SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

9:想念

出会いというのはいつも突然に訪れるもので。
それがきっかけで道が開けたりすることも確かにあるのだけれど。
そして今、確かに道は開けたのだけれど。
それでも、今の自分たちにはわからなかった。
彼女とは出会うべきだったのかどうか、ということなど。



「ありがとう」
「礼はいい。どうせいつものことだからな」
普段より人が集まっている港、その桟橋のひとつにつけられた船の前で2人の女性が言葉を交わしている。
その2人の側には深緑色の髪の青年が立っていて、その青年の後ろにある船は今ここに停泊している船のどれよりも立派なものだった。
このどう見ても王族御用達と言った感じの大きな船が突然入港してきたのはつい先ほどのこと。
入港の許可を取りに先に船を下りたらしい兵士とともに他国の使者を迎える高官が来たのだけれど、この船で最も身分が高いだろう女はその出迎えを断った。
兵士が戻った後、船から下りてきたのは3人。
今船の前で話しをしている2人の女性と青年だけだった。
話の途中で茶色い髪の女が苦笑する。
どうやら先ほどの『いつものこと』という言葉に思わず表情が動いたらしい。
「仲間が迷惑かけてごめんね」
「それは私よりそいつに言ってやった方がいいと思うぞ」
明るい紫の髪を持った女が、側に立つ青年へ視線を動かして言った。
「……俺が親父に怒られたのはあんたのせいだぞ」
今まで黙っていた青年が、その綺麗な眉を寄せて紫の髪の女を睨んだ。
「ほう。何がどう私のせいなのだ?」
「あそこで結界が解かれた形跡があるなんて言わなきゃ、親父が怒ることもなかったんだ」
「黙認していたお前も十分悪いと思うが?」
言い返された言葉に、青年はぐっと呻いて言葉を詰まらせた。
「仕方ないだろ!最初は時間なかったし、その後は俺、あいつらと一緒に帰れなかったんだから!」
「知ってるよ。冗談だ」
あっさりと話を切った女に、青年は思い切り脱力した。
遊ばれていると、それを遠巻きに見物していた者たちの何人が思っただろう。
「それじゃあ、私たちは行くわ」
2人のやり取りに小さく笑っていた茶色い髪の女が薄く笑顔を浮かべて告げる。
「ああ。2人とも、気をつけて行けよ」
「ええ。……ありがとう」
もう一度礼を言ってから、茶色い髪の女が青年を見た。
青年は頷くと、もう一度紫の髪の女へ向き直る。
そして優雅なしぐさで一礼すると、「じゃあ」とだけ告げて茶色い髪の女とともに彼女に背を向けた。
ただ礼をした。それだけなのに、何故か見物していた女たちから声が上がる。
青年のその動作は、まるで何処かの王族貴族を思わせるようなものだったのだ。
そしてよく見れば、彼も他の2人の女性もずいぶん整った顔立ちをしていた。
あれでは見物人の女が声を上げるのは仕方がないのかもしれない。
たとえその2人の女性に青年が遊ばれるような性格だったとしても。
いや、だからこそ母性本能が湧きあがるのだろうか。
そこまで考えて、少女はため息をついた。
少女というより、少女の面影を色濃く残している女性だ。
どことなく疲れているという印象を受けるのは、彼女の服が周りの人間とは違い、薄汚れているせいかもしれない。
冒険者だろう2人を見送った紫の髪の女は、彼らが人ごみに消えたとたん船に戻ってしまう。
そのまま見物人の最後尾にいる自分のところまで届く大きな声で出港の指示を出していた。
船の帆柱の上で風に煽られている旗に記されているのは、かつて世界を支配した帝国であり、この1年でよい方向に力を取り戻したマジック共和国のものだ。
周りで囁かれている話によると、あれは国の幹部辺りが公の会議のときに使うタイプの船らしい。
だから乗っている者も共和国の中での上部に位置する者に違いないのだ。
そんな人たちならば、自分の村に起こっている問題を何とかしてくれるのではないかと思ったのに。
女は首を横に振るともう一度ため息をついた。
「そんなはず、ない……」
自分の国さえ村の頼みを聞いてはくれないのだ。
それなのに、どうして他国が助けてくれるというのだろう。
「やっぱり私が解決しないと……」
自分に言い聞かせるように呟いて、女はその場を離れた。



「それで、これから何処に向かうんだ?」
街外れまでやってきたところでリーフが後ろを振り返り、尋ねた。
本当はもっと早く聞くつもりだったのだが、あの『突然の大国の王女入港騒ぎ』が大きくなりすぎて聞けなかったのだ。
まあ、原因は自分たちなのだから仕方がない。
「そうね……」
ため息混じりに言葉を発して、ミスリルは荷物を地面に降ろす。
中から地図を取り出すと、おもむろにそれを広げた。
「やっぱり例の伝説を知るには、それに詳しそうなところに行くのが一番近いと思うんだけど」
そこまで言って顔を挙げ、視線で「どう?」と問いかける。
「うーん。まあ、やっぱりそうなんだろうなぁ」
俺、あんまり考古学とかわからないんだけど。
そう付け加えて、リーフは考え込むように腕を組んだ。
考古学とこれは少し違うような気がする。
そんな疑問が生まれたけれど、ミスリルは敢えてそれを指摘しようとはしなかった。

今2人はミスリル自身があれだけ信じないと言い張っていた『伝説のゴーレム』を探している。
あのリミュート王との謁見の直後に会った精霊神マリエスに言われたのだ。
その人形師の国の伝説、土竜の化身を呼び出す呪文こそ地の精霊神法なのだと。
ゴーレム召喚術――人形師特有の術だったために、先祖が唯一扱うことができなかった呪文なのだ、とも。
ミルザが扱うことができなかった呪文。
その言葉に体が震えたが、だからと言って諦めるわけにはいかなかった。
だからマリエスの指示通り地の精霊に会った後、2人はこの国にやってきたのだ。
人形師の国ゴルキドに。

「んで、その詳しそうなとこって何処だ?」
ひょいっとリーフが横から地図を覗き込む。
「とりあえず人形師ギルドの本部があるこの城下と……」
地図の端を握ったまま、ミスリルの人差し指が図面をなぞるように動く。
「その本部が城下に移転する前に本拠地にしていたっていうこの村でしょうね」
「どれ?」
ミスリルはきちんと地図上に記された村を示したつもりだったのだが、地図の端を掴んだまま放さない手ではそれが何処だかわからない。
「この真ん中にあるカースって村よ」
言われて視線を向ければ、そこには確かに村の印があり、その名が記されていた。
「この距離じゃ馬がいるかもしれないぜ。まともに歩いてると軽く1週間はかかる」
ぱっと目で地図に記された大陸や山、町の大きさを確認してから、軽く地図をなぞってリーフが言った。
おそらくそれで地図上の距離を測ったのだろう。
「……よくそれだけでわかるわね」
「ああ。俺国内ならよく旅してたからさ。南の方の視察で」
その時に地図の見方を、知識としても経験としても叩き込まれたのだと苦笑する。
そんな知識、即位して自由兵団長という仕事から身を引いてしまえば、役に立たなくなるというのに。
「それにエスクールじゃある意味役に立たない知識だよなぁ。封印の森があるわけだし」
エスクール大陸の中心部を覆っている大きな森。
そこには特殊な結界が張られていて、迷い込んだ者を一定時間彷徨わせた後、入り込んだ場所の反対側に追い出してしまうという。
最北端の王都から一気に南の町へ行きたい冒険者には、一種の転移装置として重宝されている森だ。
「下手したら城下から一番遠いの、最南端のクラーリアじゃなくって途中にある町だしな」
「はいはい、わかった。エスクールのことはどうでもいいから」
「……やっぱり酷ぇ」
くるくるっと手早く地図を丸めるミスリルに小さく抗議の声を上げる。
彼女はそれを無視すると、足元に置いていた荷物を持ち上げた。
「ほら!いつまでもめそめそしてると置いてくわよ。今日中にこの街での用事済ませたいんだから」
しゃがみこんで地面に『の』の字まで書き始めたリーフに冷たく言い放つ。
いくら今はお忍びだからと言っても、これでは王子の威厳が台無しだ。
そんな考えが頭の隅を過ったけれど、慰めようとは思わないらしい。
呆れたような目で彼を一瞥すると、そのまますたすたと来た道を戻り始めた。
「ってぇ、おいっ!本当に置いてくなよっ!!」
ミスリルの気配が遠ざかっていくのを感じて、リーフは慌てて立ち上がった。
その空色のマントについた泥も気にせずに荷物を掴むと、だいぶ離れてしまったミスリルを追いかけ、走っていく。
走りながらも、リーフは小さくため息をついた。
目の前を歩く仲間にいつもの余裕がない。
余裕を持てずにいるような気がする。

俺も、しっかりしないと。

ついてきた以上、足手まといになるわけにはいかない。
できるだけ彼女が余裕を持てるように、自由に動けるようにフォローをしなければ。
「ちょっとリーフっ!何処行くつもり!」
「……へ?」
突然後ろから呼ばれ、リーフは思わず振り返った。
見ればミスリルが腰に手を当ててこちらを睨んでいる。
考え事をしていたせいで気づかなかったけれど、いつのまにか追い越していたらしい。
「ギルドはそっちじゃなくってこっちよ!早く来なさい!」
怒鳴りつけたと言っても過言ではない口調で言うと、彼女はさっさと角を曲がって行ってしまう。
「わ、悪いっ!!……って、ちょっとくらい待っててくれよっ!」
言葉を返すと、慌ててその後を追った。
頭の隅で情けない自分の姿にため息をつきながら。

remake 2004.06.25