁に押し付ける腕にさらに力が入った。
先ほどまで僅かに開けていられた手と首の間の隙間は、もうほとんどない。
右腕をできるだけ振り上げる。
狙いが定まらないまま、手にしたナイフをエルザに向かって投げた。
「ぎゃああああああああっ!!!」
嫌な叫び声が部屋に響いた。
突然体が動いて、宙に勢いよく投げ出される。
「……うあっ!!」
受身を取るのに失敗して思い切り床に叩きつけられた。
左手で首を押さえてこぼこぼと咳き込む。
首を絞められていたせいか、頭がぼうっとしている気がする。
それでも何とか頭を振って、未だ叫び続けるエルザを見上げた。
変わり果てた腕で何とか人の形を保っている顔を押さえているエルザの右目に、先ほどレミアが投げたナイフが突き刺さっていた。
「貴様あああぁぁぁぁぁっ!!」
ナイフが突き刺さったままの顔をこちらに向け、残った片方の目でぎろりと睨む。
茶色だったはずの瞳は赤く変色し、血走ったその眼は明らかに怒りの色を宿していた。
「よくも完璧な私に傷をっ!!私の目をっ!!」
「完璧……?よく言うわ。失敗作のバケモノのくせに」
吐き捨てるように言って、レミアは立ち上がった。
その一瞬に室内に視線を走らせる。
先ほどいた場所からずいぶん飛ばされたようだ。
削れた壁はちょうど今自分が立つ場所の反対側にある。
剣はエルザの向こう側に落ちているはずだ。
少ないナイフを使ってあそこまで辿り着かなければならない。

そんなこと、今のあたしにできるのだろうか。

その瞬間、耳に飛び込んだ音にレミアははっと視線を動かした。
エルザの翼の僅かな隙間から見えた光景に思わず目を見開く。
視線を向けた瞬間彼女の視界に入ったのは、エルザの向こう側――先ほど自分が押し付けられていた壁が、大きな音と共に爆発し、粉々に吹き飛んだ瞬間だった。

remake 2004.03.18