SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

17:真実の入口

「なんか距離感おかしくない!?この廊下!」
扉の前にたどり着いた途端、ルビーが叫んだ。
「絶対見えてる以上の距離歩いたでしょこれ!!」
「同感。さっき見に来たときより全然かかった気がするわ」
言いながら、タイムは後ろを振り返った。
そこには今まで通ってきた廊下が伸びている。
そう長くはなく、突き当たりの扉のない部屋の入口もはっきりと見えているというのに、見えている倍くらいの距離を歩いたような気がする。
2人ともそう感じているのならば、それはきっと、錯覚ではないのだろう。
「さっきの奴の仕業か。試練とでも言うつもり?」
「こんな生やさしいのが試練だなんて思えないけど」
「当然。そう言いやがったらぶん殴ってやる」
ぱんっと手のひらに拳を叩きつけながら、ルビーは目の前にある扉を睨みつけた。
目的地はその奥だ。
「ルビー」
「わかってるよ」
腰の短剣に手をかける。
そこに使い慣れたしっかりと収まっていることを確認する。
「いつまでも馬鹿やってないで、さっさと入ってこいって思ってるだろうし?」
そう言いながら、扉に手をかける。
観音開きに開くタイプの、大きな扉だ。
おそらくは、神殿と思われるこの建物の祭壇の間なのだろう。
扉に手をかけたまま、すぐ後ろを振り返った。
「いいね?」
「いつでも」
タイムの手にも、白い棍が収まっている。
それを見てほんの少しだけ笑みを浮かべると、ルビーは視線を扉へと戻した。
「じゃあ、行くよ」
力を入れてノブを回す。
そのまま勢いよく扉を開け放つ。
その途端、部屋の奥にいた黒い影がびくっと体を震わせた。
「おや、ずいぶんとお早いお着きで」
振り返った男は、目を丸くした。
感心したようなその声に、ルビーは思わず彼を睨みつける。
「それ、本気で言ってる?」
「ええ」
「殴らせてもらえる?」
「ええ?どうしてですか?」
飄々とした男の表情が初めて崩れ、その顔に驚きをありありと浮かべる。
それを見たタイムが、ちっと舌打ちをした。
「本気みたい」
「やっぱり殴る」
「ええええ?理不尽です!」
本当に意味が分からないと言わんばかりにセラフィムが声を上げた。
「廊下に距離を錯覚させる仕掛けをしておいてよく言うね」
「え?あ、ああ。あれで怒ってらっしゃるんですか?」
セラフィムがきょとんとした顔で聞き返してきた。
それを聞いた途端、ルビーのこめかみに青筋が浮かび上がる。
「やっぱりあんたか」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
ぐっと拳を握り締めると、セラフィムは慌てたような声を上げた。
「あれはいたずらとかではないんです!」
「いらずらだったら余計に悪い!!」
「だから違うんです!!」
ずんずんと詰め寄ってくるルビーを見て、セラフィムは慌てて首を横に振った。
制止するように両手を突き出して、数歩後ろへと下がる。
「あの廊下の途中から、空間が違うんですよぅ」
「空間が違う?」
「はいぃ」
先ほどまでの印象とは全く違う情けない声を上げながら、セラフィムはこくこくと何度も首を立てに振った。
それから深呼吸をするように息を吸って吐き出す。
「この部屋は特別な部屋になります。扉を開くのであれば、空間を繋げなくてはなりません」
少し落ち着いたような声で、彼は口を開いた。
「空間の境界線を越えようとしたとき、慣れている者であれば違和感なく抜けられるのですが、慣れていないと境界線を越えるのに時間がかかります。ゆえに、あなたたちにはあの廊下がとても長く感じたのでしょう」
ルビーがちらりとタイムを見る、
視線に気づいた彼女は、同意するように頷いた。
確かに、距離以外にも違和感があったような気がする。
それを彼女も感じていたのだろう。
「仕組みはわかった」
ルビーが深いため息を吐き出しながら拳が解く。
それを見るとセラフィムはほっと安堵の息を吐き出した。
「で、ここはどこなの?」
それでも、彼を睨みつけるルビーの眼光は変わらない。
ぎろりとした赤い瞳を向けられると、セラフィムはおやおやと肩を竦ませた。
「いきなりですか。もうちょっと会話を楽しもうと思いませんか?せっかちですねぇ」
「そうやって誤魔化そうとするのはわざとなの?」
ぎろりと睨み付けた途端、セラフィムは何故か目を丸くした。
「やはり、あなたにはそう返されますか」
「は?」
「いいえ、何も」
小声で呟かれた言葉が聞こえなくて、思わず聞き返せば、彼はにっこりと笑って首を横に振った。
それから、少し考え込むような仕草を見せる。
「ここは、そうですね。世界の境界線です」
「境界線?」
「はい。人間界と、そうでない世界の」
「人間界じゃない世界?」
タイムが驚いたような声を零した。
人間界でないというのならば、ここは一体何処だと言うのだろうか。
その疑問を口にする前に、セラフィムが口を開く。
「ここは人間界で言うなら、精霊の国の中央にある森の中の中心。そこにある古い神殿のような建物です。この国の人間は、確か封印の森と呼んでいましたか」
「封印の森!?」
彼の口から飛び出した名前に、ルビーは思わず声を上げた。
タイムも、反射的に口元を押さえて声を発することこそしなかったものの、驚きに目を見開いている。
「じゃあ、ここはあの森に張られている結界の中なの?」
「はい。そして同時に、別の世界でもあります」
別の世界という言葉に、少し頭が冷える。
ぱっと思いつくのは、自分たちの住む世界だけれど、感じる空気はそれではない。
「アース、というわけではないよね?ということは、妖精界とか、魔界?」
『いいえ。どちらでも、精霊界でもありません』
突然、女の声が響いた。驚くよりも早く、セラフィムの後ろに赤と青の光が現れる。
赤い光は燃え上がり、青い光は水を纏って渦を巻いていた。
『ここはこの世界で唯一、人間界と彼の世界が重なる扉の置かれた場所だ』
炎の中から男の声がした。
炎と水が、瞬く間に人の形を作っていく。
「戻りましたか」
振り返ったセラフィムがそう呟いたのとほぼ同時。
炎は天井に向かって燃え上がったかと思うと、消えていた。
水も音を立てて宙に飛び散り、消えていく。
それらが消えた後には、燃えるような赤い髪の男と、深い海のような青い長い髪の女性がいた。
「ウンディーネ様、サラマンダー様」
その姿を見たタイムが、驚いたようにその名を呼ぶ。
青い髪の女性の姿をしたそれは、こちらを見て微笑んだ。
『無事に目覚められたようで何よりです』
そう声をかけられて、ルビーもようやく、それが自分を助けてくれたという水の精霊なのだと理解する。
「助けていただき、ありがとうございました」
頭を下げて礼を告げれば、ウンディーネと呼ばれた精霊はその笑みを深めた。
『お怪我は大丈夫ですか?』
「はい。おかげさまですっかり」
『そうですか。よかった』
安堵の表情で、ウンディーネが笑う。
どうやら、自分の怪我はずいぶんと酷いものだったらしいと、ようやくそこで認識した。
確かに、気を失う前、だいぶ血が飛んでいた気がする。
「ウンディーネ様。人間界でも妖精界でもないのなら、ここはどこなのですか?」
治っている腕を見つめて、少しぼんやりしていると、タイムが身を乗り出した。
彼女のその問いに、そうだと思い直して顔を上げる。
『ここは神界だ』
答えたのはウンディーネではなく、サラマンダーだった。
聞き慣れない言葉に、ルビーは無意識のうちに息を呑む。
「神界って、神様の世界ってことですか?」
『……はい』
遠慮がちに帰ってきた言葉に、ふうを息を吐き出し、目を閉じる。
「やっぱり、あなた方が頂点ではないのですね」
ぼつりと呟いた言葉は、本当に小さなものだった。
けれど、それを聞き取ったらしい。
ウンディーネは、驚いたように目を丸くした。
『ご存じだったのですか?』
「以前、そのようなことをマリエス様が呟いていたと、仲間に聞いたことがあります。なら、別の神様が存在するんじゃないかと、ずっとそう思っていました」
視線を上げて、真っ直ぐに彼女を見る。
はっきりとそう告げれば、ウンディーネはため息をついた。
『そうでしたか……』
頬に手を当てたウンディーネは、困ったようにサラマンダーを見た。
彼は何も言わない。
ただ、静かに目を伏せただけだ。
2人とも、黙ったまま口を開かない。
その様子を見ていたセラフィムが、不意にわざとらしく「やれやれ」と呟いたかと思うと、肩を竦めてこちらを見た。
「その口ぶりだと、神という存在が何なのかも理解しているようですね」
「アースにはいろいろな宗教があります。それらと同じ認識でよければ、ですけど」
ぎろりとした目で睨み付けながらも、一応の軽度を保っているのは、七大精霊と呼ばれるサラマンダーとウンディーネの前だからだ。
そんなルビーの感情などお見通しとばかりに、セラフィムは笑みを浮かべる。
それから、何もない石の祭壇を振り返った。
「これならば、最初から本題に入ってしまってもいいのではないですか?マリエス」
『そうですね』
セラフィムが話しかけた場所から声が聞こえた。
涼やかな女性のそれに、精霊たちも驚いたように振り返る。
その場所に、淡い光が溢れた。
その光の中から、白い清楚なドレスのような服を纏った、長い髪の女性が姿を現す。
何度か姿を見たことのあるその女性は、こちらを見てふわりと微笑んだ。
『マリエス様!?』
『いつの間にこちらに?』
『セラフィム様がこの部屋に入られたときから、ですね』
驚きの表情で尋ねる精霊たちに、マリエスはにこりと微笑んだ。
その笑顔は、どこか寂しそうに見えた。
そう思ってしまったことが、心に引っかかる。
でも、今大事なことは、そこではない。
「マリエス様」
ルビーは一歩前へと踏み出す。
この世界では、全知全能の神だと思わせている、精霊たちの長の前へ。
「お願いします。今この世界で起こっていることを教えてください」
真っ直ぐにその目を見つめて、願う。
マリエスは、静かにその目を見つめ返した。
そして、ゆっくりと頷く。
『わかりました。よろしいですね?セラフィム様』
「ええ」
マリエスが敬称をつけて呼んだ男は、薄く笑みを浮かべたまま頷いた。
頷き返したマリエスは、少しだけ間を置いてから、口を開いた。
『今この世界に起こっていることをお話しするには、この世界の創世記に起こった戦争の話からしなければなりません』
「創世記……」
タイムの呟きが聞こえた。
まさか、そんな大昔からの出来事だなんて思わなかった。
『聖域大戦。神界や精霊界では、そう呼ばれています』
「聖域大戦!?」
『はい』
驚いて問い返せば、マリエスは静かに頷く。
その言葉は、聞いたことがあった。
ペリドットが奮闘した、ダールパウダーの事件。 あのとき、散々調べた、人間界には残っていないと言われた伝説だ。
思わず勢いよく問い詰めそうになるのを、ぐっと堪える。
「……聖域というのは?」
「それは、私からお話ししましょうか」
セラフィムが笑みを浮かべたまま割って入った。
マリエスがお願いしますと答える。
たぶん、そこについては彼女よりも、その男の方が詳しいと言うことなのだろう。
どちらにしても、こちらに反論する余地などない。
セラフィムがもったいぶったかのようにゆっくりと口を開くのを、ルビーは黙って待つしかなかった。

2018.01.28