SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter1 帝国ダークマジック

16:裏切りと真実

「はあ……。何かようやく調子戻ってきた」
呟きながら赤美は廊下を歩いていた。
幻との戦いから、早くも1か月が経とうとしている。
あの後、アールはほとんど何も言わずに帝国へ帰っていったらしい。
赤美自身は血が足りなかったために倒れてしまって、詳細はよく知らないのだけれど。
「遅くなりましてー」
ため息をつきながらお決まりの挨拶をして、理事長室の扉を開けた。
「……!?」
とたんに室内に広がる異様な匂いに気づいて、表情を変える。
鼻をついたのは、今ここにあるべきはずのない匂い。
慣れたくないのに、すっかり慣れてしまった鉄の匂い。
「血の匂い……?」
呟いたのと部屋の奥にある資料室への扉が開いたのは、ほぼ同時だった。
「美青!」
「赤美!?」
資料室から出てきた美青が、驚いたようにこちらを見る。
「誰が来たのかと思えば……」
「それより!これ、血の……」
「しっ!」
美青に制され、仕方なく赤美は口を閉じた。
「あんたで最後だから。鍵閉めて資料室」
それだけ言うと、美青は踵を返して資料室へと戻っていく。
何がなんだかわからないまま、言われたとおり鍵を閉めすると、赤美は慌てて彼女の後を追った。

鍵を閉めた理由。
それは資料室に入ったとたんに明らかになった。
「アールっ!?」
目に入った予想もしなかった人物の姿に思わず叫んでしまってから、慌てて口を抑える。
数人がこちらを睨むような視線で見た。
資料室の入り口のすぐ側に、ちょっとした調べ物の時に使えるよう設置されたテーブルとソファがあった。
以前、理事長室で使っていた物を買い換えたときにこちらに運んだものらしい。
そのソファの上に、ここにはいるはずのない人物が、信じられない姿で眠っていた。

体中に包帯を巻いたアール=ニール=MKが。



「ちょっとさぼり……じゃなくって、見回りに屋上に行ったの」
何も聞けないでいるうちに、実沙が静かに口を開いた。
「そしたら、体中血だらけのこの人がいたの」
その言葉に、理事長室に充満していた匂いの理由に気づく。
おそらくここから漏れたのだろう、アールの血の匂いだ。
事実、理事長室より――窓がないせいかもしれないが――こちらの方が鉄の匂いが濃い。
「なかなか来なかったから、あんたじゃないかって疑ったんだけど」
「な……!?冗談じゃないよっ!いくら何でも、向こうが何もしてないのにどうしてあたしが……」
「言うと思った。冗談よ」
むきになって叫んだ赤美に、あっさりと百合が言った。
「あんたがいくらよく喧嘩するからって、そこまでやるような奴じゃないのはこの2人がよく知ってるだろうし」
そう言って百合は視線だけで紀美子と美青の方を見る。
自分は、と言わないところが百合らしいと思ったが、今はそんなくだらない議論をしている場合ではない。
「それより、一体なんで?」
「わかりません」
赤美の問いに、鈴美が首を横に振った。
「見つけたときにはもう、意識なかったらからねぇ」
「一応、傷は全部塞いだんだけど」
視線を彷徨わせながら紀美子が小さく言った。
「仕方ないよ。回復呪文って細胞の再生能力促進させるだけなんでしょ?」
沙織の言葉に紀美子は黙って頷く。
「あとは、意識が戻るを待つしかないってとこなわけか」
赤美の呟きにも近い言葉に、美青が頷いた。

「う……」

その時、微かではあったが声が響いた。
はっとして、全員の視線がその声の主に集中する。
ソファの上。仮眠用のブランケットをかけて眠っていたはずのアールが、細く目を開いていた。
「なんとまぁ、タイミングのいい……」
思わず呟いてしまう。
まるで漫画のように、ゲームのように。
タイミングよくアールは意識を取り戻した。
匂いから察するに、相当血を流したらしい。
それが原因なのか、目を開けてしばらくの間、アールはぼんやりと天井を見つめていた。
「……ここは?」
ようやくそうやって言葉を口にしたのは数分経ってからのこと。
「お目覚め?邪天使隊長さん」
長い髪がアールの顔にかからないよう注意しながら、赤美が上から顔を覗き込んで声をかける。
「誰、だ?何故、私の役職を……?」
「わかんないの?この黒鳥ブス」
「な……!?」
赤美の言葉に、アールは驚いたように表情を変えた。
しかし、それでもやはりわかっていないらしく、言葉を止める。
顔と声、それに額の緑のバンダナは同じだが、髪型もその色も、瞳の色まで違うのだから、仕方がないと言えばそうかもしれない。
「いいかげん気づけっての。ほら」
手早くいつも下ろしている長い髪をまとめ、ポニーテールにする。
それを見て、初めて気づいたというようにアールは目を見開いた。
「マジックシーフ?」
「ご名答」
ぱっと手を離して無造作に髪を下ろすと、赤美が呆れたように答えた。
「じゃあ、まさかお前たちも……」
「察してる通り、全員ミルザの子孫よ」
百合が安心したようなため息をついて言った。
信じられないという表情でアールが7人を見回す。
驚くのも無理はない。
百合は元々の髪と瞳の色が茶色に近いから、髪型さえ同じならばそんなに変わりばえはしないだろう。
しかし、他の6人は明らかに別人だ。
特に気にしなければ、顔と声が同じだとは気づかない。
この世界ではありえない色。
彼女たちの本来の髪と瞳は、そんな色をしているから。
「あたしたちの姿のことより」
そんなアールの思考を読み取ったかのように赤美が口を開いた。
「一体どういうこと?何であんた、血だらけで屋上なんかにいたわけ?」
「私が、血だらけ……?……つぁっ!」
驚き、起き上がろうとして体に走った痛みに、アールはソファの上で蹲るような形になる。
「起きちゃ駄目です!この前の姉さんより酷い怪我だったんですから」
慌てて紀美子がアールを支えた。
「そうか、私は……」
横になって、思い出したかのようにアールは呟いた。
「一体何があったの?」
もう一度静かに赤美が問いかける。
微かに戸惑ったような表情を浮かべ、アールは口を開いた。
「私は、裏切られたんだ」
「裏切られた?」
「騙されていたというべきか……。イセリヤに……」
耳に入った名前と事実に、その場にいた全員が思わず顔を見合わせた。
あんなにイセリヤを慕っていたアールが、その名を呼び捨てにした事実に。



「お帰りなさいまし、お姉様」
「リーナ」
幻の元で修行していた間の報告書や、幻が倒されたという事実の整理。
それを全て済ませて城の中にある自分に与えられた部屋に戻ると、そこには義妹が待っていた。
「お前、また勝手に人の部屋に……」
「義理とはいえ姉妹ですわ。いいではありませんか」
にっこり笑って言うリーナに何も返すことができず、アールはため息をついた。
おそらく心配して来てくれたのだ。
何ヶ月も帰らなかったから。
リーナがアースへ出撃を決めたのとほぼ同じ頃から、アールはずっと幻の空間にいた。
イセリヤの命でそこで幻術の修行をしていたのだ。
義妹と会うのはそれ以来。
だから、余計に怒ることができない。
「修行はどうでしたの?」
聞きたくてたまらないという口調でリーナが尋ねる。
「まずまずだな。術についてはだいぶ学ぶことができたと思う。ただ……」
「幻様の死だけは、予想していなかったというわけですね」
口調は変わらないものの、表情は真剣なものになる。
「ああ。残念なことだ」
城の中であらぬ噂が立つことは避けたい。
最後の四天王というだけあって、幻には支持者が多かった。
自分の不満を少しでも漏らして、そんな奴らが敵意を向けられることは避けたかった。
「でも……」
唐突にリーナが口を開いた。
「亡くなった方にこんなことを言うのもなんですけれど、わたくしはこうなってよかったと思います」
「リーナ!?」
その言葉に驚いて義妹を見た。
その表情はいつもにも増して真剣なものだった。
「姉様だって、幻の噂はご存知でしょう?あれが真実ならば、こうなった方がよかったんですわ」
幻の噂。
イセリヤを殺して、現皇帝を殺して、この国の支配者に、世界の支配者になろうとしていた野望の噂。
それが真実だったことを、彼女の空間にいたアールはよく知っている。
「そうだな。そうだったのかもしれない」
否定はしなかった。
自分も同じ考えだから。
「だがリーナ。今の言葉、私以外の奴の前で言うなよ」
「わかってますわ。ご心配なく、姉様」
にこっとリーナが笑った。

いつもの生活だと思った。
また自分はこの部屋に寝泊りするのだろう。
週に一度は家に帰って義父と義母に顔を見せて、命を受けて出陣して異世界であいつらと戦う。
そんな日々が続くと思っていた。
その時までは。

「さて、せっかくのところ悪いが、私はこれからイセリヤ様のところへ報告に行かなければならないんだ」
持っていた書類をテーブルに置くと、アールは疲れたように笑った。
「イセリヤ様のところに?」
「ああ。仮にも四天王が倒されたとき居合わせた身だからな」
苦笑気味の表情になって言う。
誰にも話していなかった。
あの時、あの空間で、自分が敵の味方をしたということは。
「だったらわたくしもお供いたしますわ」
「お前が?」
驚いたようにアールが顔を上げた。
「仕事はいいのか?そろそろ戻らないと……」
「わたくし、今日は非番ですの」
さも当然のようにリーナは言い返す。
「ならいいが」
「ありがとうございます、お姉様」
嬉しそうにリーナは笑った。
その笑顔を見て、やれやれと肩を竦める。
「ただし、イセリヤ様の部屋の前で待機すること。いいな?」
「はい」
笑顔のままリーナは頷いた。
「よし、じゃあ行くぞ」
微笑み返してアールが先に扉の方へ進む。
静かな空間に音が響いて、2人は部屋を出て行った。

このときは2人とも気づいていなかった。
これが2人で笑い合う最後の時だということに。



「イセリヤ閣下にお会いしたいのだが」
部屋の前で警備をしている兵士に声をかける。
「来客中です。しばらくお待ちください」
きっぱりと兵士が言った。
それは感情の篭っていない、ただ教えられたセリフを読んだような言葉だった。
「来客?」
不思議そうに首を傾げてリーナが聞き返す。
「閣下と同郷の方の使者だそうです」

同郷の使者。魔族か……。

目を細めて心の中で呟いた。
「使者の方がお帰りになられたら、お部屋までお呼びに向かいますが」
「いや、いい。ここで待たせてもらう」
そう告げて、扉とは反対の壁に寄った。
リーナもそれに従い、義姉の横に並ぶ。
「それにしても、珍しいですわね。国内で魔族が幹部にいる国ってありましたかしら?」
「おそらく……」
何を思ってか、アールは一度言葉を切った。
そんな義姉をリーナが不思議そうに見上げる。
「おそらく法国ジュエルだろう」
「ジュエルって……、あそこは1000年近くも前にっ!!」
「封印が解けたそうだ。いや、イセリヤ様が解いた、と言うべきなのだろうか」
義妹が信じられないという視線を向けたのがわかる。

法国ジュエル。
1000年ほど前、精霊の勇者と呼ばれるミルザが封印したとされるインシング唯一の魔族の国。
人に最も近い種類の魔族が住むと言われ、最近まで帝国のエスクール侵略第2前線基地があった島に突然現れた国だ。
歴史の中にいるこの帝国を支配していたイセリヤが今のイセリヤと同じ人物だという話が真実ならば、法国の王ルーズと彼女は、確か旧知の間柄。
使者が来ていてもおかしくはない。

しかし、今頃何故?

何故イセリヤは法国を復活させたのだろう。
歴史によれば、あの国の法王相手にミルザは苦戦を強いられている。
それほどの相手ならば、封印したままの方がよかったのではないか。
一瞬頭に浮かんだそんな疑問は、すぐに打ち消されることとなった。
「姉様っ!?」
リーナの悲痛にも似た声によって。
「どうした?」
考えるのをやめ、義妹を見下ろす。
隣に立っているリーナは何故か真っ青な顔をして、そのまま黙って扉を指していた。
中から話し声が聞こえてくるのが微かにわかる。
義妹が震えている原因がそれだと気づいて、アールは耳を澄ました。
「しかし、イセリヤ様は本当に頭のいい方で。皇女を自らの直属の部下にし、いざとなったら人質にとろうなどということ、誰も思いつきますまい」
「な……っ!?」

何だと……!?

聞こえてきた言葉。
それはイセリヤがこの国の皇帝の姉、先帝の第一皇女を部下にして、人質にしようとしている真実。
「実際、この国はそうやって奪ったからな」
楽しそうに言うイセリヤの声が聞こえてきた。
「それで?どうして今の名に?」
使者が疑問を投げかける。
くくっと微かに笑う声が聴こえてきた。
「私ではない。皇女にあの名をつけたのは、私があの者を預けたニール家の人間だ」
その言葉にアールは、そしてリーナも目を見開いた。
ニール家――それはアールの養父母の家であり、同時にリーナの実家の名。
「そんな、それって……」
震える声で言いかけて、リーナは隣に立つ義姉を見上げた。
信じられないという表情でアールは扉を見つめていた。
「私が……」

私が、帝国ダークマジック第一皇女、アマスル=ラル=マジックだと言うのか?

頭に浮かんだその疑問。
信じられなかった。
信じたくなかった。
今までイセリヤは、この戦いの中で孤児になった自分を拾ってくれた恩人だと思っていたのに。
だからこそ、信頼していたというのに。
「イセリヤ、様……」
ぽつりと消え入りそうな小さな声で名前を呟く。
同時に信頼が崩れていく。
信じていたものが、崩壊していく。

「冗談じゃありませんわっ!」
突然リーナが大声を上げた。
そのまま、持ち歩いていたらしい拳を覆うタイプのナックルを両手に嵌め、思い切り部屋の警備係である全身に鎧をまとった兵士に殴りかかった。
一瞬にして呪文でも唱えたのか、その拳が光を放った。
扉の前にいた2人の兵士はあっという間に、一見か弱そうに見える少女に殴り飛ばされていた。
「リーナっ!?」
驚いて名を呼ぶ義姉に、微かに笑いかけてリーナは口を開いた。
「この2人は、聞こえてきた話に顔色ひとつ変えませんでした。それどころか笑っていました。それに気づきまして?お姉様」
信じられない言葉に、アールは倒れた2人の兵士を見た。
この2人は知っていた。
知っていて自分をここで待たせていたのだ。
「わたくし」
聞こえた声にアールは視線を戻した。
ナックルを外しもせず、拳にかけた呪文さえ解かずに、リーナは目の前の扉を見つめていた。
「真実を聞いてまいります」
「リーナ!?」
突然の言葉に、アールは真っ青な顔で義妹を見た。
こんな状況でそんなことを問いただせば、どうなるかは予想がつく。
今の話が真実なのなら、結末などわかりきっている。
「わかっているのか!?これが、このことが本当ならば……」
「それでも」
きっぱりと言って、リーナが言葉を遮った。
「それでも、このままではわたくしが納得できません」
そう言うと、リーナは目の前にある扉を勢いよく開いた。



「そして、あいつは殺された」
きっぱりと言われた言葉に、紀美子が表情を変える。
「殺されたって……」
「そのままの意味だ。リーナは、イセリヤに殺された」
ごくりと誰かが息を呑む音が聞こえた気がした。
それほどここは静まり返っていたのだ。
「私は……」
再びアールが口を開いた。
「私はあいつが殺された呪文が放たれる直前に、あいつが開いたゲートに呑み込まれた」
「呑み込まれたって、ゲートホール?」
静かにアールが頷く。
相手を強制的にゲートへ放り込む呪文。
ゲートという呪文自体がそもそも古代に失われたはずの呪文であったが、それがどういう理由か20年近く前に復活した際、共に世に現れた呪文。
紀美子の持つ魔道書にはそう書き記されていた。
「ゲートをくぐる瞬間に見たんだ。あいつが、イセリヤの呪文に、呑まれるところを」
そこまで言って耐え切れなくなったのか、アールは口を閉じ、俯いた。
誰も、何も言わなかった。
かける言葉が、みつからない。

「……ふざけんじゃないわよ」

唐突にその沈黙が破られた。
驚き、全員の視線が一点に集中する。
「赤美?」
その声の主は間違いなくアールの目の前に立っている赤美だった。
「あの女!いつも後先考えずに、相手の気持ちなんか考えもせずに!あの時もそう!いつだって……」
「姉さん!?」
叫ぶように呼びかけられ、はっと視線を動かした。
映ったのは驚いたような目で自分を見る妹の顔。
「あの時って?」
静かに紀美子が問いかけた。
「え……?」
その問いに、赤美はわからないといった表情を向ける。
「あの時って、何?」
呆然と発せられた言葉を聞いて、全員が顔を見合わせた。
「セキちゃんもかぁ」
妙に軽い口調で実沙が言った。
前に似たような――自覚のない言葉を言ったのは沙織だった。
その時も、聞き返すと彼女はわからないと言う表情で答えた。
自分は今、何かを言ったのかと。
「まあ、そういう謎は置いておいて」
今まで黙っていた百合が口を開く。
「そろそろ頃合ってことでしょうね」
「頃合?」
睨むような視線でアールが百合を見上げた。
「そうよ。帝国の幹部クラスの奴が短期間で2人も死んで、さらに裏切り者が2人。それもやっぱり重要なポジションにいる者だった。この事実に内部は今確実に揺れている。事実を表に出していないとしてもね。攻め込むには絶好の機会なのよ」
「赤美の怪我もよくなってきたみたいだしね」
「沙織うるさい」
ぎろりと赤美が沙織を睨んだ。
「行くのはいいとして、1つ問題がありますよ」
おどおどとした様子で鈴美が口を開いた。
そんな彼女を、アールが驚いたように見つめる。
顔と、長さが違うとはいえ髪型から彼女がベリーであるという予想はしたが、あまりの性格の違いに驚いているのだ。
未だに仲間でさえ驚くことがあるのだから、仕方がないといえば仕方がない。
「この人どうするんですか?ここに置いていくわけにも行きませんよね?」
視線がアールに集まった。
この怪我で、この髪と瞳の色。
何よりここを攻撃していた人物だ。
見つかれば警察を――下手をすれば自衛隊を呼ばれる可能性は否定できない。
そうかと言って、食べる物が何もないこの部屋に閉じ込めておくこともできない。
「エスクール」
唐突に紀美子が言った。
「え?」
「エスクールのレジスタンスなら……リーフ王子なら、事情を話せば匿ってくださるんじゃないでしょうか」
戸惑ったように言った言葉には、何か別の意味も含まれているような気もした。
しかし、今はそんなことなど気にしている場合ではない。
「どうだろうね。帝国の人間を匿ってください、で仮にリーフ王子が納得したとして、国民が納得するかどうか」
呟くように美青が言った。
エスクールは現在帝国の植民地。
ダークマジックに苦しめられている国だ。
そんな国の人間がアールを歓迎するとは、とても思えない。
「何とかなるでしょ」
「赤美っ!?」
あっさりと言った親友を驚いて見る。
「何とかなるって言っても、難しいと思うけど?」
沙織が咎めるような視線を向ける。
ふふんと鼻を鳴らして赤美は笑った。
「そうでもないんだなぁ、これが。アールの正体発覚。それを利用すれば、難しいわけじゃなくなる」
「どういうことだ?」
耐え切れずにアールが問いかける。
自分の問題だ。
人にばかり相談させておくわけにもいかない。
「先帝の第一皇女なんでしょ?あんた。なら話は簡単」
自信のある笑みを見せて赤美が続ける。
「行方不明の第一皇女が生きていた、イコール現支配者の脅威って、案外信じやすいことなんだよね」
「どういうこと?」
静かに百合が聞いた。
「アースの歴史を見てもさ。その時の支配者って、大体革命のときに一族抹殺されていること多いじゃない。それって、そいつらを支持する奴が集まって反乱するのを抑えようって魂胆でしょ?」
「ああ、なるほどね」
わかったと言うような口調で百合が呟く。
「え?え?どゆこと?」
2人の顔を見回して実沙が首を傾げた。
「以前の支配者、またはその血や意思を継ぐ者は、彼らを支持していた人たちの希望となるわ。そして希望は力になる」
「同じ希望を持った人間が自分の陣営より多く集まってしまえば、戦力面でも意見面でも支配者側は危うくなるわけでしょ?だから前の支配者やその後継者は、たとえ本人には何の力もなくても、存在するだけで今の支配者の脅威になるってわけ」
淡々と説明する百合の言葉を引き取って、赤美が笑みを浮かべたまま続けた。
「帝国の先帝って病死だって聞いてるけど、実はイセリヤに殺されたって言う噂もあることだしね」
腕組をして沙織が言った。
さすがはハンターというべきか、彼女は向こうの情報に長けている。
情報を集められなければ、この仕事はやっていけないことが多いから。
それが沙織自身の言い分だった。
「だから」
再び赤美が口を開いた。
「エスクールはそれを武器にして必ず動く。イセリヤが現れる前の帝国は友好的だったって歴史的事実がある分、ね」
笑みを浮かべたその顔からは、先ほどまでの半分ふざけた表情は完全に消え去っていた。

remake 2002.12.01