SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter1 帝国ダークマジック

6:無の水晶術師

「あらあら、そうでしたの」
校舎裏に響く微かな笑い。
「やっぱり、わたくしの読みは当たりだったようですわ」
周りを囲むのは目に光の灯っていない男子生徒。
その中央にいるのは、やはり目に光の灯っていない黄色い髪を持つ少女。
そして、異様に目立つ赤に近い桃色の髪を持つ少女。
その髪の色には合わない茶色い胴衣が、その異様さをより引き出している。
「ふふふ。覚悟なさいませ、ミルザの子孫」
呟かれた言葉に反応を示さず、黄色い髪の少女は杖を握ってその場に跪いていた。



3年A組の教室。
雑談をしていた生徒が徐々に教室から出て行き始める。
おそらく次の授業が移動教室なのだろう。
そんな教室の前で、1人の少女が中を覗き込んでは誰かを呼ぶのを戸惑い、顔を引っ込めていた。
「どうしよう……。早くしないと行っちゃう」
「どうしたの?」
「きゃあっ!!」
突然かけられた声に思わず少女が声をあげた。
「び、びっくりした……」
振り向くと、声をかけた女生徒が自分を見たまま固まっているのが目に入った。
「え?あ、あの。ごめんなさい」
一瞬唖然としてしまったものの、状況を理解して慌てて謝罪する。
「ううん。こっちこそ、脅かしてごめんね」
妙におどおどしている少女を見て、彼女は苦笑しながら謝った。
「それでどうしたの?うちのクラスに何か用?」
「あ、はい。その、金剛さんって、いらっしゃいますか……?」
「金剛?金剛赤美?」
「は、はい」
相手が僅かに目を見開いて聞き返す。
あの金剛赤美に尋ね人がいることに驚いているのだろう。
「いるけど……。珍しいなぁ。ちょっと待って」
案の定、そう言って女生徒は教室の中へと戻っていく。
暫くすると、彼女と共にに緑のバンダナをした少女が出てきた。
「あたしに用があるのって、あんた?」
「は、はい」
噂に聞く『怖い人』。
それが少女の、一度も会ったことのない目の前の先輩への印象だった。
「……あれ?」
こちらが用件を言えずにいるうちに、目の前のバンダナの女生徒――赤美が驚きの表情を浮かべて呟く。
「な、何ですか……?」
「あんたさぁ、荒谷鈴美ちゃん?」
自分が何か気に触るようなことをしたのかと思いながら聞き返して、帰ってきた思いも寄らぬ言葉に驚いた。
後から考えれば彼女は自分の名前を知っていても不思議はなかったのだが、今の彼女の頭にそんな考えは思い浮かばなかった。
「知り合い?」
「っていうか紀美の友達」
不思議そうに尋ねる先ほどの女生徒の問いに、あっさりと赤美が答える。
「あの、私、先輩にお会いしたこと……」
「ないよ。でも紀美の部屋に写真があったから」
歯切れ悪く尋ねた問いに、やはりあっさりと彼女は答えた。

この教室を訪ねてきた少女の名は荒谷鈴美。
その気の弱さが理由で、あまり目立つことはない少女。
初等部の頃からほぼずっと紀美子と同じクラスであり、彼女ととても中の良い少女。
彼女もまた事故で両親をなくしたという境遇が、その理由のひとつとなっているのかもしれないが。

「それで?あたしに用って?」
「あ、はい。実は、紀美ちゃんが先輩にこれを……」
そう言って差し出したのは、先ほど教室で受け取った本に挟まっていた一通の白い封筒。
「紀美が?」
理由に心当たりがないのか、赤美は不思議そうな顔で封筒を受け取る。
「何だろ?」
「あたしに聞かないでよ」
「そりゃそうだけど……。とにかくありがとう、荒谷さん」
相談することをきっぱりと拒否した友人を鋭く一瞥してから、彼女はこちらを向いてにこっと笑った。
その笑顔に鈴美はほっとする。
ほっしとたのは聞いていた噂と彼女の印象が大分違ったから。
紀美子が言った通り、怒らせなければ優しい先輩だと、少しはわかったからかもしれない。
「それじゃあ、失礼します」
ぺこりと頭を下げると、鈴美は急いで自分の教室に戻っていった。



「赤美」
鈴美を見送っていた赤美に声がかかる。
振り返ると、そこには手に何も持っていない美青と百合が立っていた。
「紀美ちゃんから?」
「うん。向こうさん、動いたみたいだよ」
そう言って、白い封筒を見せる。
本当はわかっていた。手紙の内容が何なのか。
わからないふりをしていたのは、わざと。
「さて。そういうわけだけど、どうしたい?理事長」
わざと百合に話を振る。
「決まってるでしょ。紀美ちゃん本人が来なかったって言うことは……」
「授業なんかに出てる場合じゃないってことね」
ふうと美青がため息をついた。
「美青って理系だもんね。授業出られなくって残念?」
「冗談。数学は得意だけど理科は嫌い。むしろ歓迎よ」
赤美の隣に立つ沙織の冗談交じりの言葉に、美青は呆れを含んだ笑みを浮かべる。
先ほど鈴美の訪問を赤美に告げたのも、隣で話を聞いていたのも沙織だ。
「決まり、ね」
「先生には私の方から後で手を回しておくわ。すぐ行きましょう」
「了解」
荷物を机に戻すと、4人は早足に教室を出た。
「にしても、百合が理事長でよかったわ」
「感謝してよね」
何気なく呟いた赤美の言葉に、いたずらっぽく笑って百合が答える。
とりあえず目指す場所は人気のない場所――校舎裏。
そこに紀美子たちがいなかった場合の対処はまた後で考えることにして、4人は階段を駆け下りていった。

その4人を黙って見送った少女が1人。
「向こうさん、動いた……」
無表情で4人が消えた方向を見ていた少女は、何かを決意したように呟くと教室へ戻った。
手に持っていた教科書やノートを机に置く。
「あ、あの」
机に手をついたまま、近くにいるクラスメイトに声をかけた。
「ん?どうしたの?」
「あの、あたしおなか痛くなっちゃって。保健室に行きたいから、先生に……」
「わかった。言っておくね」
「ありがとう」
笑って答えてくれたクラスメイトに礼を言って、少女は教室を出て歩き出す。
保健室へ向かう階段とは逆の方向に向かって。



チャイムが鳴る。それをきっかけに、だんだん校舎内が静かになる。
まだ校舎の中にいるうちに、4人は昇降口に一番近い、今の時間は使われていない会議室に飛び込んだ。
辺りから人の気配が消えるのを待って“時の封印”を解く。
そして廊下に人影がないのを確認すると、窓から外へ飛び出した。
「脱出成功♪」
「って逃げ出すわけじゃないんだから」
盗賊らしくしようと思い言った言葉は、タイムの冷たい言葉で叩かれた。
「ちょっとした冗談じゃない」
「あんたの場合、冗談じゃすまなそう」
「タイム~っ!!」
「ちょっと!馬鹿やってないで行くわよ」
呆れ口調でミスリルに言われ、仕方なくルビーは口を閉じる。
窓の中から見られないよう身を低くして壁際を走りぬけた。
不意に先頭を走っていたルビーが立ち止まる。
「ルビー?どうかし……」
「誰かいる」
レミアが言い終わるより早く答えると短剣を取り出す。
身を低くしたまま気配を消して、耳を澄ます。
確かに誰がの近づいてくる気配がある。
タイムもレミアもミスリルも、武器を手に取って、じっとその気配を窺った。
やがてここから死角になっていた建物の影に、すっと誰かが姿を現わした。
「セレス!」
視界に入ったその姿に、ルビーは思わず名を叫んで立ち上がる。
姿を見せたのは彼女の言葉どおり、巻啼を追っていったと思われるセレスだった。
「……姉さん……」
視線を合わせずにセレスが姉の名を呼んだ。
その声は、何故か消え入りそうなほどに小さい。
「セレス……?」
様子がおかしいことに気づいて、近づこうとしていたルビーはその足を止めた。
「……何かあった?」
「さあ……?」
小さく囁くレミアに、タイムは首を横に振る。
明らかに様子がおかしい。
怪我をしているわけでもなさそうだと言うのに、雰囲気がいつもの彼女とは全く違う。
「姉さん、皆さん、お願いがあります」
ようやく顔を上げたセレスの瞳を見て、タイムは気づいた。
その瞳に、いつもの光が宿っていないことに。
「セレス……?」
ルビーの呼びかけに答えるように、静かに握っていた杖を持ち上げた。
「死んでください」
「ルビーっ!!」
言葉と同時にセレスが呪文を放つのとタイムが飛び出すのと、どちらが早かっただろうか。
タイムがルビーを突き飛ばす。
そのまま自身も彼女の上に覆い被さるように地に伏せた。
一瞬遅れて、何かが背中を掠めていくのを感じた。
ほぼ同時に至近距離で何かが爆発した音が耳に入る。
吹き上げた爆風から守るようにきつく目を閉じて、それが収まったと気づくとすぐに体を起こした。
爆発音を近くで聞いたためか、襲ってくる耳鳴りを何とかしようと頭を振って、視界に入ったものにばっと顔を上げる。
爆発を起こした壁には、大きな穴が開いていた。
「ルビーっ!タイムっ!!」
煙が晴れ、ある程度視界が聞くようになるのを待っていたレミアが慌てた様子でこちらに向かって走ってくる。
「大丈夫!?」
「な、何とか……」
タイムの背中を掠めた呪文は彼女の服を破いただけで、体に外傷は見られない。
「セレス……?」
呆然と呟く声が自分の下から聞こえ、タイムははっと視線を落とした。
うつ伏せに横たわったままのルビーが、信じられないという表情でセレスを見つめている。
「な、何で……?」
「何でも何も、あの子の目を見て」
自分の上から降りながら囁くタイムの言葉に、ルビーはゆっくりと視線を動かす。
「あの目、正気じゃない。誰かがセレスを操ってる」
「操る……?」
「でもどうやって?それは確か、禁呪のはずよ」
いつのまにか側に来ていたミスリルが、セレスの方をじっと見つめたまま尋ねた。
「できるとすれば、吸血鬼が使うって言う媚薬ぐらいしか……」
「その通りですわ」
突然響いた聞き慣れない声に驚き、4人は一斉にそちらに視線を向ける。
その先に立っていたのは、赤に近い桃色の髪をポニーテールに結い上げた、茶色い胴衣を着た少女。
「あんた、巻啼……!?」
「あら、もしかしてばれてました?」
その姿を見て思わず叫んだミスリルに、くすくすと笑いながら答える。
「その通り。わたくしは編入生の巻啼里奈と申します。まあ、皆様のことですから、もうわたくしがどういう者かは気づいていらっしゃると思いますけど」
「ダークマジックの、人間……」
「ええ、その通りですわ」
鋭い視線を向けたまま確信を持って告げられた言葉にも動揺することはなく、彼女はさらりと答えて、続けた。
「わたくしの本当の名はリーナ=ニール=MK。アール=ニール=MKの妹でございますわ」
「アールの妹っ!?」
「ええ。まあ、血は繋がっていませんけど」
反射的に叫ばれた言葉にも、リーナのと名乗った異世界の少女は動揺せずに答える。
知らなかった。想像することだってなかった。
あのアール=ニール=MKに、こんな妹がいるとは。
「血が繋がっていないって、どういうこと?」
仲間たちが驚く中、ミスリルだけが冷静に目の前の敵に聞き返す。
「姉様はわたくしの家に養女としていらした方ですの。だからあの方はわたくしのお義姉様」
不意に彼女が表情を変える。
今まで浮かべていた楽しそうな笑みを消し、暗く、冷たい表情を浮かべた。
「ですから、謹慎処分を受けた義姉の代わりにわたくしがここに来た、というわけですわ」
その言葉で、最近疑問に感じていた全ての答えが繋がった。
アールがここのところ姿を見せなかった理由。
そして、突然ダークマジックからの刺客が変わった理由も。
「あんた、セレスに、何をした?」
目を細めて自分を睨むルビーを見て、リーナはくすっと小さく笑う。
「言いませんでした?その通りって」
「まさか、本当に……」
「ええ。吸血鬼の媚薬、使わせて頂きました」
ごくりとミスリルが息を飲む。
父親がしていた仕事の影響らしく、彼女には薬の――何より調合の知識があった。
そのため媚薬についてもよく知っている。
吸血鬼族が使う、獲物を完全に自分の下から逃がさないようにするための薬。
それを使われた者は、使用した者の命令を何でも聞く人形と化す。
それは即ち、今のセレスは敵だということを示していて。
「多少知識があるようですわね」
明らかに表情を強張らせたミスリルを見て、少し目を細めて言ったリーナの口調はどこか楽しそうだった。
向こうからすれば楽しいのだろう。
こちらの苦悩が、自分の勝利を確実にするものになるのだから。
「ですが、理論と実戦の差。結構納得できないものが多いんですのよ」
すっと静かに手をこちらに向ける。
「さあ、やっておしまいなさい!」
リーナの言葉と同時にセレスが杖をこちらに向けた。
「ライトアロー!」
打ち出された光の矢を見て、4人は反射的にそれぞれ別の方向に向かって飛ぶ。
うつ伏せに寝そべったままだったルビーだけは、ごろごろと転がるという間抜けな動きになっていたけれど。
4人が呪文を避けた直後、再び爆発音が響いて校舎の壁の傷が増えた。
「くそ……」
壁にできた2つめの穴を見て、レミアが小さく呟く。
このままここで戦っているわけにはいかない。
これ以上ここが壊れると、校舎は安定を失って倒壊する恐れがある。
とりあえずこの場所から連れ出さねばならないだろう。リーナも、セレスも。
「ルビーっ!」
何を思いついたのか、レミアが呼ぶ。
しかし、起き上がってはいるものの、先ほどから座り込んだまま真っ直ぐに目の前だけを見つめているルビーは振り向こうとさえしなかった。
思ったより衝撃を受けているのがわかる。
自分たちより受けた衝撃が大きかったことなど、わかりきっている。
ルビーとセレスは姉妹で、たった2人の家族なのだから。
「タイムっ!ミスリルっ!」
これ以上の呼びかけは無駄だと判断して、今度はルビー以外の2人に呼びかける。
ばっとこちらを見た2人に、軽く顎をしゃくってみせた。
それは動くという合図。
理解したのか、タイムもミスリルもしっかりと頷いた。
「ルビーっ!ちょっと!しっかりしなさいっ!」
タイムがルビーに近寄って肩を揺する。
それでようやくルビーはセレスから視線をはずし、タイムを見た。
「いつまでもここにいたら校舎が壊れる。移動するよ」
「う、うん」
事情は理解しているらしい。
ただ、割り切れていないだけ。
頷くと、戸惑いながらもルビーは立ち上がった。
「あらあら。逃げるつもりですの?仲間を見捨てて」
くすっと笑うリーナの声が聞こえる。
「移動したいと思っただけよ。戦うんだったら広いところの方がいいと思わない?」
鋭い目でリーナを睨んだレミアが言い返す。
「そうですわねぇ」
考え込むような口調でリーナが呟いた。
その視線は、何故か上を向いている。
「その前に、あの邪魔なギャラリーを消させていただきましょうか」
「え……っ!?」
驚いて上を見上げると、授業中だというのに生徒が廊下の窓から顔を出してここを見下ろしていた。
あれだけ大きな爆発音がしたのだ。
気になって見に来るということなど、考えれば予想できたはずなのに。
「やっておしまい」
ぱんっとリーナが手を叩く。
それに従い、セレスは持っていた杖を上に向けた。
「まずい……っ!?」
誰もが動こうとした。
けれど、とっさのことで判断が遅れた。
「ライトボール!」
こちらが動くより先に、セレスが窓に向かって呪文を放つ。
生徒たちが顔を出す窓の側で、先ほどよりもずいぶん大きな爆発音が響いた。
呪文が建物にぶつかった衝撃で、その場に煙が巻き起こる。
4人とも、動けなかった。
消えていく爆発音とは逆に辺りに響くのは、リーナが小さく楽しそうに笑う声。
「……あんたっ!?」
「あらあら怖い。でもやったのはわたくしではなく、あなた方のお仲間ですのよ」
鞭を握り締めて睨みつけるミスリルに向かって、リーナは悪戯っぽく笑った。
完全に勝ちを確信した強者が浮かべる自信に満ちたその笑みに、ルビーを除いた3人の怒りが爆発しそうになったそのとき。

「ざーんねんでしたー。今のでは誰もなーんにも被害受けてませーん」

突然驚いた声にはっと全員が顔を爆発した窓の方へと向けた。
「誰ですのっ!?」
突然の姿の見えない乱入者の声に動揺したリーナが思わず叫ぶ。
「何処見てんの?ここだよー」
楽しそうなその言葉と共に風が巻き起こった。
未だに校舎を包んでいた煙が、その風によって吹き飛ばされる。
煙が消えて、そこに現れたのは全く傷を負っていない、無事な姿の校舎だった。
おそらく今の攻撃を受けた際に逃げ出したのだろう、生徒の姿はすっかり消えていた。
誰もいなくなったその場所に、たった1人残っていた者。
先ほどまではそこにいなかったはずの若草色の髪をした少女が、そこに浮かんでいた。
「と、飛んでる……!?」
セレスのことで頭がいっぱいであったはずのルビーまでもが、驚いてその少女を見上げる。
「な、何者ですのっ!?」
姿を現した乱入者に慌てたリーナが、それでもその焦りを表に出さないよう必死に声を抑えて叫んだ。
「あれ?わかんない?パターン、ひとつしかないと思うんだけどなぁ」
楽しそうに笑いながら、ゆっくりとその少女が降りてくる。
地面に立つと、彼女の下から何かが手のところに飛んでいった。
それは微かに青さを持った透明な水晶球。
「あれって、まさかオーブっ!?」
「ご名答♪」
信じられないものを目にしたとばかりに叫んだレミアに向かって、少女はにっこりと微笑んだ。

「あたしはペリドット=オーサー。あの勇者ミルザの血を引いてるオーブマスターだよ♪」

「ろ、6人目っ!?」
「そのとーり♪ペリドットじゃ長いから、ペリートって呼んでねーv」
にっこりと笑って、軽い口調で少女が名乗る。
「あの子が、6人目……?」
「でも、一体……」
一体彼女は『誰』なのか。
それは4人の脳裏に同時に掠めた疑問。
彼女はおそらくこの学園にいる自分たちとは関わりのない人物のはずだ。
4人が4人とも、あんな性格の友人を持ってはないなのだから。
「たった1人……」
突然辛うじて聞き取れるかというほどの小さな声でリーナが呟いた。
「たった1人増えただけでどうだと言いますの!この状況は変わりませんわよっ!」
確かに、こちらの人数が増えたからといって、セレスが敵になっているという状況は変わらない。
そのはずだというのに、その言葉を聞いたペリドットは何故か一瞬驚きの表情を浮かべた。
「やだなー。本当にそう思ってんの?」
「何ですって?」
にこっと笑って、ペリドットがすっと手を動かす。
「トリート!」
指先に光をまとわせて、セレスの方に向けて腕を振った。
その光はそのままペリドットの指を離れ、セレスを包む。
光が消えると、セレスはそのまま地面に倒れた。
「え……?」
呆然とした様子でリーナが倒れたセレスを見下ろす。
何が起こったのか、わからない。
「知らない?これ、俗に言う『状態異常回復』の呪文」
「……ってことはっ!?」
誰よりも先にルビーが叫んだ。
『状態異常』。
ゲーム――それもRPGゲーム好きであるルビーにとって、その言葉はごく身近なもの。
「ご名答♪セレス、だっけ?その子の中の媚薬成分、悪いけど無効にしちゃった」
「何ですってっ!?」
信じられない言葉にリーナが驚き、声を上げる。
そんな彼女は気にせずに、ペリドットは両手を顔を前で合わせると、無邪気な笑顔を浮かべて可愛らしく首を傾けた。
「ってわけで形勢逆転5対1。あたしなら逃げるけどなー。どうする?」
「……誰が、逃げたりなど……」
「そう?残念だね」
不意に、ペリドットの顔から表情が消えた。
浮かべていた笑みはごっそりと抜け落ち、代わりに瞳には冷たい光が宿っている。
「じゃあ、後悔させてあげる」
無表情のまますっと腕を動かす。
今まで側にただ浮いているだけだった水晶が、突然腕の動きに従うように動き出した。
「最初に聞いておくけど」
そのままの体勢で静かにペリドットが口を開いた。
「オーブマスターがどんな奴か、知ってるよね?」
その口調は先ほどと比べると驚くほど静かだった。
「無の、水晶術師……」
「そう。要は、あたしって属性関係なく何でも使えたりするんだよね。まぁ水晶以外はレベル低いやつばっかだけど。それで、その中に……」
ペリドットの唇の端が微かにくっと上がった。

「和国の魔術も含まれてたりするんだよ」

言葉と同時にオーブから灰色の霧が噴き出した。
驚く間もなく辺りが霧に包まれ、ほんの少しの先さえ見えなくなる。
「これは、まさか幻術っ!?」
何処からかリーナの驚く声が聞こえる。
「そうだよ~。ね、これでもまだやる?」
やはり姿が見えないままペリドットの声が聞こえた。
「当然ですわ!第一、これではあなたにだって、わたくしの場所がわかるはずが……」
「わかってないなぁ。あたし、この呪文の術者だよ」
「え……?きゃああっ!?」
何かがぶつかり合う音が聞こえた。
それと同時に一度も聞くことがなかったリーナの悲鳴が響く。
「術者が他の人と同じ条件になっちゃ、意味ないと思わない?」
その言葉は、ペリドットには全員の位置がわかっているということを意味していた。
「く……」
「諦めて帰ったほうが、いいんじゃない?」
口調はおどけているが、わかる。
おそらく、彼女は笑っていない。
「……わかりましたわ」
小さく静かに、リーナの声が聞こえた。
「今日のところは退散してあげますわ!でも次は……、覚悟しておくことですわね!」
その言葉を最後に、リーナの声は聞こえなくなった。



霧が晴れると、そこにはもうリーナの姿はなかった。
笑顔で勝利を喜んでいるペリドットを見て、彼女たちはしばらく呆然としていた。
そのうちに、はっと我に返ったミスリルが慌てた様子で辺りを見回す。
「ちょっと!」
声をかけると、ようやくそこで他の3人も我に返ったかのように彼女に視線を向ける。
「このままじゃいろいろまずいわ。とりあえず裏山に移動しましょう」
「賛成~。ゆっくり話もしたいしね」
くるっとこちらを振り向くと、やはりペリドットは笑顔で言った。
そのまま側に倒れているセレスを抱き上げる。
「それじゃあ、行こうか」
笑顔のままそう言って歩き出す彼女を、ルビーは呆然とした様子で見つめていた。



そして今、彼女たちはここにいる。
「ヒーリング」
草の上に寝かされたセレスに、ペリドットが簡単に回復呪文をかけた。
「まあ、これで大丈夫だね。後は起きるのを待つだけ」
「……ありがとう」
ほんの小さな声で、ルビーがペリドットに礼を言う。
それをきちんと聞き取って、彼女は嬉しそうに笑った。
「それで本題だけど」
治療が終わったことを目で確認して、ミスリルが口を開く。
「あんた、何者?」
「さっき言ったじゃん。オーブマスターだって」
「そうじゃない。私が聞いているのは『アースであんたは誰なのか』っていうことよ」
冷たい視線に、冷たい口調。
その意味するところを汲み取って、ペリドットは困ったように首を傾げた。
「あたし、もしかして信用されてない?」
「仲間なのは認めるけど……」
口を開いたのはミスリルではなく、少し離れた場所から様子を伺っていたレミアだった。
「正体はっきりしない奴には、こっちも正体教える気、ないから」
「それもそーだねぇ」
あっさり納得したらしく、ペリドットはさっと例のロッドを取り出した。
「じゃあ、パパっとお披露目しちゃおうか」
「え……?」
「えいっ!」
軽くロッドを振って誰より早く自らに再び“時の封印”をかける。
そして現れた少女に、思わず4人とも思わず大きく目を見開いた。
「え、ええっ!?嘘っ!?」
真っ先に叫んだのはセレスの側にしゃがみ込んでいたルビーで。
「み、緑川、さん?」
続いて彼女の名を呼んだのは、そんな彼女に寄り添っていたタイムだった。

緑川実沙。彼女たちのクラスの、最も目立たない少女。
物静かで、自分の意見を言うことは極めてまれで、それでも成績はいい。
ある意味で荒谷鈴美と同じタイプの少女だったはずだ。

「これが本当のあたしだったりするんだな、これが」
先ほどと変わらぬ口調で言ってペリドット――実沙が笑った。
意外な事実に呆然とし、誰も言葉を返せずにいた。
「でも……」
ようやくタイムが口を開いた。
「性格、全然違うじゃない!」
「だって出してなかったんだもん」
あっさり返ってきた言葉に思わず全員が脱力する。
「出してなかったって……」
「何か初等部の頃に軽すぎって苛められてさぁ。トラウマになってたっぽいんだよね」
今となってはいい思い出だなーなどと付け加えて実沙が笑う。
「……まぁ、たぶんこの性格の方が不思議はないんでしょうけど」
「どういうことよ?」
呟かれたミスリルの言葉を耳にして、レミアが訝しげに聞き返す。
「遺伝。オーサー家、代々こんな感じの軽い性格だったじゃない」
「あー……。親の性格もちょっとは遺伝するんだったね、あたしたち」
「ちょっとどころじゃない気がする……」
目の前で笑っている制服姿の少女。
彼女を見れば、そして母親の性格を知っていれば、誰だってそう思うだろう。
「そういえば、クリスタさんちは見事に先代と今の代で性格、入れ替わったね」
「性格だけ見ればルビーはセシルさん、セレスはルーシアさんにそっくりだもんね」
「悪かったね!父さん似で」
タイムとレミアの会話を聞き取り、ルビーが彼女たちを睨みつける。
「まあ、それはいいとして」
話を打ち切るかのように言ったかと思えば、にっこり笑って実沙が右手を差し出した。
「そういうわけだから、これからよろしくね!」
見せるのは、今日見せた中で最高の笑顔。
その笑顔を見て、4人はふうとため息をついた。
「こっちこそ」
そう言って最初に手を指しだしたのはルビーだった。

「あ、それとお願いがあるんだけど……」
「ん~?」
「みんなが誰だか教えて♪」
ぴたりと、実沙を除いた全員の動きが止まる。
「……わかってなかったの?」
「うん」
あまりにも呆れる答えに、4人は揃ってため息をついた。

remake 2002.11.03