SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

29:試練の姿

ベリーの手にしていた呪文書が独りでに開き、ページを巡る。
開かれたページから溢れた光が、そのままベリーを包み込んだ。
「ベリー!?」
『おっと』
驚き、駆け寄ろうとしたアールを、一瞬で彼女の前に移動したダークネスが制止する。
『お前はそっちで見てな』
その言葉にアールは思わず彼を見た。
目が合った途端、ダークネスは苦笑する。
『睨んでくれるなよ』
「そんなつもりは……」
『ここは本来ならミルザの血を引く奴しか入れない場所。興味本位で近づいたなら、身の安全は保障できないぜ』
反論しようとした言葉を遮られ、少し強めの口調でそう告げられる。
その言葉に、アールは踏み出そうとした足を留め、指定された場所まで移動した。
その間にベリーを包んでいた光は弱くなっていた。
いつの間にか目を閉じた彼女は、光に包まれたままそこに立ち尽くしている。
ぴくりとも動かないその姿に少しだけ不安を覚え、アールは楽しそうに彼女を見ているダークネスに尋ねた。
「彼女は、どうしたのですか?」
その問いに、ダークネスはこちらに視線を向け、不思議そうに首を傾げる。
『どうしたっていうと?』
「さっきから、ずっとああして立ったままでしょう?」
『ああ……』
そう尋ねれば、彼は漸く意味を理解したと言わんばかりの反応を見せた。
その顔はベリーに向けられたまま答える。
『今彼女は試練の真っ最中なんだ』
「試練、ですか?」
『彼女たちは肉体で体感したと思っているようだけどな』
確かに、タイムやレミアたちはそう言っていたような気がする。
今までは試練の際、誰も立ち会う人間がいなかったから、彼女たちの話を信じていたけれど。
今その様子を見たアールは、初めてその違和感に気づく。
「知覚を違える……」
彼女たちが嘘を言っているようには思えない。
ダークネスの言うとおり、本当に彼女たちはその試練を実際に肉体で受けたと思っているのだろう。
「彼女たちが受けている試練とは、どのようなものなのですか?」
何となく疑問に思って、尋ねた。
肉体で体感させたように感じる、けれど実際は、おそらく精神のみが受けている試練。
それに、どんな意味があるというのだろう。
『普通だぜ?他の奴らから聞かなかったのか?』
「普通、とは思えないのですが……」
あっさりと、はぐらかすような答えを口にしたダークネスを、アールは困惑した表情で見つめる。
ダークネスは困ったように頭を掻くと、ベリーに視線を戻してしまう。
答えてもらえるはずもないかと諦めようとしたそのとき、唐突にダークネスが口を開いた。
『こいつらが試練で出会っているのは自分の親だ。が、こいつらの親は全員異世界で死んでいる』
その話は、知っている。
だいぶ前に、彼女たちから聞いた話だ。
年が二桁になる前に、先代は全員事故で死亡したのだと。
『いくら俺たちでも、そんな奴らの魂を人間界に降ろして生存している奴と戦えるほどに実体化させるのは無理だ』
「七大精霊と呼ばれるあなた方でも、ですか」
アールの問いに、ダークネスの視線がこちらを向いた。
その目が変の少しだけ細められ、口は薄く弧を描く。
それは、苦笑のように見えた。
『まあ、そういうわけでだ』
明確な答えを告げることはなく、ダークネスは両手を肩の高さまで上げると、仕方ないとばかりに首を振る。
『生きている方の魂を一時的に肉体から離し、この神殿の中に存在している異空間で魂同士で対面してもらってるってわけだ。体感したように感じるのはその空間の影響、ってとこかな』
作ったのは自分ではないから、詳しくはわからないとダークネスは笑う。
その話を聞いていて、アールはふと疑問を感じた。
「……聞いてもよろしいか?」
『うん?』
二度目の質問に、ダークネスは不思議そうに首を傾げる。
それを了承の意だと受け取って、アールはさらに尋ねた。
「精霊神法とは、そこまでしないと得られないものなのですか?」
彼女たちの扱う呪文が、特別なものだと言うことはわかっている。
けれどそれは、魂となって、死んだ自身の親と戦うなんてことをしなければ得られないような物なのか。
そうであるからこその試練なのだろう。
それは理解しているつもりであったけれど、何故か聞かずにはいられなかった。
『……さあ?』
しかし、返ってきたのは予想に関して、無責任なそんな言葉だった。
重みの全くないそれに、アールは思わずダークネスを見る。
『おっと。悪かったって。睨むなよ』
そんなつもりはなかったのだけれど、どうやら表情がだいぶ厳しくなっていたらしい。
ふいっと視線を逸らせば、ダークネスは困ったように笑った。
『正直俺に聞かれても困るんだよな』
その、妙に煮え切らない言葉に、アールはもう一度、視線だけで彼を見る。
『決めたのはマリエス様とミルザだ。試練の意味は、その2人に聞いてくれ。俺たちの仕事は試練まで導くことと、試練の間、見守っていることだからな』
だから内容までは関与できないのだと、そう言って彼は息を吐き出した。
ふと、その表情が動く。
彼は再び視線をこちらに向けたかと思うと、片目を閉じて人差し指を自身の口元に当てるような仕草をする。
『今の話、こいつらには内緒な?そろそろ戻ってくるぞ』
「え?」
そう言われ、アールはベリーを見る。
いつの間にか、彼女を包んでいた光が消えていた。
呪文書がゆっくりと閉じられ、ベリーの手の中に収まる。
それをしっかりと握った手を下ろすと、彼女はゆっくりと当たりを見回すように頭を動かした。
「ここは……」
「大丈夫か?ベリー」
近寄って彼女の顔を覗き込む。
まだ少しぼんやりとしている紫の瞳が、ゆっくりとアールを見た。
「アール……。ダークネス様……」
言葉を口にして、漸く意識がはっきりしてきたのか、ぼんやりとした瞳が徐々にはっきりとした意思を持つ。
数回瞬きをした後、ベリーは深呼吸をするかのように息を吐き出した。
「私は、戻ってきたのね」
「……ああ」
ずっとベリーの姿を見ていたアールにとって、彼女の『戻ってきた』という言葉には違和感があった。
けれど、ダークネスから話すなと言われた以上、それを告げることはできなかったから、少しを開けてしまったけれど、同意するように頷く。
ベリーはその返答に何の疑問も抱かなかったらしい。
少し落ち着いた表情を浮かべたまま、彼女はくるりとこちらを向いた。
「ごめんなさい。ずいぶん待たせてしまって」
「え?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
目の前の友人の表情が訝しげに歪んだのを見て、少し遅れて漸くそれを理解する。
「いや、すまない。そんなに長くは待っていなかったと思って……」
『そのとおり』
横からダークネスが割って入ってくる。
彼はベリーの肩をぽんっと叩くと、笑みを浮かべた表情のまま告げた。
『まだお前が試練を始めてから30分も経っていないぞ』
「え?」
その言葉に、ベリーは僅かに目を瞠った。
「そう……。本当にあの空間とここでは体感時間が違うのね」
「体感時間が違う?」
「ええ。前にタイムが似たようなことを言っていたの」
「そうか……。あいつが……」
以前タイムがエルランドに渡りたいと頼みに来たときのことを思い出す。
あのときの彼女も、いや、彼女だけではなく他の3人も、きっとベリーと同じ試練を受けていたのだろう。
たぶんそれは全て、ダークネスが言っていた、『魂で受ける試練』なのだと思う。
何故かはわからないけれど、それに妙な違和感を感じた。
『さて。戻ってきたってことは、試練は終わったんだな?』
唐突に耳に飛び込んできたダークネスの声に、アールははっと我に返る。
顔を上げたときには、呼びかけられたベリーは真っ直ぐに宙に浮く彼を見ていた。
「はい」
『そっか』
迷いのない答えに、ダークネスは満足そうに笑う。
『なら、お前はもう精霊神法を体得できているはずだ。あとは、全部お前次第ってところだな』
「はい」
ほんの少し、ベリーの声が強ばったような気がした。
それを聞いたダークネスが苦笑する。
『そんな堅くなるなって。他の奴らも使いこなせてるんだろう?じゃあ、お前もきっと大丈夫だよ』
「……わかって、います」
ベリーが、下ろしたままの拳をぎゅっと握り込んだのが目に入った。
おそらく不安なのだろうと思う。
手に入れた呪文を扱えるのかどうか。
他の5人も、最初はそうだったと聞いているから。
『……ったく』
ダークネスもそれがわかっているのだろう。
仕方がないとばかりにため息を吐き出すと、気分を切り替えるかのように軽い口調で問いかけた。
『で?お前たちこれからどうするんだ?』
「どうするんだ、とは……」
『お前の目的は果たしただろう?』
その言葉に、ベリーははっと息を呑んだ。
彼女のここでの目的は、精霊神法を得ることと、異世界への扉が開くことができない理由をダークネスが知っているかどうか確かめること。
その二つが果たされた以上、もうここにいる理由はない。
「エスクール王都に行ってみようと思っています」
少し考えるような仕草をした後、ベリーははっきりとそう言った。
「ゲートが開かない。マリエス様なら、何か知っているんじゃないかと思って。それに……」
「あの吸血鬼か?」
「ええ」
アールが尋ねれば、ベリーはこちらを向き、はっきりと頷き返す。
「城に行けば、あれの情報もあるんじゃないかと思うの」
エスクール王国は、国内各地の情報にも気を配っている。
あの街は大陸の最北端に位置する王都にも比較的に近い場所だ。
きっと何かしらの情報は入っているだろうと考えたのだろう。
「あれがあの町だけで収まっているとも思えないしな……」
吸血鬼の目的が、ダークネスの言うとおり精霊だと言うのならば、奴らは精霊が宿るというこの国全体を探すつもりだろう。
そうなった場合、被害があの街だけで収まるとは思えなかった。
『なんだかよくわからないが、とりあえず決まってるならどうする?すぐに発つのか?』
「はい」
『了解』
ベリーがはっきりと返事をすると、ダークネスは笑みを浮かべた。
『じゃあ少しの間結界を解くから、その間に行けな』
そう言った彼が両腕を広げる。
その瞬間薄暗かった神殿の中に、ほんの少しだけ風が吹き込んだような気がした。
ダークネスを見上げれば、彼はにやりと笑みを浮かべる。
「アール」
「ああ。行くぞ」
ベリーに声をかけられるまでもなく、彼女の手を掴む。
彼女が目を閉じたのを確認すると、口の中で言葉を紡ぎ、転移の為の魔力を練り上げた。






ぶわりと空気が震えたかと思うと、目の前にいた2人の人間が消える。
その魔力の気配が自分の領域から遠ざかったことを確認すると、ダークネスは両手を起こした。
ほんの少しの間穴を開けていた結界が、たちまちのうちに修復されるのを、大気中の魔力が震えるのを通して肌で感じる。
「行ったようですね」
完全に修復が終わり、一息ついた瞬間、背後からそんな声が聞こえた。
驚いて振り返れば、そこにいたのは見知った顔。
黒い服に身を包んだその人物を見て、ダークネスはため息を吐き出した。
『いつからそこにいらっしゃったんです?』
「ずっとですよ?」
『そうですか……』
あっさりと、それも笑顔でそう答えられ、ダークネスはもう一度ため息をついた。
そんな彼の様子が愉快だとばかりに、黒い服の男はにこにこと笑う。
「どうでしたか?彼女は」
その笑顔のままそんな質問をされ、ダークネスは思わず彼を睨みつけた。
『どう、というのは?』
「ちゃんとあの呪文は使えそうですか?」
『ああ……』
そんなことかとばかりに声を漏らすと、ダークネスは薄く笑った。
『心配なんてしたことはありませんよ』
まるで笑い飛ばすようなその口調に、黒い服の男が目を丸くする。
『あれは、あの人にしか使えないものですから』
そう言って自信満々に言ってやれば、彼も満足したような笑みを浮かべた。
そんな、自分を見透かしたような彼の態度に、ほんの少しだけ不満を感じたけれど、それを口にすることはしない。
それよりも、ダークネスにはずっと気になっていることがあった。
『それよりも……』
「問題ありません」
問いかけるより先に答えが返ってくる。
思わず黒い服の男を見れば、彼はにこりと笑った。
「既に『彼』が動いてくれているようですから」
その言葉に、今度はダークネスが驚いて目を瞠った。

2012.04.06