SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

3:犯人探し

「グールパウダーっ!?あの薬がっ!?」
「……うん」
叫ぶアールの言葉に、ペリドット珍しく神妙な顔つきで頷いた。
「本当、なのか……?」
「こっち来る前にミスリルちゃんとルビーちゃんで実験したって言うから、間違いないよ」
愕然とした表情で尋ねるアールに僅かに戸惑いながらも、ペリドットはしっかりとした口調で答える。
あの時屋上で感じた魔力の気配は、分析の結果、薬に嫌な予感を抱いたミスリルが、屋上にいた猫にそれを飲ませたことによって発生したものだったらしい。
念のために情報収集に出ようとしていたルビーを引き止めて、可哀想だと思いながらも行った動物実験は、彼女の予想どおり最悪な結果を呼び起こした。
猫は魔物化し、2人はその場で襲われたのだ。
結果、ルビーの髪をまとめていたゴムは攻撃を避けた際に引きちぎられ、ミスリルの手の甲の傷もそのときに負ったのだという。
そのミスリルは現在、2人とリーナを追い出したシルラの部屋に篭もり、彼の容態を診察している。
あくまで薬師でしかない彼女に詳細な診察はできないだろうけれど、それでも全く知識のない自分たちよりはマシなはずだ。
「ミスリルちゃん、容態を見て解毒剤を作るって言ってたけど、症状の進行によってはそれも効かないっていう話で……。今ルビーちゃんとセレちゃんが、解毒剤がなくても何とかできるかもしれないティーチャーを呼びに行ってる」
事情を説明せずに篭もってしまったミスリルの代わりに、ペリドットは自分のわかる範囲で2人に現在の状況と自分たちの立てた対策を説明する。
「そうか……」
その説明に、アールが気落ちしたように息を吐く。
その少し後ろで、リーナもやりきれない表情を浮かべて俯いていた。
おそらく見抜くことのできなかった自分を責めているのだろう。
「それでね。提案があるんだけど」
暗い表情のアールとリーナに、ペリドットは努めて明るく声をかける。
「ミスリルちゃんの診察が終わるまで時間があるし、場合によってはティーチャーが来るまで何もできないかもしれないし」
ミスリルの調合した解毒剤を飲ませて容態が変わらなければ、あとはティーチャーに頼るしかない。
そうなれば、今ここにいる自分たちではどうにもならない。
「だから犯人探ししない?」
にっこりと笑って提案すると、2人は驚いたような表情になった。
「犯人探し?」
「うん」
その笑顔のまま頷いたペリドットは、ふと真剣な表情を浮かべ、リーナを見た。
「シルラ君にあの薬出したヤボ医者、わかってるんだよね?」
「ええ、それは……」
「その医者って評判いいんでしょう?」
「ええ、そう聞きましたが……」
「だったら、まずいかもしんないし」
「まずい……?」
ペリドットの言葉の意味が判らなかったらしいアールが聞き返す。
リーナも同様の反応を見せているところを見ると、2人とも今回の件で相当参っているらしい。
著しく落ちている2人の認識力に思いきりため息をつくと、ペリドットは思い切り声を張り上げた。
「だーかーらー。そのヤボ医者が毒を盛ったの、シルラ君だけとは限んないでしょ?」
「あ……!?」
ペリドットのその言葉に、2人は漸く気が付いたといわんばかりに声を上げた。
そんな2人の様子に、ペリドットはもう一度ため息をつく。
「ここ数週間、よく大丈夫だったね、この国……」
「す、すみません……」
「面目ない……」
思い切り呆れ顔を浮かべて言ってやると、2人は本当に情けない表情を浮かべ、ぽつりと返した。
「あたしに謝られても……。で?どうすんの?」
「え?」
ペリドットの問いかけの意味が理解できなかったらしい。
2人はらしくもないきょとんとした表情で聞き返す。
それに本日何度目になるかわからないため息をついて、ペリドットは思い切り息を吸い込んだ。
「だから!犯人探し行くの行かないのっ!!」
「あ、ああ。行こう。すぐに調査員を編成して……」
「ちょい待ちっ!」
慌てて兵舎に向かおうとするアールの肩を、ペリドットがむんずと掴んで止める。
その拍子につんのめってしまったアールは、不満そうな表情でこちらを振り返った。
「あのねぇ、アールちゃん。薬の分析したの、誰だっけ?」
「え……?ミスリルだろう?」
「そうだよ。だから無理」
「え?どうして……」
「ミスリルちゃん、お城つきの専門家とかじゃないっしょ?」
そうなのだ。
実はミスリルの父の家系は、かつてエスクール王家お墨付きの薬師だった。
しかし、彼女の祖父がアースに移住してしまって以来、その名声は途絶えていて。
母親の性を名乗っている今、彼女自身は無名の薬師と言ってもよい。
いくら腕が良くても、そんな人間の話、評判がいいと言われている医者が信じるだろうか。
答えは否だ。
「そんな無名の薬師」と笑い飛ばされるに決まっている。
そもそもミスリルのこちらでの本業は人形師なのだから、余計に説得力がないだろう。
「で、でも、ミスリルとルビーが試した猫……」
「とっくに消滅済みだよ。こっちと向こうじゃ空気違くて、本当は悪魔族は存在できないんだから」
「そうなのか……?」
「前にフェリアちゃんとセレちゃんが言ってた」
魔族の中でも『悪魔』という種族は、魔力のない空間では存在することができないのだという。
インシングでは空気中に存在する魔力は、アースにはない。
その世界で自分たちが呪文を使うことができるのは、先祖代々受け継いだ『魔法の水晶』という魔力を生み出す媒体のおかげだった。
猫が悪魔化したとき、その側にはそれを持ったミスリルとルビーがいた。
だから猫は体に異常を感じることもなく、そのまま悪魔となり、2人に襲い掛かることができたのだ。
その2人が側から離れた今、ペリドットが言ったように、猫の死体は消滅してしまっているだろう。
そうでないとしても、証拠を残さないようにルビーが焼却処分してしまっているはずだ。
インシングから魔物が迷い込んできたときは、いつもそうして死体を処分していたから。
「そういうわけで、乗り込むとしても個人として乗り込まなきゃいけないわけだよ。わかる?」
「あ、ああ……」
びしっと指を突きつけて宣言するペリドットに、思考がいつもどおり動いていないアールは押され気味だ。
そんな2人のやり取りを見ていたリーナが、突然くすくすと笑い出した。
「ほへ?」
「……リーナ?」
「ご、ごめんなさい……。何かお姉様、らしくなさすぎなんですもの」
くすくすと笑うリーナは、慌てて口元を押さえると、漏れ出す笑いを堪えながら言った。
その言葉に思わず目を丸くしたアールの隣で、ペリドットが大きなため息をつく。
「そういうリーナちゃんもね」
「そうでしたか?」
「うん」
首を傾げて尋ねるリーナに、大きく頷いて見せながら、はっきりとした口調で返す。
「まさか2人がこんなにブラコンだなんて思わなかったよ」
にっこりと、わざとらしい笑みを浮かべて言ってやれば、リーナはきょとんとした表情で首を傾げ、アールはばつが悪そうに視線を逸らした。
そんな彼女の反応に、ペリドットは思わずぷっと噴き出した。
「……おい」
「だ、だって!アールちゃんがそういう反応するなんて全然……あはははははっ!」
「……本気で怒るぞ」
羞恥のあまりに声が震え始めたアールを完全に無視して、ペリドットは笑い続ける。
そのうち、怒りのせいだろう、アールの体までもが震え始めたことに気づき、リーナがペリドットを止めようと口を開きかけたときだった。
「ちょっとっ!うるさいわよっ!!」
ばんっと勢いよく扉が開いて、部屋の中に篭もっていたはずのミスリルが大声でペリドットを怒鳴りつける。
突然の乱入者に、リーナはもちろん、直前まで怒りに震えていたアールまでもが驚き、目を丸くしてそちらを見た。
怒られた当の本人は、ミスリルのそんな怒鳴り声に慣れてしまっているのか、腹を抱えて笑い続けている。
そんなペリドットをぎろりと睨みつけたミスリルは、無言で彼女の背後に回りこむと、その頭に白い包帯の巻かれた拳を落とした。
「……ったぁっ!?」
殴られたペリドットは、全く予想もしなかったミスリルの暴挙に思わず声を上げる。
そのまま殴られた箇所を押さえて振り返ると、涙目でミスリルを睨んだ。
「いきなり何するのさっ!」
「病人の寝ている部屋の前で騒いでいるのが悪い」
「だからって!いきなり殴ることないじゃんっ!!」
はっきりと言い返したミスリルに向かい、ペリドットが叫ぶ。
その途端、降ろされた右拳が再び握られたことに気づいて、ペリドットは「きゃあ!」と声を上げた。
「もう騒がないです。ごめんなさい。ごめんなさい」
ミスリルの拳は、予想以上に痛かったらしい。
頭を抱えたまま、物凄い速さでアールの後ろに隠れると、ペリドットは震えたまま謝り続けた。
「わかればよろしい」
そう一言告げてふうっと息を吐いたミスリルは、顔にかかった前髪を掻き揚げると、真っ直ぐにアールを見た。
突然の2人のやり取りに唖然としていたアールは、その瞳に真剣な色を感じ取ると、はっと目を瞠って真っ直ぐに彼女を見た。
「シルラの容態は?どうなんだ?」
「……私はあくまで薬師で、医者じゃないから専門的なことはわからないわ」
真っ直ぐにアールの目を見てそう前置きをすると、ミスリルははっきりとした口調で言った。
「とりあえず、あの薬を元に作った解毒剤を飲ませたけど……」
「けど?」
「こっちに来てからわかったんだけど、どうもあれ、出回っているやつとは物が違うみたい」
「そうなのですか?」
「ええ。ここに来る前にルビーのツテで闇市に寄ってきたんだけど……」
そう言いながらミスリルが取り出したのは、白い紙に包まれた粉剤だった。
2つあるそれは、片方は何の色にも染まっていない白で、もうひとつは血のような赤い色をしていた。
「この世界に出回っているグールパウダーは、ほぼ例外なくこういう色をしているらしいの。色が濃くなるほど、その危険度も増すらしいわ。と言っても、さすがに飲んだだけで悪魔化するほど危険なものは、悪魔崇拝の教会や研究機関にでも行かないと手に入らないって話だけど」
「……買ったのか?それ……」
「まさか。あんたの名前出して脅し取ったのよ」
恐る恐る尋ねれば、ミスリルはあっさりとそんな答えを返す。
そんな彼女の言葉に、漸く正常に動き出した頭に痛みを覚えた。
一体どんな風に自分の名を使い、闇商人を脅したのか。
今はできれば考えたくなかった。
「でも、シルラ様のお薬は紫でしたわ」
「だから違うって思ったんだね?ミスリルちゃん」
神妙な顔で呟くリーナの横から、先ほどまでアールの背後で震えていたはずのペリドットが顔を覗かせる。
その顔には、ミスリルに対する怯えなど、もう微塵も感じられなかった。
「ええ。だから、人の知識で作った解毒剤では解毒できない可能性があるわ」
「そんな……」
ミスリルの言葉に、アールの顔から表情がごっそりと抜け落ちた。
そんな彼女にペリドットがため息をつき、ミスリルがその彼女を睨んだ後、安心させるように微笑む。
「元々そういう可能性があるからティーチャーを呼んだのよ。きっと彼女なら、シルラ王を助けてくれるわ」
それはティーチャーの体に流れる血ゆえの確信。
彼女なら、まだ症状の進んでいないシルラを助けられるだろう。
そう信じられるルーツを、彼女は持っているのだから。
「それよりも、私たちにはしなければならないことがある」
「そうそう。それで大声出してたんだよ、あたし!」
先ほどまでの自分の行動を弁解するかのように、ペリドットが少し大きな声で主張する。
「私には大笑いをしているようにしか聞こえなかったわ」
「えっと、それは……。アールちゃんが、そのぉ……」
「人のせいにするな」
先ほどのペリドットの爆笑の理由を思い出したアールは、僅かに顔を赤く染めながらペリドットを睨んだ。
「と、とにかく!そのヤボ医者とっちめに行こうっ!」
ぐっと両の拳を握り、叫ぶように言ったペリドットを、ミスリルがぎろりと睨む。
「だ、だって!もしこの国の乗っ取り考えてる奴だったら大変じゃん!」
必死に弁解するかのような口調で主張するペリドットに、ミスリルは大きなため息をついた。
「わかったから静かにしなさい。一応病人の部屋前なんだから」
もはや怒る気力もなくなったのか、呆れたといわんばかりの表情で言われた言葉に、ペリドットはぷうっと膨れて視線を逸らした。
それにもう一度ため息をつくと、ミスリルは無理矢理真剣な表情を浮かべて顔を上げる。
「とりあえず、私とペリートでその医者のところに行ってくるわ。このままにはしておけないでしょう?」
「なら、私も……」
「駄目よ」
共に行くと、その言葉を言い切る前に、ミスリルははっきりと答えた。
「……っ!何故!?」
「あんたがいたら目立つからに決まってるでしょう」
医者がいるのはこの城下だ。
国王の姉であり、国王補佐官であるアールの顔を知らない者はいないだろう。
そんなアールが顔を出せば、目立ってしまうことはわかりきっている。
「シルラ王はもうずいぶん長く寝込んでるんでしょう?」
「あ、ああ。もうすぐ3週間になる」
「そんなときにあんたが城下に下りて騒ぎを起こしてみなさい。街の人たちはどう思うの?」
そんなわかりきったことさえ忘れていたのか、ミスリルの指摘にアールははっと表情を変えた。
「な、なら……」
「いけませんわ、お姉様」
義姉の言おうとしたことを悟ったのか、アールが何かを言うより先にリーナが口を開いた。
「王家の者と義兄弟の契りを結んだわたくしが共に行っても同じことです。ここは一見わたくしたちと何の関係もないと思えるおふたりにお任せした方がよろしいですわ」
ミスリルやペリドットたち7人とマジック共和国王家の人間が友人関係にあるということは、城で働いている者以外は知らない事実だ。
帝国時代からの民でさえ知らないその事実を、他国からの移住者が知っているとは思えない。
「ルビーたちが来たときに、事情がわかる人間がいないのも困るしね。こっちは私たちに任せて」
「……わかった」
アール個人としては納得のできない選択。
それでも彼女自身、自分の立場もそれが与える影響も理解しているから、それに否と答えることなど出来ない。
「多分セレスとタイムも一緒に来るだろうから、手が空いてる奴はこっちに回してちょうだい」
「わかりましたわ」
未だ納得いかないという表情のアールに変わり、リーナがにっこりと笑って答える。
彼女はそのままスカートのポケットに手を入れると、そこから薄く加工された羊皮紙を取り出した。
折り畳まれたそれを開くと、インクの染み込んだ面を上に向け、差し出す。
「前にペリート様に指摘されたときに用意しておきました。診療所への地図ですわ」
「ありがとう」
差し出された地図を受け取って礼を告げると、ミスリルはまだいじけているペリドットへ視線をやった。
「いつまでそうしてるの?行くわよ」
「……はぁ~い」
俯いたまま返事をすると、ペリドットはとぼとぼとミスリルの側へとやってくる。
そんな彼女にもう何度目になるかわからないため息をつくと、ミスリルはアールとリーナを見た。
「じゃあ、行ってくるわ」
「ええ、行ってらっしゃいませ」
「……よろしく頼む」
リーナが笑顔で、アールが憮然とした表情で言葉を返す。
まだ俯いているペリドットの襟をむんずと掴むと、ミスリルはそのまま外へ向かって歩き出した。

2005.12.06