SEVEN MAGIG GIRLS

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魔燐の悪魔 前

それは本当に唐突だった。
道で友達と騒ぎながら歩いていたら、人にぶつかってしまって。
普通は謝れば許される。
けれど、運が悪かったって言うのか。
ぶつかった相手が、とてもとてもガラの悪そうな奴らで。
僕はあっという間に路地に連れ込まれてしまったんだ。
「あ、あああ、あの、本当にすみませ―――」
「謝って済むと思ってんのかああぁ?」
「ひ―――っ」
友達はとっくに逃げてしまって、僕1人。
不良3人に囲まれて、逃げられない。
「いってぇなぁ。きっと骨折れてるよなぁ」
「ひでぇ。それじゃあきっちり治療費もらわねぇとじゃん」
「そんな!軽くぶつかっただけ・・・」
「ぁあん?」
突然睨みつけられて、びくりと肩が跳ねる。
鞄を持つ手が震えている。
「なあ。こいつの制服、私立の学校じゃね?」
突然、後ろに立っていた不良の1人が言った。
「この色は、確か魔燐じゃねぇか」
「ああ。あの全寮制の、ボンボンの」
違います、と思ったけれど、口に出せるはずなんてない。
うちの学校は確かに寮もあるけれど、自宅から通っている生徒だって多いのだ。
いや、今はそういう問題じゃない。
「じゃあ、こいつも結構持ってんじゃね?」
「そ、そんなこと・・・!」
「そんなわけねぇだろう?金のかかる学校にいて、金がねぇわけねぇじゃん」
本当にそんなことはないのだ。
僕の家は普通のサラリーマン家庭。
それでも両親が、必死に入れてくれたのが、この学校。
幸いにも僕は自宅通学組だし、この学園、県内の他の私立に比べれば、学費は安い方らしい。
「出せよ金。それで許してやるからさ、なぁ?」
「ひ・・・っ」
現実逃避してそんなことを考えていたら、制服の胸倉を掴まれた。
顔を近づけて睨まれたら、もう抵抗や拒否なんてできない。
震えながら財布を差し出せば、勢いよく毟り取られる。
財布の中を見た途端、不良の顔が不機嫌に歪んだ。
「あ?これだけか?ボンボンのくせに」
「だ、だから、違・・・」
違うんです、と言おうとしたら、また胸倉を掴まれた。
「ほら。もっと持ってるんだろ?早く出せよ・・・」
「も、もうありません・・・っ」
「嘘言ってんじゃねぇよ!!」
本当のことを言ったのに、顔を殴られた。
少し遅れて、頬がじんじんする。

ぴろりん

少し遅れて、何かとても場違いな音を聞いた気がした。
「あ、あああ・・・」
「ほら。もういっぺん殴られたくないだろ?だから大人しく出そうぜ?」
「だ、だから、もってな―――ぐゃっ!!」
また殴られた。

ぴろりん

そしてまた、あの音が聞こえた。
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと出せってんだよ!!」
不良が再び僕ら殴ろうとする。

ぴろりん

3回目のその音は、僕が殴られた瞬間に聞こえたような気がした。
「さっきからなんだよこの音!!」
どうやらあの音は、僕の空耳ではなかったらしい。
やっぱり聞こえていたらしい不良が、ものすごい形相のまま振り返った。

「ちょっと。いい加減にしなさいよ」
「ごめん。操作に慣れてなくって」

少し遅れて聞こえてきた、声。
明らかに不良のものじゃない、女の人の声だった。
いつの間にか瞑っていた目を開いて、不良の向こう側を見る。
路地の入り口に、誰かが立っていた。
人数は、2人。
両方とも長い髪の女の人だ。
片方は、頭に緑の鉢巻きのようなものを捲いていて、何かを手に持っている、長い髪の女の人。
もう1人は、ちょっと髪型が違うように見えたから、どこかで髪を結んでいるのだろうか。
服の色が、自分の制服に似ていると思ってから、気づく。
似ているも何も、あれはうちの学校の、女子用の制服だ。
同級生より大人っぽいから、高等部の先輩だろうか。
「やっぱフィルムのが簡単だよ。デジカメって画像荒いし、狙ったタイミングで撮れないし」
「で?そろそろ彼、耐えられないわよ」
「わかってる。・・・オッケー。よろしく」
「はいはい」
この場に似合わない、とても軽い口調で話していた鉢巻きの先輩が、手に持っていた鞄と何かをもう1人の先輩に渡す。
両方を受け取ると、もう1人の先輩は少しだけそれを見つめてから頷き、1人で路地から走り出していった。
駄目です、先輩。
こんなところに、女の子1人残していったら駄目です。
「なんだてめぇ」
不良たちが、たった1人残った先輩を睨みながら言った。
その途端、残された鉢巻きの先輩が、なんだかすごく大げさなため息を付く。
「それこっちのセリフなんだけど。おにいさんたち、うちの学校の子に何してんの?」
首を傾げながら先輩が問いかける。
相手が女だから安心したのか、不良たちはまたにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「この兄ちゃんがぶつかってきて、こいつが怪我したんだわ。だから治療費をもらってるんだよ。文句あんのか?」
「怪我?」
話を聞いた途端に、先輩がくすくすと笑う。
「人に軽くぶつかったくらいで怪我するほど体弱いなら、素直にお家に引きこもって寝てれば?」
そう言って笑う先輩の顔は、不良より怖かった。
何だろう。あの笑顔はなんて言ったらいいだろう。
あ、思い出した。
たぶんゲス顔というやつだ。
「あんだと・・・っ!!」
予想どおり不良たちが怒る。
僕の制服を掴んでいた不良が、手を離して僕を突き飛ばした。
突然突き飛ばされて、僕はそのまま尻餅をついてしまう。
「てめぇ、こいつの彼女か?」
「全然知らない。初対面。すれ違ったことはあるかもだけど」
「じゃあ口出すんじゃねぇよ。女だからって容赦しねぇぞ」
「うーん。本当は首突っ込みたくなかったんだけどねぇ」
先輩はやれやれと言わんばかりに肩を竦めて見せてから、もう一度あの顔で笑った。

「うちの理事長、うっさいのよ。善良な生徒が、おにいさんたちみたいなクズにボコられてるの無視したら」

吐き捨てると言わんばかりの声だった。
その瞬間、不良たちが怒り出す。
「なんだとこのアマっ!!!」
「ひ―――っ!!」
先輩に向かって、不良の1人が腕を振り上げた。
鈍い音がして、先輩がよろめく。
けれど、先輩は倒れなかった。
顔を俯けたまま、先輩が口を開く。
「今、顔、殴ったよね?」
「だからどうした!!」
静かな問いかけに、不良が変わらないテンションが叫ぶ。
先輩がゆっくりと顔を上げた。
その顔には、さっきよりも、なんて言うか、酷い笑顔が浮かんでいた。

「先に手ェ出したの、あんたたちだから」

先輩がそう言ったと思った途端、すぱんっという音が聞こえた気がした。
すぐに不良の呻き声が聞こえて、先輩を殴った奴がその場に崩れ落ちる。
そのまま不良は動かなくなった。
「は?」
「え・・・」
何が起こったのかわからない。
それは残りの不良2人も同じだったらしい。

「これ、正当防衛ね?」

にたりと笑った先輩は、そう言って手に持っていた学校指定のコートを投げ捨てた。



そこからはあっという間だった。
「はい、おしまい」
ぱんぱんと手をはたく。
まだ先輩が現れてから10分も経っていない。
3人いた不良は全員ノックアウト。
先輩自身は最初に殴られたときの以外はノーダメージ。
なんだこの人。
本気でそう思った。
呆然と見つめていたら、その先輩がくるりとこちらを向く。
びくりと体が震えた。
「あんた大丈夫?」
「は、はい!」
聞かれて、すごく上擦った声で答えてしまった。
それを聞いた途端、先輩はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「まあ、怯えるなって言っても仕方ないか」
ため息を付いた先輩に、また僕はびくびくとしてしまう。
それに先輩は困ったような顔を浮かべる。
「さて。そろそろかな」
不意に視線を逸らされたと思ったら、先輩は制服の上着のボタンをはずし、ブラウスの胸元を自分から引き裂くように破りだした。
「え?ええ!?」
「おまわりさん、こっちです!!」
驚いている間に、誰かが路地に走り込んでくる。
顔を上げて見れば、来たのはお巡りさんを連れた、さっきいなくなった方の先輩だった。
「大人しくしろ!!」
威勢よく飛び込んできたお巡りさんは、けれどその途端に目を丸くしていた。
それはそうだろう。
だって、不良は3人ともノビているのだから。
「あ、あれ・・・?」
「助けてください!」
さっきまであっさりと不良を倒していた鉢巻きの先輩が、破れたブラウスの胸元を押さえてお巡りさんに駆け寄る。
一緒に戻ってきたもう1人の先輩が、驚いているような気がした。
その先輩たちの脇を、誰かが抜けてくる。
よく見たら、それは不良たちに絡まれた瞬間まで一緒にいた友達だった。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ、うん」
心配そうに声をかけられて、僕は呆然としたまま頷いた。
「いったそう・・・。ホントに大丈夫か?」
「痛いけど、他は殴られてないから、ダイジョブ・・・」
「やせ我慢はよくないよ」
突然友達の後ろから、女の人の声がした。
驚いて顔を上げれば、お巡りさんを呼びに行っていたらしい方の先輩が、心配そうに僕を見下ろしていた。
鉢巻きの先輩と同じくらいの、腰の方まで伸びた長い髪を、ハーフアップにしているらしい。
胸元の校章を見る。
僕たちの物と少しだけデザインの違うそれは、やっぱり高等部の校章だった。
「あ・・・」
「ちょっと見せて」
先輩に言われるがままに傷を診てもらう。
口を開けるように言われ、ぱかりと開けた。
「口の中切っちゃってるし、この腫れ方だと長引くから、病院行った方が良さそうね」
「え、えっと・・・」
なんだか妙に慣れた様子の先輩。
しかも、今まで気づかなかったけれど、目の前の先輩はとても綺麗な人で、思わず顔が赤くなる。
「大丈夫です」
ふと、鉢巻きの先輩の声が聞こえて、僕と友達は先輩とお巡りさんの方を見た。
「でも一応・・・」
「私たち襲われたんですよ?襲ってきた人たちと一緒にいるの、怖いです」
どうやらお巡りさんが、遅れてきた別のお巡りさんたちと一緒に不良たちを連れて行こうとしているらしい。
「しかし・・・」
「事情はお話したとおりですし、学校の寮が近くにあるから、管理人さんに連絡したし、迎えに来てもらいますから」
たぶん被害者の僕と、そう見えるだろう先輩の事情聴取か何かをしたいのだろう。
どう説明したのか、この状況を見ても、お巡りさんは僕たちに同情しているような顔を向けていた。
その後も僕たちを連れていこうとするお巡りさんを、先輩はうまく躱していて。
「わかった。気をつけて帰るように」
「はい。ありがとうございました」
最終的に、お巡りさんたちが折れた。
気絶した不良たちを起こして連れて行くお巡りさんに、先輩は頭を下げている。
お巡りさんたちがいなくなって、漸く先輩は顔を上げて、こちらに向かって歩いてきた。
「やれやれ。ケーサツってしつこい」
「あんた、前科あるから余計でしょ」
「前科って言うな!中学ん時に喧嘩してたことは認めるけど、補導とかされたことないから!」
喧嘩してたことはあるんだと、妙に納得する僕の横で、友達が突然立ち上がった。
「ありがとうございました、先輩」
先輩たちに向かって頭を下げる彼を見て、僕は目を丸くする。
「えっと・・・?」
「ほら、前に話したろ。新藤先輩の幼なじみ。理事部の」
新藤先輩。
確か高等部の、サッカー部の元キャプテン。
うちの高等部のサッカー部は結構強くて、そのキャプテンだった先輩は校内では割と有名だ。
理事部っていうのは、理事長の取り巻きをやっている人たちが集まる部活らしい。
それくらいの知識しかない僕は、頭にはてなマークを浮かべるしかない。
「新藤先輩はよく聞くから知ってるけど、えっと?」
「理事部の金剛先輩って、喧嘩すっごい強いって聞いてたんだ。中等部のとき、高校生の不良に勝ってたって」
「君、新藤の知り合い?」
話を黙って聞いていた鉢巻きの先輩が、じろりと友達を睨む。
そんな目で睨まれて、さすがにびくっと体が震えている。
「はい。サッカー部なんです」
「なんで中等部の子があたしのそれ知ってるのかと思ったら・・・」
金剛という名字らしい先輩が、舌打ちをする。
そして、今まででいちばん低い声で、ぼそりと一言。
「あいつ、あとでシメる」
「赤美」
目に見えて怯えた僕を心配してくれたのか、もう1人の先輩が金剛先輩を戒めるように声をかける。
「っていうかあんた、その制服。また紀美ちゃんと百合に怒られるよ」
「だってこれやっとけば大人は確実に女は疑わないんだもん」
魔燐の生徒だし、見た目まじめだし。
そんなことを言いながらにやりと笑いながら言う金剛先輩は、またあのゲス顔を浮かべている。
それを見て、もう1人の先輩は大きなため息をついた。
たぶん、同じ理事部の音井美青先輩だろうと、友達が言った。
この2人は仲が良く、よく一緒にいるらしい。
「それにあたしらあと卒業式だけだから、最悪1着あれば大丈夫だし。それより・・・」
ふと、金剛先輩がまじめな表情になる。
もう1人の先輩の隣にしゃがみ込むと、僕の顔をじっと見つめる。
「美青の言うとおり、これは手当しないと駄目だね。あんたたち、寮生?」
「い、いえ。自宅組です」
「じゃあ、向かえは呼べる?口の中切ってるみたいだし、病院連れてってもらった方がいいよ」
「あ、はい」
友達の予想どおり、もう1人の先輩は音井美青先輩らしい。
そんなことを考えながら返事をして、公衆電話を探そうと立ち上がろうとしたとき、その音井先輩からストップがかかった。
「でも、さすがにここで待ってるわけにはいかないんじゃない?」
「そうだねぇ。さっきの奴らのオトモダチ来ても困るし・・・。美青、あたしのケータイ」
「はい」
言われるのを予想していたと言わんばかりに、音井先輩が制服のポケットから取り出した携帯電話を金剛先輩に渡す。
それを受け取ると、金剛先輩は操作に慣れていないとは思えないくらいスムーズに操作して、耳に当てた。
「もしもーし。・・・ちょっと!切らないでよ百合!!そこの直通にかけるのなんてあたしらしかいないでしょうが。番号?ケータイだよ。今日プリペイドの買いに行くって言っといたでしょ。・・・は?許可出した本人が何言ってんの。それより、ちょっと頼みがあるんだけど」
受話器に向かって喧嘩を売りながら―――実際には違うのかもしれないけど、僕にはそうとしか見えなかった―――金剛先輩は電話の向こうの誰かと話している。
「はいはい。じゃあよろしくー」
用事が終わったのか、電話を切って、こちらを見た。
「高等部の保健室なら先生まだ居るって。とりあえずみんなで学校に戻るよ。いいね?」
「は、はい」
どうやら、わざわざ学校に電話して、保健室が開いているか確認してくれたらしい。
そろそろ5時。
部活を持っていない先生は帰ってしまう時間だ。
「さて。とりあえず早く行こうか」
にこりと微笑む金剛先輩の目は、どうしてか笑っていないような気がした。



「ところで聞きたいんだけど」
歩いて学校へ向かう途中、赤美は2人の後輩たちを振り返る。
「さっきの不良。あんたがどこの学校かとか聞いてきた?」
「えっと、魔燐のボンボン、とか言われました」
絡まれていた方の後輩が、怯えたように答える。
無理もない。
この子はたぶん、不良に絡まれるなんて無縁の生活を送って送っていたのに違いないから。
あんなことがあれば、普通の子なら怯えるだろう。
「まあ、この色の制服はこの辺じゃうちしかないし、知ってる奴は知ってるでしょ」
「だよねぇ」
隣で呟いた美青の言葉に、赤美はため息をついた。
「だとすると、下手すると報復とかあるかもしれないなぁ・・・」
ぼそりと呟いたその言葉は、美青にしか届かなかっただろう。
周囲を警戒していた美青が、ちらりとこちらを見た。
それに一瞬だけ視線を返すと、赤美はもう一度後輩たちを振り返った。
視線を向けたのは、絡まれた方ではなく、もう1人。
たまたま近くを通りかかった自分と美青に、友達を助けてほしいと泣きついてきた方だ。
「あんた、中等部の何年生?」
「えっと、2年です」
「新藤の後輩ってことは、あいつのケータイ番号知ってる?」
「え?はい」
「サッカー部はまだ部活あるよね?あんたは?」
「え、えっと、帰宅部です」
絡まれた後輩は、急に話を振られて驚いたのか、びくりと肩を跳ねさせてから答える。
「そしたらあんたたち2人、暫くはサッカー部の練習が終わってから一緒に帰りなさい。練習終わったら、新藤に連絡してあいつが迎えに行くまで待ってること」
「え、でも・・・」
塾とかあって、と絡まれた後輩がぼそぼそと伝える。
ああ、そうかと思い直して、赤美は少し考えてから口を開いた。
「やむを得ず先に帰らないとならないときは必ず新藤に連絡すること。理事部から1人付き添い出すから。ほとぼりが冷めるまでは、制服姿で1人になるのはやめときな。いいね?」
「あ、あの・・・」
「これ理事長に話し通しておくから。破ったら理事長権限で登校停止とかになっちゃうかもだから守ってねー」
「は、はい」
最後に笑顔でにっこりと脅かしておく。
実際に理事長権限だからと言ってそんなことができるはずもないけれど、こういう素直な少年は、この笑顔でそう伝えれば必ず守るだろう。
案の定、彼は怯えた表情で、何度もこくこくと頷いた。
それを見ていた美青が、隣でため息を吐き出す。
「って言っても、あたしたちだって来月で卒業なのに、いつまでもそんなことできないでしょ。紀美ちゃんと鈴ちゃんにやらせるわけにも行かないし」
「大丈夫。あたしたちの卒業までには理事長がオッケー出してくれるっしょ」
にやりと笑ってみせれば、美青は一瞬だけ驚いたような表情をして、すぐに肩を竦める。
その口元には、自分と同じような笑みが浮かんでいた。
それを見て満足した赤美は、不意に足を止める。
「ちょっと先行ってて。すぐに追いつくから」
そう告げれば、美青は心得たとばかりに頷いて、戸惑う中等部の後輩2人を連れて歩いていく。
それを見送ってから、赤美は鞄に突っ込んでいた携帯電話を取り出した。
先ほどコンビニで買って、喫茶店でセットしたばかりのプリペイド式の携帯電話。
アルバイトを始めるうえで持っていたら便利だからと、学校に申請に出して買ったそれを、いきなりこんなに使うことになるとは思わなかった。
なかなか便利なものだという感想を抱きながら、既に暗記している電話番号をプッシュして耳に当てる。
「もしもし、百合?二度もごめんね。沙織と英里って来てる?」
卒業式まで1ヶ月を切っている高等部の3年生は、既に自由登校だ。
受験勉強のためだったり、部活の後輩指導だったり、そんな用事がなければ登校しない生徒が多い。
だからまず、連絡を取りたい友人が来ているかどうかを尋ねる。
この2人はたいていセットで行動しているから、どちらかが居れば片方に連絡が付くと踏んで、両方がいるかどうかを尋ねたのだ。
「・・・うん。じゃあ英里に代わってもらいたいんだけど。・・・はーい」
来ているという回答をもらって、目的の友人を指名する。
「英里?ちょっと頼みがあるんだけど、いい?」
通行人の邪魔にならないように道の端に寄って、電話口に立った友人に用件を告げる。
一通り話し終えてから電話を切ると、赤美はもう一度周囲を警戒してから、先に行く親友と後輩たちの後を追った。

初出 2016.02.14
掲載 2023.07.24