SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter2 法国ジュエル

11:約束

「セレちゃん、大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込みながらペリドットが声をかける。
俯いたままのセレスの顔色は未だに青いままだった。

光の洞窟に戻ってきた彼女たちは、結界の中へ入って体を休めていた。
ミルザの子孫が同行していなければ入ることが出来ないここなら、見つかる心配はほとんどない。
かたかたとセレスの肩が震えているのは、おそらく洞窟の奥から伝わってくる寒さのせいではない。
あの時ルーズに何かを言われたせいだと考えるけれど、何を言われたかは見当もつかない。
彼が最初に対峙した時、セレスに何を言ったのかさえわからない。
だから結局気づけずにいた。
望まぬ求婚の言葉が、セレスの頭の中で回っているということに。

「できだぞ」
耳に入った言葉に振り向けば、先ほど作った焚き火の上に吊るされた鍋からおいしそうな匂いが立ち込めていることに気づいた。
「すごーい!リーフが作ったの!?」
鍋の中を覗けば、そこには予想通りおいしそうな料理が出来上がっていた。
「俺たち、帝国兵としてスパイやってただろ?その時にある程度の料理ができないと怪しまれたからな」
ため息をつきながら語る彼の表情からは、帝国時代の苦労が窺える。
今はダークマジック帝国も解体して、自分は王子に戻れたと言っても、やはり自ら動かなければ国は復興への道を辿ることはできない。
だから彼らは来る日も来る日も城下を走り回り、必要ならば遠くの町にだって赴いている。
帝国時代の活動と今のその活動があるからこそ、彼ら兄妹は国中から絶対的な信頼を寄せられているのだけれど。
「セレスさんも食べてください。今はとにかく体力を回復しないと」
ミューズが料理を盛った皿を差し出すけれど、セレスは小さく首を振るだけ。
その様子にミューズは困ったようにペリドットを見るけど、彼女もため息をついて首を振るだけだった。

「俺としては、残念だけど」

大げさなため息をつきながら発せられた言葉に、ペリドットとミューズは焚き火の方を見た。
黙々と料理を皿に盛っていたリーフが、セレスの方を見ずに続ける。
「あんたはもっと、強い奴かと思ってた」
その言葉に、セレスは静かに顔を上げる。
「もっと強い意志を持っている人間だと思ってた」
無造作に、それでも料理を零さないように皿を地面に置いて、顔を上げる。
「あんな言葉くらいで、動揺するような人じゃないと思ってた」
続けられる言葉に怒りが込み上げてきたのか、セレスはきゅっと口を閉じ、無意識に唇を噛み締める。
「あんな言葉を、本気にいるような人じゃ……」
「あなたに何がわかるんです!」
洞窟内に言葉が響く。
ここに戻ってきて、初めてセレスが口を開いた。
その言葉は怒りに満ちたものだったけれど。
「仲間がみんな捕まって、ペリートしか残ってなくって、そんなときに自分の女になれば残った仲間は見逃してやると言われて!あいつには憎しみしか感じないけど、これ以上誰かがいなくなるのは嫌だから!だから私は……」
「そんなこと言われてたんだ……」
ペリドットがぽつりと呟いた。
あの時ルーズに近づいたリーフにしか聞き取れなかっただろう言葉。
それをセレスは今、ここで全て吐き出した。

「私は、姉さんだってタイムさんだって、一緒にいて欲しかったのに」

相当精神が弱っているのだろう。
両手で顔を覆うと、そのまま泣き崩れるかのように蹲る。
そんな彼女を支えるように、ペリドットは無言でセレスの側に寄り添った。
「兄様!」
そのセレスの様子を見て、ミューズはきっと兄を睨んだ。
気まずそうな表情で、リーフは妹から視線を逸らす。
それでもミューズは彼を責めることをやめない。
「今の状態、わかってるでしょう!なのに、追い詰めるようなことを言って……」
「悪かったな。……悔しかったんだよ」
突然呟かれた言葉に、ミューズは思わず言葉を飲み込む。
「助けようとしたらあいつが、あんな奴がそんなこと言ってて。セレスさんを苦しめてる原因が何をと思って、悔しくて、許せなかった」
ぎゅと強く拳を握った。

「俺だって伝えたくて、それでもできなかった言葉なのに……」

「え……?」
告げられた言葉に、セレスは泣くことも忘れて目を見開いた。
ゆっくりと顔を上げてリーフを見る。
はたと2人の視線が合った。
それでリーフは自分が何を言ったのか気づいたらしい。
真っ赤になると、慌ててセレスから顔を背けた。
「リーフ、さん……?」
きょとんとした様子でセレスが彼を見上げる。
少し迷っていた彼だったが、ようやく覚悟を決めたのか、真っ直ぐと彼女の方へ顔を向けた。
目を合わせる勇気はないのか、視線だけは別の場所を彷徨っていたけれど。
「初めて会ったあの時から、惹かれてたんだと思う。最初は尊敬しているだけだと思ってたのに、忘れられなくなって。それで、気づいた」
言葉を紡いでいく度に、だんだんとリーフの顔が赤くなる。
その赤さは、先ほど一瞬にして真っ赤になったときの比ではない。
周りに人がいるせいでよほど恥ずかしいらしい。
「本当は伝えるのをやめようかと思った。心が弱っているのを承知で伝えるなんて、卑怯だと思ってたから」
そこまで告げて、恥ずかしさのあまり顔を背けてしまう。
セレスはセレスで呆然としたまま、しばらくリーフを見つめていた。

要するに、リーフもあの男と同じ感情を抱いていたのだ。
自分に対して、同じ感情を。
けれど、何だろう。
湧き上がった感情が、わからない。
あの男と同じ感情をぶつけられたというのに、あの時のような嫌悪感は湧いてこなかった。
湧き上がったこの感情は、もっと暖かいもの。
大事にしたいと思うもの。

「セレちゃんっ!」
ぎょっとしてペリドットが声を上げる。
その言葉に驚いてリーフも、そしてミューズもセレスを見た。
呆然とリーフの方に視線を向けたまま、セレスは泣いていた。
名を呼ばれて自分が泣いていることに気づいたらしく、セレスははっと我に返ると、慌てて自分の頬を拭った。
「あの、私……」
「ごめん」
突然リーフに謝られて、何がなんだかわからないまま再び視線を彼に向ける。
「迷惑だって言うのはわかってるんだ。ただ、どうしても悔しかったから、その……」
「ごめんなさい」
謝罪の言葉を遮られ、今度はリーフが反射的にセレスを見た。
彼の瞳に浮かんでいたのは絶望の色。
思いがけない言葉に、ごくりと息を呑み込む。
完全に予想していなかった言葉ではなかったけれど、ショックであることに違いはない。
「あの、俺こそ……」
「そうじゃ、ないんです」
驚いてセレスを見れば、彼女は再び視線を地に落としている。
「辛いのはペリートだって同じだって、わかってたのに。私は自分のことしか見えてなかったみたいで。ペリートもミューズさんも、リーフさんだっているのに、1人だと思い込んでた」
そこまで言って、静かに顔を上げる。
先ほどまで暗かったはずの表情は、心なしか晴れていて。

「心配かけて、ごめんなさい」

そう言って笑う彼女の顔には、いつもの明るさが戻り始めていた。
「セレスさん」
「セレちゃん」
ほっとしたようにミューズとペリドットが彼女を呼ぶ。
2人に笑いかけて、セレスはゆっくりと立ち上がった。
そして、静かに洞窟の奥へと視線を向ける。
この奥に神殿があるはずだ。
光の精霊が宿ると言われる、そして精霊神法が眠ると言われる神殿が。

もう迷わない。
迷ったりしない。
そう、心に強く誓った。
戻ってくる理由ができたから。
この戦いに勝ちたいと思う理由が、増えたから。

自分の中に生まれた感情に、気持ちに気づいたから。

「ペリート」
洞窟の奥を見たまま、セレスが側にいる仲間の名を呼ぶ。
いつもつけていたはずの敬称が、いつの間にかなくなっていることにセレス自身は気づいていない。
「食事の後すぐに私は神殿に行くわ。あなたはリーフさんたちを、お願い」
ミルザの家系の者ではない彼ら兄妹が、結界の中に取り残されたときの保険。
ペリドットが共にいれば、2人も自由に結界の出入りができるはずだ。
「うん。任せて」
自信を取り戻したセレスを信頼して、ペリドットは力強く頷く。
そんな彼女に笑顔を見せると、セレスは静かに視線をリーフに向けた。
「リーフさん」
返事を曖昧にされたまま、気まずそうに立っていた彼に声をかける。
リーフは驚いたように彼女を見て、いまさら緊張し出したのか、妙に背筋を伸ばした。
「ありがとうございます。あなたのおかげで私、大切なことを思い出しました」
「いや、俺は別に……」
「だけど」
続けられた言葉に、リーフは思わず息を呑む。
彼を襲っているのは、断られるのではないかという不安。
「だけど……」
しっかりとリーフの目を見て、セレスが再び口を開く。
「ちゃんとしたお返事は、待っていただいてもいいですか?」
思いがけない問いに、一瞬力が抜けた。
それでも、それをいい意味に取っていいのか悪い意味に取るべきなのか、今の彼にはわからない。
「もちろん!」
そう返すことしかできなかったけれど、それでもセレスはにっこりと笑顔を浮かべる。
「じゃあ、ひとつだけ、約束」
そう言って、小指を立てた利き手を差し出す。
戸惑うリーフにアースのおまじないだと告げると、彼も恐る恐る手を差し出し、彼女の小指と自分の小指を絡ませる。
「私は絶対にあいつに勝って、あなたのところへ帰ってきます。だから、それまで待っていてください」
当たり前のような約束。
それでも彼女にとってこれは、自分を見失わないようにするための誓い。
自分の気持ちに気づいた彼女の、今彼に返せる精一杯の返事。
「ああ、約束する。俺はいつまでも、君を待ってる」
ぎゅっと小指に力を入れて、リーフが微笑みながら答える。
それを聞いてセレスが微笑むと、彼は顔を真っ赤にして視線を逸らした。



いつの間にか火の側に近づいて腰を降ろしたペリドットとミューズは、自分たちの世界に入っている2人を見て小さくため息をつく。
呆れたようなほっとしたような、そんなため息。
それでもペリドットの表情は、先ほどよりも和らいでいた。
「よかったですね」
暫くして食事を始めたペリドットにミューズが笑いかける。
「うん。あのままセレちゃんが試練受けようとしなかったら、あたしがルビーに酷い目に合わされてたしね」
笑って言う彼女の言葉を冗談だと思ったらしい。
くすくすと小さくミューズが笑う。
冗談でも何でもなく、ルビーならやりかねないことだということを彼女は知らない。
「それで、本当に私たちと残られるんですか?」
何気ない問いに、ペリドットは静かに頷いた。
「きっとここから先はセレスの心の問題だからね。一緒に行っても、結局あたしは待ってることしかできないから」
そう言って、僅かに視線を動かす。
リーフと話しながら楽しそうに笑うセレスを見て、ペリドットは安堵の笑みを浮かべた。

あれなら、きっと大丈夫。

リーフの存在が彼女を元気付けてくれるだろう。
彼がいる限り、きっとセレスは迷わない。
そう信じられるから彼に託そうとした。
そう信じられるから、安心できる。

「あたしたちにできるのは、セレスが呪文を継承して帰ってくるのを信じるだけだよ」

視線を戻して、にこっとミューズに笑いかける。
ミューズの方もそれはわかっているらしく、微かな笑みを浮かべて小さく頷いた。

remake 2003.04.20