SEVEN MAGIG GIRLS

Side Story

青年の異変

「リーフに魔力が?」
大事な話があると言われ、ホームルームが終わるなり急いでやってきた理事長室。
そこで告げられた事実が信じられなくて、赤美は思わず聞き返した。
「ミスリルから聞いた。間違いなくあいつが魔法剣を使ったそうよ」
きっぱりと言い切られた言葉に、発言者である美青を除いた4人は信じられないという表情で顔を見合わせた。

赤美-ルビー-が沙織-レミア-を屋上に呼び出した昼休み。
いつものように美青-タイム-が資料室の警護をしようと理事長室にやってきたとき、突然ゲートが開いてミスリルが1人で戻ってきたのだという。
彼女は自分が戻ってきた目的と驚くべき真実を告げて、すぐに向こうに戻っていった。
聞かされた事実に、美青自身しばらく呆然としていたが、そんなことをしている事態ではないと我に返り、自分もゲートを開いてインシングへ行ったのだ。
ミスリルから頼まれたリーナへの伝言。
それを伝えてもらえるようティーチャーに依頼するために。
15分程度で戻ってきた美青は、そのまま理事長室を飛び出して教室へと戻った。
しかし肝心のリーダーはミスリルの行動が納得できていないらしい沙織に詰め寄られ、話をしている場合ではなかった。
仕方なく再び全員が集まれる放課後まで待ち、全員が揃ったところで伝言を告げた直後の第一声が冒頭の赤美の言葉だったのだ。

「こっちでは考えている余裕が無いから判断は任せたいっていうことだけど、どう思う?」
真正面に立つ親友を見つめて問いかける。
緑のバンダナで額を隠した親友は、固い表情で腕を組むと背後にあったソファに腰を下ろした。
立ち尽くしていた友人たちも彼女に続くようにソファに腰掛ける。
彼女たちの頭を巡っているのは、ここに戻ってくる前のミスリルと同じ疑問。
魔力を持たずに生まれたリーフが、何故。
「……ありえるのか?」
室内を包んでいた沈黙を破ったのは英里だった。
「他の種族とのハーフとかで無い限りはありえないはずだよ~?」
誰もが思った疑問に真っ先に答えたのは実沙。
魔力関係の知識に関しては、今この場にいる誰よりも詳しいのは彼女だ。
「じゃあ過去、王族の関係者にハーフがいたってこと?」
「それはない」
沙織の問いに間髪を容れずに美青が答える。
「根拠は?」
「昼休みにインシング行ったとき、念のため確認取ってきた。テヌワンの語り部の話によれば、エスクール王族に人間以外の種族がいた事実は無いそうよ」
妖精族の語り部とは歴史家。
実際に見聞きして、肌で感じた事実を史実として後世に伝えていく役目だ。
彼らが残す記録は人間のそれよりも真実性が高いと言われ、研究者が欲しがることもしばしばあるという。
語り部の記録は“記憶石”と呼ばれる彼ら独自の記録媒体に魔力を用いて記録されているため、実際には手に入れても人間が見ることは不可能なのだけれど。
「あと考えられる可能性は……変異、かなぁ」
前例は無いけれど、理論上はあるとされている可能性を上げてみる。
こくごく稀にある魔力を生み出す道具。
それに触れることで、生まれつき魔力を持たない人間にも魔力が目覚めると言われる説。
しかし、その兆候は見せても、魔力を身につけた人間は今まで一度も現れることはなかった。
だからこれも違うか。
そう考えて言葉を訂正しようとした矢先。
「それが一番可能性高いと思う」
「ええっ!?嘘っ!?」
思わぬ人物から出た肯定の言葉に驚き、実沙はソファに沈めていた体を飛び上がらせた。
「セキちゃん、本気?」
恐る恐る確認してみれば、赤美は顔を俯けたまましっかりと頷いた。
「でも魔力を生み出す道具って、あいつそんな物持ってた様子なかったけど?」
「あいつはね」
訝しげに聞く沙織にあっさりとそう返す。
「あいつは、って……」
「あいつは持ってないけど、あたしたちは持ってる、ってことでしょう?」
黙って話を聞いていた美青が口を開いた。
その言葉の意味がわからず、沙織と実沙は首を傾げる。
しかし、直後耳に飛び込んだ言葉にはっと目を見開いた。
「魔法の水晶か!?」
確認するというより問い質すといった口調で英里が尋ねる。
赤美は静かに彼女と視線を合わせると、しっかりと頷いた。
「あれは魔力を生み出す媒体としては他のどれよりも力が強い。実際、封印がかかっていて魔力が全く無いはずのこの姿のあたしたちにだって魔力を与えてくれてる。だったら、リーフにだって魔力を与えても不思議はないでしょ」
左腕を持ち上げ、その手首に嵌った赤く透き通った腕輪を見せるようにしながら説明する。
「でも、あいつはこれに触ったこと、ないはずよ?なのに……」
「触ったことはあるはずだよ。違う?ペリート」
あえて本来の名――愛称――を口にして、赤美はまっすぐに実沙を見た。
実沙は一瞬驚いたように目を見開くと、すぐにしっかりと頷いた。
「うん、何回か。止むを得ずと言うか仕方ないと言うか……」
「それ両方とも意味同じよ」
「う……。わ、わかってるよ!」
美青の冷静なツッコミに頬を膨らませて叫び返すと、慌てて赤美に視線を戻す。
「ルーズが相手だった頃に何回かみんなのを預けたことがあって、その時」
法国ジュエルの王を名乗るルーズに襲われ、1人インシングへ逃れたペリドットが仲間を助けようと奮闘していたときの話だ。
まだセレスと連絡が取れずにいたとき、仲間の魔法の水晶まで持ち歩いて危険に晒すことはできないと、匿ってくれたリーフとミューズに預けたことがあった。
あの戦いに決着がついた後は――エルザ=ソーサラーに奪われたときを除いて――自分たちがこれを手放したことはないから、彼が水晶に触れたとするならば可能性はそのときしか考えられない。
「でも、それだけで魔力が身についたり、するかな?」
あれは自分たちにとっては大切な媒体であり武器であるが、他の人間にとってはただのガラス玉でしかないはずだ。
同じ祖先の血を引く英里――フェリアならばともかく、リーフに影響を与えるとは思えない。
「するんじゃない。リーフはあたしたちと同じ精霊の加護受けてるわけだし」
「……え?」
唐突に告げられた言葉に、全員の視線が美青に集中する。
「え?って何、あんたたち忘れた?そもそも実沙。あんたはそれに立ち会ってたって聞いたけど?」
唯一違う反応を見せた赤美が不思議そうに全員を見回す。
「え?え?何それ?あたし覚えてないよ?」
「覚えてないって……」
「あいつに“時の封印”の儀式やったの、あんたとセレスじゃなかった?あたしはミスリルにそう聞いてたんだけど」
そう言われた途端、実沙はぴたりと動きを止めた。
「ああっ!!」
一瞬の後に上がった叫びに、思わず全員が両手で耳を覆った。
「え?ええっ!?だってあのときマリエス様出てこなかったんだよ!?」
混乱して思わず叫んだ。
そう、確かに法国消滅直後、リーフがアースに来る前日に実沙――ペリドットは彼に時の封印をかける儀式に立ち会った。
時間の流れの違うインシングとアースを行き来し、尚且つアースに住むためには、それはどうしても必要なことであったから。
術をかけるのは本を通して先代から呪文を教えてもらっていたセレスで、ペリドットは彼女の補佐という形でそこにいたのだ。
周りに与える影響とセレスの精神的安定も考えて、儀式はこっそりとエスクール城の地下にある精霊神の間で行われたのだけれど、その儀式の最中はもちろん、始まる前も終わった後も精霊神がやってきていた様子などなかったというのに。
「いや、だからね。時の封印自体が七大精霊の加護なの」
あっさりと言い放たれた赤美の言葉に驚愕する。
横から英里が冷静に「何故そんなことを知っている」と聞けば、セレスに教えてもらったという返事が返ってきた。
「魔法の水晶に触ったことがあって、さらに七大精霊の加護を受けている。それなら変異を起こしても不思議はないと思うけどね」
最初の考え込みようは何だったのかと聞きたいほどあっけらかんと発せされた言葉に、思わず美青以外の全員がため息をついた。
「まあ、あたしはそのへんの専門家じゃないし?実物見ないと何とも言えないってのが本音かな」
「実物って赤美、リーフは物じゃないんだから」
呆れたように沙織が言えば、赤美はわかっていると言いながら笑った。
「とにかく現状では何の問題もないと思し、使っていいんじゃない?魔法剣」
「見様見真似でしかできないあいつが何処まで役に立つかはさっぱり見当つかないけど」
今まで魔力を欠片も持たなかったリーフは、魔法剣の勉強などほとんどしていないはずだ。
向こうで使ったという呪文も、かつて沙織が彼の前で使ったことのあるものだったという。
「だったら帰ってきたら扱いてやればいいんじゃない?」
「……誰が?」
沙織が目を細めて睨むように赤美を見た。
わかっていて聞いてしまうのは、「最近ただでさえ忙しいのに、余計な面倒まで押し付けるな」と言いたかったからなのだけれど。
「あたしたちの中で“魔法剣”なんてのが使えるのは沙織っきゃないでしょう」
そんな沙織の考えに気づいているのかいないのか、赤美はこれ以上ないと言えるほどの笑顔を彼女に向け、楽しそうに言った。
「……やっぱ、あたしなんだ」
「まあ、その間の情報収集は私が全部代わってやるから」
消えそうなほど小さかった呟きが聞こえたのか、隣に座る英里がぽんっと沙織の肩に手を乗せる。
そんな彼女に何とか笑顔を向けて礼を言った後、妙にはしゃいでいる友人に視線を戻して、沙織はため息をつきながらテーブルに突っ伏した。

2004.9.7