SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter3 魔妖精

17:魔の城

大きな街の大きな屋敷の前で3人の少女が話している。
そのうちの1人、黄色い髪の少女は屋敷の主人だろう夫婦に頭を下げると、金髪の少女が描き出した光の魔方陣の中へと入る。
棍を持った青い髪の少女と言葉を交わすと、にこりと笑って魔方陣が発した光に飲み込まれ、姿を消した。
自分は離れたところからその様子を見ていただけで、それが本当に魔方陣かどうか正確にはわからなかったけれど、おそらくそうだろうと勝手に予想をつける。
再び、今度は青い髪の少女が夫婦と言葉を交わすと、軽く頭を下げて屋敷を離れた。
夫婦から渡された新しい馬と共に。
その瞬間、足取りが怪しくなって少女が倒れそうになる。
驚いて金髪の少女が声を上げたが、青い髪の少女は何とか踏み止まって首を振ると、大丈夫と告げて再び歩き出した。
「……本当に2人だけで行く気か。あいつらは」
物陰でぽつりと呟いたのは、茶色いローブを着た女。
癖毛なのか、ところどころ跳ねている長い髪を手で押さえて去っていく2人の少女を見つめている。
その傍らには、この街で購入したばかりの新しい馬が大人しく立っていた。
呪文で体を強化してここまで無理をさせてきたから、前の馬は近くの街道で潰れてしまったのだ。
「本当に、大丈夫なのか?」
拳を握り、人ごみに紛れかけているふたつの影を目だけで追って呟いたときだった。

「そうやっていると、まるでストーカーですわよ、お姉様」

聞き慣れた、けれどもう二度と聞けるはずのない声に驚いて振り返る。
視界に入ったのは、冒険者用の服を着た魔道士らしき女。
先端にふたつの玉がついた杖を持ったその女の顔は、まだ少女の面影を残している。
長い髪は頭の上部でひとつに纏められていた。
開かれた瞳は髪と同じ、赤に近い桃色。
「お前は……っ!?」
現れるはずのない、生きているはずのない人物の出現に、女は思わず言葉を失った。



呪文で出来る限りの強化して、街から馬を飛ばして半日。
本来森があるはずのその場所に、彼女たちは辿り着いていた。
「何、これ?」
「酷い……」
想像もしなかった光景に息を呑む。
ここにあったはずの森は枯れ果て、辺りは不気味な雰囲気に包まれていた。
その枯れた森の中心あるのは城。
塔の様に高い巨大な城だった。
「魔妖精にだって森は大切なはずなのに。何でこんな……」
胸に前で手を握ってティーチャーが呟く。
妖精たちが森の中に住んでいるのは人間から身を隠すためでもあるけれど、何より自然から力を貰って魔力を高めているためだ。
自然――特に木や草花から。
妖精神の力を受け継ぐティーチャーならばともかく、他の妖精たちは木のない場所ではある場所よりも力を落ちる。
いくら魔族と言えども、魔妖精もそれは同じはずだと言うのに。
「何か別のエネルギー源を得たか、それとも自然に頼らなくてもいいくらいの力を持っているか。どっちかだろうね」
馬から降りてタイムが呟く。
馬の頭の上にちょこんと座っていたティーチャーは、それを見てふわりと浮き上がった。
「ほら、行きな」
棍で軽く尻を叩いて馬を逃がした。
解放された馬はこちらを振り返りつつも、城とは反対側の森の中へと消えていく。
「……いいの?」
「いいの。帰りは転移呪文で即エスクールなんだから、いつまでも連れていけないし」
逃がせばあの街に戻るか、戻らなかったとしても近くを通りかかった冒険者が拾ってくれるだろう。
「そうだね。そのつもりでいなくちゃ」
魔力を使い切ってはいけないと自分に言い聞かせ、ティーチャーは城へと視線をやる。
「……行こうか」
「うん」
タイムの言葉に、城を見たまましっかりと頷いた。



枯れた森を抜けて城の入口へ走る。
予想どおり自分たちの来た方角が城の正面らしい。
魔妖精だろうマントを着た者たちが入口をしっかり固めていた。
「きっと中もいっぱいだよねぇ」
枯れ木の影に身を潜めるタイムの肩に座ってティーチャーが小声で言う。
「そりゃ、今まで1人も見なかったし、ここが奴らの本拠地だしね」
長は玉座の間か牢屋にいると予想できるけれど、そこを探すにも手間がかかる。
どうしようかと考えて、タイムはティーチャーを見た。
「……何?」
「いや、大きくなってあいつら騙して誘導ってのはどうかなー、と」
「馬鹿言わないでっ!私たちとエルフ族は耳の形が違うのよ!ばれるに決まってるじゃないっ!!」
「冗談だって!大声出すと見つかる!」
小さな、しかし強い口調で怒鳴られ、ティーチャーは慌てて口を押さえた。
幸い向こうがこちらに気づいた様子はなく、タイムは安堵の息をついた。
エルフの耳は尖っているけれど、ティーチャーの耳は人間と同じく丸い。
大きくなって近づいても、嘘だというのは一目瞭然だった。
「法国のときはペリートが国全体を呪文で眠らせたって言ってたけど……」
「でも、スリープはともかくスリープミストは水晶術でしょう?それじゃあ私は使えないよ」
「そうなんだよね」
ぺリドットはスリープの上級魔法だと言ったけれど、それは水晶術師である彼女にとっての話。
妖精も含め、普通の魔道士はスリープミストを使うことはできない。
「せめて、別の場所であいつらの気を引くくらい大きな騒ぎでも起こってくれれば……」
タイムがそう呟いたときだった。
突然城の北側で爆発が起こった。
「な、何?」
驚いて、様子を見ようとティーチャーが空に向かって飛び上がる。
寸前で手を伸ばしてそれを制すると、タイムは彼女を捕まえて腕の中に抱き込んだ。
そのまま木の影に体が完全に隠れるように身を潜める。
突然腕の中に収められて目を白黒させるティーチャーに何も言わないまま、体が木からはみ出さないよう注意して様子を伺う。
そのときタイミングよく門が開いて、城から大勢の魔妖精が飛び出してきた。
「最上階の警備を強化しろ!それ以外の者は現場の確認だっ!!」
門番に向かって、別の魔妖精が叫んでいるのが聞こえた。
忽ち門番がその場を離れる。
「い、一体何なの?」
漸く落ち着いてきたらしいティーチャーが、タイムの腕に収まったまま呟いた。
言葉を口にしてから何かを思い当たったらしく、はっと目を瞠ってタイムを見上げる。
「もしかしてルビーさん?」
「いや、あれは火の呪文じゃなかった」
反属性だったらもっと悪寒がしたはずだ。
あれだけ大きな爆発を起こすものだったのにも関わらず、あの呪文にはそれがなかった。
「原因は何だかわからないけど、チャンスだってことは確かだね」
罠という可能性もあったけれど、これを逃せばこんなチャンスはもうないかもしれない。
すっかり手薄になった入口を見て、タイムはティーチャーを捕らえていた腕を解放すると木の影から出た。
「今のうちに行くよ」
「うん」
タイムの隣に浮かび上がったティーチャーは、その言葉に頷くと素早く呪文を詠唱する。
「ウィンドウェーブっ!!」
ぶわっと風が起こった。
それは勢いをつけ、波のように城に襲い掛かると、彼女たちの真正面にあった扉を切り刻む。
頑丈そうな扉は、ばらばらにこそならなかったものの、その下部に人が1人簡単に通れそうな穴を開けた。
「結構丈夫~」
「あれだけでも上出来よ。行こう」
声をかけると、すぐにタイムは走り出す。
扉にできた穴を抜けて、2人は城の中へと入っていった。



下の階にはほとんど住人はいなかった。
おそらく先ほどの爆発で、本当に全員が出払っているのだろう。
本拠地のすぐ側での爆発だ。
罠でなかったのなら、ここの住人にとって大問題であることは目にも明らかだった。
階段を探して城の中を走っていると、やがて広間の中央に長い螺旋状の階段が見えてきた。
天井は吹き抜けになっていて、階段は遥か上の方まで続いている。
「ここって、外から見えた1番高い部分じゃない?」
上を見上げてティーチャーが言った。
塔のように高い城の中央部。
そこがここだとするならば。
「あいつら、最上階の警備を強化しろって言ってたね?」
上を見上げたまま目を細めてタイムが尋ねる。
「うん」
「じゃあここからは、本格的に敵が出るってわけだ」
そう言って、最初の1段に足をかけた。
「行くよ」
「うん!」
ティーチャーが答えると同時にタイムが1歩踏み出した。
螺旋状の階段を、なるべく壁の方に寄って駆け上がる。
そのすぐ側にティーチャーが並んで飛んでいく。
暫く上ると、脇の廊下へ続く通路に魔妖精の姿が見え始めた。
「侵入者だっ!!」
「最上階へ行かせるなっ!!」
こちらに気づいた魔妖精が口々に叫んで襲い掛かってくる。
「邪魔よっ!!」
直接襲い掛かってきた奴らをタイムが棍で薙ぎ払う。
薙ぎ払われた者は螺旋階段を転がり落ち、運が悪いものは中央の吹き抜けから階下へと落下していった。
「バーニングっ!!」
上から弓でタイムを狙っている者たちに向け、それより高い位置に飛び上がったティーチャーが呪文をぶつける。
「くそっ!どけっ!!」
時間がかかるにつれて集まり始めた敵に焦り始めているのだろうか、タイムの叫ぶような声が聞こえた。
「もうっ!きりがないよっ!!」
小さく叫んで、ティーチャーは1人上へ飛び上がった。
天井すれすれに飛び上がった彼女は、下を見て大きく深呼吸する。
「大気に溶け込みし水よ。恵みをもたらせしその力、しばし破壊の力と変えよ。恵みの雨よ。生命を育むその力、しばし命を奪う刃とせん!」
周りの水分がティーチャーの側に集まり始める。
凝縮されたそれは、彼女の側で小さな雲を作り出した。
「タイムっ!通路に隠れてっ!!」
精一杯声を張り上げた。
それでも体の大ききからか、人間のそれよりはどうしても小さくなってしまう。
その精一杯の小さな声をしっかりと聞き取ってくれたらしい。
タイムは驚いたように顔を上げると、すぐに頷いて近くの部屋へと続く通路へ飛び込んだ。

「インジェリーレインっ!!」

声に導かれて雲が雨を降らす。
冷たいだけであるはずの雨が、触れた魔妖精の体を削り始めた。
悲鳴を上げて魔妖精たちが倒れていく。
塔の中央寄りにいた者たちはそのまま階下へ落下していった。
上の階段が屋根になり、当たらないはずの場所にいる者たちにも雨は容赦なく降り注ぐ。
自分のいる通路に逃げ込んだ魔妖精を、タイムは容赦なく階段へと突き飛ばした。
雨を浴び、悲鳴を上げて落ちていく敵。
気持ちいいものではなかったけれど、情けをかけている場合ではない。
暫くそうやって攻防を続けていると、だんだんと雨は弱くなり、悲鳴も聞こえなくなり始めた。
「タイムっ!!」
ティーチャーの声が聞こえて、タイムは慎重な足取りで階段の方へ戻る。
近くに迫っていた魔妖精たちは、全員が階段に倒れていた。
「タイム!」
目の前の光景に息を呑んで立ち尽くしていると、上からティーチャーが降りていく。
「大丈夫?」
「あ……、ああ、うん」
頷いてから、もう一度辺りを見回した。
「あんた、すごいね」
言っているのはもちろん呪文のこと。
全員が絶命しているわけではないものの、体中であの雨を浴びたのだ。
致命傷なのは確実だろう。
「こんな広範囲に使ったのって初めてなんだけど。詠唱するって恐いね」
困ったような笑いを浮かべてティーチャーが言う。
妖精族は魔力が高いから、人間の使う呪文の詠唱文を口にすることはほとんどないと聞いていたけれど。
「マジギレしたときのセレスに匹敵するよ、この威力」
タイムの言葉にティーチャーの顔に引きつった笑顔が浮かぶ。
「そ、それより今のうちだよ!早く上っちゃおうっ!」
「そうだね」
慌てて誤魔化すように言ったティーチャーの言葉にまじめに頷いて、タイムは上を見上げた。
吹き抜けの天井の一部が切り取られ、上へと続いている。
おそらく、あの天井の上に魔妖精が守ろうとした部屋があるのだろう。
「行こう」
棍を握り直すと、タイムは再び階段を上り始めた。



「危なかったですわね」
天井の向こうへ消えていく2人の姿を見上げて、少女が呟く。
「ああ。上り始めなくてよかったよ」
上から落ちてきた死体を眺めて、女が呟いた。
さっきの呪文は、おそらく自分たちにも容赦なく襲い掛かっただろう。
気づいて近くの部屋に逃げ込まなければ、この魔妖精たちと同じ運命を辿っていたはずだ。
「ここまでの感じ、あのおふたりだけで大丈夫なように思えますけど、それでも追うんですの?」
「ああ」
少女の問いに、女はしっかりと頷く。
「船の上といいミスリルを見つけた時といい、心配だからな」
「そうですよわね。参りましょう」
真剣な表情で頷いて、少女はもう一度上を見上げる。
先を行く2人の姿が天井の向こうへ消えてしまったのを確認すると、2人は階段を上り始めた。

remake 2003.11.15