SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

23:自覚

それは、アールたちが張った結界を強化する手伝いをしているときだった。
「そうだミスリルちゃん!ウィズダムだよ!!」
何の脈略もなく発せられた言葉に、街の外壁の上でリーナに教わった強化の陣を描いていたミスリルは顔を上げた。
見れば、セレスたちと一緒に結界そのものの強化に当たっていたはずのペリドットが、ばたばたと手を振りながら走ってきた。
「一体何の話?ウィズダム?」
「そうだよ!!ウィズダム!!」
腰を上げたミスリルに詰め寄るように、ペリドットはずいっと顔を寄せた。
「マリエス様やダークネス様たちが駄目なら、ウィズダムに聞いてみればいいんだよ!!」
「彼に?」
もの凄い剣幕で迫るペリドットに、ミスリルはたじろいだ。
「絶対何か知ってるよ。だって、ネヴィルのとき、あたしにいろいろ助言したのはウィズダムだもん!」
ペリドットの言葉に、目を丸くする。
まさかと思う気持ちと、そんな話を聞いたような気がするという記憶が混ざって、言葉が紡げない。
「ちょっと、ミスリルちゃん聞いてる!?」
ただ呆然とペリドットを見つめる形になってしまって、話を聞いていないのかと疑った彼女に、がくがくと揺さぶられた。
「き、聞いてるわ。思いつかなかったら、驚いただけ」
ミスリルの中には、彼は優しいけれども突き放すような冷たさを持っているようなイメージがあって。
だからこそ、すぐに彼に聞くという選択肢が思い浮かばなかったのだが。
「ええ?ミスリルちゃんがピンチのときは、ウィズダムはいろいろ教えてくれたよ?なにげにあの人、ミスリルちゃんのこと大好きだよね」
「え」
全く予想していなかった言葉を言われて、ミスリルの思考が一瞬固まる。
ぽかんと自分を見つめる彼女を見たペリドットが、にっこりと笑った。
「だからね。あたしじゃ駄目かもでも、ミスリルちゃんが聞けば答えてくれるような気がするんだよね」
きゃぴっという擬音語が聞こえそうな勢いでウインクした彼女を見て、ミスリルは硬直する。
その隙を逃さないとばかりに、ペリドットはむんずとミスリルの腕を掴んだ。
「というわけで、善は急げ!」
「え?きゃっ!?」
反応するよりも早く、強い力で引っ張られ、ミスリルは転びそうになった。
何とかバランスを取って体制を立て直し、そのまま走り出したペリドットに必死について行く。
彼女ほど運動能力に自身があるわけではないから、本当に必死だった。
「ちょっと、どこに行くつもり?」
「こんなところで呼んでたら目立つでしょ!お城の地下行くよ!」
「本気で聞くの?なら、みんなは……」
「とりあえず、いい」
ふと、ペリドットの声が、沈んだような気がした。
「みんなは、後から呼ぼう」
先ほどまでとはがらり違う、落ち着いた声。
「え、ええ……」
その声を耳にしてしまったら、ミスリルにはもう頷くことしかできなかった。



エスクール城の地下。
数日前に精霊神に会えずに、仲間たちとこれからどうするべきなのかと会話したその場所に、ミスリルとペリドットはいた。
「ちょっと。勝手に入ったら問題でしょう」
「だって、ウィズダムは人のいるとこじゃ呼べないっしょ」
いつ精霊神が戻ってきて、リーフやミューズが同席できないタイミングでも会えるようにと、普段は厳重な封印が施されている『精霊の間』は、今は簡単な鍵に付け替えられている。
ここに繋がる階段に入る扉の方に、特定の魔力に反応して開く結界がかけられていて、一応王族と勇者の血族以外は入ることが出来ないようにはなっていたが、他国の要人も城の中に留まっている以上、不用心ではないかとミスリルは思っていた。
「ほら、ミスリルちゃん」
そんなことを考えていると、扉を上げたペリドットに手招きされる。
ミスリルはため息をつくと、仕方なくその部屋へ足を踏み入れた。
それほど広くない部屋の中央には、静かに佇む精霊神の像がある。
今は精霊神はここにいないのだとわかっていても、そのままでいるのは失礼な気がして、ミスリルは像に向かって頭を下げる。
「ミスリルちゃん、お願い」
扉を閉めたペリドットに声をかけられる。
もう一度ため息をつくと、ミスリルは目を閉じた。
胸に飾られている、竜の刻印が浮かんだ石がはめ込まれたブローチに右手で触れる。
「ウィズダム」
呼びかける。
普段はすぐに声が聞こえるというのに、何故か今日は反応がない。
それを訝しく思いながら、ミスリルはもう一度、胸の石に向かって呼びかけた。
「いるんでしょう?答えて、ウィズダム」
ほんのりと、石が暖かくなったような気がした。
次の瞬間、光が溢れる。
溢れた光は土色の粒子となって、ミスリルから少し離れた場所に集まり、人の形を作り出す。
光が溢れ、その中から1人の青年が現れた。
『私を呼んだか。ミスリル』
宙に浮かんだままの、ミスリルと同じ色彩を持つ、彼。
その彼を見上げ、ミスリルは頷いた。
「ええ。ウィズダム」
はっきりとそう告げると、途端に彼は眉を寄せた。
『何のようだ?今はあまり顕現している余裕はないのだが』
「それって、今の世界の状況が関係してるの?」
ミスリルの後ろから、にゅっという音が聞こえそうな動きでペリドットが割って入る。
彼女を見たウィズダムが、一瞬動揺したような気がした。
『いたのか、オーサー』
「いたよー。ウィズダム、その節はどうもー」
にこにこと笑いながら、ペリドットが手を振る。
ふと、その顔から笑みが消えた。
「で?ウィズダムが忙しいのって、世界は関係してる?」
問いかけるペリドットの瞳は、とても冷めているように見えた。
一瞬目を見張ったウィズダムは、しかし何事もなかったかのように、淡々とした口調で答える。
『……そうだとして、お前たちに何か関係があるのか?』
「はあ!?」
途端にペリドットが声を上げた。
「あるに決まってんじゃん!!あたしたちの仲間がすっごい危ない目に遭ってるんですけど!!」
身を乗り出して、勢い良く反論する。
普段の彼女らしくないそれを見て、気づいた。
たぶんではあるけれど、彼女も焦っているのだろう。
混乱する自分たちを引っ張っていてくれていたけれど、彼女だって今の事態に動揺していないはずがないのだ。
気づいたからには、任せたままにしておけるはずがない。
きっと今は、ペリドットよりも時分の方が冷静なはずだ。
そう判断したミスリルは、ウィズダムに詰め寄ろうとしていたペリドットの肩を掴んだ。
驚いたペリドットが、こちらを振り返る。
その口が言葉を発するより早く後ろへ追いやると、ミスリルはウィズダムを見上げた。
「ウィズダム」
それまで冷たくペリドットを見つめていた瞳が、驚きの色を浮かべたような気がした。
「ルビーとタイムが、魔物に襲われて行方不明になっているの」
真っ直ぐにウィズダムを見つめたまま、続ける。
「加えて、今この国を襲っている魔物たちは、リーフを狙って集まっている可能性がある。仲間が巻き込まれている以上、関係ない、では済ませないわ」
ただ静かに、責めるような感情が籠もるように意識して続ける。
「何か知っているなら、教えて。私たちには今、あなたしか頼ることの出来る存在がいないの」
『……うむ』
ウィズダムの表情が、ほんの少しだけ動いたような気がした。
ほんの少しだけ、彼がため息をつくように息を吐き出す。
たぶん、じっと見ていなければ気づかなかった。
そのくらいの小さな動作だった。
その瞳が、こちらを見下ろす。
そこには、先ほどまでの冷たさはなかった。
『答えたいのは山々だが、私にはその権限はない』
その回答に、ペリドットが不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「それ、前も誰かが言ってた気がする」
『そうかもしれないな』
苛立ちを隠さない声で、わざと聞こえるような声で呟く。
けれども、ウィズダムは相変わらず淡々とそう返すだけだ。
ミスリルは小さくため息をつくと、ペリドットが彼に噛みつかないうちに尋ねる。
「話す権限がないというのは、どういう意味?」
『そのままの意味だ』
はっきりと一言だけ、そんな言葉が返ってくる。
さすがに意味が分からなくて首を傾げると、ウィズダムはほんの一瞬、迷ったように視線を彷徨わせてから、口を開いた。
『その世界には、人間が想像することもないような複雑な仕組み――規則がある。我々も精霊も、その一部にすぎない。そして一部である以上、我々が個々の判断で、それを破ることは許されない』
いつか聞いた覚えがある、「精霊はこの世界の頂点ではない」と言う言葉。
この世界――人間界では神様のように信仰されている精霊だけれど、実はそうではなく、もっと上の存在がいるという、人間には俄に信じることが難しいその話。
『故に、私には何も語ることは出来ない』
ウィズダムは、そう言って口を閉じた。
「こんなにお願いしても?」
ペリドットがくねっと体を動かして、きゃぴっという擬音が聞こえそうな声音で尋ねる。
それを見た途端、ウィズダムはその瞳に呆れの色を浮かべた。
『どう考えてもお願いしているという態度ではなかったと思うが』
「えー?」
声にすら呆れたと言わんばかりの色を乗せて、ウィズダムが彼女を睨む。
心外だと言わんばかりに首を傾げるペリドットを振り返ると、ミスリルもため息をついた。
「私が見ても、ちょっとらしくないと思ったわ」
「ええー?」
ペリドットがますます首を捻る。
そうしてから、不意に天井を仰ぎ見ると、誰よりも大きなため息をついた。
「まあ、勘弁して。あたしだって完全に冷静になれるわけじゃないもん」
この声からは、先ほどまでのふざけた様子も、ウィズダムに対する棘を刺すような感情も、消えていた。
やはり気負っていたのかもしれない。
ルビーとタイムが行方不明になって取り乱す中、必死に仲間たちを引っ張ってきた彼女は、自分がそうしなければならないのだと決めつけて、そうあるように必死になっていたのだろう。
ミスリル自身、こういった事態に自分が弱いのは、十分わかっている。
そのために、今までは彼女を気遣う余裕がなかった。
だからこそ、思う。
ルビーがいないときにみんなを引っ張ってきたペリドットがこんな状態であるのならば、自分もしっかりしなければならない。
不安なのは、みんな同じなのだ。
これ以上、任せきりにするわけには行かない。
そう決意して、もう一度ウィズダムに声をかけようとしたそのとき。
どんっと遠くで音がした気がした。
その瞬間、音を立てて部屋が揺れる。
「な、何!?地震!?」
『違う』
「違うわ」
慌てるペリドットに対して、発せられた声はふたつ。
ウィズダムとミスリルが、はっきりと否定を口にしていた。
「大地は揺れていない。これは……空?」
「空って、もしかしなくても結界!?」
ペリドットが息を呑む。
すぐには頷くことはできなかったけれど、そうとしか考えられない。
『まだ破られてはいないようだ』
天井を見上げたままのウィズダムが、冷静なまま答える。
『だが、このままでは時間の問題だろう』
「戻ろう、ミスリルちゃん!!」
弾かれたようにペリドットが部屋を閉じだしていく。
それを追おうとして、ミスリルは足を止めた。
『どうした?』
それを不思議に思ったのか、ウィズダムが尋ねる。
「力を貸してはもらえるのかしら?」
『何?』
「忙しいのでしょう?あなた」
そう尋ねれば、ウィズダムは驚いたように目を見張った。
『術を通じて喚ばれるのであれば、当然だ。あれはそういうものだからな』
「……そう」
自分の声に、落胆が混ざったのがわかった。
何故そう思ったのだろう。
彼がそう答えるのは、わかっていたはずなのに。
不意に浮かんだ考えを振り切って、顔を上げる。
「では、私も行くわ。あなたは?」
『お前が離れても石の中に戻ることはできる。私のことは気にしなくていい』
「……わかったわ」
頷いて、背を向ける。
「あなたを喚び出すことがありませんように」
一言だけ、そう告げて、ミスリルはペリドットを追いかけて部屋を出た。
『同感だな』
扉を閉める直前、そんな声が耳に入ったような気がした。
彼がそういうのは、当然だろう。
自分が彼を喚び出すということは、精霊神法を使うと言うことなのだから。
「本当に、そうならないことを祈るわ」
扉の前で、ぽつりと呟く。
今の自分たちが、そこまでの戦いを乗り越えられるかどうか正直なところ不安だった。
「ミスリルちゃん!!早く!!」
上から降ってくるペリドットの声に、顔を上げる。
「今行くわ!」
上に向かって大声で返事をすると、ミスリルは扉に鍵をかけ、そのまま上に向かって階段を駆け上がった。

2018.10.14