SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

11:もうひとつの帝国

「…………ト……ぃ……リート!」
「ぅん・・・」
遠くから声が聞こえた気がして、僅かに身じろぐ。
それでも、どうしても起きる気がしなくて、そのまま無視してもう一度眠ろうとした。
けれど、声の主はそれを許してくれないつもりらしい。
ばんっと側に手をついた音が聞こえたかと思うと、急に顔の側に熱を感じた。
「……ぉいっ!こらっ!ペリートっ!起きろっ!!」
「ぅひゃあぁっ!!」
言葉と共に耳にかかった息に驚き、思わず飛び起きる。
ばっと気配を感じる方を睨めば、そこには何故かリーフが、目を白黒させながら立っていた。
ほんの少し間を置いて、何とか我に返ったらしい彼が、怒りを宿した目でペリドットを睨みつける。
「なんつー声上げるんだ、お前は!?」
「ご、ごめん!突然だって急に耳に息を吹きかけるから……っ!!」
「え?お前耳弱いのか?」
「し、知らないよ!そんなのっ!!」
意外な言葉に一瞬で怒りを収めたリーフに対し、尚も叫び返す。
さらに責任を押し付けようと喚こうとしたそのとき、ぱんぱんっと手を叩く音が耳に入った。
「はいはいはい。わかりましたから、2人とも落ち着いてください」
その声に視線をやれば、そこには呆れ顔のミューズが立っていた。
その姿に疑問を感じて、思わずまじまじと彼女を見つめる。
リーフはともかく、どうしてミューズまで自分と一緒にいるのだろう。
「……ペリート、お前、もしかして寝ぼけてんのか?」
自分のその表情に気づいたのか、リーフが怒り半分呆れ半分といった表情で尋ねてくる。
「へ?」
「お前なあっ!!呪文書探せって言うから俺とミューズが仕事放り出して書庫に篭もったってのに、寝てたうえに忘れるなよっ!!」
思わず聞き返してしまったその瞬間、怒りの比重が高かったらしい彼の口から、思いっきり怒鳴り声が飛び出した。
その声の大きさとあまりにも説明口調な言葉に、一瞬きょとんとしてしまった後、漸く状況を思い出す。

そうだ。
リーフの言うとおり、自分は彼らに呪文書探しを頼んで、ここに置いていかれて。
そのうち眠くなって寝てしまったんだっけ。

「怒りながらも説明なんて、お優しいですね、兄様」
「そうでもしないとずっと『は?』とか『へ?』とか言ってそうだろうが、こいつは」
頭の中で状況を整理している間に、目の前の王族兄妹が勝手なことを話している。
ルビーならいちいち反応するんだろうけれど、寛容な自分はそんなことで怒るほどお子様じゃない。
「あっははっ。ごめんごめん。思ったより疲れてるのかなぁ?やっぱり」
からからと笑ってその場を誤魔化すと、ぱんっと顔を叩いて表情を引き締める。
一瞬で表情を変えたペリドットに、2人もふざけた雰囲気を消し、真剣な表情でこちらを見た。
「それで、どうだった?」
「……それが……」
急に歯切れの悪くなったリーフに、思わず表情を曇らせる。
よい結果だったなら、きっと彼はここまで言いにくそうにしないだろう。
ということは、悪い結果、ということになる。
「……もしかして、なかったの?」
「なかったと言うか……」
「当時の王が、ミルザから預かったのは確かなようです」
言いにくそうにしか話さないリーフの代わりに、ミューズが口を開く。
先ほどは寝ぼけ眼で気づかなかったが、その手には使い込まれた羊皮紙が握られていた。
古そうに見えるそれをテーブルに広げる。
そこには日付とメモのような文字が書かれていた。
表を使って整理してあるということは、書物の管理表か何かだろうか。
「禁書室には、この城にとって貴重な書物しか置いていないので、搬出入用の記録帳があるんです。それを調べてみたんですが……」
ミューズの細くしなやかな指が、すっと表の一部分を出す。
最も新しいその行には、『精霊の呪文書』という書き込みがされていた。
「1000年前の、ミルザが活動していたと考えられる頃の記録帳にも、同じ名前がありました。精霊とつくからには、これが仰っていた呪文書だと思います」
伝説では、ミルザは『精霊の勇者』と呼ばれている。
これは『精霊に選ばれた』という史実から来ているもので、なるほど、もしミルザが呪文書の出所を伝えていなかったとしても、そういう名前をつけられても不思議はない。
「えっと……、昔に書かれて、今も書かれたってことは……」
「ええ、正規の手続きを得て持ち出したということです」
「そこでこれだ」
リーフが手にしていた書類を開き、テーブルに置く。
所謂本物の紙を使ってあるそれは、黄ばみ具合から見て、結構月日が経っているのだろう。
「50年近く前の話だ。スターシアって国が、ダークマジックと同じことをしようとしていたのを知ってるか?」
「知るわけないじゃん。あしたたちアースで育ったんだし、そもそもこっちの50年前って言ったら、多分お母さんたちも生まれてないよ」
母親たちがアースへ移って2、3年で自分たちは生まれた。
ゲートを開いた当時、最年長だったレミアの母親が20歳だったというから、50年前ではまだ生まれていないはずだ。
そう考えると、時の流れが2倍速いアースで、今自分たちが10代なのはおかしいと思うだろうが、そうでもないのだ。
残っていた記録によれば、母親たちがアースへ移る際に、時を司る精霊あたりがゲートを操作したらしい。
ゲートを通っている間に、一緒に時間も飛び越えてしまったのだ。
だから本来40年経っていなければおかしいはずのアースの時間も、インシングと同じ20年しか進んでいなかった。
何故そんなことをしたのかも、そもそも本当にそんなことが出来るのかもわからないけれど、それが事実なら、自分の答えも間違ってはいないはずだ。
「まあ、そうだったんだ。当時あの国も帝国を名乗ってて、魔力で世界を支配しようとしていたらしい。それも3年後に当時の『勇者たち』に阻止されたけどな」
ミルザの時代以降、『勇者』という言葉は自分たちの家系を示している。
ということは、当時のそれは祖母に当たる人たちのことだろう。
「そのとき最初に矛先を向けられたのがうちらしいんだが、当時の国王……つまり俺たちのじいさんな、スターシアと交渉したらしいんだ」
「交渉?」
「宝物を差し上げます。ですから見逃してください」
「何それっ!!?」
リーフやミューズ、2人の父からは全く想像できなかった駄目っぷりに思わず声を上げる。
そうしてしまってから、彼らはその孫なのだと気づいて一瞬慌てたが、リーフやミューズも同じように思っているようだった。
「祖父は小心者だったそうです。それを怒った父が、王位を継承できる年齢に達する前にその座を奪ったくらいですから」
「じいさんは進んでスターシアの属国になることを選んで、スターシア側もそれを了承した。まあ、結局その後のスターシアの横暴っぷりに精霊が怒るか何かして、お前らのおばあさんが動いたんだと思うんだが……」
話しながら書類を捲っていたリーフの手が、あるページで止まる。
慎重にそれを確認すると、そのままくるりと回してこちらへ向けた。
「これが属国になったときに書いたっていう、いわば誓約書だ」
リーフが示した書類は、何度か見せてもらった公的書類と同じような形式になっていた。
下の方には両国王の署名と捺印があって、それが確かに公的な文書であることを証明していた。
「うげ!そんなものまで書いたの?」
「口約束じゃないって証明するためにな。で、問題はここだ」
リーフの手が伸びて、その指が署名の少し上の一文を示す。
「なになに?『尚、証として、エスクール王国はスターシア帝国に以下の物を献上する』……って、何これ!?貢物までしたわけ!?」
「それだけじゃない。次よく読んでみろ」
「次?……って」
言われたとおりに文章を目で追う。
その一点に目を通してそのとき、思考が一瞬停止した。
「はあっ!!?」
一瞬遅れて上げてしまった声に、リーフは眉を寄せ、ミューズが申し訳なさそうに俯く。
そこに書かれていたのは、契約をする際に当時のエスクール王がスターシア皇帝に捧げた貢物のリスト。
その下方に、ミルザがエスクール王家に預けたはずの『精霊の呪文書』が書き記されていたのだ。
「嘘っ!じゃあ前の王様、ミルザからの預かり物をあげちゃったわけっ!?」
「みたいなんだ」
「ちなみに、禁書室からの搬出日ですが、スターシアまでの航行日数を考えて逆算すると、見事に調印式への出発日に一致してます。天候の影響で多少ずれていたとしても、間違いはないはずです」
調印はスターシアでやったんだ、などという感想を浮かべている場合ではない。
この話が本当で、その『精霊の呪文書』が精霊神法の呪文書であるのならば、今自分の置かれている状況が変化する。
あとはネヴィルの居場所を探すだけだった旅が、呪文書捜索に変更になるのだ。
捜索に変更になるということは、このあと取らなければならない行動は、ただひとつ。
「スターシアに……行かなきゃいけないわけぇ……?」
「しかも国から国への貢物で、『精霊』なんて名前がついているってことは、国の宝物庫にしまわれている可能性が大きいってことだ」
「そんなぁ~っ!!」
淡々と告げられた言葉に、悲鳴のような声をあげてしまったのは仕方ないだろう。
正直、勘弁してくれと思った。
だって、今までとは相手にしなければならない組織の規模が全く違うのだ。
「国の宝物庫ってことはさ、一般人……駄目だよね?」
「スターシアの現国王がかなーり甘い人間じゃなければな」
リーフの言葉に思い切り脱力してテーブルに突っ伏す。
そうしてから、ふと引っかかりを覚えて体を起こした。
「そういう言い方するってことは、リーフは会ったことないんだね?」
「ああ。多分一度もな。ミューズはどうだ?」
「私はスターシアに伺ったときに何度かご挨拶に」
「どんな感じだったの?王様」
「かなり寛容な方だったと記憶しています。ただ、あの方、金品だけにはうるさいらしくて……」
「ああ……それじゃあ宝物庫に入るのはもちろん、持ち出しなんて持っての他かもしれないな……」
「マジでぇ……?勘弁してよぉ……」
もう一度机に突っ伏して、本気で頭を抱える。
はっきり言って、交渉が得意なのはルビーやタイムだ。
あの2人なら、独特の機転や鋭い観察眼で相手の隙をついて、話を自分の都合のいい方に向けることができるだろう。
逆に、自分はそういうことには全く向いていない。
助言くらいはできるけど、そういうことを中心になってやろうとするようなタイプではないのだ。
「ああ~ん、最悪だぁ~。どうしろってのさぁ~」
リーフたちから見れば珍しく、頭を抱えたまま悪態をついたそのときだった。
「なら、私が行きましょうか?」
思いもしなかった言葉に、弾かれたように顔を上げる。
反射的に見たそこには、真剣な顔をしたミューズがいて。
思わず言葉を返せないまま、きょとんとその顔を見つめていると、隣から驚きの声が聞こえた。
「本気か?ミューズ!?」
「ええ。ペリートさんが1人で行くよりは、ずっと確率が高くなるでしょう?」
「でも、それなら……」
「兄様は陛下と面識がなんでしょう?だったら、私が行った方が確実よ」
自分が行くと言い出しそうだった兄の言葉を遮って、ミューズがはっきりと告げる。
確かに、その方が1人で行くよりは呪文書に辿り着ける確率は上がるだろうけれど。
「でも、さっきリーフが言ったよね?この件はマジック共和国の得にしかならなくて、だから手伝えないって」
「それは城の者を使った場合の話です。私個人なら、そこまで問題にならないと思います」
「つまり、エスクールの王女でも外交官でもなく、ミューズ=フェイトという1人の人間として行くと?」
「はい」
はっきりと答えた後、ミューズはこちらから視線を外し、真っ直ぐに兄を見つめる。
いつの間にか施政者の顔になっていたリーフも、真っ直ぐに妹を見返していた。
「個人として行くなら、お前が行っても影響力はないと思うが?」
「陛下は先王から、エスクールとミルザを怒らせたときの恐怖をよくよく言い聞かされたとお聞きしています。ペリートさんが一緒ならば、お話くらいは聞いてくださるでしょう」
要するに、自分たちの名前で脅すのだと、ミューズは言外にそう言っていた。
その言葉に驚いて彼女を見たペリドットとは裏腹に、リーフは一瞬だけ目を見開いた後、ふうっと大きくため息をつく。
「それで?」
たった一言だけの問い。
けれど、それが何を意味するのか、ミューズにはわかっているようだった。
「休暇を申請したいと思います」
遠まわしな表現をするわけでもなく、単刀直入にそう言えたのは、2人が実の兄妹だからだろう。
一瞬の沈黙の後、リーフはもう一度ため息をつくように息を吐き出して、こちらを見た。
「どうする?」
「へ?」
突然こちらに質問が飛んできた理由がわからなくて、なんとも間抜けな返事を返す。
そんな自分の反応を見た途端、リーフは呆れ顔になった。
「へ?じゃないだろ。お前はどうするんだ?ミューズを連れて行くのか?行かないのか?」
「えっと……。本当にいいの?」
質問に質問が重なっていくという状態になっているのはわかっていた。
けれど、確認しなければ答えなんて返せない。
だから、ほんの少しだけ逡巡した後、おずおずとミューズを見て尋ねたのだ。
「ええ。何だかいつもとずいぶん様子の違うペリートさんを見てると、放っておけませんし……」
その言葉に首を傾げながらも、「あはは」と乾いた笑いを漏らす。
そんなに今日の自分は、いつもと態度が違うだろうか。
自覚は全くないのだけれど、もしかしたら2人の目には、この間のミスリルと変わらないように見えているのかもしれない。
「それに、施政者としても、これ以上マジック共和国の中を引っ掻き回されるのを見ているわけにもいきませんしね」
「そうだな。現状が露見する前に片をつけた方がいいと思う。今の情勢で、あの国がまた内部から崩れたなんて知れたら、どうなるか……」
そう言った2人の顔は、一瞬で王族としてのものに戻っていて。
その言葉に、思わず机の上の拳をぎゅっと握った。

それは、マジック共和国が、未だ世界中から『敵』として見られていることを証明するような言葉だった。
帝国解体後、アールはシルラと共に国を良くしようとがんばっているのに、未だにあの国に反感を持つ国は存在するのだ。
あの国の力を知っているからこそ、表立っての騒ぎがないだけで、今のこの世界であの国を快く迎え入れてくれる国が、一体どれくらいあるのか。
もともとあまり大きくない大陸が点在し、それ故にひとつの大陸にひとつの国という国家編成になったインシングでは、国自体もそういくつもあるものではない。
アースよりも海の面積が広いのかもしれないと、そう言っていたのは、確かルビーだった気がする。

「ええ。今あの国が原因で何かが起これば、友好国である我が国にも影響を及ぼす可能性がありますし、個人的にも放っておけません」
「素直にそこだけ言えばいいのにな」
「何か仰いましたか?兄様」
「いいや、なんにも」
妹に睨まれたリーフは、ぷいっと視線を逸らして、少しふざけた口調で返事をする。
ミューズがどうしても施政者としての意見を先に述べてしまうのは、王女だからではなく、彼女自身が抱えたマジック共和国に対するわだかまりのせいだろう。
それでも、そうやって最後には素直な言葉が言えるのは、彼女自身がアールを知っているからだ。
そう。他の国の施政者とは違い、リーフとミューズは、アールという人間を知っている。
彼女がどんな経験を経て今の地位にいるのか、それをすぐ近くで見たことがある。
だからこそ、リーフはアールを信じることができたし、ミューズもまた、本来真っ先に負の感情を向けるべきだっただろう彼女との和解を決意することができた。
人の印象など、伝え聞いただけではわからないことが多くて。
実際に会って、触れてみないと、本当のところはわからなくて。
そうやったって、すぐにその人の本質を見抜ける人間なんて、どれだけいるかわからない。
けれど、マジック共和国は、過去の悪名だけが1人歩きして、それが世界で認知されてしまっている。
政治なんて――特にインシングの情勢なんて――全くわからないけれど、少なくとも、今あの国が立たされている状況だけは理解してしまって。
アールの弟を思う心につけ込んで、保たれている世界の均衡を崩そうとしているネヴィルが許せなくて。
いつの間にか膝の上に移していた拳をさらに強く握ると、勢いよく顔を上げた。
「ミューズちゃん」
今まで会話に参加していなかった自分が、突然声をかけたことに驚いたのか、2人は弾かれたようにこちらを見た。
「これからよろしくね」
そんな2人の様子に気づかないふりをしてにこっと笑えば、ミューズは一瞬面食らったような表情をした後、にこりと笑った。
「ええ、よろしくお願いします」
戸惑っていたペリドットの、突然の同意についていくことができずにいたリーフの目の前で、2人は固い握手を交わした。

2006.07.19