SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter2 法国ジュエル

1:古の法国

7月19日、世間一般では終業式が行われているだろうこの日。
当然ながらこの学校も例外ではない。
退屈な式が終わり、生徒たちは教室に戻って担任が来るのを待っていた。
ある者にとってはあまり気になどならない、またある者にとっては地獄のアイテムとなるかもしれない成績表が返されるのを。

「あー……、また最後かなぁ、あたし」
窓際の自分の席でぼけっと外を見ながら赤美が呟く。
「最後ったって、10位内でしょう?」
「最後じゃんっ!どうせ百合とあんたと実沙は上位3位に入ってるし、沙織だってさりげなくあたしより頭いいしさっ!」
呆れたように言った美青に、ばんっと勢いよく机を叩いて抗議する。
「普段の妙な勘のよさを勉強面でいかせればいいのにね」
「できてりゃ苦労はしてないわ」
言いながら赤美はぷいっと視線を逸らす。
しかし、それも全て成績表が返されるたびに行われる、言わば恒例ともいえる行動だったため、慣れてしまっている美青はため息をつくだけだった。
「いいじゃない別に。どーせ新藤には勝ってるんだし」
「ちょっと待て音井!何でそこで俺が出てくるっ!」
ちゃっかり話を聞いていたらしい。突然出た自分の名前に、友達と話していたはずの新藤が反応した。
「あんたじゃないと、こいつは元気にならないのよ」
「誤解されるようなことを言うな!あんたたちが成績悪くなれば機嫌よくなるわ!」
思い切り美青を睨んで赤美が叫ぶように言った。
そんな行動も、やはり美青は知らん顔でやり過ごす。
こんなやり取りを見て、周囲の生徒はつくづく付き合いが長すぎるとこんなに素っ気無くなるものなのかと考えていたりするのだが、実はそうではない。
この2人はこれで上手くバランスが取れているのである。
同じ理事部のメンバーならそれをよく分かっているのであるが、高等部に進学して以来クラスが分かれてしまった彼女たちはここにはいない。
このクラスにいるのは赤美と美青の2人だけだ。
ふと、耳に入った音に赤美は顔を上げた。
ピンポンパンポンという放送が入る時の定番のリズム。
いつもより妙に大きく響いたそれに、特に意識をしないうちに教室中の視線がスピーカーへと集まる。
『理事長より緊急連絡です』
スピーカーから響いた言葉に、赤美と美青は思わず顔を見合わせた。
「百合から?」
「もしかして……」
『中等部3年ならびに高等部1年の理事部所属者に連絡。緊急会議をします。今すく中央管理棟の理事長室に集合しなさい。繰り返す……』

やっぱり何かあった?

確信は持てないが、そう思うしかなかった。
何かがあったのではなければ、わざわざ百合が自分たちを集めるのに放送を使うはずがない。
それに、この声の主はこの学校の教師だ。
何事もない限り――そう、異世界関連の事件でもない限り、教員に頼んで放送してもらうなど、絶対にするはずがなかった。
「やれやれ。ここ暫くは平和だと思ったのにね」
赤美がわざとらしく大きなため息をついて言った。
しかし、その顔には満更でもないという表情が浮かんでいた。
「文句は後。さっさと行かないと、理事長怒るよ」
それを当然わかっていて、美青が呆れたように言う。
「はいはい。行こうか」
小さく笑って、赤美は立ち上がった。



「アールっ!?」
理事長室に入った瞬間、目に付いた異装の知人に思わず声を上げる。
「赤美!」
美青が諫めると、赤美ははっと我に帰り、慌てて扉を閉めた。
もちろんこの部屋の近くに自分たち以外の人間がいないことをしっかりと確認して。
「久しいな。2か月ぶりか?」
この世界では彼女たちはインシングとは別の姿をしているということを既にきちんと理解したらしいアールが、薄く笑みを浮かべて尋ねた。
「こっちじゃ4か月経ってるけどね」
「それより!どうしてあんたがここに?」
全員が既に揃っているということを確認して、赤美が尋ねる。
ダークマジック帝国が解体し、王政と共和制の両方を取り入れた新たな国、マジック共和国が建国されてから、インシングの時間で早2か月。
その2か月前以来、会うことさえなかった知り合いが、今目の前にいる。
それが不思議で、でも嫌な予感を隠し切れなくて、全員が真剣にアールを見ていた。
百合だけは既に事情を聞いているようで、苦い顔をして理事長席に座っている。
暫くして、ふとアールは表情を変えた。
そして、静かに口を開く。

「マジック共和国が、落ちた」

「……は?」
言われた言葉の意味がわからなくて、赤美は無意識のうちに聞き返していた。
「マジック共和国が、落ちたって……」
「言葉通りだ。王都は既に敵の手中。私とシルラは、精霊神殿の者たちのおかげでとりあえずエスクールに亡命したが……」
「ちょっと待ってっ!」
ばんっとテーブルを叩いて赤美が話を遮った。
「今マジック共和国に手を出せるほどの軍事力を維持してるとこなんて、エスクールの自由兵団くらいでしょっ!それに、そっちには聖騎士団がいるのに、何で……」
「もうひとつ、あるんだ」
「え……?」
淡々と事実を告げていたアールの表情が突然曇った。
その表情と彼女の発した言葉を受けて、赤美は思わず聞き返す。
「もうひとつだけある。魔族だけが住む魔族の国。お前たちが私たちの前に現れるのと、同時期に復活した国が」
「あたしたちが、覚醒したのと同時期に復活した国……?」
心当たりがない。
そもそも自分たちは根本的にインシングの国に関する知識が少なすぎるのだ。
先代が残したのは『敵』であったダークマジックの記録だけだったから。

「その国の名は法国ジュエル。1000年前、勇者ミルザによって封印された国だ」

アールの告げたその言葉に、紀美子が僅かに表情を変えた。
「ジュエル……。確か、その国の王の名前はルーズ、でしたよね?」
呟くような問いに、アールは驚いたような顔で紀美子を見た。
しかし、それでもしっかりと頷く。
「そうだ。ルーズ=ジュミア。イセリヤと同じ時代を生きている魔族だ」
きっぱりと言われた言葉に、今度は赤美が表情を変えた。

何故だかわからない。
わからないが、ひとつ確かなことがある。
自分は、未だにイセリヤと言う名前に反応するということ。

「それにしても、よく知っていたな」
アールが感心したように紀美子を見る。
「え……?」
「ルーズのことだ。うちの者でもイセリヤの側近だった者たちしか知らないというのに」
「あ……」
言われて気づき、紀美子は微かに笑みを浮かべた。
「父が、調べてたみたいですから」
「そうなのっ!?」
知らなかったらしく、赤美が驚いたように妹を見る。
「ええ。本に書いてあったの、ちょっとだけ」
紀美子の言う本とは、先代が自分の娘に向けて残したあの本のこと。

本当は、それだけじゃない気がするんだけど。

そんなことを思いはしたが、敢えて口には出さなかった。
確信がなかったから。
何故そう思うのか、わからなかったから。



「……それで?用件は、私たちにそいつを倒して欲しい、ということかしら?」
暫くして、ずっと黙っていた百合が静かに口を開いた。
その問いに、アールは小さく首を振る。
「それもある。だが、それだけじゃない」
「それだけじゃない?」
「ああ。私がここに来たのは、奴の目的についてだ」
「敵の、目的?」
不安そうな顔で鈴美が聞き返す。
「ああ。奴の目的は世界征服でも人間の滅亡でもない」
きっぱりと言われた言葉に、何故か紀美子が驚いたような表情になる。

「奴の目的は自分を封印したミルザへの、その子孫への復讐だ」

「あたしたちへの、復讐!?」
誰もが驚愕に目を見開いた。
「だからうちが襲われた」
静かに告げられた言葉に息を呑む。
マジック共和国が襲われたのは、自分たちと繋がりがあったから。
イセリヤがいたからというのも理由だろうが、前者の方が可能性は高いだろう。
「じゃあ、まさか……」
「エスクールには亡命した者全員で結界を張ってはいるが、奴が攻撃してきた場合、持ち堪えられるかどうか」
紀美子の言葉を読み取って、アールは先に状況を説明する。
マジック共和国はその名の通り、世界で最も魔法学の発達した国だ。
おそらく暫くは持ち堪えてくれるだろうと、誰もがほんの少しだけ安堵した。

「行こう……」

暫くして、突然響いた言葉に全員が声の主へと視線を向ける。
「赤美!?」
「インシングに行こう!狙いがあたしたちなら、見て見ぬふりはできないでしょっ!」
「そうだけど……」
きっぱりと言う赤美に、仲間たちは戸惑ったような顔をする。
いくら彼女たちでも、未知の敵にはやはり恐怖心がある。
そのためか、すぐに頷くことができずにいた。

「駄目よ」

その中でたった一言、はっきりと耳に届いた言葉。
「百合っ!?」
その言葉の主を、咎めるように赤美が睨む。
「相手の出方がわからない。能力も技量も、全部。そんな状態で挑んでみなさい。負けは目に見えてるわ」
「そんなの……」
「わからないなんて、どうして言い切れるの?」
きっぱりと言われて、赤美は思わず黙り込む。

「でも、見て見ぬふりはできませんよ」

妙にはっきり聞き取れた言葉に、再び全員の視線が動いた。
視線の先には、この姿でははっきりと意見を言うことのないはずの鈴美がいた。
「だって、向こうの狙いは私たちなんでしょう?それに、アールさんがこっちに来てます」
そこまで言って、鈴美は紀美子へと視線を向けた。
その意味に気づいて、紀美子は小さく頷く。
「異世界同士を繋ぐゲートを開いたときは、どうやったって魔力の痕跡が残ります。私たちがアースにいることだって、ばれるのは時間の問題です」
きっぱりと言われた言葉に、百合は微かに表情を変えた。
危険な橋は渡りたくないというのが、今の彼女の考えだ。
しかし、このままでいるわけには行かないということも、本当は十分に理解していて。

「いっそのこと逃げちゃえば?」

唐突に言われた言葉に、全員の視線が実沙に集まる。
「逃げる?」
「分散して逃げてさぁ、向こうの出方を待てばいいんじゃん?何かあっても、まとまってなきゃ全滅ってことはないっしょ?」
「それもそうね……」
「……って、待ったっ!!」
頷きかけた百合を見て、赤美は慌てて話しに割り込む。
「あたしたちが逃げてどうするのっ!大体マジック共和国が襲われたのだって……」
「赤美」
突然名を呼ばれ、赤美は思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。
視線を向けた先には呆れたような怒ったような、そんな表情をした美青がいる。
「何で百合がいつも以上に慎重になってるか、あんたわかってないの?」
「……は?」
言葉の意味が分からなくて聞き返せば、美青だけでなく紀美子までがため息をついた。
彼女たちのそんな反応を見てもやっぱり何も思い浮かばなくて、頭をぐるぐると回しながら立ち尽くしていると、突然背中を強く叩かれた。
背中から伝わってきた物凄い痛みに、思わず呻き声を上げて蹲る。
「ちょ……っ、沙織っ!いきなり何……」
「やっぱ、治ってないでしょ?あんたの怪我」
「……っ!?」
ここ数か月間、隠し続けてきたはずだった事実を指摘され、目を見開いて絶句した。
「幻のときの怪我が治らないうちにあんな大怪我したから、結局治らなくなっちゃたのよね?姉さん」
「紀美っ!?」
苦笑しながら言った妹に思わず声を上げる。
毎晩傷を見てくれる彼女に明かされてしまっては、もはや隠せるとは思っていない。
彼女たちの言うとおり、赤美――ルビーが4か月前の決戦で受けた1番大きな怪我は、今も治りきってはいない。
「要するに、あんたのこと心配して反対してるんだよ、百合は」
妹の名を呼んだまま固まってしまった赤美に、諭すような口調で美青が言った。
反射的に赤美は視線を彼女に向ける。
隠し続けてきたはずだったのに、気づかれていたことが悔しかった。
4か月前、散々心配をかけた仲間に、今も心配をかけているという事実が、悔しかった。

「……それで?結局どうするんだ?」
その場が静まるのを待っていたアールが、小さくため息をつきながら尋ねる。
そんな彼女に全員の視線が集まる。
それから、それぞれが近くにいた友人を見て、百合を見た。
「実沙の……ペリドットの意見でいくわ。リーダーが不調のまま未知の敵に挑んでも、勝ち目はないだろうしね」
「ちょうど明日からあたしたち『長期休暇』だし、生活には何も支障ないからね」
「そうか……。わかった。私はこれで失礼する」
小さく言葉を返すと、そのままアールはこちらに背を向ける。
そして、首だけでこちらを振り返ると、真剣な表情で言った。
「……くれぐれも気をつけろよ?」
「そっちもね」
百合が笑い返すと、安心したのだろうか、アールも小さく笑い返す。
そのまま、ちょうど扉の前にゲートを開いて、彼女はその中に消えていった。



「で?逃亡ルートはどうしよっか?」
実沙が楽しそうな口調で、何の遠慮もせずに話を持ち出す。
「とりあえず分散するんでしょ?いつもみたいに3組で?それとも1人ずつ行く?」
「1人ずつだと危なくない?」
「だったらやっぱり2、3人で……」
「もしもーし。あたし無視されてませんかー?」
漸く秘密がばれていたショックから立ち直った赤美が、自分を無視して話を進める仲間たちに声をかける。
「だったら珍しい組み合わせで行ってみよーよ」
そんな赤美をさらに無視して、実沙がやはり楽しそうな口調で言った。
「珍しい組み合わせ?」
「そーそー。いつも紀美ちゃんと鈴ちゃん一緒だし、まあ、反属性同士バランス取れていいと思うけどさ。たまには違う組み合わせもしてみたいじゃん」
「……例えば?」
明らかに楽しんでいるとしか思えない実沙の言葉に頭痛を覚えながらも、何とか話しに入ろうと赤美が聞き返す。
「あたしと鈴ちゃん、沙織と百合とかね」
「それじゃ結局私たちは3人なんですね」
「あっ!?」
気づいていなかったのか、紀美子の指摘に実沙は表情を崩した。
そのまま考え込むが、どうやら他の組み合わせは思い浮かばないらしい。
「まあ、戦力的にはそれでもいいかもね。この中では紀美ちゃんが直接攻撃1番苦手だろうし」
「……すみません」
何気なく百合が指摘すると、紀美子は気まずい表情で謝った。
「謝る必要なんないわ。人間、得手不得手があって当然だもの」
「そうそう。戦略面では頭回るのに、学校のテストができない奴だっているしね」
「……悪かったね」
「別にあんたのことだっていってないけど?」
ぎろっと自分を睨む赤美に、美青はあっさりと言葉を返す。
それ以上言い返しても無駄だとわかっているのか、赤美は小さく舌打ちをしただけで、それ以上何も言葉を返そうとはしなかった。



そして翌日、数組に分かれた彼女たちはそれぞれ別の場所へと旅立つことになる。

まだ彼女たちは気づいていない。
この選択が、大きな間違いであったということに。

remake 2003.03.27