SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

28:手紙

「お邪魔いたしますわ」
ノックもなしにいきなり扉が開かれたかと思えば、入ってきたのはこの世界では在りえない赤に近い桃色の髪を持った少女。
一瞬ぽかんとして動きを止めた面々は、それが誰だか認識した途端に声を上げた。
「リーナっ!あんたどっから来てんのよっ!?」
掠れた声で赤美が叫ぶ。
いつもと違うその声に、リーナは不思議そうに首を傾げた。
「あら?ルビー様、その声どうなされましたの?」
「これはこの前百合を散々怒鳴ったときに痛めて……」
言いながら、赤美は自分の喉に触れる。
あの旅の後、ぼろぼろな姿で戻ってきたミスリルとリーフを見て、それまで2人の行動を容認していた彼女の堪忍袋の尾がとうとう切れた。
ペリドット以外に相談もなく勝手な行動をした2人を怒ったのだが、いつもと雰囲気が全く違う様子のミスリルに思わず気力が削がれてしまった。
けれどその怒鳴り声は、赤美の喉にしっかりダメージを与えていて。
未だ回復しないまま現在に至るというわけだ。
おかげでインシングでの情報収集を再開しようと思っても出来ない状態になってしまった。
「……って、それはどうでもいいっ!ゲートを開く先は資料室にしろって前に何度も言ったでしょうがっ!!」
「申し訳ありませんわ。なにぶん急いでいたもので」
悪びれもなくそう言うと、リーナは赤美の横を通り抜け、まっすぐに一番奥にある理事長席へと向かう。
「ミスリル様」
いつもと違って覇気のない表情で書類に目を通していた百合は、名を呼ばれて漸く顔を上げた。
「……何?」
「これを」
素っ気無く言った百合の前に差し出されたのは、少し汚れた封筒。
それが羊皮紙で出来ていることに気づいて、訝しげな表情でリーナを見上げる。
しかし、続けられた言葉に彼女の目は大きく見開かれた。
「イール=レムーロ様から預かってきたものですわ」
「イールから……?」
「ええ。この前私用であの村の近くの遺跡に行きましたら、偶然お会いしたもので」
嘘だと、直感的に悟った。
あの村の周辺には、遺跡と呼べる場所はない。
いや、1か所だけ存在するけれど、あの竜の祠の入口は精霊の森の奥深く。
普通の人間が辿り着けるような場所ではない。
今ここにいる自分と仲間以外、誰も入ることのできない場所のはずなのだ。
それこそ、あの祠のある山に登って、天井に開いた穴から下へと降りない限りは。
それを知っているからこそ、先ほどのリーナの言葉は嘘で、わざわざ彼女に会いに行ったのだとわかってしまう。
「誰に、聞いたの……?」
あの旅の結末を。
そう言っているのがわかるから、リーナは聞き返さずに淡々と答えた。
「ミューズ様とお姉様を通して、リーフ様から」
あの旅から帰ってきて2週間、リーフは魔法剣を自分のものとするためにレミアと共にインシングへ通っている。
そのときミューズに全てを話したのだろう。
彼女もアールもリーナも、協力者だから知る権利はあるとは思う。
あるとは思うけれど。
「どうして、イールに話に行ったの……?」
「あの方も『虐殺の双子』の最期を知る権利はあると思いましたので」
言外に姉弟だから伝えたと言う彼女の瞳には、強い光が宿っていた。
姉弟だから――姉だからこそ、自分は伝えずにいようと思っていたのに。
「あなたが何を思って何も語らないのか、あの方とほとんど会ったことのないわたくしにはわかりません」
不意に口調を柔らかなものに変えて、リーナがきっぱりと言う。
「でもどうか、ご自分で結論を出されてしまう前に、あの方の言葉も聞いてあげてくださいませ」
怒ったような表情を浮かべていた顔に微かな笑みを浮かべてそう告げると、話は終わったとばかりに付属資料室の方へと歩き出す。
扉の前までやってきたとき、ふと何かを思い出したように立ち止まり、顔だけで百合の方を振り返った。
「あの方は、ミスリル様が会いに来てくれるのをずっと待っているそうですわ」
手紙を凝視していた百合が弾かれたように顔を上げる。
そんな彼女ににこりと笑い返すと、リーナは軽く一礼して扉の向こうへと消えていった。

「……一体何なの?」
用件だけを済ませてあっさりと帰ってしまったリーナの消えた扉を見つめながら赤美が呟く。
喉を痛めたために掠れてしまったその呟きは、唖然としたまま手紙を見つめている百合には届いていない。
訝しげな表情のまま首を傾げ、視線を動かすと、同じような表情のまま扉を見ていた美青と目が合った。
こちらの視線に気づくと、彼女も訳がわからないといった様子で首を横に振る。
今この場にいるメンバー――赤美と美青、紀美子と鈴美、そして実沙の5人――は今回の旅の詳しい話を全く聞いていないのだ。
故に百合とリーナのやり取りの意味もわからないし、百合と陽一が時折見せる暗い表情の理由も知らない。
百合は一向に自分から話をしようとはしないし、陽一はそんな百合の態度に思うところがあるらしく、自分の判断では話せないと言うばかり。
ただ、それは陽一が持っていないはずの魔力を目覚めさせた過程に関係のある話らしく、魔法剣の特訓を頼み込んだレミアにはある程度のことを話しているようだったけれど。
つらつらと頭の中でそんなことを考えていると、手紙を凝視したまま動かなかった百合の手が、不意に動いた。
インシングでも珍しい羊皮紙の封筒を開け、中に入った便箋を取り出す。
封筒を作れるほど薄い羊皮紙なんて、魔法技術が発展していないと造ることは出来ない。
だからきっと、あのレターセット自体、リーナがその『イール』という少女の下に持ち込んだものなのだろう。
マジック共和国は魔法技術がどこよりも発展している国だから。
音のしない羊皮紙の便箋を、百合の手がゆっくりと開いていく。
そんな彼女に全員の視線が集まる。
赤美以外はなるべく自分の仕事をしながらさり気なく彼女を見ているつもりなのだが、その様子では見られている方はかなりの視線を感じているはずで。
けれど百合はそんな視線を気にすることもなく、ただ黙って手紙に目を通していた。
「あ……」
不意に漏れた呟きに全員が顔を上げ、隠すこともなく百合を見つめる。
「百合ちゃん~?」
実沙がどこかふざけた調子の、けれど彼女を知る者が聞けば心配そうな感情を多大に含んでいることがわかる口調で声をかける。
それに答えることなく、百合は茶色の混じった瞳を大きく見開いて手紙の文面を追っていた。
暫くすると手紙が畳まれ、同時に今まで驚愕に揺れていた瞳が閉じられる。
ふうっと小さく息を吐き出すと、ゆっくりと瞼を開けた。
そんな彼女の様子をじっと見つめていた友人たちは、驚いたように僅かに目を見開く。
開かれた彼女の瞳には、リーナと話す前まで宿っていた悲しそうな光はもう宿っていなくて。
浮かんだ表情は、まだどこかぎこちなかったけれど、いつものものに戻っていた。
「……百合先輩?」
突然の変化に固まったまま動けない友人たちの代わりに、紀美子が問いかけるように名を呼ぶ。
そんな彼女に微かに浮かべた笑みを向けると、百合は立ち尽くしたままの赤美とその隣に座る美青に声をかけた。
「悪いんだけど、今晩沙織たちに伝えて欲しいことがあるの」
「……何?」
無意識のうちに目を細めて聞き返す。
そんな赤美の態度に百合は滅多に見せることのない困ったような笑顔を浮かべて続けた。
「明日は特訓には行かないで欲しいって伝えて」
その言葉に全員が驚いたような表情を浮かべる。
それを見て苦笑すると、百合は僅かに目を伏せた。
「……話せるところまでは、話すから」
続けられた思いもよらない言葉に大きく目を見開く。
そんな友人たちの反応には気づかないふりをして、百合は静かに席を立った。
「みんなここのところ忙しくて疲れたでしょう。少し休憩にしよう」
にこりと、珍しく笑顔を見せて言うと、彼女は手紙を持ったままさっさと部屋を出て行ってしまった。



理事長室を抜け出した百合は、中央管理棟の屋上で手紙を握り締めたまま立ち尽くしていた。
数週間ぶりにまともに見た故郷の空は青くて、白い雲がどこまでも流れていく。
左腕で顔の上に屋根を作ると、眩しそうに目を細めて流れていく雲のひとつに目をやった。
『辛いのか?』
不意に手紙を握り締めた手から声が聞こえて、思わず右手の指にはまった指輪を見下ろした。
薄っすらと光を放つそれから、靄のようなものが湧き出てくる。
それは空中で人の形になると、その中に1人の青年を浮かび上がらせた。
「ウィズダム……」
僅かに目を見開いて現れた青年の名を呼ぶ。
『辛いのか?』
「……何が?それに、呼んでもないのに出てこないでくれない?」
始めこそ敬意を持って彼と接していた百合だったけれど、ウィズダム自身がそれを拒否したために、今ではすっかり普通に話すようになっていた。
妙に冷たい言い方にも、ウィズダムは怒ることなく「すまない」と謝罪する。
彼自身、ここが自分のような者は存在しない異世界だということは十分承知していたし、そうでなくともたった今までいなかった存在が突然目の前に現れた場合、人は驚くのだ。
それがわかっているからこそ、彼は素直に謝罪を告げた。
『それはそうと、お前は……』
「これ」
ずいっと押し付けるように手にしていた羊皮紙を突きつける。
一瞬驚きの表情を浮かべたウィズダムだったが、そこに書かれたことに気づくと僅かに見開いた目を細めた。
『これは……』
呟くように声を漏らすと、すっと手紙が離される。
実体を持っていない状態のため手紙に触れることは叶わず、あっさりと下げられてしまったそれをもう一度確認する術は彼にはない。
けれど、そこに書かれた文面はしっかりと脳裏に焼きついていた。
「『止めてくれてありがとう』、だって」
手紙を見つめながらそう呟く百合の横顔を見て、ウィズダムはほとんど浮かべたことのない柔らかな笑みを浮かべた。
そんな彼には気づかず、百合は囁くような声で続ける。
「彼女の望んだ止め方じゃなかったはずなのにね」
ゆっくりと手紙を撫でる彼女の表情は悲しそうで、それでも声には嬉しそうな響きが含まれていた。
『いつかその少女に会いに行けるとよいな』
唐突に告げられた言葉に、手紙に向けられたままの百合の瞳が見開かれる。
それはほんの一瞬で、すぐに微かな笑みを浮かべたかと思うと、彼女は静かに目を閉じた。

「……ありがとう」

呟かれたその言葉は、隣に浮かぶ青年の耳にしっかりと届く。
それを聞いた彼はもう一度柔らかく微笑むと、自分を覆う靄と共に夕日に染まり始めた空へと消えていった。

remake 2004.12.27