Chapter4 ダークハンター
10:上陸
「到着ですわ!」
乗っていたボートから浜辺に飛び降りながら、嬉しそうにリーナが叫ぶ。
「本当にこの布を使うとは……」
ボートの隅に投げ出された大きな白い布を摘んで、フェリアが呆れたように言った。
「しかも古代アイテムなのに使い捨て。一体何のためのものだったんだか」
隣で相棒の手元を覗きこみながら、レミアも呆れてため息をついた。
トランストン共和国に接近した高速艇は、近くの港町からかなり離れた場所にある海岸付近で止まった。
そこで緊急時に備えて積まれた脱出用ボートを下ろし、3人はそれに乗り込むことになったのだ。
「でも、それだとあの港町から見えるんじゃないか?」
「大丈夫ですわ!そのためにこれを持ってきましたの」
フェリアの問いに、リーナは自分の荷物から自信満々に何か薄い布のようなものを取り出した。
「何?それ」
「闇市で手に入れた『姿を消せる布』ですわ。効果は1回限りですけど、ボートは包める大きさですから、姿を隠しての上陸が可能ですの」
「姿を消せる布って、確かどこかの王家が管理している遺跡にしかない古代アイテムじゃ……」
「とにかくこれでこの船をすぐに出してしまえば、特に怪しまれずに上陸できるというわけですわ!」
フェリアの言葉を無視して、わざと大声でリーナが叫ぶ。
「ちょっとフェリア。今の話……」
明らかに顔を引き攣らせたレミアが固まっている相棒に声をかける。
「……確かスターシア辺りに王家が管理することを決めた遺跡があって、その中にそんな感じの道具が眠っていると聞いたことがある」
額に手を当ててため息をつきながら説明するフェリアに、レミアも大きくため息をついた。
「無事着いたのですし、いいじゃありませんか」
「そういう問題じゃない気がするんだけど?」
「気のせいですわ」
あくまで笑顔で言ってのけるリーナに、レミアは思い切り脱力した。
「この子……、ペリートとタイプが似てる気がする」
「まあ、あいつほどメチャクチャじゃないとは思うけどな」
顔を引き攣らせたまま言っても説得力はない気がするが、とりあえずため息をついて「そうかもね」と返事を返した。
「ここからだと、港町へはあちらへ向かえばいいようですわ」
浜辺にある少し高い岩の上に上って辺りを見回していたリーナが言った。
ここからだと岩に遮られて見えないが、どうやら向こう側に街道があるらしい。
「港町か……」
立ち上がってボートから降りると、フェリアは小さく呟いた。
「もしかすると高速艇のことが噂になっているかもしれない。どうする?」
「決まってるでしょう。行くよ。行かなきゃ旅なんて出来たもんじゃないわ」
ボートから荷物を降ろしながらきっぱりと言われたレミアの言葉に、「それもそうか」と呟く。
2人とも初めてこの国に来たのだから、当然地図など持っていない。
国同士のいざこざが関係しているのか、マジック共和国でもこの国の地図は売っていなかった。
だからリーナもこの国の地図は持っていない。
「慣れた国ならともかく、地図無しの旅はきついですものね」
いつのまに岩から降りてきたのか、フェリアの隣に立って苦笑を浮かべながらリーナが言った。
「方向が分からないと進みようがないからな」
「特にあたしたちみたく探し物をしてる冒険者の場合はね」
ボートから降ろした荷物を波の届かないに場所に降ろして小さく息をつく。
一度手を離すと、今度は自分の分だけを持って顔を上げた。
「とにかく出発しよう。いつまでもここにいて誰かに見つかると厄介なことになりそうだから」
その言葉に頷いて、2人も自分の荷物を取った。
「あちらから街道に出られますわ」
そう言ってリーナが示した方向に向かって歩き出す。
幸い街道には人の姿はなく、3人は怪しまれることもなく道へ出ることが出来た。
リーナの示した港町はトランストン共和国の首都だった。
「やっぱりな……」
街の門を潜った途端に、フェリアが小さくそう呟いた。
インシングの場合、その国の最大の玄関口が首都だという場合が非常に多い。
この国もそんな首都の置き方をしている国のひとつであったわけだ。
「港が王都ではない国や貨物線以外で王都へ繋がらない航路を開拓している国も珍しいですからね。当然といえば当然ですわ」
「そうなの?」
話しているのはリーナだというのに、レミアは街中を見回していたフェリアの方へ問いかけた。
「ああ。たぶん港が王都でないのはスターシアと和国くらいだと思う」
「でも何でそんなおかしな造りに?」
「おかしい……か?」
首を捻ってフェリアが尋ねる。
「まあ、あたしたちから見ればね」
インシングから見れば当たり前であるその構造も、異世界で暮らしているレミアにとっては奇妙なものだ。
「インシングが島国で構成されている世界だっていうのは、レミア様もご存知ですよね?」
ずいっと2人の間に割り込んでリーナが尋ねた。
突然投げかけられた問いに首を傾げつつも、それくらいはと小さく頷く。
「その国のほとんどは、今のマジック共和国の領土だったんですの」
「マジック共和国の?」
思わず聞き返すと、リーナは静かに頷いた。
「ええ。それまでも小さな国ならあったそうなのですが、最初に大きな力を持ったのがマジック共和国でしたから」
「ひとつの大きな国が、世界中のほとんどを纏める形だったというわけだ」
補足するようにフェリアが口を開いた。
「その後、ミルザの時代の300年ほど前までの間に別の大陸にあった国が次々と独立していって、今の形になったわけですわ」
杖を持っていない方の手を動かしながら説明を続ける。
不可解な手の動きは、おそらく国が独立していく様子を表現しているのだろう。
「この王都の配置は、そんな歴史が関係しているんですの」
どうやらここからが本題らしい。
大きく手を広げると、リーナは動かしていた足を止め、立ち止まった。
「ここの港が王都にあるのが?」
聞き返しながらレミアも、隣を歩いていたフェリアも足を止める。
「ええ。本国からすれば、領土の中心部への接触に時間がかかるのはいろいろな意味で面倒ですわ。ですから、すぐに各属国の中心部に連絡が取れるよう、本国寄りの海岸線に港兼王都を作らせたのです」
説明しながら、手に持った杖で通りの先を示す。
「もちろん港から城が遠くても不便ですから、あのような形を取らせた、と伝えられていますわ」
杖の先には港に続く道と、そこから枝分かれした大きな通りが見える。
視界が動かせば、城らしき建物が目に入った。
他の国のものとは違い、ずいぶん質素な外見の城だった。
装飾も、この国の国旗らしき旗が1枚、風に靡いているだけだ。
言われてみれば、エスクールもマジック共和国も、城からそう離れていないところに港が造られていた。
「先ほどフェリア様が仰った魔法王国スターシアと和国。あの3国の王都が海沿いにないのは、元々独立していたからだと思われますわ」
そこまで言うと、話は終わったのか、リーナは静かに杖を下ろした。
魔法王国スターシアと和国――地図で見て、マジック共和国から東方にある異文化のふたつの国は、確かに王都の印が海沿いはない。
歴史上、帝国時代の植民地化を除いて、この3国は一度もマジック共和国の属国にはなっていなかった。
「一応補足をしておくと」
港の方を見つめたままフェリアが静かに口を開いた。
「エスクールは建国時から独立していたが、住民が元々マジック共和国の『未開の国開拓団』の人間だったらしい。国として成立するまで本国の領地のような場所だったから、同じ造りになっているんだそうだ」
「未開の国?」
「ええ。エスクールには当時の調査団が移住するまで、人が住んでいなかったそうですから」
「人が、住んでいなかった……」
微かな声で呟いて、レミアは俯いた。
「レミア?」
気づいたフェリアが不思議そうに声をかける。
それでもレミアは顔を上げようとはしない。
「本当に……」
不意に、ほとんど聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「本当に、そうだったのかな……?」
「レミア様?」
不思議そうにリーナがレミアの顔を覗き込む。
突然視界に入った赤に近い桃色の瞳に、はっと顔を上げて数歩後ろへ下がった。
「どうしましたの?突然俯いたかと思うとぼそぼそと」
「別に……、何でもない」
小さくそれだけ返して視線を逸らす。
先ほどの話に疑問を持ちはしたが、それをはっきりと口にすることは出来なかった。
エスクールに先住民がいなかったことは史実であるし、自分の考えを証明してくれる証拠はなかった。
あの国に、マジック共和国の開拓団が来る前に誰かが住んでいたという証拠は、何もないのだ。
「それより!」
視線を戻して無理矢理笑顔を浮かべると、わざと周りに響き渡るような大声で言った。
「港の造りに関する疑問は解けたから、さっさと市場に行こう。地図が手に入らなかったらこの先どうにもならないんだし」
先ほどよりは小さい、それでも十分大きな声で言うと、すぐに近くを歩いていた住人らしい男の方へ走っていく。
突然動き出した彼女に2人は呆然とした。
急にころころと変わる行動は、とてもじゃないけれど予測は出来ない。
もうずいぶん長いこと共に行動をしているフェリアにさえ、今の彼女の行動を予想することはできなかった。
「港の方に行くと市場に出るって。行くよ!」
どうやら市場の場所を聞きに行ったらしい。
住人らしき男に礼を言うと、その場でこちらに向かって声をかけた。
そのまま戻ってこようとはせずに、港の方へ向かって歩き出す。
「ああ!もう!待ってくださいませっ!」
去っていくレミアの後姿を見て、まだ呆然としていたリーナは我に返った。
荷物を持ち直すと、慌てて先に行ってしまったレミアを追いかけていく。
そんな2人を目で追いかけて、フェリアは大きなため息をついた。
「まったく……。」
すぐに表情を変えて走って行く2人を見ていると、何だか小さい子供の親になった気分だ。
そんなことを考えている自分に苦笑して、フェリアはゆっくりと歩き始めた。