SEVEN MAGIG GIRLS

Side Story

王家を継ぐ者

ずっと探していた。
国を、俺たちを助けてくれる『彼女たち』を。
ずっと待っていた。
俺たちが国を取り戻す、この時を。



長い廊下を子供が2人、走っていた。
亡き母によく似た濃緑色の髪を持つまだ幼さの残る少年と、若き日の父と同じ茶色の髪を持つ鎧に身を包んだ少女。
背に黒い翼を持つ者たちを手にした剣で薙ぎ倒し、進む先は父がいるはずの場所。
国王リミュート=トゥス=エスクールのいる謁見の間。
「くそっ!どけぇっ!!」
迫り来る黒い翼に必死に剣を振るう少年は、その国王の後を継ぐはずであった人物。
リミュート=トゥスの第一王子、リーフ=フェイト。
「兄様っ!伏せてっ!!」
耳に届いた言葉に、少年は慌てて身を低くする。
瞬間、少女の剣が炎を吹き上げているのが少年の目に入る。
「行けっ!!」
少女が剣を振ると、剣に纏わりついていた炎が黒い翼に向かって放たれた。
突然のことに避けきれず、炎に呑まれた黒い翼が燃えていく。
幼いながらも魔法剣を扱うこの少女は少年の妹、第一王女ミューズ=フェイト。
「すごい……」
生まれつき魔力を持たない自分と違い、魔力を持って生まれた妹は物心ついたときにはもう、それを扱う訓練を始めていて。
12歳にして初歩の魔法剣なら全て使いこなすことができた。
「呆けてる場合じゃないです、兄様」
声をかけられ、はっと我に返る。
これで黒い翼を全員倒せたわけでもない。
ここにいた敵が全滅したとしても、謁見の間にいる父が無事だという保証にはならない。
「わかってる。行くぞ!」
「はいっ!」
立ち上がって剣を構え直すと、少年は駆け出した。
後から自分を追ってくる少女と共に。



「どうして、父様……」
隣からミューズの嗚咽が聞こえる。
自分たちが今いるのは貨物用の馬車の荷台。
その荷台の上で用意されたマントに包まり、2人は寄り添って座っていた。
少しでも顔を上げれば、先ほどまでいたはずの故郷が見える。
故郷が――王都がどんどん遠ざかっていく。
謁見の間に向かった彼らが、ここにいるのは当然理由がある。
父が自分たちを逃がしたためだ。



謁見の間に駆けつけたとき、すでに父は敵と交戦していて。
子供たちが来たことに気づくと、逃げるように説得した。
それでも、既に親から騎士団長の座を継いだ身、腕にそれなりの自信があった2人の子供は納得しようとはしなかった。
父はやむを得ず、謁見の間の仕掛けを作動させて2人を逃がした。

「親父のバカヤローっ!!」

記憶の最後にあるリーフ自身が叫んだ言葉。
その言葉を最後に2人の記憶は途絶えた。



「……許さない」

ふと、耳に入った言葉にリーフは視線を動かした。
戦いと謁見の間から避難用の地下道に放り出された衝撃で、体のあちこちが痛く、疲れも相当溜まっていた。
けれど、たった1人残った肉親だけは守り通すと決めていたから。
だから眠りに落ちず、泣きもしなかった。
泣くことなど、彼には許されなかった。
「ミューズ?」
まだ声変わり前の声で、リーフが静かに名を呼ぶ。
「私、絶対に許さない」
きっぱりと聞こえたその言葉に、静かに頷く。
帝国を憎む気持ちは自分にだってあるから。
妹の気持ちが痛いほどよくわかるから。

「私は絶対に許さない」

再び紡がれた妹の言葉。
リーフはただ、それに静かに耳を傾けていた。

「許さない。帝国もイセリヤも、あの和平の使者だって私たちを騙した女も、絶対に」

和平の、使者。
それはどの国も夢見たこと。
そして叶わなかったこと。
「信じなければ、よかったんだ」
女の姿を思い出して、呟く。

「あの紫の髪の女、信じなければ良かった」

あの時謁見の間にいたのは自分たちとそう年が離れていない明るめの紫の髪を持った女。
あの女さえ城の中に通したりしなければ、こんなことにはならなかったのに。

そう考えて、決めた。

もう、帝国の人間は信じない。
何があっても、絶対に。



そして、王都を逃れて3年後。
スパイとして、帝国の一員として、王都に戻っていた彼は出会うことになる。
自分たちがずっと追い求めてきた存在に。

そして。



「何故、私を信じた?」
不意に問いかけられ、リーフは振り返った。
「何が?」
あっさり聞き返した言葉は冷たかったけれど、それだけではない響きが含まれている。
「今の話からすれば、お前だって私を信じるはずがない。なのに……」

「……変わったから」

「……は?」
あっさり告げた青年に、思わず女は聞き返す。
「考えが変わったから」
そう言ってこちらを向いたリーフの表情は、妙に晴れ晴れとしていた。
「だが……」
「確かに、俺はあんたを許していない」
きっぱりと告げられ、女――アールは口籠る。
「あの時、和平の使者と偽って城を攻め落としたあんたを、俺はまだ許せない」
視線を逸らし、アールは俯いた。
消えない事実。
今のエスクールがこんな状態にあるのは、紛れもなく自分のせいだ。
3年前のあの日、和平の使者と偽って国王リミュートを捕らえた自分の。

「だけど」

不意に聞こえた声に顔を上げる。
視界に入ったリーフの顔は、やっぱり晴れ晴れとしていた。
「証拠を見せてもらったし」
「何……?」
「突入作戦。あんたの幻術とアドバイスがなければ、こちらに被害が出ていたはずだ」
そう、アールは再戦した。
勇者の子孫たちが帝国へ向けて発った後、自由兵団によって行われた反乱に手を貸したのだ。
エスクール側の人間として。
「だからですよ、アマスル殿下」
本当の名を呼ばれ、反射的にアールはリーフを見る。
「だから、確かにまだあなたに対する憎しみは残っているけど、信用はしてる。それに……」
言いかけて、リーフは静かに首を振った。
「とにかく休んでください。取り戻したばかりの城で、あちこち汚れてるけど」
それだけ告げるとリーフは彼女に背を向けた。

「それに?」
呟いて、アールは首を傾げた。
それでもリーフは振り返らずに、廊下の向こうへ姿を消した。



王都を逃れて3年。
スパイとして、帝国の一員として、王都に戻っていた彼は出会うことになった。
自分たちがずっと追い求めてきた存在に。
そして、出会った。

「あの人を見ていたら信じてもいい気になったって、誰かに言ったら怒るよな」

彼にとって、今までの考え方全てを変えてしまうほどの影響を与えた、大切な存在に。

2001.11.2
remake 2003.3.21