SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

15:師弟

「着替えは済んだか?」
「ええ、一応」
アールに声をかけられ、ベリーは頷く。
この島に上陸してすぐ、2人は側にあった雑木林に入った。
そこでリーナが予め用意してくれていたこの国の民族衣装に着替えたのだ。
アースの日本というよりも、日本と中国の衣装が混じり合ったようなアジアンテイストのそれ。
少し複雑なそれに着替えたベリーは、ふうっとため息をついた。
「それにしても面倒な国ね。普通に入国できないなんて」
「……まあ、な」
文句を呟けば、アールは困った顔で笑う。
その笑顔に何となく違和感を感じた。
苦笑というよりも、申し訳ないという想いを感じるようなそれ。
その顔に、ふとボートに乗った頃から考えていた疑問を口にする。
「リーナの前では聞かなかったけれど」
ふと言葉を口にすれば、アールは不思議そうな顔でこちらを見た。
セレスあたりなら、彼女のその顔を見ただけで、その続きを口にすることを戸惑うだろうか。
けれど、ベリーは躊躇することなく続きを口にする。
「もしかして、幻零が関係しているの?」
そう尋ねた瞬間、アールの自分よりも明るい紫の瞳が、僅かに見開かれた。
「……気づいていたのか」
「まあ、なんとなくだけれど」
本人に自覚はないだろうけれど、表情豊かなアールがこんな顔をし、リーナがあれほど気が進まないという態度を示したその理由がこの国というのなら、考えられるのはそれしかない。
自分たちが倒した、あの和国出身だったというダークマジック帝国四天王を名乗ったあの女――幻零。
アールが一時期あの女の弟子であったことを考えれば、その答えに辿り着くのは容易だった。
「聞くところによると、幻は、この国でもかなりの地位にいたらしい。それを当時のイセリヤの側近が暗殺したのではないか、という噂が流れているらしいんだ」
「なるほど、ね……。それであなたもリーナも警戒していたわけなのね」
「ああ」
確認するようにそう尋ねれば、彼女は頷く。
その言葉で、何となく察した。
マジック共和国が帝国だった時代、真実を知らなかった頃のアールもイセリヤの側近だった。
そして、アールはイセリヤの命令で幻零を師事していた。
つまり、彼女はこの国で、幻零を暗殺した犯人だと思われているのだろう。
だからこそアール自身もリーナも、この国をあれほど警戒したいたのだ。
けれど、その事実には気づかないふりをして、尋ねる。
「ということは、名前を呼ぶとまずいのかしら?」
「ああ、おそらく、な」
アールという真実を知る前の名前も、アマスルという本名も、きっと知られすぎている。
だからこそベリーはそう問いかけ、アールも戸惑いながらもそれを肯定した。
「わかったわ。なら、私のことはこれから『(すず)』と呼んで」
「は?」
突然の言葉に、アールは思わず間抜けな声を上げた。
それを無視して、ベリーは続ける。
「それから、そうね……。あなたは『(あゆ)』でいいかしら?」
「ベリー?」
不思議そうに尋ねる彼女の顔を見て、思わずため息をついた。
いくらこの状況で平常心ではいられないからと言っても、呆けすぎだろう。
「そのままの名前だと、気づかれるでしょう?」
そう言えば、漸くアールはベリーの言葉の意味を理解したらしい。
一瞬目を瞠ったかと思うと、困惑したような表情でこちらを見つめる。
「幻を見た限り、インシングの人って国によって人種の違いなんてほとんどないみたいだし、名前を変えればある程度誤魔化せるんじゃないかしら」
「あ、ああ」
「あら?もしかして、この国だけ言葉が違うとか?」
「い、いや。そんなことはなかったはずだ」
「そう。なら問題ないわね」
歯切れの悪い返事をするアールに、ほんの少しだけ抱いていた不安の理由を確かめてみる。
その問いにアールが首を振ると、ベリーはにやりと笑った。
文字が違うことは、幻と戦ったときに気づき、知っていた。
けれどその文字は日本語に似ていたし、アールはその文字を読めるはずだから、この点は心配していない。
問題は言葉だったけれど、それが同じというなら何も問題はないだろう。
なら、もうここに留まっている必要もない。
「じゃあ、とりあえず近くの町にでも行きましょうか」
アールの荷物から勝手に地図を取り出して、町を探す。
さっさと荷物を手にすると、そのまますたすたと歩き出す。
その姿を思わず呆然と見ていたアールは、去っていく背中を見て我に返った。
そうして漸く状況を認識し、思わずため息をついた。
「……まったく」
そう呟いて、苦笑を浮かべる。

適応が早いというか何というか。
マジック共和国城まで、高速艇を貸してほしいと頼みにきたときの気弱さが嘘のようだ。

「歩」
いつまでも歩き出そうとしないアールに苛立ったのか、立ち止まったベリーの紫紺の瞳がぎろりと睨みつけてくる。
それを見て、アールはくすりと笑みをこぼした。
「ああ、今行く。……鈴」
呼び慣れない名前を口にしても違和感を感じなかったのは、彼女のアースでの名前から一字を取ったものだからだろう。
その事実に気づいて安直だと内心で苦笑すると、アールは荷物を持って歩き出した。



「しかし、手がかりが『この国に来た』というものだけなのは厳しいな」
町を目指して森を歩きながら、アールが呟く。
「そうかもね」
「そうかもねって、お前……」
あっさりと答えれば、呆れたような言葉が返ってきた。
その言葉に、視線だけを彼女に向けて、言い返す。
「最初は全部こうなのを覚悟していたわ。むしろ、今までがあっさり見つかりすぎなのよ」
「そうなのか」
「ええ。だって、精霊様は全くヒントをくれなかったんだもの」
そう、ダークネスは何も教えてくれなかった。
だから本当は最初から全部手探りの、終わりの見えない旅になるはずだった。
けれど、ひょんなことからヒントを得ることができた。
そのおかげで、この旅は予想と真逆で順調だった。
それだけなのだ。
何故彼がエクリナの祠なんて場所を知っていたのか、今でもわからないけれど。
「でも、今までの2か所のおかげでわかったこともあるわ」
「何だ?」
呟くように言えば、アールが森の先に向けていた視線を真っ直ぐにこちらへと向けてくる。
一瞬だけそれを見返して、再び前へと視線を戻したベリーは、一呼吸置いてから言葉を続けた。
「この旅は、たぶん旅をやめる直前のミルザの軌跡を追っている。つまり、ミルザの情報を追っていけば、『鍵』のある場所が分かるはずなのよ」
「この国で、それを探すと?」
「そういうことになるわね」
尋ねられた言葉にはっきりと答えれば、アールはため息をついた。
「やはり難しいな……」
「でもやるしかないわ」
はっきりと言葉を返せば、アールはもう一度こちらを見る。
その視線を気にせずに、ベリーははっきりと決意を口にする。

「探し出す、絶対に。ミルザの軌跡を」

それは、もう一度自分に言い聞かせるための言葉だったのかもしれない。
漸く形を持った目標を、しっかりと認識したかっただけなのかもしれない。
「……そう、だな」
だから、アールのその力のない同意の言葉も、そのときのベリーは気にならなかった。
気に、しなかった。

2010.11.10