SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter2 法国ジュエル

10:囁き

日も落ちて、すっかり暗くなった森の中。
王都を出る前にリーフとミューズの助言に従い、買っておいた皮バケツを持って、ペリドットは1人歩いていた。
薄っすらと光らせたオーブは、月明かりが入ってくる分明かりとしては十分だ。
足元を照らさせて、皮バケツの中身をこぼさないよう慎重に移動する。
やがて暗闇にぽっかりと口を開けている洞穴を目にすると、ほっと安心したように息をついた。
近づいて、先にオーブを飛ばすと、オーブは洞穴に吸い込まれるようにして消えていく。
オーブが抜けた場所にそっと手を触れると、腕はそのまま水の中に突っ込んだ時のように闇の中へと沈んでいく。
その腕で向こう側がきちんと空間になっていることを確認してから、皮バケツの中身をこぼさないよう慎重にその水――結界を抜けた。

一度 “鍵”で封印を解除してしまえば、後は“魔法の水晶”が触れるだけで中に入ることができる。
それに気づいた彼女は、この場所――光の洞窟に精神的に疲労したセレスを残して水の調達に出かけていたのだ。
戻ってきて最初に彼女が目にしたのは、疲れた様子で蹲ったままのセレス。
完全に生気を失ったその瞳は、彼女がその状態になった理由が疲れのせいだけではないということを告げている。
「セレちゃん起きてる?大丈夫?」
皮バケツの水を旅人用に売られている小さめの鍋に移す。
これもフェイト兄妹から助言を受けて借りてきたものだ。
それを終えてから、ペリドットは俯いたままのセレスの顔を覗き込んだ。
「え?あ、はい。大丈夫です」
無理に笑って返すセレスに、小さくため息をつく。
この状態で試練に挑んでも、失敗するのは目に見えている。
それ以前に精霊から拒絶されるかもしれない。
今のセレスは、ペリドットにそんなことを考えさせるほど不安定な状態だった。
おそらくルビーの無事な姿を見れば解決するのだろうけど、それはきっと無理な話。
それを承知であの時別れてしまったのだから、もう取り返しがつかないことは痛いほどよくわかっている。
「とりあえずご飯にしようか。保存食だけど、食べないよりましだしね♪」
こちらが無理に明るく振舞っても、ほとんど反応を示さない。
「……はい」
返事をした後もセレスは全く動こうとしなかった。
もしかしたら、姉を失ったことで見失っているのかもしれない。
自分が試練を受けることの意味を。
「そうだっ!」
唐突に声を上げたペリドットに驚いたのか、思わずセレスは顔を上げる。
「ペリートさん?」
「大変セレちゃんっ!」
先ほどの浮かれたような声は何処へやら、突然切羽詰ったような口調で顔を上げたセレスに迫る。
「リーフんとこに忘れ物してきちゃった!試練の前に取りに行かなきゃ!」
「ええっ!?」
これにはさすがに驚いたらしい。
先ほどまで本当に小さな声でしか出さなかったセレスが声を上げる。
「でも夜って魔物も活性化してて余計に危険だから」
手早く荷物から保存食を取り出すと、ぽかんとしているセレスの目の前で次々にそれを料理していく。
いくらアースでは高校に上がったばかりだといっても、アパート風の学生寮に1人暮らしをしている彼女だ。
セレスほどではないが、料理はできる。
「今晩はちゃんと食べて、ゆっくり休もう」
「ね?」と強調するように言って、簡単に作った料理をセレスの前に差し出す。
「……はい」
暫く迷っていたようだったが、やがて精神的疲労より肉体的疲労の方が勝ってきたのか、セレスは素直に皿を受け取った。



城の入口で迎えに出た者たちは、昨日出て行ったばかりの訪問者たちの来訪に驚き、目を丸くしていた。
「忘れ物、ですか?」
不思議そうにミューズが尋ねる。
「そう!しかも何処に置いたか忘れちゃってさぁ。探させてほしいんだけど」
「かまいませんけど……」
言いかけて、昨日までは確かにいた少女の姿がないことに気づき、ミューズは言葉を止めた。
「あの、ルビーさんは……?」
びくっとセレスの体が震える。
冷静になろうと思っても体の震えは止まらないらしく、肩が小刻みにがたがたと揺れていた。
そんな様子のセレスを見て、何があったのか感じ取ったらしい。
ごめんなさいと呟くと、ミューズは顔を背けた。

彼女たち兄妹は知っているから。
肉親を、命こそ無事だったけれど、敵に捕らえられたときの悲しみと不安。
そして、憎しみを。

「ま、そういうこと」
小さく、どこか寂しそうに笑って、ペリドットは言った。
そのまま視線をリーフに向ける。
「リーフ。ちょっとちょっと」
じっとセレスを見ていた彼は、呼ばれたことに気づくと不思議そうな顔でペリドットの側へと寄ってくる。
「セレスを元気付けてあげてくれないかな?」
「……は?」
耳打ちされた言葉の意味がわからなくて、思わず聞き返した。
「あの子、ルビーが捕まったって、すごく落ち込んじゃって。このままじゃ精霊魔法の継承も無理っぽくってさ。あたしじゃあれが精一杯なんだけど……」
ふと言葉を切って、ペリドットはリーフを2人から少し離れた場所に連れて行く。
「あたしじゃここまで連れてくるのが精一杯だったけど、あんたなら何とかできる気がするんだ」
セレスとミューズの方へ届かない程度に声を大きくして、ペリドットはきっぱりと言った。
「何で、俺?」
「あんたがセレスに持ってる気持ちと同じ理由かな」
唐突に言われた言葉に、リーフの顔が真っ赤になる。
「お、同じ……?」
「そう。同じ」
やはりきっぱりと言って、リーフに背を向けていたペリドットは身軽にくるっと振り向いてみせる。
「ベリーから聞いた話だけどね」
悪戯っぽくそう言って、ペリドットはにこにこと笑いながらリーフを見る。
「チャンスじゃん。気持ち伝えて、聞いちゃいなよ」
確かに今ならルビーもいないし、邪魔することなく気持ちが伝えられるだろうけれど。

「できない」

きっぱりと言って、リーフは真っ直ぐにペリドットを見た。
「できないって……」
「精神的に弱ってるときに気持ちを告げて入り込むなんて、卑怯じゃないか」
はっきりと言うリーフのまじめさに、思わずペリドットは目を丸くする。
「そんなことしたって本当にあの人が認めてくれるかなんて……」

「戻ってきていたとはな。予想外だったぞ、ミルザの血を引く者たちよ」

わからない。
そう続けようとした言葉を遮るかのように聞こえた言葉に、目を大きく見開いた。
ばっと声のした方向――上空を見上げる。
そこに浮かんでいたのは白いローブを着た男。
仲間たちを連れ去った、憎しみの原因。
「ルーズっ!」
セレスが叫んでしまうと同時に、男はにやっと笑みを浮かべる。
「結界張るの、忘れてた」
小さく舌打ちをすると、ペリドットはオーブを取り出し、セレスとミューズの元へ駆け戻る。
戻ったときにはセレスはしっかりと杖を握り、ミューズの方も腰に下がっている剣を抜いていた。
いくら王族とはいえ、リーフもミューズもひとつの騎士団を任された隊長。
普段は鎧や冒険者姿であるし、正装をしていたとしても、剣を隠し持っているのはいつものこと。
すぐにリーフも追いついて剣を構える。
しかし、ルーズの方はフェイト兄妹には特に興味がないらしい。
ペリドットとセレス――特にセレスの方を見て、嫌な笑みを浮かべている。
「ルーズっ!あなた、ルビーをどうしたのっ!」
ルビーが姉だと悟られぬようにか、それとも自らの心を維持するためか、わざとセレスは姉を名で呼び、ルーズを睨んだ。
「こいつのことか?」
そう言って、ルーズはペンダントから2つの水晶を外した。
1つは以前見た通り透き通っていたけれど、もうひとつは炎のような赤へと色を変えている。
「まさか、あの中にルビーさんがっ!?」
ミューズの言葉にルーズは笑みを大きくし、ペリドットは驚いたように水晶を、そしてそれが嵌め込まれたペンダントを凝視する。
ペンダントにはまった水晶は、その全てが始めて見たときとは違い、色を持っていた。

そして気づく。
水晶の数が、6つになっているということに。

「マジックシーフによって牢獄を減らされたが、それでも生身で捕らえれば同じこと。さあ、貴様らで最後だ。我が力の一部となってもらうぞ」
笑って、ルーズが水晶を向けた。
おそらくセレスではなく、ペリドットに。
「冗談っ!カラクリわかって、黙ってるペリートちゃんじゃないよっ!」
言葉と同時に勢いよく手を突き出す。
同時に彼女の周りに浮かんでいたオーブが、ルーズに向かって信じられないスピードで飛んでいく。
オーブがルーズに体当たりをしようとした寸前、彼は小さく鼻を鳴らして軽くそれを避けた。
同時に軌道修正。
オーブはルーズの手を掠め、向こう側へと飛んでいく。
それにルーズははっと表情を変え、オーブに視線を移した。
「セレスっ!オーブに攻撃っ!」
言われて詠唱を始めたのは、たぶん反射的な行動。
素早く言葉を紡ぐと、セレスはオーブに杖を向けていた。

「ライトアローっ!!」

打ち出された光の矢が、オーブに狙いを定めて飛んでいく。
突然オーブが急降下を始めた。
その一瞬、直前までオーブがあった場所で、光に反射して何かが輝く。
その輝きを光の矢は見事に貫いた。

「……っ!!?」

ぱあんと言う音が空中に響く。
同時にルーズが表情を酷く歪ませてペリドットを睨みつけた。
見れば、彼の手には赤い水晶がひとつきり。
もうひとつの――最後の透明な水晶は何処にも見当たらなかった。

「へへーんだ。あんたの言う牢獄、空き部屋もうありませんよー」
べっと舌を出して、子供のようにペリドットが言う。
それは明らかに挑発だった。
わかっているのかいないのか、怒りを露にしたルーズが静かに地に足を下ろす。
「貴様ら、他の奴らのように無傷でいられると思うな」
「そっちこそ!あたしをただの水晶術師だって思わない方がいいよ?」
そう言ってペリドットが取ったのは、ベリーのものとは違う体術の構え。
それに反応するかのように、フェイト兄妹も前に出て剣を握る。
「たかが人間が!この私に傷をつけられると思うなっ!」
怒り狂ったルーズがペリドットに掴みかかってくる。
先ほどまで人と同じ形をしていたその腕は、緑色に変色していた。
戻ってきていたオーブを盾にその腕から逃れると、ペリドットはルーズのわき腹に蹴りを入れた。
突然横から襲った痛みにルーズの体がよろめく。
その隙を、訓練された兵士であるフェイト兄妹が見逃すはずもない。

「封魔裂斬剣っ!」

兄にはできないけれど妹にはできる、剣に魔力を与えて攻撃力を上げる魔法剣。
素早くそれを唱えると、ミューズはよろめいたルーズに向かって剣を振り下ろした。
剣がルーズの服を裂く。
しかし、いくら相手が魔道士とはいえ、やはり魔族。
一瞬のうちにルーズはその場から消え去った。
「消え……」

「きゃああっ!?」

耳に届いた悲鳴に振り返った。
一瞬で移動を果たしたルーズが、セレスの前に立っていた。
そして、その手はセレスの左腕を掴んでいる。
「放してっ!」
「放せと言われて、好意を抱いた女を素直に手放す者はいない」
耳に囁かれた言葉に、寒気を感じた。
それはおそらく、ルーズに対する嫌悪からくるものだ。
「……っ!封じられし魔の者よ。今ここに、陣を開きて、我、汝らが光の力を求めん!……きゃあっ!!」
突然引き寄せられ、呪文を紡いでいた口を手で塞がれる。
予想できなかったこの行動に、右手で握っていた杖を取り落としてしまった。
「私の女になれ。そうすれば、オーブマスターだけはこのまま見逃してやってもいいのだぞ?」
再び囁かれた言葉。
ペリドットだけは助かるという言葉に、微かに心が揺れる。
これ以上、誰かがいなくなるのは嫌だった。

「私は……」

言いかけた瞬間鈍い音がして、セレスは目を見開いた。
同じように目を見開いたルーズが、ゆっくりと背後を振り返る。
いつの間にか近づいていたリーフが、ルーズの背に思い切り剣を突き立てていた。
「貴様、いつの間に!?」
「魔族ってのは、最初は魔力で気配を感じ取るんだったよな?生憎、俺は生まれつき魔力を持ってないんでね!」
言い終わると同時に、思い切り剣を振り上げる。
肉を裂く嫌な音がして、ルーズの肩甲骨から右肩にかけた傷口から大量の血が吹き出した。
痛みで相手が怯んだ隙に、リーフはセレスの体を支えるように引き寄せて仲間の元へと駆け戻る。
途中で彼女の杖を拾うことも忘れない。
「セレスっ!」
放心状態のままリーフに抱えられて戻ってきたセレスに、ペリドットが呼びかける。
すぐに彼女の瞳は光を取り戻し、はっとしたようにペリドットを見た。
「ペリート……」
「大丈夫?何もされなかった?」
「え、ええ……」
こくんとセレスは頷いた。
何もされてはいないけれど、頭の中で先ほどのルーズの言葉がぐるぐると回っている。
ルーズという存在自体には嫌悪しか感じないというのに、あの言葉には別の魅力が取り付いて、セレスの中から離れない。
その様子を見て、リーフは小さく舌打ちした。
「ペリドット」
「ペリートだよ」
「ペリート、いったんここから離脱しよう」
こんな状況でも訂正することを忘れないペリドットに内心感心しながらも、リーフは表情を変えずに告げる。
「兄様!」
「このままあいつを放っておけば、確かに城下に被害が出るかもしれない。けど今はそれどころじゃない!」
驚くミューズに厳しい口調で告げる。
ルーズを倒せるかもしれない唯一の呪文。
それを取得することができる唯一の継承者がこの状態では、どちらにしろ彼女たちに勝ち目はないだろう。
「……わかった」
静かに頷いて、ペリドットがオーブを引き寄せる。
「逃がしはせんっ!」
暫く痛みに動けずにいたルーズだったが、回復呪文でもかけていたのかしっかりと地に足をつけ、彼女たちを睨みつける。
呪文を放とうと手を伸ばした瞬間、ペリドットの口が言葉を紡いだ。

「テレポーションっ!」

4人の姿が掻き消える。
一瞬の後、今までそこにいたはずの者たちは消え、代わりに騒ぎを聞きつけて出てきたのであろう城の兵士たちが集まってくる。
騒ぎ始めた兵士たちを見て余計な者の相手をしている余力はないと判断したのか、舌打ちするとルーズはしっかりと立ち上がり、その場から姿を消した。

残された兵士たちは、謎の男とほぼ同じ時刻に姿を消したと思われる王子と王女を探すため、街中に散っていった。
それは地下に匿われていた別の国の王族の耳にも入る騒ぎとなり、1人の女が国王の前へと通されることになる。

逃げ出した4人は知らない。
この騒ぎが、両国の関係を良き方向へと変え始めていたということを。

remake 2003.04.20