SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter1 帝国ダークマジック

13:幻惑の戦場

同日昼休み、中等部校舎の屋上。
普段は理事長室に集まる彼女たちは、人目を避けるようにしてこの場所に集まっていた。
復帰した実沙に会話を聞かれないようにするため、わざと彼女が来ないと考えられる場所を選んだのだ。
「どうだったんですか?実沙先輩」
上の学年の4人が屋上に入ってくるなり、先に来ていた紀美子が尋ねる。
「明らかに様子が違った」
はっきりとそう言ったのは赤美だった。
「じゃあ……」
「沙織の仮説が正しいかもしれないってこと」
その言葉にごくりと鈴美が息を呑む。
「本当に?」
「ほぼ間違いないわ」
紀美子の問いに答えたのは百合だ。
「確証は?」
「ある」
「何ですか?実沙先輩が偽者だって言う確証って」
鈴美の問いに、百合は静かに目を伏せた。
「あの子は知らなかった。例の会議の変更のこと」
告げられた事実に紀美子と鈴美が目を見開く。
「会議の変更って、昨日の?」
「そう。あれ、終わった後にあたしと百合で直接伝えに行ったのよ」
百合の言葉を引き取るように沙織が口を開いた。
「『明日の会議は今日になった』ってね」
はっきりと告げられた言葉に、紀美子と鈴美は思わず息を呑む。
「決定的ってわけ」
ため息をつきながらもきっぱりと赤美が言った。
「問題なのがそいつの正体よ」
ちらっと扉を見ながら美青が口を開いた。
「ダークマジックの、四天王」
「そう。イセリヤの次の実力者と言われている4人」
四天王――イセリヤが植民地から集めた各国の実力者。
「さっき気になってティーチャーに来てもらったんだけどね」
「呼べるの!?」
驚き、赤美は思わず問いかけた。
「ゲート開いとけばの話だけど。『召喚』って形でね」
「はあ……。知らなかった」
「まあ、母さんにはサポートフェアリーいなかったから。それで、わかったんだけど」
赤美の方に向けていた顔を、全員の方に向けて、続けた。

「そいつ、自分が権力を握るために他の3人の四天王を潰してる」

誰もが目を見開いた。
他の3人を全て潰してしまえたということは。
「四天王で一番強いってこと?」
誰ともなく思わず漏らした問いに、美青は頷くことで答える。
「おまけに仲間を裏切るほど残虐だってこと」
「そんな奴が、ここに……」
消えてしまいそうな声で鈴美が呟いた。
その肩が微かに震えていることに気づいたのは、おそらく隣にいる紀美子だけだっただろう。

「あー!みんなここにいたんだぁ」

突然自分たち以外は誰もいないはずのこの場所に、妙に明るい声が響いた。
その声に全員がはっと視線を動かす。
「み、実沙っ!?」
開いた扉の向こうからひょっこりと顔を出していたのは、教室に置いてきたはずの実沙本人。
いや、本人という言い方は間違っているだろう。
「理事長室行ってもいないんだもん。探しちゃったじゃん」
にこにこ笑いながら実沙は扉を閉めてこちらを向いた。
そして気づいた。
友人たちが酷く冷たい目で自分を見ていることに。
「あれ?みんな、どうしたの?そんなに怖い顔しちゃって」
顔に笑みを浮かべたまま尋ねる。
「どうしたの、ね……」
赤美が静かに口を開いた。
「それはこっちが聞きたいわ」
「セキちゃん?」
不思議そうに実沙は首を傾げた。
一度ゆっくりと閉じられ、再び開かれた瞳は、先ほどより冷たい光を宿していた。

「あんた、誰?」

静かに発せられた言葉に、一瞬実沙は目を開いた。
「……え?」
「聞こえなかった?あんた誰?そう聞いたんだよ」
再びはっきりと言われた言葉に、実沙の表情が固まる。
「な、何言ってるの?あたしは……」
「ネタは上がってんのよ」
実沙を睨んだまま赤美は右手で自分の左手首に触れた。
そこにあるのは魔法の水晶を変形させた赤い腕輪。
「ネ、ネタ?」
「そう。あたしたちを誤魔化せると思ったら大間違いよ」
ちらっと赤美が美青を見る。
美青は微かに頷くと、親友と同じように実沙を睨みつけて口を開いた。
「ダークマジックに幻術を使える奴がいるそうね」
びくっと実沙が肩を揺らした。
「ダークマジック?何それ?あたしそんなの知らないよ?」
答えた瞬間、実沙の耳元で空気を裂くような音がした。
ばちっと音を立てて何かが背後で弾ける。
振り向くと同時に視界に入ったのは、空を切るように離れていく茶色い紐のような物。
百合がいつのまにか手にした鞭の先端だった。

「ボロ出したね、自分から」

赤美の声が屋上に冷たく響く。
「な、何のこと?」
「教えてあげようか?」
別の方向から聞こえた言葉に、実沙は反射的に視線を移した。
その先にいたのは、何処からともなく剣を取り出し、その手に握った沙織。
「理事部にいたら、その名前を知らないはずがないのよ」
「え?」
「だって、あたしたちは……」
剣の先端がゆっくりと持ち上げられた。

「インシングの人間だから」

実沙の動きがぴたりと止まる。
その瞳は限界まで見開かれていて、信じられないと思っているのがはっきりとわかった。
「この学園、調べるにはこの部がいいとでも思って目をつけたんでしょうけど、残念ですね」
冷たい視線を送ったまま、落ち着いた様子で紀美子が口を開く。
「あなたが探していた人物。その1人に化けていたことに気づかないなんて」
「……!?」
実沙が、いや、実沙の姿をした人物が目を見開いたまま息を呑んだのが、喉の動きでわかった。
「ついでだから、当ててあげようか?」
白い紺を握った美青が、静かに口を開いた。
「何を?」
「今更とぼけたって無駄よ。こっちはすでに調査済み」
実沙の姿をした人物を睨んで、言った。

「ダークマジック四天王最後の1人、幻零。それがあんたの本当の姿」

「……ふ」
俯いて、実沙の姿をした人物が小さく、吐くように声を漏らした。
「ふふ、ふふふふ。ははははははははっ!!」
突然屋上に笑い声が響く。
目の前の人物から上がったその声は、既に実沙のものではなくなっていた。
「探す手間が省けたか。いや、それ以前に、こんなところで正体を明かしてくれるとは、まったく運がいい」
「認める気になったみたいね」
静かに言った赤美の言葉を、ふんっと実沙の姿をした人物――幻零が鼻で笑う。
それと同時に灰色を帯びた風が巻き起こり、彼女の姿を包み始めた。

「お主たちの言うとおり、わらわの名は幻零。帝国の未来の女王なるぞ」

風が止んで現れたのは、かなり古風な和服を着た少女。
髪は、日本でいう弥生時代の人物の絵にあるような形に結ってある。
「わざわざ四天王自らお越しとは、ご苦労なことね」
嫌味がましく百合が言った。
「ふふふ。わらわの野望は帝国を治める者になること。そのためにイセリヤの信用を得て近づきやすくせねばならん。お主たちの首はそれにぴったりだと思わんか?」
「まあ、確かにそうでしょうけど」
腕にしている腕輪が、指にしている指輪が、光を放つ。
それぞれがそれぞれを包む6の光。
体を包んだ光の中で、6人がそれぞれ姿を変える。
「出たか」
姿を変えた6人を嘲笑うかのような口調で幻が呟く。
「出たわよ。悪い?」
それを耳にして、挑発するように言葉を返したのは鈴美――ベリーだ。
封印を解くまでは微かに震えていたはずの彼女だが、解いた後ではそんな様子は少しも見せない。
「威勢のいい小娘じゃ。じゃが、その威勢がいつまで続く?」
笑みを浮かべて言いながら、幻はすっと手を上げた。
「わらわの正体を見破ったときから、お主たちに勝ち目はないというに」
言い終わると同時に上げた手の指をぱちんと鳴らした。
途端に見覚えのある灰色の霧が、彼女の足元からぶわっと噴き出す。
「これ、まさか……!?」
「幻結界」
その言葉が聞こえた瞬間、湧き出た霧が一気に広がった。
瞬く間に視界を霧が完全に包む。
周囲が灰色に染まる。
すぐ近くにいるはずの仲間の姿さえも、その色に塞がれてしまって見ることができない。
しまったと、そう思ったときには遅かった。
全てが霧に閉ざされてしまった後だったのだ。
幻術はその術にかかった人の感覚までをも狂わせる。
以前に実沙――ペリドットからそう説明されて、知っていたというのに。
「上っ!!」
突然どこからともなくベリーの声が聞こえた。
その声が切羽詰っていることを感じ取って、反射的に赤美――ルビーは前に飛ぶ。
その瞬間、空気に衝撃が走った。
何かと思って振り向くと、そこには先ほどまでなかったはずの大きな岩が出現していた。
「な……!?」
突然出現したそれを見て、思わず声を上げてしまいそうになった口を慌てて塞ぐ。
ほとんど声が漏れなかったことに安心して安堵の息をついた瞬間、ルビーははっと顔を上げた。
「やば……っ!これって罠じゃないっ!」
全員が円になるような形で立っていたのだ。
この岩が落ちてきた状況から考えて、おそらくみんな岩とは反対方向に飛んだはずだ。
中央に落ちてきたとすれば、全員がそれぞれ違う方角に移動してしまったということになる。
ほとんど条件反射に近い行動を取っただけで、仲間と引き離されてしまったのだ。
「最悪……」
額のバンダナに手を当てて、舌打ちする。
途端に背後に寒気を感じた。
いや、この感覚は悪寒というべきだろうか。
ばっと短剣を手にして振り向いた。
次の瞬間は、もう条件反射と言っていいかもしれない。
交差するように頭の上に翳した短剣に、勢いよく白い何かが当たった。
手に衝撃が伝わる。
それよりも先に頭を駆け抜けたのは、目の前にいた人物とその人物が取った行動だった。

「タイム……?」

自分に武器を振り下ろしているのは紛れもない親友で。
攻撃を受け止めた状態のまま、ルビーは一瞬動揺した。
しかし、それは本当に一瞬だった。
キィンという金属特有の音が響く。
ルビーの短剣は言うまでもなく刃物であり、タイムの棍は壊れにくいように特殊な加工してある。
その音が響くのはある意味当然のことだった。
「誰?」
短剣を構えたまま相手を睨みつけて問いかける。
「……誰?」
静かに目の前にいる者――タイムの姿をした何かが呟く。
「頭がおかしくなったわけ?あたしがわからないわけじゃないでしょう?ルビー」
微かに笑うその青い瞳は、冷たい光を帯びていた。
いや、光さえ宿っていなかった。
「あたしが聞いてるのは姿のことじゃない。中身のことよ」
冷たい瞳で目の前に立つ何かを睨み、ルビーが言った。
こんなときだけ黒さを宿す赤い瞳。
それがまっすぐに、タイムの姿をした何かを見つめていた。
「中身?あたしはあたし。他に何があるっていうの?」
「あんたはタイムじゃない」
嘲笑うかのように言われた言葉に、きっぱりと返す。
「あたしがこんなことをするはずないって信じてるとか?甘いんじゃない?その考え」
右手に棍を持ってタイムの姿をした何かが笑う。
「何言ってんのよ。決定的な証拠を見せといて」
「……何?」
にやっとルビーが笑った。

「矯正してるけど、あいつは左利き。戦闘ならなおさら、棍を右手で持ったりしない」

その言葉に、明らかに目の前の何かは表情を変えた。
「馬鹿なっ!?そんなはずは……!?」
その言葉で全てがはっきりした。
一瞬の判断でルビーは地面を蹴る。
「うっそ♪」
相手が気づいたときには、彼女は目の前に迫っていた。
勢いに乗せて振り下ろした短剣を、既の所で受け止められる。
「ちっ!」
手に伝わった衝撃で短剣が止められたことに気づくと、素早く後ろに跳んで体勢を立て直す。
「火の精霊よ!その力を我に貸し与えよ!我が前に立ち塞がりし敵を、炎の嵐にて焼き尽くさん!」
短剣を握ったまま紡いだ言葉は詠唱。
「フレアストームっ!!」
腕を突き出すように短剣を掲げた途端に炎の嵐が巻き起こる。
放たれたそれは、そのまま一直線に進み、タイムの姿をした何かを飲み込んだ。
その光景を見て一瞬、ほんの一瞬だけ気を緩めた。
気を緩めてしまった。
その瞬間、左肩を激痛が襲った。
よろけて倒れそうになりながらも、視線を肩に走らせる。
そして気づく。肩に刺さっている白い棍に。
先端の石突の部分に水の刃を宿した白い棍。
普段タイムは片手でこれを操っているけれど、加工をしてある分普通の棍よりずいぶん重い。
何もしないうちに棍は自らの重さによって自然にルビーの肩から抜け落ちた。
ずるりと音を立てて棍が落ちると同時に、それが突き刺さっていた場所の傷口が広がる。
「……つっ!」
声さえほとんど出さなかったものの、あまりの痛みに棍の後を追うように地面に膝をついた。
「くく、くくくくく」
聞こえてきた笑い声に、痛みに歪んだ顔を無理矢理上げる。
「あたしは幻。正体を見破ったとき、それに気づかなかったのかしら?」
「幻……?」
「そう。幻」
くすっとタイムの姿をした何かが笑う。

「あたしはこの霧の中でのみ存在する幻。そして呪文。この霧の中ではあたしの攻撃は実体化しても、あんたの攻撃は当たらない」

くすくすと楽しそうに相手が笑う。
それを見てルビーは唇を噛んだ。
油断した、そのことが悔しかった。
自分が情けなかった。
どんなことがあっても気を緩めないと決めたのに。
あの時からずっと、決めていたのに。
そこまで考えて、はっと表情を変えた。

あの時?あの時って、いつ?

突然自分に浮かんだ疑問。
今自分の考えたことが、わからない。
その決意をいつしたのか、全く思い出せなかった。
「死になさい」
頭に直接響くようなその声に我に返る。
目の前に、赤く染まった棍を拾い上げた女がいた。
自分のよく知る姿をした、中身の違う存在が。
「冗談じゃないっ!」
右手だけで短剣を振る。
渾身の力で振り下ろされようとしていた棍を弾き、後ろへ跳んだ。
何かが背中に当たる。
それが何か気にしている余裕はなかった。
それ自身に開いていた穴に足をかけ、生まれ持った跳躍力と素早さで上る。
そして、飛び越えようとしたときに気づいた。
タイムの姿をした幻が、楽しそうに笑っていることに。
それを認識した瞬間、がくんと体が傾いた。
あると思っていたはずの足場がない。
落下する途中で、一瞬だけ目に入ったもの。
それは灰色の、所々黒ずんだ金網で。
それを目にした瞬間に思い出した。
ここが学校の屋上であることを。
「しま……っ」
懸命に金網に手を伸ばす。
しかし、それは届くことなく空を切った。
躯が落下する。
迫るのは霧の出口と、その下にある現実。
本当の地面。

死ぬ……!?

そう思って目をきつく閉じた瞬間だった。

「ルビーっ!!」

聞き慣れた声が耳に届いたと思った瞬間、右腕に衝撃が走って落下が止まった。
予想していたものとは違う痛みに驚いて、目を開けて上を見上げた。
何も掴めなかったはずの右手が、何かを掴んでいる。
いや、違う。
空を切ったはずの右腕は、確かに誰かに掴まれていた。
自分に向かって伸ばされたその腕は、白く長い袖に包まれていて。
その上に見えるのは、若草色の髪と瞳。
それは今ここにはいない、いるはずのない少女の色。

「ペリート!?」

ルビーの手を掴んでいるのは、まだ退院していないはずの実沙――ペリドットだった。
「よかったぁ~。間に合ったぁ~」
ほっとしたような笑みを浮かべたペリドットの顔には、脂汗が浮かんでいた。
辛うじて姿勢を保っているものの、腕が振るえているのがわかる。
「ペリート、あんた、どうして……」
疑問を全て口にする前に、ペリドットが笑ったのが見えた。
「引き上げるから、待ってて」
そう言って、口の中で何かを呟く。
その状態のまま、ゆっくりと移動を始めたのがわかった。
そして気づいた。
ここがまだ空中だということ。
ペリドットが変形させたオーブに乗って自分を助けたということに。
不意に視線を感じて顔を動かす。
霧のせいで薄っすらとではあったが、あいつ――タイムの姿をした幻が、信じられないという表情でこちらを見ているのがわかった。
「ペリート」
左肩の傷がだんだんと痛みを帯びてきて、うまく声を出せたかわからない。
それでも声は届いたようで、ペリドットは視線をこちらへ向けた。
「あいつ」
視線を動かして、金網の向こうにいる人物を睨む。
「あいつは、タイムじゃない」
その言葉にペリドットが視線を動かす。
そして、微かに頷いた。
もう片方の手――ルビーの腕を掴んでいない左手――を幻の方に向ける。
「我、夢を願う者」
霧の中に静かに声が響く。
「今ここに、和の国を統べる神に願わん。この幻に身を委ねし者、悪夢を見せし者に、汝が力にて、その愚かさを償わせん」
ペリドットの左手に、だんだんと桃色の光が集まり始める。
「夢矢っ!!」
言葉と同時に光が放たれた。
灰色の霧を切り裂く桃色の光が。
ザシュっという鋭い音がして、桃色の光の矢はタイムの姿をした幻を貫いた。
「あ……」
信じられないという表情で、幻は自分の体を見下ろした。
光の矢に貫かれた部分から、だんだんと体が崩れていく。
塵となって、空気に散っていく。
「あああああああああああああああっ!!!」
幻とはと言え、やはり消えるのは怖いのか。
最後まで――完全に塵になってしまうまで、彼女は叫び続けた。
叫び続けたまま消えた。
全てを残さず、霧の中に。



「大丈夫?ルビーちゃん」
屋上に――とは言っても、この霧のせいで本当に屋上なのか確認できないけれど――ルビーを降ろして、オーブから飛び降りたペリドットが尋ねる。
「あんたこそ……。病院飛び出してきて、怒られるんじゃないの?」
「そうだけど……、あたしより!」
ペリドットがルビーの肩をちらりと見る。
そこにあるのは、赤。
真っ白な彼女の服を3分の1ほど赤く染めてしまった色。
「あたしより、ルビーちゃんの方が怪我、酷いじゃん!」
確かにペリドットの言うとおりだった。
肩の傷は棍が抜け落ちたときに抉られ、大きくなっている。
そして、止まらない血。
左腕の感覚は既になくなっていて、動かそうとしても麻痺したように動かない。
「大丈夫。これくらい……」
「大丈夫なんて傷じゃないよっ!!」
叫んだかと思うと、ペリドットは近くを漂っていたオーブを呼び寄せた。
本当は自分だってまだ本調子ではない。
セレスに比べると回復呪文は下手だ。
だけど、何もしないでいるわけなはいかない。
「今、治すから」
そう言って、オーブを翳そうとしたときだった。

「まさか夢術を使える者がいるとはのう」

霧に包まれたその空間に、突然聞いたことのない声が響いた。
「誰っ!?」
「敵……。ダークマジックの、四天王……」
苦しそうな息遣いで、途切れ途切れにルビーが言った。
明らかに様態が悪化したとしか思えないその声に視線を戻して見れば、ぐったりとした様子の彼女の顔は心なしか赤かった。
もしかしたら、左肩の傷が熱を持ち始めているのかもしれない。
「予想外じゃな。この場所で夢術使いを相手に、どこまでわらわが応戦できるか」
勝手に聞こえる独り言を無視して、ペリドットはオーブをルビーの左肩に翳した。
「まあよい。互角に戦うため、お主たちをわらわの塔へ招待してやろう」
一方的な言葉と同時に、指を弾くような音が聞こえた。
そして、それに続くように聞こえた言葉は、紛れもなく呪文で。

「ゲートホール」

それに気づいてペリドットが反応したときには、体を強い力で引っ張られるような感覚が彼女たちを包んでいた。
「な……!?」
驚いて空を見上げた。
全てが灰色で包まれていたはずの空間。
その上空に、ぽっかりと黒い穴が開いているのが目に入った。
「ゲートっ!?何でっ!!」
叫んだ瞬間、視界に何かが飛び込んできた。
成す術もなく穴に吸い込まれるように空に浮かび上がっていたそれは、直前まで自分の側にいたはずのルビーで。
「ルビーっ!!」
考えている余裕なんてなかった。
ただ、その腕を掴むためだけに地面を蹴った。
ルビーを追いかけて、ペリドットは自らその穴の中へ飛び込んでいった。

remake 2002.11.26