SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

20:選択

再び祭壇の間に入る。
木製の扉を勢い良く開くと、中にいた人物は大げさに肩を跳ねさせて、驚いた顔で振り返った。
「あれ?お早いお戻りですね?」
「早くちゃいけないですか?」
「いや、そんなことはありませんが……」
目を丸くしてこちらを見たセラフィムを、ルビーは思い切り睨みつける。
そして、少し息の上がった自身を落ち着けるかのように深呼吸をすると、先ほどよりもよっぽど凶悪な目で彼を睨んだ。
「っていうかここの距離感やっぱりおかしいんだけど!戻るとき時間かからなかったのに、なんで来るときにはこう時間がかかるのわけ!!」
「ですから、それは空間が違うからですって」
「さっき聞いた!!」
「じゃあ聞かないでくださいよ」
「それでも文句言いたいものは文句言いたいです!」
「なんて理不尽」
げんなりとした表情で、セラフィムは肩を落とした。
それを見ていたタイムが、呆れたように息を吐き出す。
「ちょっとルビー。そんな話するために来たんじゃないでしょ」
「わかってるよ!!」
単に八つ当たりをしたかっただけだ。
これも全て、さっきのタイムとのやりとりのせい。
口にするべきことではないから、言われないけれど。
もう一度深呼吸をすると、ルビーはゆっくりとセラフィムに顔を向けた。
そこには、先ほどまでの怒りは浮かべない。
「腹が括れたので、返事をしに来ました」
はっきりとそう言えば、セラフィムの目がすっと細められる。
「あなたに言えばいいんですか?それとも」
「もちろん、精霊神に伝えていただけなければ困りますね」
にこりと微笑むと彼はくるりと背を向けた。
「今呼び出しましょう。少々お待ちください」
そう言いながら彼は、祭壇の上に刻まれた紋章へと顔を向ける。
「マリエス」
呼びかければ、紋章が淡い光を放った。
光はセラフィムの前に降り注いで形を作り、やがて女性の姿になる。
『はい、お呼びですか?』
「はい。マリエス。彼女たちが答えを持ってきたそうですよ」
ほんの少しだけ、マリエスの表情が、ほんの少しだけ強ばる。
その目が、ゆっくりとこちらに向けられた。
『選ばれたのですね?』
「はい」
静かに言葉を投げられて、ルビーは頷く。
『どうなさいますか?』
「引き継ぎます」
マリエスの問いに、答えたのはルビーではなかった。
「タイム!」
驚いて隣を見れば、タイムと視線が絡み合う。
その青い瞳が、ふっと笑った。
「先に言ってもいいでしょ。あたし、あんたの答え聞いてないし」
柔らかいその声に、思わず言葉を飲み込んでしまう。
その反応を肯定と取ったのか、タイムは微笑むと、顔を前へと向けた。
そこにいるマリエスが、真っ直ぐにタイムを見つめた。
『本当に、よろしいのですか?』
「はい」
もう一度投げかけられた問いに、タイムははっきりと頷く。
「先ほども言いましたが、こちらを選べば、あなた方は最後には人間界を離れなければならないですよ」
「はい。そのうえで、覚悟を決めてきました」
セラフィムが重ねて投げる問いにも、タイムは臆することなく答える。
「仲間たちから離れなくてはいけなくなったとしても、あたしは少しでも、未来を手に入れる力が欲しい」
それは先ほども、彼女の口から聞いた言葉だ。
それを隣で聞きながら、ルビーは目を閉じる。
無意識に拳を握り締め、彼女の言葉を頭の中で反復し、噛みしめる。
「それに、それだけじゃないの」
「え?」
予想もしなかった言葉に、ルビーは目を開けた。
隣を見ると、タイムは視線を足下へと落としていた。
髪に隠れてしまって、その表情は見えない。
「ここに来たときから、何かに呼ばれている気がする。ずっと」
それは、初めて聞く話だった。
先ほどは、話してもらえなかった言葉。
思わずじっと見つめてしまうと、ふとタイムがこちらを見た。
目が合った瞬間、彼女は申し訳なさそうに笑う。
「言ったでしょ。自分のためだって」
そう言われて、息を呑んだ。
何も言葉を返すことができずにいると、タイムの視線が外れる。
もう一度、マリエスへと顔を向けた彼女は、真っ直ぐに精霊の長を見つめたまま、口を開いた。
「それに会うためにも、あたしは、女神の力を引き継ぎます」
はっきりと、迷いのない口調で、告げる。
静かにタイムを見つめていたマリエスは、それを聞いて目を伏せた。
『……そうですか』
それ以上、マリエスは何も言わなかった。
少しの間、沈黙が続く。
顔を上げない彼女を見ていたセラフィムが、小さく息を吐いた。
かと思うと、その顔がくるりとこちらに向けられた。
「それで、あなたは?」
「え?」
突然声をかけられ、ルビーは思わず聞き返してしまう。
その様子に何を思ったのか、セラフィムはほんの少しだけ瞳に厳しさを宿らせて、もう一度尋ねた。
「あなたはどうするのですか?」
「あたしは……」
ほんの少しだけ混乱していた頭を、何とか整理する。
タイムの理由には、驚いた。
それで動揺してしまったと言わなければ、それは嘘だ。
けれど、だからといって、自分の想いが揺れることはないと思う。
タイムと話をして、見えた答えは、タイムの答えによって変えてしまえるような、そんな生半可なものではないはずだ。
だから、一度深呼吸をして、口を開いた。
「あたしもさっきの話を受けます」
真っ直ぐにセラフィムを、そしてマリエスを見て、答える。
「ルビー……」
「改めて聞きますが、本当にいいのですか?」
先ほどと変わらない表情のセラフィムが、もう一度尋ねる。
「あなたは、友人を無くすことを恐れているでしょう?こちらを選べば、ご友人たちとは離れることに、無くすことになりますよ」
心臓が、どくんと音を立てような気がした。
見ず知らずの他人であるはずのこの男に、自分の弱い部分が見抜かれているのは、何だか気持ちが悪いし、腹も立つ。
それでも、心の底から沸き上がってくる気持ちは、変わらないと思うから。
「離れることは、怖いです」
ぎゅっと拳を握ったまま、口を開く。
「でも、本当に怖いのは、きっと、何も出来ないまま死に別れる事だと思うから」
頭の中に過ぎったのは、まだ1年と少ししか経っていないはずの過去。
イセリヤと戦ったあのとき、自分の目の前に広がった光景。
「単純に1人になる事じゃなくって、喪うことだから」
たぶん、自分がずっと怖いと思っているのは、それで。
きっと、それがずっと、自分の原動力だった。
「だから、あたしもこの話、受けます」
真っ直ぐにマリエスを見つめて、伝える。
自分の想いを、答えを。
しばらくの間、マリエスは黙ったままこちらを見つめていた。
やがて、ゆっくりと目を閉じる。
『……わかりました』
静かに紡がれたのは、承諾の言葉。
再び目を開けた彼女は、静かにセラフィムが立っている場所の反対側へと目を向けた。
『サラマンダー、ウンディーネ』
彼女が呼びかけた瞬間、その場に炎が吹き上がり、吹雪が巻き起こる。
『ここに』
『はい、マリエス様』
炎が、吹雪が収まると、そこには人の青年の姿をした火の精霊と、同じく人の女性の姿をした水の精霊が姿を現した。
『継承の儀を、お願いします』
マリエスがそう告げた瞬間、2人の表情が、ほんの少しだけ強ばったように見えたのは気のせいだろうか。
『仰せのままに』
『かしこまりました』
恭しく頭を下げた精霊たちは、顔を上げるとこちらを見る。
『それではミューク、あなたはこちらへ』
『クリスタは、こちらへ』
祭壇の右側と左側、それぞれに移動しながら、精霊たちは2人に声をかけた。
「はい」
「……はい」
すんなりと答えたタイムの横で、ルビーは少し緊張した面もちで返事をする。
ふと、強ばった肩に、よく知る暖かさが触れた。
隣を見ると、青い瞳と視線がぶつかる。
「がんばってね」
励ますように微笑まれ、ルビーはほんの少しだけ眉を寄せた。
「あんたもでしょうが」
「じゃあお互いにってことね」
「はいはい」
そのまま持ち上げられた手に向けて、ぱちんと手を叩きつける。
少し乱暴なそれにくすくすと笑いながら、タイムは祭壇の右側で待つウンディーネの下へと歩いていく。
それに背を向け、ルビーは左側で待つサラマンダーの下へと歩を進めた。
『セラフィム様』
2人が、それぞれ精霊の前へ移動したのを見届けると、マリエスは側に立つ男へ声をかけた。
『お願いいたします』
「わかりました」
頷いたセラフィムが、軽く手を挙げる。
その途端、ずずっと地響きがして、地面が揺れた。
何事かと振り返った途端、床が浮いた。
そう思ったのは一瞬で、浮いたと思った石の床はそのまませり上がり、広間の壁と同じように視界を塞いでしまう。
「壁が!?」
『セラフィム殿に結界を張っていただいたのだ』
サラマンダーの言葉に、ルビーは驚いて目の前にいる彼を見る。
『継承の儀は、お互いに影響をうけない方がいいからな』
ごくりと息を呑んだのは、きっと無意識だった。
「何を、したらいいのですか?」
精霊の目を、真っ直ぐに見つめて、尋ねる。
ほんの少しの沈黙の後、サラマンダーは口を開いた。
『水晶をここに』
「水晶?」
予想もしなかった単語に、ルビーは一瞬目を丸くする。
思い当たるものかせないわけではない。
けれど、それのことだとは思えないまま、ルビーは腰に下げていた短剣を手に取った。
2本で一組のそれを重ねる。
すると、短剣は光に包まれひとつの水晶球へと姿を変えた。
真っ赤なそれを、サラマンダーに見せる。
「これのことでいいですか?」
『そうだ』
頷いたサラマンダーまの言葉に驚く。
まさか本当に『魔法の水晶』が必要だなんて思わなかった。
『これより我が身と、この水晶の中にある元素の女神の記憶を呼び起こす』
「え?」
『汝はその記憶に潜り、己の中に取り込み、自身のものにしてみせよ』
重要な言葉を聞いたような気がして、思わず声を漏らしてしまったのだとけれど、届かなかったのか、サラマンダーは淡々と話を続けていた。
「あ、あの……」
『よいな?』
「は、はい」
一歩踏み込んで尋ねようとしたけれど、有無を言わせぬ口調で妨げられてしまった。
頷くことしかできなくなり、ルビーは浮かんだ疑問を無理矢理押し込める。
『では、目を閉じよ』
「……はい」
言われるままに、右手に水晶を乗せたまま、目を閉じる。
軽く深呼吸をして、サラマンダーの言葉を持つ。
しばらくして、軽く息を吐くような気配がした。
『案ずることはない。継承の儀が終わったそのとき、汝の全ての疑問は晴れる』
「え?」
『始めるぞ』
降ってきたその言葉を確かめる暇もなく、手に乗せた魔法の水晶が光を放つ。
それは瞬く間に視界を埋め尽くし、ルビーは思わずぎゅっと強く瞼を瞑った。

2018.08.05