SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

1:崩壊の序曲

空気が震えている。
ほんのわずかに、けれど確かに。
少しずつ、歪みを確かなものにしながら広がっている。
それを、彼は次元の狭間からただ見下ろしていた。
彼の目には、その場所に入る罅のようなものが確かに映っていた。
けれど、彼は何もしない。
ただそれを見つめているだけだ。
「またここにいたのか、ダークネス」
不意にかけられた声に、彼が驚くことはなかった。
ただゆっくりと、罅を見つめていたその紫色の瞳を背後へと向ける。
「よう。サラン」
「だから略すな」
いつものように軽く呼びかけると、炎のような赤い瞳でぎろりと睨まれた。
「いいじゃねぇかよ。長いじゃん、サラマンダーって」
「お前もダークなどという呼び方は嫌だろう」
「え?別に?かっこいいじゃん、ダーク」
あっさりとそう答えれば、途端にサラマンダーは黙り込んだ。
どうやら肯定するのを期待していたらしい。
それ以上続けられなくなったのか、サラマンダーはわざとらしく咳込んで見せると、視線を逸らした。
「くだらない話をしに来たのではない」
「いいじゃんかよ別に。相変わらず堅いなぁ」
「ダークネス」
再び炎のような瞳に睨まれる。
それを見て肩を竦めると、ダークネスはぼりぼりと頭を掻いた。
視線が、そのまま彼らの遙か下方にある罅へと戻る。
「ここの罅ならご想像どおり。日に日に大きくなってるよ。いつまで持つかも、もう時間の問題だろうな」
急にトーンを落として口にされたその言葉に、サラマンダーは先ほどまでは別の意味で眉を潜めた。
「やはりあの吸血鬼の影響か」
「直接どうかは知らねぇが、トドメ刺したんは事実だろうな」
少し前にベリーの倒した吸血鬼。
あれは、もう2年近く前になる帝国ダークマジックの異世界侵略の際に、一度ベリーに次元の狭間に飛ばされた。
本来なら、その空間では物質的な肉体を持つ者は生きることなどできない。
物質界に存在するような空気がないのだ。
異世界同士を繋ぐゲートを使用するときのように、一瞬通り抜けるだけならば影響はないが、閉じこめられるようなことがあれば、まず生きられない狭間の空間。
物質界とは少し軸のずれた世界に住まうダークネスたち精霊や、それと似た身体構造をしている妖精たちならばともかく、人間界や魔界の住人が生きていられるはずがない。
あの吸血鬼は、何らかの理由でその空間で生き延び、次元を破って人間界インシングへと戻ってきた。
そのときの負荷が、次元の狭間の中に存在する『ある空間』に、確実にダメージを与えていた。
「……目覚めると思うか?」
「ああ」
サラマンダーの主語のない問いに、けれどダークネスは迷わずに答える。
「近いうちに、必ず……だろうな」
「そのときお前はどうする?」
その問いに、ダークネスは一瞬だけサラマンダーを見た。
「どうしもしねぇ」
その視線は、すぐに元に戻される。
「決めるのは俺たちじゃない。あの方がどうするのかと、それが決まった後に他の方々がどうするか、だろ?」
何も感じていない風を装って、そっけなく答える。
「……そうだな」
それに返ってきた声から落胆の色を感じて、ダークネスは再びサラマンダーを見た。
「選んでほしくなさそうだな」
「そう見えるか?」
「ああ」
軽くそう返すと、サラマンダーが目だけをこちらに向けた。
それを見つめ返し、薄く笑ってみせる。
「俺もそうだしな」
サラマンダーの炎のような瞳が、驚いたように、ほんの少しだけ見開かれる。
「……そうか」
呟くようにそう答えたかと思うと、彼は小さく息を吐き出して目を閉じた。
そのとき、唐突に空間に音が響いた。
「な、なんだ?」
何かが割れるような音、いいや、裂けるような音に、2人は下方を見下ろす。


その瞬間視界に入ったものに、2人は同時に目を見開いた。
『これは……っ!?』
『やべえ!逃げるぞ!!』
サラマンダーが息を呑んだ瞬間、ダークネスが叫ぶ。
その声が最後のきっかけであったかのように、2人の遙か下方にある罅が一気に大きくなり、ガラスの割れるような音共に、その空間を引き裂いた。
引き裂かれた部分から溢れる光に飲み込まれそうになった2人は、その場所から普段いる空間へと間一髪で転移する。
慌てて辺りを見回し、何もないことを確認すると、ダークネスは思わす安堵の息を吐き出した。
『おい、サラン。無事か?』
慌てて腕を掴み、一緒に転移をさせたサラマンダーに声をかける。
けれど、返事はない。
『サラン?』
どうしたのかと思い、彼の顔を見てぎょっとする。
『お、おい。顔真っ青だぞ?大丈夫か?』
『大丈夫なものか』
『あ?』
炎のような赤い瞳でぎろりと睨みつけながら、いつもと変わらない口調でそう言われ、ダークネスは思わず眉間に皺を寄せる。
けれど、サラマンダーはそんなダークネスの様子には気づかず、再び視線をもう何もない足下に落として、呟きのような小さな声を漏らした。
『……あの場所が、裂けたということは……』
『ついに、お出でなすったってことだな』
サラマンダーが何を言いたいのか手に取るようにわかっているダークネスが、ぼそりと呟く。
その途端、サラマンダーが怒りを灯した鋭い目でこちらを睨みつけた。
普段は冷静な知識人のふりをしているくせに、こんなときばかり酷く動揺した様子の彼を見て、ダークネスは呆れたように息を吐き出す。
『イセリヤ=ダマークとルージュ=ジュミア、あと、ネヴィル=デイヴィスだったか?あいつらがそりゃあもう昔から探していた大ボスって奴が』
それに続けて言ったその言葉に、サラマンダーは自身の拳をぎゅっと握りしめた。
『……っ。あのとき、ミルザがあれを始末してさえいれば……っ』
『んなこと今言ったってしょうがねぇたろうが。つーか、俺らがあの人呼び捨てにしていいのかよ』
ミルザが生きていたのは、もう1000年も前の話だ。
あるきっかけ以来、寿命という概念を失った自分たち精霊にとってはそれほど遠い昔ではないかもしれないが、せいぜい50年か60年ほどしか生きることのない人間にとっては、とてつもなく長い時間である。
それに、本来ミルザは、『単なる精霊』でしかない自分たちが、見下していい相手ではなかったはずなのだ。
彼が、精霊神によって『勇者』として選ばれたのは偶然でもなくでもなく、相応の理由があったのだから。
『ほら。とりあえずマリエス様に知らせに行くぜ』
完全に冷静さを失っているサラマンダーにそんなことを言っても仕方がないと判断したダークネスは、まだ呆然と足下を見つめている彼に声をかけ、転移の準備を始める。
見てしまったもの、起こってしまったものは仕方がない。
遠くない未来にあの場所がこうなることは、自分たちの誰もが予想をしていたことだったのだ。
まさか、目の前で起こるとは思わなかったけれど。
『さて。こっちはどう出たらいいのかね』
問題なのは、そこだった。
けれど、それも今ここで悩んでも仕方がない。
軽く首を振ってそう思い直すと、ダークネスは気を引き締め直し、まだ冷静さを取り戻せないサラマンダーの衣服の裾を掴み、その場を後にした。

2015.09.21