SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter4 ダークハンター

4:責任

「ここ?」
「地図によると、そうみたいだな」
メディスンの町から東へ数時間。
空が赤く染まり始めた頃に、2人は漸く目的の洞窟へとたどり着いた。
精霊の洞窟。この国に宿っていると言われる七大精霊が、唯一姿を現す場所。
その中の“風の洞窟”と呼ばれる場所が、彼女たちの目的地だったのだ。
「ここに風の精霊が……」
「待てレミア」
洞窟の中へ踏み込もうとしたレミアをフェリアが引き止めた。
「先に封印を解かなければならないはずだが?」
「あ、ああ。うん、そうだった」
レミアは慌てて荷物から1枚の金属製のカードを手に取った。
精霊の洞窟には、七大精霊を守るために封印がかけられている。
だから普段は浅い洞穴にしか見えないし、入ってもその程度しか進みことは出来ない。
その封印を解くために必要なのがこのカード。
ここに来る前に立ち寄った、エスクール王城の地下で精霊神から受け取った“鍵”だ。
荷物を足元に置いて、1歩前に出る。
そして手にした“鍵”を洞窟に向かって掲げた。
ゆっくりと息を吸い込んで、覚えた文をゆっくりと言葉にする。
「我、今ここに、願う。我が求むる者、精霊への道を塞ぐ者たちよ。今ここに、精霊神マリエスと我が身に流れる血の下に、この地の呪縛を解き放たん」
“鍵”が言葉に反応するかように光を放ち始めた。
だんだんと強くなっていくそれが視界を塞ぐほど強く輝く。
一瞬だけ視界を白く染めた光は、ゆっくりと収まって、消えた。
「これでいいはず」
見た目には変わらない洞窟を前に、レミアは“鍵”を下ろした。
近くに置いた荷物を手に取ると、ごくりと息を呑む。
緊張しているのかもしれないと、フェリアは思った。
無理もない。この先に彼女が求めた物があるはずなのだ。
そして、以前洞窟の中に眠る精霊の神殿を訪れたセレスとタイムの話では、それを手に入れるためには試練を乗り越えねばならない。
2人の話に寄れば、試験の内容は2人ともばらばら。
一体何が試されるのか分からないのだ。
「行かないのか?」
なかなか歩き出そうとしないレミアに、見かねたフェリアが声をかける。
「そんなわけ、ないでしょう!」
振り返らずに怒ったように言うと、レミアは思い切って洞窟の中に足を踏み出した。
一瞬水の中に足を入れるような感覚がやってきて、右足がしっかりと中の地面を踏む。
そのまま体を前に動かすと、レミアはあっさりと結界を通り抜けた。
続いてフェリアも、こちらは何事もなかったかのように中に足を踏み入れた。
「……暗いな」
奥に続く通路を見てフェリアが呟いた。
「神殿に着くまで照明はひとつもなかったって、あいつらは言ってたね」
あいつらとは、当然セレスとタイムのことだ。
けれど照明がなくても全く問題はなかったと言う。
洞窟の入口から神殿までは曲がり角も何もない一本道であったから。
「このまま行こう。松明がもったいない」
「ああ」
こちらを振り返らないまま発せられたレミアの言葉に、フェリアは言葉だけで同意する。
ゆっくりと、2人は奥へと足を踏み出した。



理事長室は静まり返っていた。
あの場にいた全員が怪我もなく無事だったのだけれど、問題は誰かが怪我をしたこと以上に深刻だった。
光を浴びた全員の水晶が――レミア以外の魔法の水晶が、全て奪われたのだ。
レミアが対峙していたあの女に。
聞けば、あの光を浴びた途端、それぞれがアクセサリーに変形させて身につけていた水晶が吸い上げられてしまったのだと言う。

「ごめん……」

頭を抱えたまま謝罪の言葉を口にしたレミア――沙織に全員の視線が集まる。
「あたしのせいだ……」
「別にあんたが悪いわけじゃないでしょう」
珍しくソファに座らず、壁に背中を預けて立っている赤美がきっぱりと言った。
「誰が悪いっていうんなら、間違いなくあの女が悪い」
「けど、あれを連れてきたのはあたしだし……」
実際にはこちらに向かったあの女を追いかけてきただけなのだけれど、結果的には同じことだ。
「そもそも封印解かずにのこのこ出てったあたしたちも悪いの!あんたのせいじゃない!」
強い口調で赤美が言う。
それでも納得できないらしく、沙織は相変わらず頭を抱えたまま俯いていた。
「それよりも!問題はどうやって魔法の水晶を取り返すか、じゃないですか?」
何とか話を変えようとしてか、鈴美がいつもより大きな声で言葉を発した。
「そうね。それが一番の問題よ」
「しかも一番難しい問題だよね~」
百合の言葉に軽い口調で実沙が言う。
本人には悪気がないことは分かっているが、彼女の言葉は少なからず沙織に胸に突き刺さった。
「“時の封印”がかかったままじゃ、私たちは魔法は使えませんし」
「何より魔力を生み出してくれるものがないから……」
異世界間を繋ぐ扉を開くゲートは、本来はかなり難しい呪文だった。
とてもではないけれど、今の状態で開けるものではない。
開けたとしても、無事にインシングに着く保証はない。

「……あたしが行く」

不意に室内に響いた言葉に、全員がそちらに視線を向けた。
「沙織?」
俯いたままだった沙織が、頭を抱えていた両腕をゆっくりと放し、顔を上げた。
「あたしが行く」
きっぱりと告げた言葉に明らかに全員が動揺する。
「ちょっと、本気?」
眉を寄せて百合が尋ねる。
「本気に決まってる」
立ち上がって、目の前のテーブルに叩きつけるように手をついた。
「あたしの魔法の水晶は無事だったから、“時の封印”も解けるしゲートも開ける。何より、あたしがみんなが来る前にあいつ捕まえてれば、こんなことにならなかった」
捕まえなかったわけではない。捕まえられなかったのだ。
けれど、そんなこと言い訳にならない。
そんな言い訳は、自分が一番許せない。
「でも、さっき苦戦してたんだろう?1人で大丈夫なのかよ?」
お盆を持つ手に力を込めて陽一が尋ねた。

「精霊神に会いに行く」

突然返ってきた言葉に、赤美以外の全員が驚いたように顔を上げた。
「マリエス様に、ですか?」
紀美子の問いに、沙織はしっかりと頷いた。
「あの女……手配書によるとエルザって名前らしいけど、あいつは種換の秘薬を飲んでる」
「種換の秘薬っ!?」
音を立てて立ち上がった百合が叫んだ。
この中で一番あの薬に詳しいのは彼女だ。
当たり前だと言えば、そうなのかもしれない。
彼女の父親の家系は、アースに移住するまでは世界的に有名な調合師で、彼女自身、その父方の知識を継いでインシングの薬学を学んでいた。
薬に関してはこの中の誰よりも理解が早く、知識が多い。
「あれを作る技術は失われたはずでしょう!何で今更……」
「そんなのどうでもいいっ!!」
ばんっとテーブルを強く叩いて、沙織が思い切り叫んだ。
「どうでもいいって……」
「まあ、確かにどうでもいいかもしれないね」
「赤美……っ!?」
「赤美先輩!?」
意外な人の意外な言葉に、百合と鈴美が同時に声を上げる。
「だって、そんなこと言ったらイセリヤの復活もルーズの復讐も今更って感じだったじゃない。こだわるだけ時間の無駄。それよりも……」
一瞬浮かべたいつもの表情を消し、鋭い目つきで沙織に向けた。
「精霊神に会ってどうする気?」
「決まってるでしょう!あたしも精霊神法を取得する!」
間髪を入れずに答える沙織の言葉に、陽一がぽんと手を叩いた。
「そういやまだ紀美以外は継承してないもんな」
「え?美青先輩は?」
「あたしのは精霊神法じゃないから」
不思議そうに自分を見上げる紀美子に、美青は手をひらひらと振りながら答える。
「まあ、やっぱそういう選択するとは思ったけど……」
一度俯けた顔をしっかりと上げて、赤美は沙織を見た。
「あんた、今の状態であれ取得できると思ってんの?」
「……は?」
言葉の意味がわからなくて、沙織は無意識のうちに赤美を見た。
「……当たり前でしょう!」
すぐに睨みつけるような視線できっぱりと返す。
「……ならいいけど」
小さくそう言うと、視線を逸らして口を閉じた。
そして浮かべた表情を見て、美青が僅かに顔を顰める。
その表情は顔にかかった髪に覆われ、沙織の位置からは見えなかった。

「赤美が何を心配しているか知らないが」

また唐突に声がして、全員の視線がそちらに動く。
「お前が行くというなら私も行くぞ」
「英里っ!?」
驚いて沙織が親友を見る。
「前例があるから先に言っておくが……」
腕組をしたまま座っていたソファから腰を上げ、真っ直ぐに沙織に視線を向けた。
「どんな理由を上げようが、1人で行くのは許さない」
「でも、紀美ちゃんや美青だって……」
「美青だってあの時はティーチャーと2人旅だったし、紀美子は実沙と一緒だったと聞いている」
きっぱりと言い返され、沙織は言葉に詰まった。
その通りだった。
法国のときも魔妖精のときも、中心となった2人は必ず誰かと一緒に旅をしていた。
2人の話を理由に同行の申し出を断ることはできない。
「それにもしお前が1人で行くといっても、私は無理矢理ついていくぞ」
きっぱりと言い切る英里に、まだ何か言い返そうと沙織は頭を捻った。
しかし言葉を探し出す前に別の声によって思考が遮られた。

「いいじゃん。2人で行きなよ」

聞こえた言葉に驚き、顔を上げる。
そして視界に入った人物に、思わず声を上げて怒鳴っていた。
「赤美っ!!あんた……」
「だって初等部時代のあんた見ている限り、1人で行かせるの心配だし。かといって陽一じゃ戦力不足だし、ちょうどいいと思うけど?」
にやりと意味ありげな笑みを浮かべて言う。
初等部時代の自分。
あの頃とはだいぶ変わった自信はあるけれど、指摘されても否定できないのは事実で。
「……わかったよ」
ため息をつきながらそう言って、沙織は立ち上がったままの親友へ視線を戻す。
「そういうわけだから、お願い」
「任された」
にこりと笑って、英里は力強く頷いた。

そんな2人の様子を、赤美はじっと見つめていた。
その顔に、僅かにではあったが、不安が入り混じったような複雑な表情を浮かべて。

remake 2004.01.09