SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

28:強さと弱さ 前

それは本当に突然だった。
リーフがルビーに刺されて、倒れた彼をセレスが抱き留める。
その衝撃の光景に、誰もが動くことができなくて。
ルビーが、ぐったりしたリーフの体に、とどめを刺そうともう一度短剣を振り上げたその瞬間。
2人とルビーの間に割って入るかのように、突然火柱が吹き上がった。
何の前触れもなかったそれに、ルビーが思わず後ろへ飛び退く。
しばらくして、弱くなったその火柱の中に、人の影が見えた。
「何、これ?」
そして聞こえた声に、その場にいる誰もが耳を違う。
それは確かに、よく知る声だった。
けれど、それを発したはずの人物は、ただただ驚いて目を見開いていただけで、言葉を発した気配がない。
どうしてだと疑問を抱いたその瞬間、火柱が四散した。
そして、その場所に現れた者を見て、その場にいる誰もが息を呑む。
「え、嘘。あたし!?」
最初に見えたのは、赤いポニーテール。
服装は、自分たちのよく知る白いノースリーブの上着とスカート、髪の色に白を混ぜたような薄紅のインナー。
今まで戦っていたはずのルビーが、いつもの服装で、怪我などひとつもしていない姿で、そこにいた。
そして、もう1人。
「え?何?どういうこと?」
あのラピスの岬で、ルビーと一緒に行方不明になったタイムが、いなくなる前と変わらない姿で立っていた。
「ねえ、さん?たいむ、さん?」
セレスが震える声で呼びかける。
その声に、2人は彼女の方を振り向いた。
「セレス……、えっ!?」
その腕の中を見た瞬間、2人が息を呑む。
「リーフ!?」
セレスの腕の中で、服をどす黒く染めたリーフが横たわっていた。
それを見ただけで、リーフがどれだけ危険な状態であるかがわかる。
「ねえさん、どうして……」
呆然とした顔で、セレスがこちらを見上げている。
何か声をかけようとしたけれど、タイムに制された。
その目が、視線だけで何かを示す。
それが何なのか気づいて、ルビーは小さく頷いた。
「落ち着いて、セレス」
セレスの前に膝をついたタイムが、落ち着いた声で話しかける。
「治療は?回復呪文はかけたの?」
その問いかけを聞いて、呆然としていたセレスの顔に表情が戻る。
「まだ、です」
「ならとにかく今はそっちに集中して。話はそれから」
「は、はい」
頷いたセレスは、リーフを抱きしめた体勢のまま、右手を傷の上にかざす。
淡い光に覆われ始めたそこを見て、タイムは眉間に皺を寄せた。
「タイム」
ルビーが後ろから声をかける。
顔を上げたタイムは、ちらりとルビーを振り返ると、すぐに視線をリーフに戻してしまう。
「ちょっと、まずいかもしれない」
ぽつりと零れた言葉は、ルビーの耳にしっかり届いていた。
一瞬だけ目を見張ったルビーが、もう一度タイムの名を呼ぶ。
「ごめん。あたしもこっちに集中する」
「うん、任せる」
短いやりとりだったけれど、それで十分だった。
「何これ。どういうこと?ルビーちゃんが2人?」
「片方は、偽物ということ、なの?」
少し離れた場所から、ペリドットやミスリルの動揺した声が聞こえる。
そけはそうだろうと思いながら、ルビーはリーフから視線を外すと、振り返る。
自分だって、これがどういう状況なのか知りたい。
だって、目の前で目を見開いたまま固まっているのは、どう見たってルビー自身にしか見えないのだ。
あれが何者なのか、一番知りたいのは他ならぬルビーだった。
「サラマンダー」
『ここに』
先ほど自分たちがこの地に降りたときと同じように、何もない場所に炎が吹き上がる。
それが消えるとともに、炎を纏ったトカゲのようなものが現れた。
それは、人の姿ではないサラマンダーだ。
彼がすぐ側に現れたのを確認すると、ルビーは目の前にいる自分に視線を戻す。
「あれ、何?」
問いは端的だったけれど、サラマンダーにはそれで伝わったらしい。
その表情が、ほんの少し歪んだように見えた。
『おそらくは、あなたでしょう』
淡々とした答えが返ってくる。
視線で続きを促せば、サラマンダーの目がこちらを見た。
『並行世界という概念をご存じですか?』
サラマンダーのその問いに、ルビーは顔を顰める。
「あたしの認識してる概念だと、今いるこの世界から分かれて存在する別の世界っていうのだけど」
『はい。我々の認識も変わりません』
サラマンダーが再びもう1人のルビーへ視線を向ける。
『おそらくあれは、“奴”が並行世界から連れてきた、“可能性のあなた”であると思われます』
なんとなくそんな気はしていた。
だって、あのときセラフィムが言っていた。
破壊神が、次元の狭間からここではない場所に干渉していたと。
それを思い出した途端、怒りが沸いてきて、思い切り舌打ちする。
「……あの道化。知ってたな」
王都の様子を先に見に来ていたセラフィムは、そのときに封印の森の神殿にいるはずのルビーが、仲間たちに刃を向けているのを目撃したのだろう。
遠回しに告げるセラフィムにも、言葉の意味に気づくことができなかった自分にも、怒りが沸いてくる。
「精霊を、呼び捨てにした……」
不意に、とても馴染み深い、それゆえにとても違和感のある声が耳に届く。
意識を目の前に戻せば、もう1人の自分が、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべ、こちらを凝視していた。
その唇が、わなわなと震えている。
「まさか、あんたは、受け入れたの?」
「は?」
震える声で、血走った目で、投げられた問いかけの意味がわからなくて、思わず眉をしかめて聞き返した。
それが気に食わなかったのか、もう1人の自分が、鬼のような形相になって叫ぶ。
「『継承』したって言うの!?なんで……!!」
「……なるほどね」
質問に答えることなく、ただぽつりとそう呟く。
一瞬だけ怯んだもう1人の自分を、ルビーは静かに睨みつけた。
「その言い方だと、あんたは『こっちを選ばなかったあたし』ってわけか」
「……っ」
もう1人の、黒い服装の自分が息を呑む。
その目が大きく見開かれた。
「選べるはずないでしょ!選んじゃったら、あたしは……!」
「その結果が、これってわけ?」
ルビーが、ほんの少しだけ自分から視線を外し、周囲を見回す。
「リーフだけじゃ、ないみたいだし」
ほんの少しだけ声が低くなったのが、自分でもわかった。
びくりと相手が体を震わせたような気がする。
視界に入るだけで、リーフ、レミアが怪我をしている。
他の友人たちも、それぞれが疲弊しているように見えた。
おそらく、本気を出そうとしても、出し切れなかったのだろうと思う。
それは、とても嬉しいことだったけれど。
それを利用して、仲間を傷つけた目の前の存在への苛立ちが、だんだんと膨らんでいく。
「あんた、あたしの妹や仲間に何してくれてんの?」
静かな、けれど確かに怒りの染み渡った声が辺りに響く。
もう1人の自分の向こう側にいる友人たちも震えたような気がしたけれど、気にしている余裕なんてあるはずもない。
「この状況であたしがどういう態度に出るか、一番知ってんの、あんただよね?」
ぎろりと相手を睨みつける。
ごくりと息を呑んだ様子の相手は、けれど、すぐにぐっと口元を噛みしめると、ぎろりとこちらを睨みつける。
「そう、だね。なら、あんたにもわかるでしょ」
「は?」
見下すように睨みつけたまま尋ね返せば、途端に相手は激高した。
「なんであたしが、こんなことしてるのか、わかるんでしょ!」
「理解はする」
はっきりとそう言い返せば、相手は何を言われたのかわからないと言わんばかりにこちらを見つめる。
その自分を見て、ルビーは小さくため息を吐いた。
「理解はしてあげる。だって、あたしの考えてることが合ってるなら『3回目』だもんね?」
「え……?」
今度は相手が聞き返す番だった。
狐に摘まれたような顔でこちらを見つめる自分を、ルビーは静かに見つめ返す。
あれは、ルビー自身だ。
たぶん、かつて耐えられなかった、そして無意識に力を暴走させた、その先にいる自分。
だからこそ、その気持ちは痛いほどにわかる。
何を思ってその道を選んでしまったのか、わかってしまう。
けれど。
「理解はできる。でも、納得はしない」
あの道を選ばなかったからこそ、今の自分があることも理解している。
でも、それだけだ。
「納得しないし、赦さない」
だからと言って、大切な友人たちに手を出すことを許容できるはずはないし、赦すことだってできるはずもない。
だからこそ、はっきりとそう告げる。
淡々と、感情のこもらない静かな声で、自分自身を拒絶する。
「なに、それ……?」
静かに相手を見つめていると、ぽつりと声がこぼれた。
ぶるぶると体が、腕が震え出す。
「何それ。何それなにそれ何よそれっ!!!!」
放たれたのは、怒りを含んだ声だった。
血走った目がこちらを睨みつける。
「わかんない!!なんでそうなるの!!あたしのくせに、納得できないって!!」
「できんないんじゃなくって、しないんだって」
感情のままに叫ぶ自分を、ただ静かに見つめたまま答える。
「第一、『選ばなかった』時点で、あんただってあたしのこと、理解できやしないくせに」
「できるはずない!!」
血を吐きそうなほどの声が、辺りに響く。
「たった1人で、そんなことできるはずない!!」
「1人?」
その言葉に、ルビーは目を見張った。
「なるほど。そういうこと……」
すとんと心の中に落ちてきたそれは、もう1人の自分の状況を理解するには十分だった。
たぶん彼女は、選択を突きつけられたとき、1人だったのだ。
だからきっと、悩んで悩んで、仲間たちと一緒にいることを選んだ。
その結果がこの姿なのだろう。
「1人で、納得したような顔をするなああああ!!!」
もう1人の自分が、怒り任せに腕を振り上げる。
振り下ろすと同時に放たれた炎を咄嗟に生み出した炎の壁で防ぐと、ルビーはひとつため息を吐いた。
あれはルビー自身の弱さの具現化だ。
1人であった故に逃げを選んでしまった場合の自分。
みんなは彼女のことを強いと言うけれど、こうして目の前に突きつけられると実感する。
自分は本当に弱い奴だなと。
おそらく彼女は力の『継承』を拒絶し、精霊神法の完成なしに破壊神へ戦いを挑んだという世界の自分。
選ばなかった理由は、きっと、何らかの理由であの選択を突きつけられたとき、タイムがそこにいなかったから。
そして選ばなかった結果、力及ばずに破壊神に敗れ、たぶん、仲間を全員喪ってしまった。
そうなったときの自分がどうなるかなんて、想像に容易い。
絶望して、嘆き悲しんで。
もしもそこに、偽りでも希望が与えられたとしたら。
その答えが、今目の前にいる自分なのだろう。
「……ほんと、どうしようもない」
1人では、現在を捨てて未来を選ぶ、その覚悟すら持つことができないなんて。
自嘲して、小さく笑う。
でも、だからと言って、いや、だからこそ手心を加えるつもりはない。
「サラマンダー」
後ろに向かって声をかける。
控えていた火の精霊は、すぐに短く返事を返した。
「悪いけど、まだコントロールが確実じゃないから、サポート頼むわ」
『御意』
一瞬目を見張ったサラマンダーは、すぐに返事を返すと姿を変える。
それを横目で確認すると、ルビーは手元に意識を集中した。
魔力ではなく、まだ馴染んでいない神力を、手にした短剣に送り込む。
短剣が淡い光を放ち、形を変えた。
シンプルなデザインだったそれは、刃に赤い石が埋め込まれ、柄と刃の間の、今までは柄とほとんど同じくらいの厚さしかなかった鍔が、レミアやリーフの持つ剣のように広がっていた。
柄頭にも、赤い石が輝いている。
「それは……っ」
収まった炎の壁の向こうから突っ込んできたもう1人の自分が、その短剣を目にした途端、息を呑む。
突き刺すように伸ばされていた短剣を、左手に持った形の変わった短剣で止める。
相手が一瞬怯んだ隙を狙って、右手の短剣を下から切り上げた。
「ぐ……っ!」
寸でのところで相手が後ろに跳ぶ。
少し離れたところに着地し、こちらを睨みつける相手を見て、ルビーはにやりと笑った。
「悪いけど、自分相手じゃ容赦しないよ、あたし」
形を抱えた短剣を構え直す。
ごくりと息を呑む相手に向かい、ルビーは地を蹴った。

2018.11.26