SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

22:契約

ふわふわとした感覚が体を包む。
うつ伏せに倒れていたはずの体が浮かび上がり、ふわふわと漂っている感覚。
強い光に思わず閉じた瞼を開く。
視界に入った色に驚き、そのまま大きく目を見開いた。
辺りには何もなかった。
壊れた像も祭壇もなければ、リーフとあの双子の姿もない。
自分自身が撒き散らしたはずの赤もない。
何もない、誰もいない真っ白な世界。
「ここは……?」
呟いてから声がしっかり出ることに、先ほどまで感じていた体の痛みと熱さがないことに気がついた。

どうして……?

その疑問を口にするより先に耳に届いた言葉に、思わず言葉を読み込んだ。
『ここは我の意識の中』
聞いたことのない、けれども懐かしい感じのする声。
そう認識した瞬間、正面の空間に光が集まり始めた。
薄い茶色に見えるその光は、彼女の目の前に集まると徐々に人の形を成していく。
ある程度の形になった瞬間、光が弾けた。
思わず目を閉じてしまった彼女が、次にその場所を目にしたときに現れたのは、茶色い髪の青年だった。
何処かの神殿に使える騎士のような服装をした、自分より年上だろう青年が、髪と同じ茶色の瞳でじっと自分を見つめている。
「だ……れ……?」
自分でも意識しないうちに尋ねていた。
言葉を口にした瞬間、目の前に浮かぶ青年が嬉しそうに笑った。
『漸く見つけた』
先ほどよりも柔らかな声で紡がれた言葉に思わず眉を寄せる。
「見つけたって、私を?」
『そう。お前を探していた』
訝しげな視線を向けて尋ねた言葉に、青年は表情を崩さず、それどころかますます嬉しそうな声で答える。
『私は、お前の知る名で呼ぶならば、“竜”』
告げられた言葉に思わず目を見開く。
「“竜”?あなたが?」
『そう。お前の知る“言葉”で呼ぶならば、精霊神法』
精霊神法。
“竜”がそれであることを知っているのは自分とリーフ、そしてリーナの3人だけのはずだ。
ならば考えられる可能性はただひとつ。
「あなたが“竜”……」
先ほど尋ねた言葉を、今度は無意識のうちに紡ぐ。
彼女のその呆然とした表情が面白かったのか、“竜”を名乗った青年は先ほどとは違う笑みを浮かべた。
「私を探していたと、言いましたね?」
そんな彼に気を悪くすることもなく、丁寧な言葉で尋ねる。
『ああ』
楽しそうな笑みを先ほどまでの嬉しそうな笑みに戻し、青年は静かに頷いた。
「何故?私がミルザの血を引く者だから?」
唯一思い当たる理由。
けれど青年は首を横に振った。
「では、何故?」
『お前は母なる資格の在りし者。我の唯一無二の存在と同じ魂を宿し者』
「え……?」
『我が従うは汝のみ。我を従えし術を持つのも、また汝のみ』
思わず聞きした言葉には返答は得られず、“竜”はただ言葉を紡ぐ。
まるでそれが義務であるように、ただ自分は彼女だけに従うのだと言い続ける。
『我が母なる存在よ。汝の名は?』
そう問われ、唐突に自分がまだ名乗っていなかったことを思い出す。
「ミスリル、ミスリル=レイン」
『ミスリル……、良い名だ』
優しげな声で青年が笑う。
その表情のまま、声のトーンだけを少し落として、続けた。
『ミスリル、我に名をつけよ』
「名前を?」
『そうだ。我に名を与えれば、我は再び汝と契約しよう』
再び、と言う言葉に引っかかりを感じた。
けれどそれを深く考える時間もないまま、ミスリルの思考は別のことに向けられる。
名前を与えろと言われた瞬間、頭の中に浮かんだ影があった。
それが何かはわからない。
辛うじて人の形をしているとはわかったものの、誰かまではわからなかった。
霞がかかったように輪郭だけが見えて、顔が見えない。
はっきりわかったのはただひとつ。
その影から流れてきたひとつの言葉。
「……ウィズダム」
迷わずその言葉を口にした。
これが今目の前にいる“彼”にぴったりの言葉だと思ったから。
「ウィズダムでいかがですか?貴方の名前」
視線を合わせてにこりと笑う。
告げられた瞬間、彼は一瞬驚きの表情を浮かべた。
『“知恵”、か。本当にお前らしい』
言葉と共に本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。
その言葉にやはり引っかかりを感じつつも、ミスリルは困ったように笑った。
『その名、確かに受け取ろう』
ふわりと青年が浮き上がる。
『契約は完了した。これより我に話しかけるときは従わせるに相応しい言葉を紡げ。お前はたった1人の我が主なのだから』
「了承しました。……ありがとう、ウィズダム」
まだ呼びなれないはずの名がすらっと口から出る。
それを不思議に思いつつも、悪い気はしなかった。
その言葉を聞き、満足そうに青年が笑う。
『我は我が宝珠と共にお前の胸の石に宿ろう。我が力が必要な時は言葉を紡げ。お前が作り出し、精霊が繋いだ“呪文”を……』
その言葉を最後に青年の体が再び光に包まれる。
現れたときと同じ茶色の光に変化したそれは、ゆっくりとミスリルの方へ流れ始めた。
彼女の胸、肩にかけた布を止めるためのブローチへ。
光がブローチの中に吸い込まれるようにして消えていくのを、ミスリルは温かい眼で眺めていた。
最後の光がブローチへ消える。
その瞬間、ぐらりと景色が揺れた気がした。
白しかないこの空間で、景色が揺れるという現象があるはずはない。
けれど確かに感じた、今までとは違う感覚。
咄嗟に目を閉じた。
光となった“彼”が吸い込まれたブローチを無意識のうちに握り締める。
今まで体を包んでいた何かに守られているような感覚が、体が浮いているような感覚がゆっくりと消えていく。
それが完全になくなったと感じた瞬間、足の裏に大地を感じた。



不意に感じた温かさに、リーフはゆっくりと瞼を持ち上げた。
その途端視界に入った地面に、自分がうつ伏せに倒れていることを理解する。
体を起こしながら、何があったのか思い出そうと必死に頭を回転された。
「確か、ミスリルがゴーレムに殴り飛ばされて、その後俺も……」
そこまで口にして、気づいた。
自分はゴーレムに殴り飛ばされ、壁に叩きつけられたはずだ。
なのに、今ここにある自分の体は痛みを一切感じていない。
これは一体どういうことだろう。
理由を考えようとして、視界の端に飛び込んだ光にはっと顔を上げた。
「ミス……リル……?」
あの後動いていなければ彼女がいるはずの場所が光を放っていた。
一瞬遅れて腕で顔を覆う。
瞳を守るためには目を閉じてしまうべきなのだろうけれど、できなかった。
何故か魅入られるように見つめていた。
光が包む、その場所を。
「お、おい兄貴っ!?」
「……何だとっ!?」
先ほどまで勝ち誇った口調で話していたはずの双子の慌てた声が聞こえた。
思わず視線をそちらへ動かす。
彼らの手の中にある珠が、ミスリルがいるはずの場所と同じように光を放っていた。
2組の腕で押さえ込まれているはずのそれはあっさりと双子の手を抜け出すと、ふわふわと光の方へ飛んでいく。
双子は追いかけようと手を伸ばすけれど、金縛りに遭ってしまったかのように足が動いていなかった。
珠が光の中へと消える。
その一瞬、光が強く輝いた。
思わずきつく目を閉じる。
暫くして、ふと光が弱まるのを肌で感じた。
念のため腕を顔の前に翳したままゆっくりと瞼を開く。
少しずつ光が弱まり始めていた。
光の中にあるものが、だんだんと姿を見せ始める。
浮かんでいた体がゆっくりと地面に降りた。
体の前に持ち上げられた手は、胸にある何かをしっかりと握っていた。
光が消える。
浮かんでいた長い髪が重力に引かれてばさりと落ちた。
「ミスリルっ!?」
完全に腕を下ろし、立ち上がったリーフが叫ぶ。
それを待っていたかのように、茶色の瞳がゆっくりと開かれた。

remake 2004.09.05