SEVEN MAGIG GIRLS

Side Story

約束

それはあたしにとって本当に昔の話。
私にとってはほんの少し昔の話。



「ファレンっ!?」
「やあ、久しぶり」
玄関の扉を開けて、現れた男に驚き、声を上げる。
目の前に立つ茶髪の男は、以前に会ったときとはあまり変わらないように見えた。
「お前、どうしてここに?」
「この前こっそり薬草を捜しに来たあいつから美央が――レシーヌが死んだって聞いて」
ファレンと呼ばれた男の言葉に、扉を開いた男の表情が微かに曇る。
「聞いたのか」
確かめるように聞くと、ファレンは静かに頷いた。
明るめの茶色い髪が揺れる。
顔を上げ、開かれた瞳も、髪の色と同じ茶色。
異世界の人間とはいえ、この国では目立つことのない色だ。
「本当は、生きてるうちに挨拶に来たかったんだけどな」
寂しそうに笑って言うと、ファレンは後ろを振り返った。

「フェリア」

その言葉に、男は初めてファレンの後ろに少女がいたことに気づく。
長めの、父親よりも暗めの茶色い髪を揺らして前に出たのは、まだ幼さの残る少女。
それでも、自分の娘よりずいぶん年上だ。
幼さの残る、とは言ったけれど、それは表情の話で、纏った雰囲気は年齢よりもずいぶん大人びて感じる。
「この人は父さんのはとこの旦那さん、お前の親戚のおじさんだ。ご挨拶なさい」
ファレンが静かに言うと、フェリアと呼ばれた少女は微かに頷いて、ぺこりと頭を下げた。
「フェリア=バンガードといいます」
顔を上げて開いた瞳の色は父とは違う漆黒。
何も混じることはない、純粋な黒。
「僕の1人娘だよ」
そうファレンが言うと、男は驚いたように少女を、そして彼を見た。
「じゃあこの子は……!?」
明らかに驚愕の混じった男の言葉に、ファレンはゆっくりと頷く。
証の子。
皆まで言わずとも、その言葉が思い浮かんだということなど、わかっている。
「ところで、お前の子は?」
ひょいっと男の後ろを覗いて、ファレンが尋ねる。
おそらくいるはずだと思っていた。
まだ幼いだろう、彼の娘。
彼と、自分のはとこである女の娘。
「ああ。庭で、泣いてる」
男は言いにくそうに視線を彷徨わせながら答えた。
「レシーヌの奴、あいつに、ずっと側にいるって約束したばっかりだったから、ショックが大きいらしくて」
「そうか……」
微かに目を伏せて、静かにため息をつく。
それからすぐにファレンは心配そうに自分たちを見つめる娘へと視線を向けた。
「お前の子供、名は?」
娘を見たまま、ファレンが尋ねる。
「沙織。本当はレミアってつけたんだけど、まだ教えていない」
「年は?」
「6つ」
「ずいぶん小さいな」
「こっちとそっちじゃ時の流れが違うんだ。精霊が繋げてくれなきゃ、お前らがここに来れたかどうかさえわからないわけだし」
「ああ、そうだった」
今自分たちがこうやってこの世界で話ができるのは、精霊が過去と未来を繋げてくれているおかげだ。
そうでなければ、こうして会うことはできないだろう。
今自分たちが生きている2つの世界――アースの時間とインシングの時間の感覚がぴったりと合うのは、アースの時間で10年、インシングの時間で5年も先の話なのだから。
「よし、フェリア。沙織ちゃんのところへ行ってこい」
突然声をかけられ、フェリアはきょとんと父親を見上げる。
「母親を亡くしたとき気持ちは知ってるだろう?慰めてやれ」
そこまで言われて初めて意味を理解したのか、小さく返事をすると、「お邪魔します」と頭を下げて、フェリアは家の中へと入っていく。
「どうぞ」
そう笑顔で笑いかけると、男は少女のために道を空けた。
「ああ、この世界……っていうかこの国は家に上がるときに靴を脱ぐことになってるから、穿いたまま上がらないでくれ」
慌ててそう言うと、フェリアは一瞬驚いた表情になったが、すぐに納得したらしい。
返事をして頷くと、すぐに靴を脱ぎ始める。
そうしてからもう一度頭を下げると、家の奥へと姿を消した。

「あの子の母親は?」
フェリアの姿が完全に奥へと消えてしまったのを確認してから、男が静かに聞いた。
「帝国の3回目のミルザの一族狩りのときにやられた。俺たちは、何とか逃げ出したけどな」
「そうか……。悪い」
「いや、気にするな」
僅かに俯いて謝る男に、ファレンは慌てて首を横に振る。
「レミアちゃん、だっけ?のことはフェリアに任せるとして、いろいろ話、聞かせてくれるだろ?」
「……ああ」
ファレンの問いに、男はしっかりと頷く。
「とりあえず上がってくれ。すぐにお茶の用意するから」
そう言って、彼はファレンを家の中へと招きいれた。



小さな家だった。
1階建ての古ぼけた家。
中も対して広くなく、歩くたびに床がぎしぎしと鳴る。
修理の必要があるなとは思ったけれど、思っただけで口に出そうとはしなかった。
ふと、大きな窓の前で足を止める。
見れば、外は庭なのだろう塀に囲まれた小さな空間があった。
その塀の傍、隅の方に、小さな黒髪の少女が蹲っていた。
先ほど父と話していた男と同じ色の髪。
この世界のこの国では黒髪が普通だから、敢えてそういう色にしている。
昔誰かにそう聞いたことを思い出す。

ウィンソウ家の者なのだから、本当は深い森のような緑の髪を持っているはずだ。

そんなことを考えながら、フェリアは窓を開け、庭へと降りた。
その音に蹲っていた少女は顔を上げ、驚きの表情を浮かべる。
それを気にしていないかのように、フェリアは揃えて置かれていたサンダルに足を通した。
そして、ゆっくりと少女の方へと歩き出す。
「……だれ?」
膝を抱える手に力を込めて、少女はフェリアを見上げた。
茶色が混ざったような黒い瞳が、じっとこちらを見つめてくる。
その瞳の中に寂しさを見つけて、フェリアは笑みを浮かべた。
「私はあなたのお母さんのはとこの子供。要するに親戚ってところかな」
自分では珍しい口調で、少女に語りかける。
「親戚のお姉さん?」
「そう、名前は……」
言いかけて、気づく。
この国では自分たちのような響きを持つ名前は別の国の人間が名乗るもの。
そう父から教わった。

だから、レシーヌの子に名乗るときはこの名前を使いなさい。

そう言って父がくれた名を思い出す。
「エリ」
「えりお姉ちゃん……」
ぽつりと呟いて、じっと自分を見つめる少女に何処となく恥ずかしさを覚えながら、フェリアは隣に腰を落とした。
「あたしはね、沙織。お母さんがつけてくれた名前なんだ」
そう言って嬉しそうに笑った表情は、すぐに暗いものへと変化した。
「今日はどうしたの?」
この年で話を変えるということを知っているというのか、暗い表情を隠して沙織はフェリアを見上げた。
「レシ……美央おばさんが亡くなったって聞いたから、ご挨拶」
慌てて言い直して、そう告げた。
「……ふーん」
小さな声でそう返して、それきり沙織は黙ってしまった。

「私も、ちょっと前に母さん死んじゃってね」

唐突に言った言葉に、沙織は驚いたように顔を上げた。
「美央おばさんみたいに事故。それも、話しする余裕なんかなくって、すぐに」
違う。あれは事故じゃない。
殺されたのだ。帝国の兵士に。
けれどこの世界の、少なくともこの国では、そんな出来事は日常とは遠い世界の話でしかないだということを、彼女は父から聞いて知っていた。
だからあえて事故という言葉を使った。
「だからずっと泣いてたんだけどね。その時父さんに怒られた」
「おじさんに?」
彼女の言葉に驚いて、沙織は目を丸くして聞き返した。
フェリアの父は知らないけれど、少なくとも自分は父に怒られることはなかったから。
そんな行動の違いから出た問いだろう。
「そう。いつまでも泣いてるな!お前が泣いていても、母さんは悲しむだけだぞ!そう怒られた」
「お母さんが、悲しい?」
首を傾げて問いかけると、フェリアは静かに頷いた。
「お母さんに笑って見ていてほしかったら、自分も笑わなきゃ駄目なんだ」
膝を抱え込むようにしていた沙織の手に、フェリアはそっと自分の手を乗せる。
「自分が楽しく、精一杯幸せに暮らしていれば、母さんは天国で笑っていてくれる。そう父さんが教えてくれた」
ゆっくりと沙織の方へ顔を向けた。
「だからいつまでも泣いてないで。沙織ちゃんがそんな顔してると、おじさんだって笑えなくなっちゃうよ」
「……うん!」
言葉を続けながら笑顔を浮かべて見せると、呆然としていた沙織もすぐに笑顔になって頷く。
「あたしがんばる!お母さんが笑ってられるようにがんばる」
先ほどとは打って変わった明るい笑顔で言う少女に、フェリアはほっとしたような笑顔を浮かべた。



「大丈夫そうだな」
「ああ。よかったよ、本当」
窓越しに娘たちを見ていた男たちは、小さく安堵の息をついた。
「後はお前の気持ちの持ちようだろ。がんばれよ」
「ああ、ありがとう」
目を伏せて、礼を言う。
そんな友人の様子を見て、ファレンは小さな笑みを浮かべた。



「ねえ、えりお姉ちゃん」
「ん?」
「また遊びに来てくれる?」
一瞬戸惑ったけれど、すぐに笑顔で答える。
「うん。住んでるところが遠いからなかなか来れないと思うけど、いつか、また」
「やったーっ!約束だよ!」
「ああ、約束」
差し出された手を取って、小指と小指を絡ませて、答えた。



そうやって交わした約束が果たされるのは、それぞれの時間で数年後。
『遊びに来る』という、可愛らしい約束ではなかったけれど。



「これからよろしくね、フェリア」
「ああ。よろしく、レミア」

差し出された手を再び取ったとき、彼女たちは親戚という関係ではなくなっていた。
仲間で、友達で、他の何にも変えられないパートナーという関係。
精霊に定められたものとは関係ない、自らの意思で選んだパートナー。
それが、彼女たちの新しい関係。



そんな彼女たちがお互いを親友だと言い出すのは、もう少し先の話。

2004.7.25