SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter2 法国ジュエル

2:消えた仲間

北へ向かう電車の中で、紀美子は小さくため息をついた。
「どうかした?」
「いえ……、姉さんにも困ったなって思って」
その言葉に同行している美青は苦笑する。
「まあ、怪我のこと指摘したせいでああいう行動取ったのかもしれないし、非難はできないけど」
「それもそうですね」
ため息混じりに言われた言葉に、今度は紀美子が苦笑した。
出発の朝、紀美子が起きたときには、既に赤美は寮にいなかった。
自分たち姉妹と美青は、結局一緒に行動することになっていたのにもかかわらず、である。
美青の部屋を訪ねても姉が訪れた形跡はなく、代わりにリビングで置き手紙を見つけた。
『あたしは1人で行動する』
そう一言だけ書かれた手紙を。
「百合が用意してくれた通信機もあるし、問題はないでしょ」
荷物から小型のトランシーバーのような機械を取り出した美青の言葉に、紀美子は頷いた。

一般に普及している携帯電話を、家の電話さえ、寮の内線と言う形で引いている彼女たちが持っているはずもない。
そんな彼女たちに百合が「実験的に」と用意していた通信機を渡したのは昨日、解散する直前のこと。
どうやら彼女の亡くなった祖父が興味半分で知り合いの通信会社に頼み、製作したものを引っ張り出してきたらしい。
「よく7つもあったね」
「……もしかしたら、祖父はこういうことがあるかもしれないって、予想していたかもしれないわ」
感心したように言った赤美の言葉に百合が小声でそう返していたのを、美青は聞いていた。

魔燐学園の創設者である百合の祖父は、元々はインシングの人間だった。
当然ミルザの伝説も知っていれば、息子が面白半分で戻ったインシングで知り合い、結婚した女がその血筋の者だということも知っていたはずだ。
だから残っていたのだ。理事長室に、先代の記録が。

「まあ、とにかく」
通信機をしまって、美青が息を吐き出しながら力強く言った。
「あたしたちは自分たちの行き先をちゃんと決めないとね」
「そうですね」
はっと顔を上げて、紀美子は頷く。
とりあえず電車には乗ったものの、ちゃんとした行き先を考えていなかった。
この電車の終点駅までは、行くことを決めていたけれど。
「何処行く?とりあえず、ここまで来たんだから関東より南はなしだよ」
「わかってますよ。そうですね、じゃあ……」
広げた地図帳を見て、紀美子はある一点を指差した。



「さーて!京都に到着だよーv」
JR京都駅の入口で、背伸びをしながら楽しそうに実沙が言う。
「先輩、観光に来たんじゃないんですよ」
その実沙が放り出した分も含め、2人分の荷物を持った鈴美が呆れたように言った。
「わかってるって。でもさ、修学旅行で来ただけだもん。気分を味わうくらいはいいじゃん」
「私は先月来たばかりですけどね」
ぽつりと嫌味を言ってみたが聞こえていないらしい。
実沙は気にせず辺りを見回している。

魔燐学園中等部の修学旅行は3年の6月で、行き先は今彼女たちがいる京都なのだ。
そのため、実沙は去年ここに来ているし、鈴美も先月来たばかり。
そこならば少しは地理がわかるから。
そんな理由で、2人はここにやってきた。

「じゃあ、とりあえず、何かあってもいいように山の方に行こっか」
「山の方って言っても、この辺は結構お寺とかあるんじゃありませんでした?」
「ヘーキヘーキ。人が大勢いそうなビルとかぶっ飛ばすよりはマシだって」
そういう問題じゃないと思いつつも、どうせこの人は話を聞かないと悟ってしまっているから、鈴美はそれ以上何も言い返そうとしなかった。
これが『鈴美』でなく『ベリー』だったら、もう少し状況は変わっていたかもしれない。



着いた駅から山を目指してとりあえず歩く。
早いうちに宿を探さねば、夏休みだ、部屋がないこともわかっていて。
部屋がなければビジネスホテルでもいいと実沙が言うから、結局2人はそのまま山に向かって歩いている。
ビジネスホテルに泊まれるかなど、中高生の2人にはわからなかったけれど。
「夏だし、この際野宿でもいいよね」
「そう、ですね」
軽く言う実沙の言葉に反論する気も起こらないのか、それとも反論して怒られるのが怖いのか、特に何も言い返さずに鈴美は頷いた。
ふと、何かの気配を感じて足を止める。
空を見上げるが、見えるのは鳥たちの影だけで、他には何もない。

「鈴ちゃん」

声をかけられて、鈴美は慌てて視線を戻した。
「何してんの?もっと奥行こうよ」
そう言う実沙の顔にはいつもの明るい表情はなく、どこか真剣さを帯びた表情が浮かんでいた。

もしかしてこの人、気づいてた……?

だから山に向かおうと言い出したのだろうか。
そんな疑問に襲われる。
『ベリー』のときはともかく、今の自分は7人の中で1番鈍いという自覚があるから、余計にまじまじと目の前の少女を見てしまう。
「ほら、早くっ!」
「あ……、はい」
再び声をかけられ、ようやく鈴美は再び足を踏み出した。



「だいぶ登ったねー」
木々の間から市街の方が見えるようになった頃、ようやく実沙は足を止めた。
「そうですね」
息を切らせながら、何とか隣に立った鈴美が小さく頷く。
「そろそろ、頃合いかな……」
呟いたかと思うと、実沙はそのまま空を見上げた。
「やっぱ魔力があるからぁ、実力者にはバレるよねぇ」
ふざけた口調で、わざと空に向かって言ってやる。
それに続くように、鈴美も空を睨んだ。
他人の目から見たら、そうは見えなかったかもしれないが。
「……鈴ちゃん、一瞬でやるよ」
言った瞬間、実沙は黄緑色の腕輪のはまった左手を高々と上げる。
言葉の意味を汲み取って、鈴美は力強く頷いた。

「ディープミストっ!」

腕輪から――“魔法の水晶”から霧が噴き出した。
それは、そう広い範囲ではなかったけれど、一瞬にして辺りを包みこんでいく。
その霧の中で、一瞬だけ起こった2つの閃光に、周辺の木々に止まっていた鳥たちが驚き、次々と飛び立っていく。
鳥が飛び立ち、動物たちが逃げていく中、空中に黒い影が現れた。
影は徐々に形を成し、人の姿となっていく。
黒髪に真紅の瞳を持つ男の姿に。

「やっぱいたね、法国のお偉いさん」

言葉が響くと同時に、辺りを覆っていた霧が晴れた。
その場所には、先ほどまでいたはずの黒髪の少女たちの姿はなく、代わりにアースではありえない髪の色をした少女たちが立っていた。
若草色の髪の少女ペリドット=オーサーと、紫の髪の少女ベリー=フルーティア。
2人とも先ほどの少女たちと同一人物であり、異世界の勇者の血を引く者。

「やはり、貴様らがミルザの血を引く娘か」

ぽつりと、低い声で宙に浮かぶ男が呟いた。
外見的には青年と言えるだろうその男の胸には、7つの水晶がはめ込まれたペンダントが下がっている。
「ご明察~ってね」
あくまで楽しそうにペリドットが言葉を返す。
その表情は笑ってはいたが、決してふざけてなどいない。
隣に立つベリーもそれがわかっているから、彼女の口調に文句をつけようとはしないのだ。
「わかってるんなら降りて来ればよかったのに。ストーカーは犯罪なんだよー?」
インシングでは存在しない言葉を、向こうの世界の住人に言ったところでわかるわけがない。
そんなことは気にせずに、空を見上げたままベリーが続ける。
「わざわざこんな所まで登ってあげたのよ?用件を言ったらどう?」
姿を変えると性格が変わるのは7人の中でも特例で、隣に立つペリドットも最初は驚いていたけれど、今はもうすっかり慣れてしまった。
「用件、か……」
微かな呟きが耳に届いた。

「お前たちに復讐することだ」

続けてしっかりと聞こえた言葉に、はっと嘲るようにベリーが言葉を吐く。
「あんたが封印されたのは、ミルザが動かなきゃならないと判断するほどのことをしたからでしょう?なのに復讐なんて、逆恨みもいいところね」
「大体、封印されただけならマシじゃん。生きてるだけいいと思えば~?」
考えてみれば、その通りかもしれない。
同じくミルザを敵に回したイセリヤなど、彼の手で命を絶たれている。
そして4か月前の決戦でも、あの女は再び命を絶たれた。
それを考えれば、封印で済まされたことを幸運に思ってもおかしくはないではないか。
「動かなければと判断、か。たったひとつ村を滅ぼしただけで封印されたのだ。とてもそうは思えんな」
「たったひとつ……?」
その言葉にぴくっとベリーが反応する。
「イセリヤは村を滅ぼすということはしてないはずよね?だったら、彼女より重罪なあんたが生きてること、ありがたく思ったほうがいいんじゃない?」
「イセリヤは、か……」
冷たく言い返されたベリーの言葉を聞き、男は小さく笑った。

「あの女の最終目的を知らないお前たちが、よく言う」

「何ですって?」
笑い声と共に響いた言葉に、明らかに2人は表情を変えた。
「世界の支配は準備でしかなかったと言うことだ。その準備が完全に終わる前に、あの女は散っていったがな」
「え……っ!?」
告げられた事実に2人は言葉を失った。
知らなかった。
知るはずもなかった。
イセリヤの目的が、世界の支配ではないということなど。
「話は終わりだ。我が心、ここで晴らさせてもらおうっ!」
男の声にはっと我に返り、2人は反射的にその場を離れた。
直後に今までいた場所が爆発する。
男が空中から魔法弾を放ったのだ。
「びっくりした~」
「言ってる場合じゃないわ!……来るわよっ!」
ベリーの声に気を引き締めて、ペリドットは地を蹴った。
その瞬間、そこに魔法弾が落ちて地面が吹き飛ぶ。
舞い上がった砂埃を吸ってしまい、ごほごほと咳き込むが、それでも目を完全に閉じてしまうことだけはしなかった。
そのおかげで気づいた。
男が2つの水晶をペンダントから外し、手の上で浮かせていることに。
「我が手に集いし漆黒の闇よ。今ここに、その力槍となりて、我が前にいる敵を撃たん」
降り注ぐ魔法弾を避けながらも、男から視線を逸らさずにベリーは素早く呪文を唱える。
「ダークランスっ!!」
ほんの一瞬、魔法弾が止んだ隙をついて、言葉とともに男に向かって手を突き出した。
放たれた黒い光が、槍となって男に向かって飛んでいく。
それが直撃するかと思った直後、唐突に男の目の前で黒い槍が消滅した。
「えっ!?」
突然の出来事に、ペリドットは目を瞠った。
その声に反応するように、男はにいっと口元を綻ばせる。
「吸い、込まれた……?」
呆然と男を見上げたままベリーが呟く。
見れば、男が手の上で浮かせている水晶の1つが微かに紫に染まっている。
「あの水晶に、魔力が吸い込まれたっての?」
呟きながら、ペリドットは自分の周りに浮いていたオーブを腰の位置まで下げる。
これでは下手に水晶術など使えない。
そのことに気づき、ぎりっと唇をかんだ。
水晶術の低級呪文は、全てオーブに魔力を纏わせ、それを直接相手にぶつけるもの。
今それをやって、もし魔力ごとオーブが奪われでもしたら。
この“魔法の水晶”が奪われるようなことでもあれば、取り返しのつかないことになる。
祖先から代々伝わるこの武器は、精霊より授かりし“魔法の水晶”が変形したものだ。
魔力を生み出すこともできるこれは、この世界での彼女たちの力の源と言ってもいいかもしれない。

そして、何となくだが、感じていた。
これを、自分の後継者以外の誰の手にも渡してはいけないということを。
渡しては、大変なことになるということを。

「悪いが、遊んでいる暇はないのでな」

静まり返った辺りに男の言葉が響いた。
ほぼ同時に、男が微かに紫に染まった水晶を掲げる。
その瞬間、直感的に何かを感じ取り、ベリーは拳からナックルを外していた。

「ペリートっ!!」

叫んで、元の球体に戻した水晶を投げる。
反射的に、ペリドットが飛んできたそれを掴んだ瞬間だった。

「我が力となれ」

男の声が、妙に耳に響いた。
続けて襲ったのは閃光。
その眩しさに思わず目を瞑ってしまった。
そして直後に後悔した。
その時、目を閉じてしまったことを。

光が消えたとき、そこにいたはずのベリーの姿は、消えていた。
代わりに男の掲げた水晶の色が、完全に紫に変化していることに気づいた。
「ベリー……?」
名を呼ぶが、当然のように返事はない。

わかっていた。
理解していた。
今この瞬間、何が起こったかということなど。

「次は貴様の番だ」
紫色の水晶をペンダントに戻して、男が静かに告げる。
その言葉でベリーの“魔法の水晶”を握ったまま呆然としていたペリドットは、はっと我に返った。
水晶を握る手に力を入れ、素早く口の中で呪文を唱える。
それに反応するようにオーブが変形した。
人が乗れるほどの大きさの、平たい絨毯のような形に。
「捕まえられるもんなら捕まえてみれば!」
吐き捨てるように言って、オーブに飛び乗る。
そのまま落ちていた――ベリーの荷物の一部であろう――小さな袋を拾って、その中に“魔法の水晶”を放り込む。
しっかりと袋を閉じると猛スピードで上昇し、その場から離れ始めた。

逃げないと。

今の状況で、1人になってしまったこの状態で、勝ち目がないのはわかっていた。
それでも、逃げ切れるとは思っていない。
オーブのスピードを上げながら、ペリドットは口の中で、小さく呪文の詠唱を始めていた。
「逃がすと思っているのか」
聞こえた声にはっと意識が引き戻されて、慌ててオーブを停止させる。
瞬間移動の呪文でも使ったのだろうか、目の前にはずいぶん距離を開けたところにいたはずの男が、何事もなかったかとのように浮いていた。
「諦めろ。貴様に逃げ道はない」
淡々と告げられた言葉に息を呑む。
それでも、当然諦めるような潔さなど持ち合わせていなかった。
「冗談!誰があんたなんかにっ!」
吐き捨てるように言って、急降下した。
既に自分に余裕がないのはわかっていた。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
ベリーが“魔法の水晶”を投げ渡したのは、自分なら逃げ切れると、水晶を守りきれると信じていてくれたから。
その期待を、裏切りたくなかったから。
「無駄だ」
「……っ!!」
先ほどベリーが消えたときにも聞こえた、妙に耳に響く言葉。
ペリドットもまた、その言葉と同時に何かの言葉を口にしていた。
何かの呪文を。

再び光が、辺りを包んだ。
先ほどよりも、ずっと眩しいと思われるほどの強い光が。

そして、辺りに静寂が訪れる。
光が消えたときには、ペリドットも宙に浮いていたあの男も、完全に姿を消していた。

remake 2003.03.27