SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

3:襲撃者

ざわざわと校舎から生徒の声が聞こえる。
外に出ている生徒たちも、離れた場所や物陰に移動しながら興味心身に校庭の中心を見つめている。
そこにあるのは人の形をした巨大な岩の塊。
その肩らしき部分に2つの人影が見えた。
岩人形の肩に腰を下ろしている影が見つめているのは、自分たちの乗るそれから少し離れた場所にいる、大きな影の中にすっぽりと入ってしまっている2人の少女。
珍しい黄色と紫の髪を持つ少女たちは、この学園の高等部に所属する者ならほとんどの生徒が一度は見たことがあるだろう人物だった。
「ですから!レインはここにはいません!いつまで待っても今日は帰ってきませんっ!」
黄色い髪の少女――セレスが声を張り上げる。
それでも岩の上の男たちは動こうとはせず、少女たちに向かって言葉を返そうとさえしなかった。
「やっぱり力ずくで帰すしかないんじゃない?」
黙って様子を見守っていた紫色の髪の少女――ベリーが口を開いた。
その言葉に、セレスはぶんぶんと首を横に振る。
「それは駄目よ!あの人たちがどんな人かさえわからないんだもの。あの人に会いに来ただけなら攻撃なんてできないでしょう」
「あいつらが来たときのリーフの顔見てもそんなことが言える?」
ベリーの指摘にセレスは思わず口籠った。
あの岩の上の客人がここに現れたのを真っ先に確認したのは、インシングから戻ったばかりの彼だった。
他の校舎より2階分ほど高く造られている中央管理棟の屋上から彼らを見た瞬間、彼の表情が変化したことを思い出す。
浮かんでいたのは驚愕と、焦りの表情だったと思う。
それが何を意味するか、2人にはわからなかった。
わかるのはただひとつ。
この客人が彼の味方ではないということ。
「でも、リーフさんはあの後すぐ理事長室に戻っちゃったから聞けなかったし、私たちも真っ直ぐにここに来てしまったから、決めつけるわけには……」
「この前のハンターだって人間だった。油断していると、何処かの法王のときみたいに痛い目に遭うわよ」
びくっとセレスの肩が跳ねた。
無意識のうちに手にした杖をぎゅっと握り締める。
アースの時間では既に1年以上の時が経っているというのに、まだあの時感じた嫌悪感が忘れられない。
「……わかった。力ずくで帰ってもらうわ」
きっぱりと発せられた言葉に、ベリーは微かに表情を変えた。
自分の主張を最後まで通すことの多い彼女が、あっさりと意見を変えたことに驚いたのだ。
すっと手にした杖を岩人形に向ける。
それを見て岩の上の人物の片方――青を基調としたローブを来た青年が微かに動いた。
けれど、もう片方――赤を基調としたローブの青年に声をかけられ、何をすることもなく動きを止める。
そんな彼らの行動を疑問に感じながら、セレスが口を開きかけたときだった。
ふわっと風が吹いた。
その瞬間、彼女の周囲の空気が不自然に揺れ、目の前に何かが現れる。
「とうちゃーく!」
「あ……」
耳に届いた声に、セレスはと思わず声を漏らした。
「ペリート!それにリーフさんにミスリルさん」
「やっほ~。たっだいまー」
状況をわかっているのかいないのか、にぱっと笑ってペリドットが軽く挨拶をする。
そんな彼女を見てミスリルは小さくため息をついたが、それは側にいたリーフでさえ気づくことはなかった。
ぴくりと岩人形の肩に座る青年たちが頭を動かした。
フードを被ったままの顔はすっかり隠れてしまって、彼らがどんな表情をしているのか、こちらから窺うことはできない。
「今日はずいぶん早いお帰りね」
「向こうでミスリルちゃんと会ったからね。一緒に戻ってきちゃった」
ベリーの嫌味とも取れる言葉にも、ペリドットはやはり笑顔で答える。
けれど、いつもはそのままそこにあるはずの笑顔はすぐに引っ込んでしまった。
「ま、今回は正解だったみたいだけど」
くるっと身軽に後ろを振り向いて岩人形を――正確にはその両肩に乗った2人の青年を見つめる。
そのうちの片方、青いローブを着た青年が立ち上がり、少し前に出たのであろうか体が揺れた。
「てめぇらの中に人形師はいるかっ!?」
辺りに声が響く。
喧嘩腰なその口調にミスリルは顔を顰めたが、特に何も言わずに彼らがよく見える位置へと移動する。
そして岩人形の肩を見上げて、言った。
「あんたたち、一体何しに来たの?」
呼びかけたその言葉に、リーフがぎょっとして振り向いたのが上を見上げたままでもわかる。
「てめぇ……、人形師か?」
フードの下に隠れた目を細めて青の青年が聞き返す。
相手が人形師以外とは話すつもりがないということを悟ったのか、小さく息を吐くとミスリルはもう一度青年を見上げた。
「そうよ」
「ミスリルっ!?」
答えてしまった彼女にリーフが思わず声をかける。
けれどミスリルはそれには反応せず、じっと岩人形を、その肩に座る青年たちを見つめた。
「あっさり答えるか。だがそれなら話は早い」
笑いを堪えているような声が耳に届いて、もう片方、赤いローブの青年が立ち上がる。
「まどろっこしいのは嫌いでね。単刀直入に聞く。あなたは我らがゴルキドの伝説を知っているか?」
予想通りの問いにリーフの表情が硬くなる。
自分のすぐ側で年下の少女たちが困惑の表情を浮かべていたが、彼女たちに説明をしている余裕は彼にはなかった。
「知っていたら、何?」
目を細めて静かに聞き返す。
その言葉に青の青年が岩人形の頭の向こうにいる赤の青年を見た。
「兄貴……」
何か言おうとした青の青年の言葉を手で制す。
彼が黙ったことを確認してから、赤の青年は再び口を開いた。
「一体何処まで知っている?」
「冒険者に流れている噂の範囲でなら一通り」
きっぱりと答えて右手が隠れるよう腕を組んだ。
「兄貴」
もう一度青の青年が赤の青年に声をかける。
赤の青年は彼の方へフードの顔を向けると、にやり口元を歪ませて頷いた。
それを見たとたん青の青年もにやりと笑い、赤の青年の方へ向けていた体をこちらに向ける。
「その噂を知っていれば十分だ」
三度口を開いた赤の青年に、ミスリルは細めていた目をさらに細めた。
「どういうこと?」
予想はできているけれど、あえて聞き返す。
「あれを手にするのは僕たちだと決まっている。それ以上噂を広めるのも、あれを欲しがる人間が現れるのも好ましくない」
「だから、てめぇには死んでもらうぜっ!!」
叫ぶと同時に青の青年が腕を横に突き出した。
それを前に向かって大きく振ったとたん、手の先から何か衝撃波のようなものが放たれる。
見えているはずなのに、避けることができるはずなのに、何故かミスリルはその場から動こうとはしなかった。
「ミスリルっ!!」
リーフが叫んだ瞬間、衝撃波が彼女に目の前で弾けた。
それが起こした強い風に、地面に足をつけていた者たちは思わず顔を腕で覆う。
その光景を見て赤の青年がにやりと唇の端を持ち上げた、その時。
「兄貴っ!!危ねぇっ!!」
横から聞こえてきた声にはっと視線を動かす。
その瞬間、背後に気配を感じて、彼は岩人形の頭の方へ体を倒した。
びゅんっと空気を切る音がして、彼の腕を掠めたのは鋭く尖った岩。
赤の青年はばっと岩人形の背中側を見下ろした。
いつの間にか、その背中の下、足元の地面から、長く鋭い岩の棒が延びている。
先ほどまで自分がいた場所に勢いよく突っ込んできたそれは、紐のようにくねくねと先端を動かして手ごたえがなかったことを確認すると、そのままぼろっと崩れ始める。
崩れている中で砂のように細かくなってしまったそれを、青年たちは以前に見たことがあった。
「今のは……」
「あら、外れちゃったみたいね」
耳に届いた声に、衝撃波が弾けた影響で砂煙に包まれていた地面を見下ろす。
破裂の中心地、それに巻き込まれたはずの場所に女が1人立っていた。
先ほど右手を隠すように組んでいた腕は解かれ、手には鞭を握っている。
その先端はどうやったのか地面の中にめり込んでいた。
「貴様っ!何もせずに弟の呪文をどうやって……っ!?」
「お生憎。こっちだって1人じゃないのよ」
そう返すミスリルの側には、いつの間には透き通った水晶球が浮いていた。
「ゴーレム君が直接だったらちょっとまずいかなとは思ったけど、呪文で来てくれちゃったから助かっちゃった」
にっこりと笑って言ったペリドットに、リーフは驚いたように顔を向ける。
「一体いつの間にオーブ飛ばしたんだ?」
「最初っから。ミスリルちゃんの後ろに隠してあったんだよ」
やはり笑ってそう説明をするペリドットに、リーフは思わず感嘆の声を漏らす。
「ってぇことで、仲間に手を出すならあたしたちだって黙っちゃいないって、覚えといた方がいいよ」
岩人形を見上げ、先ほどよりも少し大きな声で言う。
その表情には先ほどとは少し違った笑みが浮かんでいた。
「女ぁ……っ!!」
ぎりっと下唇を噛んで、青の青年が搾り出すように声を発した。
「俺らの邪魔をするなら、てめぇもその女の道連れにしてやるっ!!」
「待てトヒル」
叫んで振り上げられた手を、素早く岩人形の頭を乗り越えた赤の青年が止める。
「……っ!兄貴!邪魔すんなっ!!」
「人形師以外の命は生贄にはならない。関係ない者の命を奪うことは労力の無駄だ」
目を細めて付けられた言葉に、青の青年はしぶしぶ手を下ろした。
「じゃあどうするんだ?このままじゃどっちにしろ邪魔されるぜ?」
「簡単だ。こうさせてもらう」
すっと赤の青年が地面に向かって手を伸ばす。
その動きに、その視線の先にいる人物に気づいて、ミスリルはばっと顔を向ける。
「アスゴっ!!」
叫ぶような呼びかけと同時に地面が揺れた。
突然の、地震とも思えるほどの揺れに青年の狙いが外れた。
狙いを大きく外して放たれた光は、校舎の前にあった小さな花壇に激突する。
地面を大きく揺らして現れたもの――アースゴーレムの足元に駆け寄ったミスリルは、校舎の被害を気にしたのか視線を素早く花壇の方へ走らせた。
そして視界に飛び込んだ花壇に言葉を失う。
「花壇が……!?」
ミスリルの視線を追ったのか、遅れて視線を向けたペリドットが叫ぶ。
花壇が、その中に植えてあった花が、その周りの土が、全て灰色に染まっていた。
いや、色が変化したのではない。
それは全く動かず、ただじっとそこにあった。
グラウンドの砂が風で舞っても、そこにあるものは飛ばないし、揺れもしない。
花壇は、花は、土は、完全に石になっていた。
「そんな……。石化呪文は禁呪のはずなのに……!!」
口元を多くってセレスが小さく叫ぶ。
「一筋縄じゃいかないらしいわね、あいつら」
ぐっと拳を握ってベリーが青年たちを見上げた。
禁じられた技術。故に呪文書や製造方法が失われてしまったはずのものが、また自分たちの前に現れた。
以前ルビーが敵に共通点が多すぎると言っていたことがあったけれど、これでは彼女でなくても気になるというものだ。
「……って、考えてる場合じゃないね!」
自分に言い聞かせるように叫んで、ペリドットはオーブを手元にひきつける。
「無駄かもしけないけど!」
オーブを高く掲げて口の中で言葉を紡ぐ。
再び青年の手から光が放たれたのと同時に、彼女たちの周囲を光の膜が覆った。
降ってきた光が膜によって弾かれ、四方に飛ぶ。
一度弾かれてしまうと光は効力を失うようで、光が散った地面が石化することはなかった。
「アスゴっ!その2人を捕まえてっ!!」
仲間のいる場所から視線を外し、ミスリルが叫ぶ。
その声に応えるようにゴーレムが動いた。
目の前の動かない岩人形の肩に乗る2人の青年に向かい、手を伸ばす。
その手が青年たちに届くか届かないかというところで突然ゴーレムが動きを止めた。
今までぴくりとも動くことのなかった岩人形の手が、伸ばされたゴーレムの腕を掴んだのだ。
「……っ!?この子、攻撃タイプっ!?」
「当たり前だ。ただ乗るためだけに連れてきたと思ったのか?」
岩人形の肩に乗ったまま赤の青年が笑う。
その隣に立つ青の青年が、すっとミスリルの方へ手を向けた。
「ミスリルちゃんっ!?」
ペリドットが叫び、掲げていたオーブに飛び乗る。
一瞬のうちに形を変えて、オーブは彼女を乗せたまま地面の上を滑るように飛んだ。
胸に衝撃を感じて、ミスリルの足が地面を離れた。
その瞬間、今まで自分が立っていた場所に光が落ち、小さな爆発を起こした。
「うわあっ!?」
思ったより強かった爆風に、平たいマットのような形に変形していたオーブが煽られ、乗っていた2人は地面に落ちる。
「あたたた……。ミスリルちゃん大丈夫?」
「何とかね。……助かったわ」
照れたように顔を赤く染めて短く告げると、ミスリルはすくっと立ち上がり、岩人形を見上げた。
青の青年が舌打ちをしたような気もしたが、そんなことはどうでもいい。
この戦闘を早く終わらせなければならない。
向こうもゴーレムが戦闘に参加するとなると、早めに片をつけなければどんな被害が出るかわからない。
「ちょっとリーフっ!!」
「リーフさんっ!!」
突然耳に飛び込んできた仲間の声に、はっと顔を動かす。
セレスとベリー、2人の視線を追った先には、剣を握り、襲撃者のゴーレムに向かって走っていくリーフの姿があった。
「あの馬鹿……っ!!」
おそらく岩人形を攻撃してその上に乗る2人を地上に降ろそうと考えているのだろう。
けれど、あれだけ大きなゴーレムが補助呪文もかけていない剣で何とかなるはずがない。
「てやあぁぁっ!!」
掛け声と共に大きく振り上げた剣を岩人形の足へ叩きつける。
じいんと腕に痺れが走った。
その瞬間聞こえたピシッと言う音に、嫌な予感がして目を閉じる。
「うわっ!?」
突然手ごたえが変わって、左頬に痛みが走った。
反動で倒れたリーフの頬につうっと赤い液体が流れる。
岩人形の足に叩きつけた剣が折れ、その破片の一部がリーフの頬を掠めたのだ。
「くそ……っ!」
「何してるのリーフっ!早く逃げなさいっ!!」
起き上がろうとして耳に飛び込んだベリーの声に顔を上げ、目を見開いた。
先ほど剣を叩き付けた岩人形の足が上がっていた。
アースゴーレムを抑えたまま、自分の真上に。
「あ……」
「リーフっ!!」
ベリーの声が耳に届いていたけれど、動くことができなかった。
そのまま岩人形の足が勢いよく下ろされる。
どんっ、と体が揺れるほどの音が辺りに響いて、砂煙がグラウンドを包んだ。
「リーフっ!!」
「待ってミスリルちゃんっ!」
駆け寄ろうとしたミスリルをペリドットが止める。
「ペリートっ!」
「大丈夫だよ!セレちゃんの声が聞こえないし、あのゴーレム傾いてるもん」
その言葉にはっとして視線を動かす。
ペリドットの言葉どおり、岩人形の体が傾いていた。
肩に乗った2人の青年が落ちないよう必死に頭に捕まっている。
その岩人形の足元、振り下ろされたばかりの足の下に光の膜のようなものが見えた。
その中に、両手で頭を抱えたリーフが体を丸めて倒れていた。
「結界……!?」
呟いて、ベリーの方へと顔を向ける。
自分と同じように目を見開いて岩人形を見つめるその隣、セレスが真剣な表情で杖を掲げているのが目に入った。
「何してんのリーフっ!早くそこから出ないとセレちゃん、結界にかかった負荷のせいで倒れちゃうよっ!」
ペリドットの言葉が届いたのか、リーフははっと顔を上げると慌てて結界の外へ駆け出した。
その瞬間を待っていたかのように襲撃者たちが笑ったのを、セレスは見逃さなかった。
「ペリートっ!結界張ってっ!」
杖を構え直して力の限り叫ぶ。
その言葉にペリドットも岩人形を見上げた。
いつのまにかアースゴーレムの肩に移動した2つの影を視界に捉える。
その2人が両手を地上に向けて伸ばしていることに気づいて、慌ててオーブを呼び寄せた。
「ミスリル!絶対離れないでね!」
ミスリルが頷くより先に自分たちの前に結界を張る。
それを見届けて自分も呪文を唱えようとして、セレスは気づいた。
あの手の向きからして、襲撃者たちは自分たち全員に届くような呪文を放ってくるつもりだろう。
だが、今からではどちらに向かおうとしても、リーフは結界にたどり着くことができない。
魔力を持たない分抵抗力が極端に低い彼だけが、直撃を受けることになる。
「ごめんベリーっ!」
叫ぶようにそう言って、セレスは空へ向けていた杖の先をリーフの方へ向けた。
突然の言葉にベリーが振り向く。
その瞬間、ゴーレムの肩――その上に乗った襲撃者の手から放たれた光が強く輝いた。

remake 2004.05.04